消えていく程度の話   作:ほりぃー

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戦闘描写があります。今回の主人公及び東方キャラの容姿は個人解釈が入っています。


剣で問う程度の話

 塚原がそれを聞いたのは数日前のことであった。

 彼は遠く常陸の国より馬も使わずに弟子たちと京に来ていた。目的とすれば各地の剣豪と剣を交えて楽しみ。将軍への拝謁を行う為にやってきた。少し足を延ばして和泉まで来た時のことである。

 

 塚原は齢六十を超えている。と説明しなければ分からないほどに若々しい。黒々とした総髪を無造作にまとめ、着ているものと言えば麻でできた地味な色の着物である。その腰に佩いた刀も無駄な装飾はなく、漆塗りの鞘はともかくぼろぼろの柄巻をしている。

 顔は柔和で微笑しているかのようだが、良く日に焼けており頬についた刀傷も馴染んでいる。

 

 そんな塚原は夜、山中を歩いていた。彼は編み笠一つに刀を大小ぶっ刺しただけの恰好だ。異常といっていい。周りには白い雪が深々と降りつもっている。寒風が吹き荒れ、彼の体にたたきつけるかの様だった。

 

「今日は涼しい」

 

 塚原は諧謔なのか本当にそう思っているのか。言葉に出す。

 昇っているのは石段。この先にあるお寺を訪ねようとしているのだ。あたりはうっそうと茂った森である。たまに見る灯篭には火もついていない。唯一道を照らしてくれるのは皮肉にも雪の白さだけだった。

 冬に桜が咲くという。それが塚原の聞いた噂だった。なんと面妖なと驚く人々がいたが、塚原はよい土産話になるとやってきたのだ。常陸に帰れば可愛い孫もいる。彼は領地を持つ武士だったが今は子に譲っている。好々爺として人生を楽しめるのである。

 

「おお、山門はあれか」

 

 お寺の山門があった。立派な門構えに見えるが、よくよく見えれば瓦は崩れ、白壁にひびが入っている。戦乱も深まりつつあり、直す金が無いのであろう。だが塚原は飄々と思う。

 

「はいりやすいわい」

 

 ニコニコしながら一人呟く。寺に入れてもらえなければどうしようと思っていたのだが、山門は既に崩れており、侵入は容易である。この男の前にはどんなことも大したことはないのだろう。

 雪を踏みしめて彼は行く。降り積もった雪に足を取られることはない、それが彼の人生をそのまま表している。彼は寺の中に入った。

 

 

 淡く輝く桜の花。雪降る日に咲くそれが寺に境内に広がっている。

 舞い落ちる桜の花びらがゆるゆると塚原に飛ぶ。彼はそれを指でつまんで、そっと離す。まるで出迎えてくれたかの様である。彼は境内に足を踏み入れた。

 歩くたび塚原は眼を奪われてしまった。彼の眼の先には本堂らしき建物がある。そしてその左右には桃色の花を枝一杯に付けた桜の木々がある。雪は降り、桜は舞う。このような場所を見ることが出来ようとはと塚原は膝を打って、楽しげに笑う。

 彼はいかんいかん。と頭を振る。このような面妖な場所に警戒した、わけではない。常陸の国に土産として桜の枝くらい持って帰りたいのである。それくらいしなければ信じる者もいまい。

 

 子供のように楽しげにあたりを見回す。どうせならば大きい枝を一振り欲しい。

 彼はさらに奥へと踏み入っていく。ざっざっと雪を蹴る。しばらく探して彼は「よい」ものを見つけた。本堂から少し離れた場所によく育った大きな桜がある。

 

 大きい。塚原がその木の根元に言って見上げれば空が「桜」に覆いつくされる。それにほのかに光っているかの様で魅惑的なそれに彼はしばし見とれた。彼は腰の脇差に手を掛ける。枝を拝借するつもりだった。

 

「まて」

 

 声がする。塚原は少し驚いて振り向いた。気配が殆ど感じられなかった。

 桜と雪を背に立っている男がいる。髪は真っ白であるが、精悍な顔つきをした青年だった。緑色の羽織を付け、異常に長い長刀ともう一本の刀を腰にさしている。暗く青みがかった眼がぎらぎらと光っている。

 塚原は鼻息一つ。

 

「なんじゃい」

 

 無造作に返事した。それを受けて白髪の若者は言う。

 

「桜は傷をつけるな。見て、帰れ」

「ほ、それでは孫にみせられんではないか断る」

 

 若者は一度目を閉じる。すうっと彼の体から白い靄のようなものが現れる。それが形となって周りを飛ぶ。半霊と言われるものだが塚原はもちろん知らない。だがこの若者に彼は惹かれた。構えているわけではない。それなのに隙が無い。

 

 塚原はああ、と武者震いした。嬉しくてたまらないらしい。これだけの若者がこの世にいることを鹿島神宮の神に感謝した。どうせ人間ではないだろうが塚原にはどうだっていいことである。

 

「なぜ、桜を持って帰ってはならぬ」

「…………」

 

 若者は眼を開く。蒼い眼光が身震いするほど冷たい。彼は長刀に手を掛けてすらりと引き抜く。その技量の見事さに塚原は感嘆した。長い刀を扱うことほど難しいことはない。彼は自らの刀の鯉口を切る。光る刀身が少しだけ見える。

 

「ぬし。名は?」

「……妖忌」

「わしは」

「不要。斬ればわかる」

「そうか」

 

 短い会話を塚原は楽しむ。なんで斬り合いになるかさっぱりわからないが、楽しければそれでいい。彼の息が白く空に立ち上っていく。妖忌のそれは全く上がらない。そこも人間ではないのだろう。斬ればわかるという理屈も観念的で塚原好みであった。

 妖忌が長刀を構える。雪が刀身にのり、とけて、落ちる。塚原も正眼に構えている。お互いに気負いがない。桜の花びらが舞っている。

 

 妖忌が

 塚原が

 

 すれ違う。彼らの間に両断された桜の花がひらりと落ちる。お互いに「斬った」のだろう。その動作も何もかもが意味をなさず、そこに「切れた花」のみを残している。二人は同時に振り返る。

 目線を合わせるのは一瞬。塚原が気合と共に打ち込む。上段に構えて、落とす。妖忌は半身になって躱す。塚原の剣が音を鳴らし、雪を舞わせる。剛剣である。ただ剣圧のみで彼はそれをなした。

 妖忌は長刀を腰に回して、横に薙ぐ。一本の線をなぞるような剣線。無駄が一切ない動き。塚原は刀を振り上げて辛うじて払う。

 刀のぶつかる音、両者が飛び下がり雪を踏む音。ぽたり、と塚原の腕から血が落ちる。軽傷であろう。楽しくて仕方ない。

 

 塚原の剣は無骨そのものであった。刀身は広く。刃紋は整っていない。

 妖忌の剣は静かなものである。長く、細い。そして美しい。

 

 二人は緩やかに動いている。目線は敵。足は踏み込む位置を探す。雪が強くなる。

 塚原は妖忌の佇む姿を見て、思う。桜を背負う剣士。良く似合う。斬るのは惜しいと思ってしまうくらいである。彼は刀身を下げ、雪につくくらいの下段に構えを取る。一瞬さくり、と雪に刃をいれて持ち上げる。

 刀に乗った白い粉が舞い、視界を濁す。瞬間踏み込んだ。妖忌は迎え撃つ。

 二つの剣が、二つの閃光になり。夜を斬る。塚原が突き、妖忌は躱す。刀身は合わせない。折れれば負けである。二人は斬り合いながら、境内を走る。

 妖忌が寺の灯篭を斬る。すらりと石のそれが落ちる。塚原はその技量に「見事」と一声、切り殺しにかかる。彼の剣が妖忌の影を斬る。届かない。それは塚原の体勢が崩れたといことである。

 

 妖忌は腰を落とす。瞬、刀を振――塚原の眼を見た。この老武者は笑っている。眼を爛々と光らせて妖忌を見ている。それが隙である。塚原は雪を蹴り、妖忌の懐に飛び込む。長刀は使えない。

 半霊の若者は慌てない。たっと後ろに飛ぶ。躊躇の無い動きである。まるで蝶が舞うかのようであった。だが、

 

 背が本堂の壁に当たる。妖忌は眼を動かして、予想外のそれを頭に入れる。塚原に集中しすぎて周りが見えていなかった。目の前には迫る、古老。彼は上段に構えたまま寺に響く気合を放つ。

 

「―――ぇ!!」

 

 猿叫である。既に言葉を通り越した、ただの「気合」である。山の空気が震える。

 その瞬間に妖忌は塚原の刀がうっすらと紫煙を出すのを見た。魔力の形、彼は舌打ちをして横に飛ぶ。塚原が刀を振り下ろす。

 

 ―― 一の太刀

 

 ザンっと何かを斬る音がした。

一瞬遅れてがらがらと瓦が落ちる。壁が崩れ、寺が崩れていく。

 本堂が斬れていた。間合いを取った妖忌はそれを見る。つまりあの男は刀で巨大な建造物を斬ったのだ。塚原の持っている刀はなんら霊的なものではないし、魔術も施されてはいない。それなのに彼の刀から妖忌は「魔力」を感じた。

 考えられるとすれば、塚原は単純に鍛錬を積んで非常識の壁を超えている。いったいどれだけ刀を振れば人のみでそこまで届くのだろう。妖忌は口元が緩むのを抑えられず、片手で隠した。

 

 崩れ落ちるそれを背中に塚原はゆっくりと振り返る。熱で蒸気を出す彼。赤い眼光は見間違えであろうか。古の鬼のようなものだと妖忌は思った。彼はここに至ってもう一本の剣を抜く。二刀流。妖忌は構え直す。

 彼の背に浮かぶ白い気。今度は半霊ではない。彼の体からあふれる魔力の流れである。

 この男を斬ってみたい。それだけを彼は念じていた。斬れば何かが分かるかもしれない。

 

 

 だが、塚原の刀はその場で「折れた」。彼は「あー」と半分になった刀身を眺めて、深々とため息をつく。彼の剣術に付いてこられなかったのであろう。刀が折れては勝負も何もない。

 

「やめじゃやめじゃ。せっかく楽しいところだというのにのう。なあ妖忌よ」

「……」

「そう怖い顔をするでない。仕方ないことは仕方ない」

 

 妖忌は冷たい顔のまま両刀を収める。内心落胆している自分に驚いているが、顔には出さない。ただ一言言った。

 

「桜を見たのならば、山を下りろ。この木々は人が近づくものではない、それにまだ完全ではない……時期に枯れる」

 

 塚原ははあと大きく息を吐く。巨大な白い塊が空へ向かう。彼の「息」であろう。

 

「まあ。よい。のう妖忌よ」

「……」

「つれないのう」

 

 

 塚原は踵を返す。これ以上は妖忌に話しかけても無駄と思ったのだろう。彼は背を向けて山門に向かっていく。

だが、その彼に妖忌が言った。ふと、問いたくなった。この男にである。

 

「斬るとは、なんだ」

 

 塚原が振り返る。

 

「知らん」

「……」

 

 妖忌は眼を閉じる。それで終わりだとでも言うのだろう。だが古武者はにやりと笑って言った。

 

「なんじゃそれは、禅問答か? 斬る、ワシらのようなものは一生に剣を振り続けておるがついぞそれの答えを見た者は知らん。ワシも知らん」

「……」

「物を両断すれば斬ったか。それは斬れたということなのか。そう考えたこともあった」

「……」

「少しは話をしてもよいであろう。斬り合った仲ではないか」

「……」

 

 塚原は苦笑する。話しかけてきたくせに勝手な男だと面白く思ってしまう。相手は勝手ならば彼も勝手にしてよい。

 

「どうせそんなことを一人で考えておってもつまらんぞ、妖忌よ。人間には、まあお主は違うかもしれんが……主君がおり、家族がおり、友がおり様々な相手がおる。己だけで出した答えなど己以上の物はでやせん」

 

 桜が舞う。

 

「刀を問いたいのであれば、存分に問う相手を見つけよ。ワシと貴様では剣の質が違い過ぎるゆえ、おぬしの求めるものは分からぬ」

「……」

「仏頂面しおって。お主は弟子でも取ると良いわ」

「……馬鹿な」

「おう。やっと返事をしおったか難儀な奴よ。じゃが冗談ではない。そんなに剣の答えを知りたければ、斬るということを知りたければ。己の全霊を持って人を育てよ。自ずと答えは」

 

 彼は楽しそうに笑う。

 

「育ってくるじゃろう」

 

 答えを育てる。妖忌は聞く価値もないと鼻で笑った。感情が少し外に出たと言ってもいい。斬るということを求め、自ら道を歩いていくことが自分の求道である。他人の介在する余地などない。

 塚原はまた、苦笑しつつ。

 

「納得がいかん様じゃの。どうじゃ、どうせならお主にもこの一人や二人おろう。それに教えよ。いや、孫でもよい。弟子と言っても他人である必要はない」

「おらん」

「わびしいやつよ。孫の可愛さが分からぬうちは損をしておるぞ……」

 

 妖忌は煩わしく感じる。少し心が乱れていることもある。彼はふうぅと静かに息を吐く。

 

「……」

 

 今度は彼が踵を返した。塚原も山門に向かう。互いに背を向け合い、後に残っているのは只々、咲き誇る桜と、舞い落ちる雪だけだった。

 

 

 

 

★☆★

 

 暖かな日であった。冬を超えてやっと春を迎えた今日のころ。少し探せば蝶すらも遊んでいる。そんな白玉楼の庭でのことだった。

 そこにいるのは白髪の老人であった。刻み込まれた皺と刀傷が彼の経歴を語らずとも描いている。彼はじっと庭先で刀を振る少女を見ていた。その女の子は小柄で髪は彼同様に白い。

 体つきは細いが刀は長い。既に何度振ったのか、彼女の顔には汗がびっしょりと張り付いている。老人は彼女から眼を離すことはない。それで緊張していることもあるのであろう。

 

「大変ねぇ……」

 

 そう他人事のように呟きながら縁側に座るのは桃色の髪をした女性であった。おっとりした顔つきだが、肌は透けるかの様に白い。せんべいをぼりぼり食べているのが玉にきずである。老人は彼女をちらりと見てから、弟子を眺める。

 

 己の剣筋を一生懸命にまねようとする少女。足さばきが甘い、力の入れ具合も何もかもが甘い。それなのに老人はある種満足の様な物を感じていた。

 日々、この少女は少しずつ成長していく。そして老人には彼女のどこがよくなっているのか、手に取るようにわかる。それは自分を鏡で見ているかのようだった。

 自らが何かを為す訳でもなく。己の技量を追い越そうとする者を眺める。それが老人には柄にもなく楽しい。

 

 ――孫の可愛さが分からぬうちは損しておるぞ

 

 ふと、いつぞやの者の声が聞こえた気がした。遠い、遠い昔の話である。

 だがふっと老人は微笑んだ。それを刀を振っている「弟子」が目ざとく見つけて、びくーんと硬直する。笑ったところを見たのは初めてである。何かおかしいことをしたのだろうかと彼女は眼で問う。

 だから老人は返す。

 

「よい、続けよ」

「は、はいぃ」

 

 少女は実はへろへろの体にむち打ち、刀を振る。

 数日後老人は頓悟し、何処かへ去ることになるが、今は三人桜の花舞うここで。

 

 


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