57.聖剣はいずこへ
「エクスキャリバー?」
死銃事件から少しして、俺はキリトから電話で相談を受けていた。
「エクスキャリバーって、あれか?
『そう、それ。前から場所は分かってたんだ』
「じゃあなんで・・・いや、取りに行けなかったのか。パーティ制限とかで」
『パーティ制限じゃない。というか、お前、俺をボッチか何かだと思ってないか?』
「え、違うの?」
『違うわ!』
明らかに俺とこいつは年の差があるが、お互い
『つっても、普通は見つからないから不思議ではあるんだけど』
「どんなとこにあるんだ?」
『えっと、ヨツンヘイムの上にある、逆ピラミッド型のところにぶっ刺さってた』
「ヨツンヘイム・・・ああ、あそこか。て、ことは、今回は黒天の出番だな」
『黒天・・・ああ、あのドラゴンの名前だっけ』
「そそ」
ヨツンヘイムは一面氷に覆われた世界で、飛行能力は完全に制限されているエリアだ。それで高所に入り口のあるダンジョンだと、確かに黒天の出番になるだろう。
「ちょいと疑問に思うのは、見つけた誰かはいったいどうやってそんなものを見つけたのか、だな。
ま、それはそれとし、だ。あいつはタンデムできるから、メンバーは、いつもの面子に加えて、俺とあと一人か?」
『あ、エギルに関しては店があるからパス。その代わりシノンに協力の手筈を整えた。で、あと一人はレイン』
「OK、理解した」
て、ことは、おそらく俺の後ろにレインで、残りの面子は―――
「あれ、ちょっとまて、残りの面子の移動手段はどうするんだ?」
『言ってなかったっけ?邪神級の奴と友好関係にあってさ。そいつの背中に乗る』
「はあ!?」
さすがに驚きのあまり声が大きくなった。なんじゃそりゃ。邪神級モンスターはテイムできないはずだろ。そもそも、こいつはテイマーじゃないし。
「いったい何があったんだよ」
『えー、と・・・人、じゃないから、モンスター助け?』
その言葉を聞いたときに、俺は思い出した。―――そういえば。
「あの時の、あれか?」
『そうそう。・・・って覚えてたのかよ!?』
「あの時は、それより前の記憶にブロックがかかってた、ってだけだ。それに、あの時は既に俺は思い出してたぞ」
『そうなのか・・・。まあとにかく、そういうことで』
「OK、時間は?」
『できれば今晩。後はお前だけだ。実を言うと、最初はレインに伝えてもらおうか迷ったんだけどな』
「よかったな直接伝えて。そうじゃなきゃ5回上乗せ料金だったぜ」
『・・・だと思ったんだよなぁ・・・』
電話口でため息をつくキリトに、俺はふふっと笑った。
「ま、とりあえず、だ。こっちでもキャリバーのクエストについてはちょいと調べてみる。伝手もあるしな」
『分かった、頼む。集合場所はリズの店な。じゃ、また後で』
「おう。またな」
そういって、俺は電話を切る。直後に俺は電話を繋―――ごうとして、アミュスフィアに手を伸ばした。あのネトゲ廃人のことだから、こっちのほうが連絡を取れる確率は高いと踏んだ結果だ。
さて、インしたときに、俺は即座にフレンドリストを呼び出した。さーて、あいつは・・・やっぱりインしている。メールでボイチャを繋いでいいか聞くと、近くにいるから飛んでくるということだったので、待ち合わせることにした。
ユグドラシルシティの酒屋―――他ならぬエギルの店だ―――で一杯ひっかけていると、待ち人はやってきた。
「ごっめん、お待たせ」
「そんなに待ってないから大丈夫だ。ほい、駆け付け一杯」
そういって、彼女―――フカ次郎に一杯差し出す。彼女自身の年齢は果たして成人しているかどうかは分からないが、場酔いできる彼女にとってみればこれは十二分だったらしい。直接受け取って、一気に飲み干す。そのままグラスを置くと、彼女は切り出した。
「で、聞きたいことって何さ」
「エクスキャリバーについてだ。なんかクエストがあるそうじゃん?どんなのかなーって」
「あー、あれねー・・・うちは参加しないよ。いろいろ事後処理が面倒そうだから」
「なんじゃそら」
「そっちにも依頼が行きそうなもんだけど・・・来てないんだね、その様子じゃ」
「ああ」
事後処理が面倒くさいタイプのクエスト?となると、大体想像がつく。まあ、伝説級武器の獲得となれば競争になることは間違いないが、事後処理が面倒となると―――
「採取かスローター、か?」
「ご明察、今回はスロータークエ」
スロータークエストとは、指定ターゲットを一定以上狩りまくるクエストの事。漢字だと「虐殺」と書く。俺はあまりこの漢字を好きではないので、大体スローターと言うことにしている。で、特定モンスターを一定数狩ることが条件のクエストなら―――
「ポップの取り合いになってるわけか。確かに面倒だな、後が」
「そ。特にうちみたいな完全中立の傭兵ギルドは、ね」
「ついでに言えば、実力が認められてるがゆえに、か。有名人は辛いな」
「いやー照れるなー」
照れたようなフカに、俺はふっと笑って、エギルの奥さんにもう一杯、飲み物を注文した。
スロータークエのようなものは、結果と数的有利の因果関係が強いクエストの一つだ。一騎当千の奴を数人集めるより、ある程度以上の実力者を十数人揃えておけば、ポップの取り合いにもカバーできる範囲も大きく広がる。フカ率いるドッグアンドキャッツは中立の小規模傭兵ギルドで、実力は旧ALO時代からよく知られていた。今でも、縛られたくないからという理由でどこの派閥にも所属していないが、引く手は数多だろう。今回のスロータークエも、おそらく複数の組織から依頼が来て、そのすべてを断っている、とみた。
「そのクエストの詳細って分かるか?」
「ん、ちょっと待って」
そういうと、彼女はメニューを操作して、一枚の羊皮紙を取り出した。それをテーブルに広げると、そこにはクエストの詳細が書いてあった。
「それ上げる。どうせ私たちには必要ないし」
「おう、サンキュ。場所はヨツンヘイムで、対象は動物型邪神か。そういえばあそこには人型の邪神と動物型邪神が入り混じってたっけな」
「そうそう。ついでに言うと、敵対してるのも変わらない。で、今回に限ってかもだけど、人型と動物型が戦ってるところに、人型を支援して動物型を倒しても、攻撃されることはない」
「なーるほど。全滅するならいざ知らず、って話か。クエストのNPCは、スィアチでいいのか。発音しづらいな」
「私も調べてみたんだけど、こいつは北欧神話の巨人の一人、だって。たぶん、氷の巨人だと思う」
「なるほどね」
氷の巨人が力を借りるために、こちらにクエストという形で依頼を出してきた、と言うことか。なるほど、その筋書きは理解できる。が、
「・・・解せないな」
「え?」
「動物型邪神と人型邪神が真っ向からタイマンやったら、大体人型邪神が勝ってた印象なんだよ。ごく一部の例外はあるけど、それは大体なんかしらのイレギュラーがあってのものだし。となれば、わざわざこっちに依頼せずともいいんじゃないか、って」
「言われてみれば、確かに。なんていうか、まるで狩りだよね」
「狩り、か。それなら納得がいく。PKってのは、基本的に9割がた成功するときに仕掛けてなんぼだからな」
「残りの1割は、何かしらのイレギュラーってやつ?」
「ご明察」
イレギュラーと一口に言うが、これは相当いろんな要素がまじりあっている。例えば、足元が突然崩れるとか、予期せぬ乱入者とか。枝を踏むとかいう凡ミスは除くし、そのくらいなら俺は殺しきる。と、ここで思い出した。
「なあ、北欧神話って確か、オーディンが出てくるやつだったよな?」
「え?あ、多分。・・・いやそうだね。ギリシャ神話がゼウスだから」
「て、ことは、フェンリルとかヨルムンガンドとかも出てくるはずだよな」
「なの?」
「・・・人選ミスったわ」
「突然の罵倒!?」
「自分の頭の出来を考えてからその反応は言え」
「うぐ」
俺の反論に、フカがうめく。こいつはサボって遊んで単位が危なくなっているクチで、知識的な意味で頭がいいほうではない。どちらかと言わずとも体に叩き込むタイプだ。まあとにかく、
「確か、北欧神話の最終幕って、ムスペルヘイムからスルトが出てきて世界を焼いて終わったはずなんだよな。で、焼かれた世界には、ニブルヘイムっていう氷に覆われた世界もあったはずだ」
「氷の世界ごと炎の世界が全部焼き尽くした、ってこと?」
「ああ。俺も北欧神話について詳しいわけじゃないんだが、確かその前にフェンリルって氷の狼がオーディンを殺してるはず。なら、
「えっと・・・それがどうつながるの?」
「つまりだ。このままいくと、人型邪神のみが残って、氷の世界が強くなる。で、これとさっきのことを当てはめると、その後に世界が焼き尽くされる可能性がある。そうなれば、マップデータが大きく書き換えられることになるから、今まで俺たちが積み上げてきたものが、最悪全部パーになる」
「ごめん、それはさすがに深読みしすぎじゃない?それに、そんな大規模なマップデータ書き換えなんて―――」
「ありうるんだよ、これが。この世界はSAOと同じ基本データで構成されてる、って知り合いのハッカーが言ってたからな。SAOの最後はあの城の解体、つまりマップデータのオールデリートであったらしいんだから、この程度わけないだろうさ。
ま、フカの言う通り、深読みしすぎであってくれ、とは俺も思うがな」
俺の最後の言葉に、フカは思わず黙り込んだ。その反応を見て、俺は一つの羊皮紙を取り出す。そこには、ヨツンヘイムへの近道が書かれていた。
「・・・これって!?」
「俺の知り合いが見つけた、ヨツンヘイムへの近道だ。こればかりはマンパワーがいる。最悪、こっちの俺には黒天がある。伝言にはあの手段を使うから、万が一の時は頼む」
フカはしばらく黙って熟考する。彼女もギルドの長だから、いろいろ思うところはあるのだろう。
「分かった。何かあれば教えて」
「おう、頼んだ。俺はこれから、知り合いに協力することになってるから、ここらへんで失礼する」
「そっちに私たちが加わることは?」
「すまん、これ以上の追加は人数オーバーだ」
「ありゃそりゃ残念」
それを最後に、俺は席を立った。
向かう道すがら、俺はぼそりと問いかけた。
「どう思う?」
「きな臭いけど、ありうる話ではあると思うよ」
「・・・だよなぁ・・・」
胸ポケットからの返答にため息交じりにつぶやきつつ進む。やれやれ、長い一日になりそうだ。
そのまま、俺はリズの店へ向かった。武器はあらかじめ預けてあったので、その回収も兼ねて、だ。
店にはすでに全員集合になっていた。アイテムの補充に行っていたはずのアスナたちまでしっかりと集まっている。ありがたく回復アイテムと武器を受け取る。
「おう、サンキュな」
「どうだったんだ?」
「クエストはスローター系。人型邪神を援護して動物型邪神を狩るタイプ。で、クエストのNPCはスィアチ。北欧神話でいう、氷の巨人だってよ」
「なるほどなぁ・・・。自分たちの力を強くしたいから協力しろ、見返りに宝剣をくれてやる、ってところか」
「たぶんそんなところ」
例の世界を焼き尽くす、という俺の仮説は、今は黙っておくことにした。フカは部外者だが、協力の可能性も高かったから、煽る目的も含めていっただけだ。今回の場合に関しては、無用な混乱を生むだけだから喋るのは愚策と判断した。
「さて、俺は打ち合わせ通り先に行くぜ」
「おう、向こうでな」
俺も一緒に移動したかったのだが、いかんせん
そういうわけで、一足先にヨツンヘイムに来たわけだが。
「ひっでえなこりゃ」
ポップの取り合いな上に、やれ俺が先だ、いいやこっちが先だ、なんて状態になっている。ところどころで小規模なPvPも始まっているようだ。俺の方は、特にどこに加わるわけではないことと、そもそもシノンのような奴じゃなければ攻撃が届かない高度にいることもあって、特に問題はなかった。
「こりゃ参加を見送った判断は正しいっぽいぜ、フカ」
ここにはいない友人へ、そんな言葉をかける。確かにこれは、彼女たちが与したことで勢力争いに巻き込まれかねない。彼女としても、それは本意とは程遠いはずだ。
トンキー―――例の動物型邪神のことだ―――を待っている間、集合した他の面々に、俺は声をかけた。
「フライパスしてきたが、ひでえもんだぜ。こりゃフカたちが関わりたくないのも頷ける」
「そんなに殺伐としてるのか?」
「ところどころ、小規模PvPがあるくらいにはな。フカにも言われたが、俺に依頼が来なかったことが不思議なくらいだ」
そんなことを言っていると、トンキーと呼ばれた邪神が来た。
「んじゃま、おたくらはそっちだな。俺の後ろは、レインだな」
「ほかに適役がいるとでも?」
「違いない」
そういうと、俺は黒天の手綱を握りなおした。その後ろにレインが乗り、腕を俺の体に回す。トンキーの背に他の連中が乗ったことを確認して、俺は手綱を握りなおした。
「さーて、しっかりつかまってろよ!」
俺の言葉に反応してか、腕の力が強まる。それを確認して、俺は飛び立たせた。
さて、その後は普通に飛んでいくものだと思っていた。が、突然トンキーが急降下を始めた。
「悪いレイン!黒天!」
それだけ言うと、俺はトンキーに並びかける。その図体からか、機動性はこちらの方が上だ。すぐに追いついて、低空でフライパスする。
「うわ・・・」
「見たくないならあんまり見るなよ」
後ろから聞こえた声に、俺は静かにそれだけ答える。俺はさっき見たから大体どんな状態か分かっているが、積極的に見たいものではないこともまた事実だ。と、トンキーに乗っている面々から疑問の声が上がる。
「あれ、なんで動物邪神を倒した後、攻撃されないんだ?」
「マスターテイマーが装備でフルブーストしても邪神型モンスターのテイムはできないはずですよ!?」
「言ってなかったっけか。今回に限っては、人型邪神を援護して動物邪神を倒しても攻撃されないんだってよ。今回のクエストの仕様なんだろ」
「変な仕様だな」
そんな会話をしていると、俺たちの前に大きな女神然としたNPCが現れた。その女神(仮)は、俺たちに向かって言った。
「私は、湖の女王ウルズ。我らが眷属と絆を結びし妖精たちよ。 そなたらに、私と二人の妹から一つの請願があります。 どうかこの国を霜の巨人族から救ってほしい」
その言葉を言った直後に、俺の胸ポケットからささやきが聞こえた。
「この人、言語エンジンモジュールに接続されてる」
「一種のAI化されてるってことか?」
「そういうこと。・・・いよいよきなくさくなってきたね」
声の主は他ならぬストレアだ。戦力は増えるに越したことはないので、こうしてナビピクシー状態で連れてきていた。さっき、ここに来る前に話していたのは、ほかならぬ彼女に対してだ。
そうして、ウルズはヨツンヘイムの成り立ちについて話し出した。
曰く、ここはもともと、緑と生命に満ちた場所だった。が、すべての鉄と樹を断つエクスキャリバーをウルズの泉に投げ入れたことで、世界樹からの恩寵が失われ、氷に閉ざされた。そして、この氷の世界の主は、彼女の眷属を皆殺しにして、自身の支配を絶対のものにしようとしている、とも。
「そのままヨツンヘイムの力が強くなれば、スルトが出てきてラグナロクかねぇ」
「ちょ、シャレになってないわよそんなの!第一そんなのできるわけが―――」
「いえ、あり得ると思います。この世界はSAOと同じ、オリジナルのカーディナルを使っていて、SAOにおける最後の命令は、あの鋼鉄の城の解体でしたから」
「極端な話、極端なクエストを使ってラグナロク起こすことも十分に可能、ってことでいいわけだな、ユイちゃん」
俺の言葉をとっさに否定したリズを、ユイちゃんが補強する。ウルズはそのまま、一つのメダリオンをリーファに渡した。
「そのメダリオンから光が失われたとき、この世界から私の加護は完全に消滅するでしょう」
真っ黒になるまでにケリをつけろ、ってことか。
「一つ聞かせろ。下の人型邪神の勢いを緩めることができれば、黒ずむ速度は落ちるのか?」
「できるのであれば」
「なら話は簡単だな。レイン、少し手綱を頼む」
それだけ言って、俺はレインに黒天の手綱を握らせた。即座にメニューを開いて、羊皮紙を取り出して文章を打ち込み、フカとの共通アイテムタブに放り込んだ。
彼女とは、敵対もしないが共闘することも多い。というか、お互いに大きな損害が出ると分かっていてぶつかるバカはいない。それならば、落としどころがあればいい。そのために考えたのがこの手段だ。普段は何も入れない共通タブを使って、文章を記録した羊皮紙やアイテムを放り込むことで交渉とする、というものだ。お互い、何かアイテムが入ったら通知ですぐにわかる上に、普段何も入れないでおけばそれがどういう意図の物かも分かるというわけだ。
件のダンジョン、スリュムヘイムについたとき、俺は声をかけた。
「ストレア」
「はいはーい。下で時間稼ぎね?」
「おう、頼むぜ。フカたちにも協力依頼を出した」
「OK、任せて」
それだけ言うと、俺はキリトたちを追ってスリュムヘイムの中に入った。
はい、というわけで。
ALO編で登場したフカさん、ここで登場です。どうしてもキリトたちだけだとマンパワーが足りないので、そこを補うという点で彼女たちに暴れてもらいます。
北欧神話のラストに関してはテキトーな個人解釈です。なんとなくこういうことなんじゃないかなー、みたいなところなんで、話半分で聞いてください。
さて、次からは両面作戦です。二組の暴れっぷり、というか自由っぷりにご期待ください。
ではまた次回。