オーバーロキ 作:凍結中の人
ナザリック大地下墳墓、第九階層に位置する巨大な円卓。
四十一人分もあるその席にはたった二人の影しかない、そこではその二人のユグドラシルプレイヤー、モモンガとヘロヘロが最後となるであろう会合をしていた。
「ほんと、ひさしぶりでしたね、ヘロヘロさん」
「いや、本当におひさーでした」
「えっと転職して以来でしたっけ?」
「それぐらいぶりですねー。実のところ今もデスマーチ中でして」
これで最後という暗い雰囲気を誤魔化すかのような二人の軽い話は、ヘロヘロのリアルについての愚痴となり続く。
そんな中、部屋の扉の奥より足音が響いてきた。
そしてその足音の持ち主はごくごく自然に円卓の部屋のドアを開け中に入り、数ある席の一つへと座った。
「ロキさん、来れたんですか!?」
「…」
モモンガの問いに無言で返すロキと呼ばれた者、それは毒々しくも美しい紫の髪を持つ女性だった。
品の良いタキシードにシルクハットをかぶり目にはモノクルと、まるで中世の男性貴族のような出で立ちをしている。髪が後ろで纏められていることもあり一見すると男性のようにも見えた。
「モモンガさん、それNPCの方ですよ」
「あ、本当だ…そうですよね、ずいぶん前にもう来れないと言ってゲームをやめたロキさんが来れるはずがありませんでした」
そう、今も無言で席に座りまっすぐ目の前を見つめるその女性は
「しかしこのタイミングでここに来るなんて、モモンガさんがプログラムしたんじゃないんですか?」
「いえ、私は何も。すごい偶然ですよ」
このNPCはプレイヤー、マジシャンロキが自分の分身という設定で作り育てたキャラで名前は創造者と同じくマジシャンロキ。
そのNPCはプレイヤー、ロキと似た行動をとるように設定されている、ログインしていない時でもその世界に存在できるようにというプレイヤー、ロキの願いのためだ。
それをロキはゲームを辞める際に自分としてギルドに残していった、そして終了間近になった今でも神出鬼没な遊び人のようにナザリック大地下墳墓内を徘徊しているのだ。
仲間もそれを了承していた、その証拠として指には装飾品リング・オブ・アインズウールゴウンがはまっている。
ギルドの名を冠するこの指輪はギルドメンバー四十一人のみが装備を許されている、NPCで装備しているのはこのロキだである。
「懐かしいですねモモンガさん、ロキさんは良いムードメーカーでした」
「突拍子もないことをして、それをみんなが笑って。気まぐれだけどいい人でしたね」
そして話はギルドメンバーへと普及していき、少し経って会話が途切れる。そしてその時は来てしまった。
「あぁ、もうこんな時間。すいません最後までお付き合いしたいのですが、ちょっと眠すぎて」
「あー。ですよね。落ちていただいて結構ですよ」
「ギルド長はどうされるんですか?」
「私は一応最後まで残ります。誰かが来るかもしれませんから」
「なるほど…今までありがとうございました。
モモンガさん、このゲームをこれだけ楽しめたのは貴方がギルド長だったからだと思います」
そうして別れの会話は進んでいく。
「次に会うのはユグドラシルⅡとかだといいですね!それじゃあ」
その言葉を最後にヘロヘロはログアウトし、後には軽く手を振ってそれを見送ったモモンガと相変わらず微動だにしないロキだけが残された。
「…」
ドンッと静かな部屋に音が響く、それにはモモンガの抑えきれない感情が持ち主の手を机に叩きつけさせたのだ。
全員で作り上げたこの場所をどうしてみんな簡単に捨てられるのか、そんな悲哀とも怒りとも言い表せない思いをモモンガは感じていた。
だがそれも仕方のないことである、全ギルドメンバーが社会人のアインズ・ウール・ゴウンだ、それぞれの現実は重いもの。それがゲームよりも重くなっていた、それだけなのだ。
感情が一通りの落ち着きを見せると、モモンガはおもむろに席を立った。
向かう先には一本の杖が置いてある、ひと目で一級品だとわかるその杖こそ各ギルドに一つしか認められないギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。
(最後ぐらい…ギルド長らしい姿で…)「行こうか、我がギルドの証よ…」
まさしくギルドの象徴たるその杖を、モモンガは一瞬ためらいながらも手に取って歩き出す。
通常の場合ゲームに入ったギルド員はまず、この円卓の間に出てくる。
まだ誰かが来るのならここで待つのが一番良い、だがその可能性は非常に低いことをモモンガはわかっていた。
ここを出ればもう二度と、この部屋に来ることは無いだろう。
そして円卓の部屋を出る時、ふとロキの姿が目に映った。
(そうだ、ロキさんの分身も忘れてはいけないな、確かコマンドは)「付き従え」
「…」
返事こそないいものの、静かに立ち上がりモモンガについていくロキ。
彼女は他のギルドプレイヤーの命令を70%の確率で受けるようにプログラムされていた、今回は受け入れたようだ。
この設定も自由人たる創造者の自由人なところを再現しようとした結果である。
部屋を出たモモンガはロキを後ろに、長い廊下を歩く。
何度かの角を曲がった辺りで、正面からから1人の女性メイドが彼のほうへと歩いて来た。
「お仕事ご苦労!」
「…」
(NPCに話しかけたって返事が来るわけないのにね…)
モブNPCのメイドに話しかけてみるモモンガだが、応答が帰ってくるはずもなく帰ってくるのは礼だけだ。
しかし彼にはそんなNPCでも無碍にできない理由があった、ここにいるNPC達はすべてが彼の仲間の作品。
それを雑に扱うのは仲間に申し訳ないような気がしていたからだ。
このNPC一人にすら作りこまれたプログラムがある、それを久しぶりに全て見てみたいと思うモモンガであったが、生憎と時間がないことは腕の時計を見ても明らかで、そのまま先を急ぐ。
そうして二つの足音がギルドの奥へ、階段を下り第十階層へ到着する。
階段を下りてすぐに存在する広場、そこには何人かのNPCが存在した。
ふと名前が気になったモモンガはコンソールを開き、NPCのうちただ一人いる男性の名前を確認した。
「そんな名前だったか」
(執事のセバスと、第十階層を守護する
「付き従え」
「…」
やはり無言ではあるが設定された綺麗な礼をその主人におこない、ロキの後ろからモモンガについていくセバスにプレアデス達。
歩き続けた彼らはとうとう大きな扉の前に到着する、3メートル以上はあるその扉の右の側には女神の、左の側には悪魔の二つの彫刻が異様な細かさで施されている。
動かないただの彫刻なはずだが、襲い掛かってきてもおかしくないほどの作り込みだ。
「動かないよな」
いくらモモンガがギルドマスターでもギルド内の仕掛けを全て知っているわけではない、そしてギルドメンバーの中には変なイタズラを仕掛けてくるものもいた。
彼の後ろに付いてきているロキの創造者もその一人である。
流石にこの扉に変な仕掛けを施した者はいなかったようで、何事もなく部屋に入るモモンガ。
その部屋こそこのナザリック大地下墳墓最奥にして最重要箇所、玉座の間だ。
ギルド内で最も手の込んでいる部屋を玉座に向かい進んでいく。
「そこまででいい」
だが後ろに続く足音は止まらない、当たり前である
NPC達は今の命令で止まるようにプログラムされていなかったのだ、プログラムされていないことは出来ないのがNPCなのである。
「…待機」
今度こそプログラムされたコマンドにより、NPC達は部屋の横に並び停止する。
だがロキだけは止まることなく、玉座までついてきてしまった。
(30%の命令拒否がここで発動するのか、でもまぁいいかこのNPCはロキさんの分身だから)
玉座に座るモモンガ、ロキは玉座の左やや後ろに立ち止まった。
そして、モモンガの座る玉座の右横にはアルベドが控えていた。
(そういえばアルベドは設定魔のタブラさんがデザインしたんだっけ、どんなものだったかな)
コンソールから彼女の設定画面を出すとそれを軽く読み出すモモンガ、するとずらずらと書かれた文章の一文で目が止まった。
(うわ~、ちなみにビッチである、なんてギャップ萌えとは聞いてたけど流石にこれは……変更するか)
本来ならツールがいるところだがギルドの象徴であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがあれば変更は簡単であった。そうしてモモンガはその一文を消した。
(う~ん余白ができちゃったな、何か入れたほうがいいかな……モモンガを愛している……あ~!恥ずかしー馬鹿じゃない俺、でも最後だし、これくらいいいよな……そうだ!)
「確かコマンドは…ひれ伏せ」
コマンドに反応しアルベドや部屋の横で待機していたNPC達は全員モモンガに向かいひれ伏した。
ただ一人、後ろからモモンガを見ていたロキを除いて。
「あれ、コマンドが違ったかな…思い出せないし、いいか」
ロキのことを軽く流したモモンガは部屋を見渡しギルドメンバーのことを考え、楽しかった過去を思う。
そうしてしばしの時は流れ、とうとうゲームサーバーが閉鎖される時間がやってこようとしていた。
モモンガも明日のこと、サーバーが落ちてからのことを考えて……時は来た。
多分、明日に続きを投稿出来ると思います。