そんなことがあってから少しして、俺は仕事を休んで刑務所に向かっていた。目的は、とある少年に会うため。まだあの事件が終結してから日が浅いが、早く会わなければ、俺の用件が満たされない可能性がある。落ち着くのを待つ間もなかった。
新川邸によるものは、正当防衛による事故死と言うことで片が付いている。もともと、死銃を名乗っていた三人が、凶器としてサクシニルコリンと無針注射器を病院からくすねていたこと。消失していた無針注射器が、三人に一個ずつ渡っていたこと。そして、部屋の状況と、凶器である無針注射器に、新川昌一の指紋がべったりとついていたことが決め手となった。
アクリル板を挟んで向かい合った恭二は、俺が思ったよりはるかに落ち着いていた。いや、それはきっと、俺の正体を知らないからだろう、と俺は思った。
「さて、初めまして、だね。新川恭二君」
「あなたは・・・?」
「俺は天川蓮。今はSAO帰還者の学校で教師をやってる、しがないVRゲーマーだ。
―――ロータス、といえば、君も聞いたことがあるだろう?」
俺が自身のプレイヤーネームを出した瞬間に、恭二の目の色が変わった。
「お前が・・・!お前が、兄さんを・・・!」
「確かに、俺がお兄さんの命を奪ったことは事実だ。非難は甘んじて受けよう。一発殴らせろ、と言われても、俺は抵抗をしない。殺しにかかられたら、流石に抵抗させてもらうがね。
・・・っと、そんな話をしにきたんじゃない。俺は君に聞きたいことがあってきたんだ。聞きたいこと、っていうより、お願い、のほうが近いかな」
「お前のお願いとやらを聞く義理はない・・・!」
「いやまあ、そういわれちゃ確かにそうなんだけど。ま、とりあえず聞いてくれ。
君のGGOアバター―――シュピーゲル、だったっけ―――、少し借りることはできないかな」
「借りてどうする気だ」
「遊ぶ以外に何かある?」
俺の言葉に、完全に勢いが緩む。
「このままなら、シュピーゲルは長期ログインなしによるアカウント消滅が発生する。君がこのままここを出たとして、もう一回シノン―――君には朝田さんと言ったほうがいいか―――とプレイするときに、一からキャラビルトをする必要があるわけだ。それはなかなかに手間だろう。それに、君にとっても、愛着のあるアバターを捨てるのは惜しいはずだしね。悪い話じゃないと思うんだけど」
さらに畳みかける。俺の言葉に、彼はゆっくりと口を開いた。
「・・・ログインIDは―――」
彼の言う言葉をしっかりとメモしていく。確認をして、俺は改めてもう少し質問することにした。
「OK、ありがとう。育成方針はどうする?このままAGI極で育てるか、それともちょっと強引でもステータスバランスをいじるか」
「あんたは、どうすべきだと思うんだ?」
「んー・・・。こればかりは好みだからなぁ。AGI型はプレイヤースキルさえ極めてしまえば、これに勝る武器はなかなかない。でも、必然的にメインウェポンはSMGやPDWに代表される軽量武器だけになるから、アサルトライフルとかを使いたい、っていうのであれば、せめてAGI-STR型に振る必要がある。要は、当たらなかければどうと言うことはないをやるか、ある程度喰らっても安定して火力を出せるようにするか。どっちが強いとかはない。実際、闇風はAGI極だけど、俺はSTR-AGIで、シノンはAGI-STRだし。思い切ってVITに振るっていうのも一つの手かな。さっきも言ったけど、好みだよ」
「なら、AGI極のままで頼む」
「あい分かった。少しだけほかのステータスにも振るけど、そこは勘弁してね。使用武器の希望とかは?」
「特にはない。あんたがいいと思ったものを使ってくれ」
「了解。ありがとうね」
それだけ言い残し、席を立つ。と、そこで俺は付け足した。
「あ、それと。シノンから伝言。“落ち着いたら今度は直接会いに行くね”、だって。
―――皮肉とかじゃなくてさ。いい友人を持ったね、君は」
緩やかにほほ笑んで俺は改めて出口へ向かう。同じく部屋を出る恭二は、一体どういう顔をしていたのだろうか。
いい顔をしていてほしいと、俺は切に願った。―――ターゲット候補になりえた相手にこんなことを思ったのは、きっとこれが最初で最後だろう。いや、そうであってほしいものだ。
さて、シュピーゲルとしてログインしていると、驚いたような声をかけられた。
「シュピーゲル!?」
「お。よ、シノのん」
「え、っと、どなたですか・・・?」
「大体想像つかないっぽい?」
若干あざとさを狙った振る舞いに、ようやく声をかけた相手―――シノンが気付いた。
「まさか、ロータスさん!?」
「大当たり。これの持ち主に交渉してね、一時的に借り受けたのよ。俺としても、AGI型の世界ってものを見てみたかったし、ちょうどよかったってわけ」
「確かあなたは、SAO帰還者でしたよね?なら、プレイヤースキルは高いはずだし、もともとサブアームはSMGだから使いこなせるとは思いますが・・・」
「SAO帰還者って、誰からそれを・・・って、一人しかいねえな。今度依頼量を吊り上げてやる」
俺の言葉に、シノンは乾いた笑いを浮かべる。
「ついてはさ、ちょいと協力してくれない?具体的にはキャラの成長ってことで」
「私は大丈夫ですけど・・・時間が合うでしょうか・・・?」
「勉強の心配があるっていうのなら、こっちにある程度資料持ってきてもらえれば、俺の教えれる範囲で教えるけど。俺のリアルがそういう風だから」
「そうなんですか?」
「ちょいと特殊な事例でね。融通利かせてくれたのよ」
俺はまだまだ、教師としてはひよっこ同然だ。働いていると、周りが再任用の大ベテランばかりだから特にそれを感じる。どんな形であれ、指導する機会が増えるというのは、俺にとってもプラスなことだった。
「さすがにさ、このアバターで地下迷宮入るのは辛いのよ。でも、俺もともとソロだからさ、手伝い頼める奴はいなくてね」
「ほかの古参プレイヤーの方々は・・・」
「あー、クランとかスコードロン入ってる連中ばっかだからね。例外はピトフーイくらいなんだけど、あいつはさすがに勘弁かな、って」
「確かに、あの人は、さすがに・・・」
シノンもソロだが、古参プレイヤーの部類ゆえか、かの毒鳥のイカれっぷりは耳にしていた。追加で言えば、開口一番「ヘカート売って!」なんて言うのはあいつだけだったらしい。というのは、後から聞いた話。
「つーわけでさ、お願いできない?もちろん、時間があるときで構わない」
「・・・分かりました」
「OK、サンキュ。フレンドは・・・送ってあるんだったな」
「はい、大丈夫です」
「そっか、んじゃ、早速今って大丈夫だったり?」
「あ、はい」
「よかった。じゃあ、早速フィールド、の前に装備整えないとな。俺のアカウントのホームにいくぞ。ドロップ品で使えそうな装備がしこたま置いてあるから」
そういって、俺たちは歩き出―――す前に、一言声をかける。
「それとな、シノン。これは知ってからずっと言いたかったことなんだがな。
俺は、ただ俺のエゴを通すために何人も殺した。誰かを守るために銃を取ったお前を、俺は心から尊敬する」
その言葉にシノンがどんな顔をしたのか、俺はきっと聞くことはないだろう。だが、それでいいとも思う。
いろいろ思うところは、例によって次の「あとがき的な何か」にて。