ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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56.赤眼

 案内された応接室で、俺は周りを見渡した。決して派手ではなく、しかして飾りすぎない。地味ではなく、それでいてよく見ると良い物を使っていることが分かる。いわゆる成金ではなく、ちゃんと見るものを見て買っているのがよくわかる。下手な骨董品が置かれていないあたりその証左だろう。だがおそらく、戻ってきた奴にとってみれば、

 

「くそつまらない部屋だっただろうな」

 

『へ?』

 

「なんでもないよ」

 

 あいつはSAOで、完全と言ってもいいほどに倫理観やモラルというものを破壊された。あいつは、あのPoHとかいうふざけた男には、それができるだけの能力があった。そんなことを考えていると、一人の女性がカップをお盆にのせて持ってきた。

 

「ごめんなさいね、ちょっといろいろあったものですから」

 

「いえ、約束も無しに、ぶしつけな真似をしたのはこちらですから」

 

 そんなことを言ってほほ笑む。出された紅茶を一口飲む。その光景を見てか、相手が問いかける。

 

「すみません、昌一はいま、VRゲームの大会だとかで」

 

「あれまあ、そうでしたか。ちなみに、どのようなゲームの?」

 

「弟の恭二がやってる、えっと、ガンゲイル・オンライン、だったかな」

 

―――大当たり(ビンゴ)だ。完全に札は揃った。

 

「あの、昌一が何か・・・?」

 

「順序だてて説明する必要があります。まず、親御さんは、息子さんがSAOの中でどのようにしていたか、ご存知でしょうか?」

 

「え?えっと、プレイヤー相手に戦っていた、とは・・・」

 

「それだけでしょうか?」

 

「はい」

 

 長く息をつく。確かにあいつなら、自分が人殺しだと伝えたらどうなるかなど想像することができるだろう。ならば、本当を交えた嘘をつくはず。だが、これはさすがに、本当の事を包み隠さず話さなければ先には進めない。

 

「・・・まず先に、大前提として。今からお話しすることは、すべて事実です。驚かないでください、とは言いません。が、頭ごなしに否定して思考停止するようなことはなさらないよう、お願いします」

 

 俺の少し大げさともとれる言葉に、少し顔を青ざめさせながら、相手は頷いた。

 

「ゲームにおけるプレイヤー同士の戦闘、通称PvPは、大きく分けて二つあります。ある程度の安全が伴った状態で行われる、いわば模擬戦のようなもの。普通に模擬戦と呼ばれる場合もありますが、一定の条件が伴えば、デュエルと呼称されます。そして、―――安全性の全く伴わない、相手を殺す可能性の高い、あるいは完全に殺しきるための戦闘。SAOもあくまでゲームでしたから、この、相手を殺すための戦闘が一定数発生していました」

 

「・・・まさか!」

 

「ご存知でしょうが、“あちら”で死ねば、“こちら”でも死ぬことは、プレイヤーにも通達済みでした。SAOでのプレイヤーキルが、現実世界における殺人だと同義だと、プレイヤーの全員が理解していました。それでもなお、その人の道を外れる行為を推奨した、狂っているとしか思えないプレイヤーがいたのですよ。“これはゲームであるのならば、PKするのも楽しみの一つだ。それに、ここでの人死には、そのすべてが茅場晶彦という狂った技術者のせいなのだから、自分たちのせいではない”、とね。その男は、自分に賛同するプレイヤーキラーたちを集めて、一つのギルドを結成します。名前はラフィン・コフィン。SAO史上最悪の、殺人ギルドでした」

 

「まさかとは思いますが、うちの子が・・・!」

 

「ええ。ラフィン・コフィンの中でも、幹部格のプレイヤーでした。昌一君はしばしば、カウンセリングを受けていたはずです。これは、SAOで積極PKを行ったプレイヤーに対するものです。彼は、合理的に、殺せる相手を選んでしっかり殺すこと。そして、得物がエストックという、使用者の少ない癖が強い武器であるということで有名でした」

 

「・・・そんな・・・」

 

 頭を振って、何とか混乱した頭を整理しようとする。少し間をおいて俺は続けた。

 

「話を続けさせていただきます。

 彼のほかに、ラフィンコフィンの幹部は三人いました。先ほど申し上げた、諸悪の根源である男。残りの二人のうち、一人は内部からラフィン・コフィンの壊滅を狙っていたことが判明しています。残るもう一人のプレイヤーと、昌一君はよく組んでプレイヤーキルをしていたそうです。そのプレイヤーとは、現実世界でも、面識があったようなんです」

 

「息子が、人殺しで、その仲間と今でもつるんでいる、と・・・?」

 

「ええ。そして、ここからが重要です。私がここに来た理由でもあります。

 まず、こちらを」

 

 そういって、俺はいくつか書類を見せる。それはどれも、死銃事件にかかわるもの。

 

「これは、仮想世界のアバターと示し合わせて行われたであろう、殺人事件と思われるものの資料です。この事件に、息子さんたちが大きくかかわっている可能性が高いとみています」

 

 さらりとにおわせるように言い方を変えても、やはりそこは母親。信じられないようにかぶりを振った。

 

「そんな・・・!息子が、現実でも、殺人を・・・!いったいどうして!?」

 

「それはお二人に聞いてみるほかありませんな。もっとも、主犯共犯含め二人で済めば、と思ってはいますが」

 

「済めば?まさか、こんなことに三人以上かかわっているとでも!?」

 

「そこまでは分かりません。が、可能性は高いと思います。そして、その中に、ご子息たちが含まれている可能性が高いとも」

 

「たち・・・?まさか、恭二まで!?」

 

「こんなことの片棒を担がせられる人物などそうはいない。ですが、それこそ、あの男がそうしたように、もし万が一、昌一君が恭二君を煽動させることに成功したなら。可能性は十分にあり得ます」

 

 俺の発言に、彼女はかぶりを振るのをやめ、俺の目を見て、黙り込んだ。

 

「徒に、口から出まかせを言っているわけではないのね・・・」

 

「ええ。死因はいずれも心不全。しかしこれは、遺体の腐敗が進んだ状態での死因推定結果です。それに、仮想空間で空腹を紛らわし続け、現実世界で栄養失調による体調不良、ひいては死亡、という事例がいくつか確認されていることは、ご承知の上だと思います。

 救急設備のある病院なら、緊急時に使用される、医療用マスターキーが存在するはず。また、放置すれば検出が困難になる劇薬も、同等に入手可能です。どちらも、身内のいる病院からなら、入手は容易でしょう」

 

 ここで、俺は黙り込む。あとは、この人の良心にかけるしかない。

 

 正直、これは分の悪い賭けだ。

 まず、いくら事実のみ話すから信じろ、と言われても、自分の子がそんなことをしている、と言われて、はいそうなんですか、と頷くような奴はなかなかいないということだ。どうあっても、自身の子を信じる親がおよそ一般的だ。ぽっと出の第三者にそんなことを言われても、信じない可能性のほうが高かった。

 次に、病院から物品がなくなるということを、部外者である俺に伝える可能性が低いということだ。もし俺の推理が正しいのであれば、昌一は病院から何らかの筋弛緩剤と、医療用緊急マスターキーを入手して、今回の凶行に及んでいる。俺からしたら、身内という精神的な穴をついた合理的作戦だと思うだけだ。だが、これが、病院組織の一員であり、自分の身内が行った可能性があるとすれば。信じられない以前に、病院としての汚点を表に出したくない、という心理が働くはず。それを、俺のような若造に話す可能性は低いと思っている。

 どれだけよく見積もったとして、可能性は五分五分。はっきり言って分が悪すぎる。でも、俺はこの手にかけるしかなかった。

 

 しばらくの沈黙の後、彼女は長く息をついた。

 

「直接病院に関わっているわけではなくとも、情報は入ってきます。ですがそれだけです。そのわずかな情報でも、漏らすことは許されていません。私の立場はそういうものです。

 なので、ここは私の独り言です。信じるも聞き流すも、あなたの自由です」

 

「分かりました」

 

―――どうやら、俺は賭けに勝ったらしい。この部屋の盗聴器は、ストレアが調べ上げて全部無効化してある。

 

「最近、病院で、緊急用のマスターキーと、筋弛緩剤であるサクシニルコリン、そして無針注射器が3つ、消失しているのが確認されたそうです。あくまで致死量すれすれで投薬すれば、という仮定に基づけば、ですが、7、8人ほどは死に至らしめる計算です。もともと、サクシニルコリンは即効性の高い、筋弛緩性の作用をもたらす劇薬。少量でも十分に人を死に至らしめます。それに、この資料によれば、亡くなったお二人はどちらもかなりのヘビーゲーマーだったようですね。痕の残り辛い無針注射器で致死量のサクシニルコリンを注射し、その遺体が腐敗の進んだ状態で発見されれば、“現実での体調管理を怠ったことによる栄養失調からくる心不全”という死因推定が出ることは、全く不自然ではありません」

 

 吐き出される言葉を、俺はゆっくりと飲み込んだ。この母親は、俺の前でこの発言をする、その意味が分かっている。でもそれでも、この言葉を吐き出す選択をした。純粋に頭の下がる思いだった。

 

「・・・息子さんの部屋を拝見してもよろしいですか?」

 

「ええ。でも、いま息子は・・・」

 

「承知の上です。でも、もし彼が犯人の一員なら、その証明となるものが確実にその部屋にあるはず。年頃の男の子である以上、母親が部屋に入ることは忌避感を覚えるでしょうが、自分なら多少は大丈夫でしょう」

 

「赤の他人というのも、それはそれで・・・」

 

「問題ありませんよ。私は彼と、SAOで面識がありますから」

 

「・・・と言うことは、あなたも、その、殺人を・・・?」

 

「・・・小を殺して大を生かそうとして失敗した、ただの道化ですがね」

 

 俺の自虐的な言葉に、彼女は息を呑み、目を伏せた。この一言で察せられるとは、なかなか聡いお人らしい。

 

「ならば、SAO被害者家族として、また母親として一言ずつ、言わせてください。

―――恨まれることが怖くはないのですか」

 

「怖くない、と言ったら嘘になります。が、これは自分で選んだ道です。後ろ指さされようと、石を投げられようと、選んだ時点で覚悟など済ませてあります」

 

「そうですか。

―――そこまで覚悟ができていたのに、どうして、息子を止めてはくれなかったのですか」

 

「止められなかった、というのが本音ですね。

―――生け捕りなどというのは、偶然が重ならなければ起こりえなかったでしょう。彼らは、自分が死ぬか相手が死ぬか、それしか考えていない節がありましたから。真正面から殺すのも難しい以上、私には何もできなかった。言い訳はしません」

 

「・・・狂ってる」

 

「ええ、狂っていました。私も気が狂いそうだった。でも、何を言っても、もう言い訳に過ぎません。死者は戻ってこない。目的が手段を正当化することもない。それが真実であり、それ以上でも以下でもない」

 

 俺の言葉に、じっと真正面から彼女は俺の瞳を見つめた。俺もまた、目をそらすことはしなかった。

 

「少々準備をしてまいります。そのあと、息子の部屋へ案内します。・・・どうか、お願いします」

 

「・・・分かりました」

 

 その言葉に込められた意味を、俺は明確に読み取った。

 

 

 

 昌一―――ザザの部屋に入る前に、夫人は思い出したように声をかけた。

 

「もし、あなた」

 

「どうされました」

 

 振り返った俺の手に、手袋をはめた手で小さな機械が渡された。

 

「無針注射器です。中身は、―――お分かりですね」

 

「・・・あなたは、」

 

 思わず絶句してしまった。俺がためらっている間に、彼女はゆっくりとかぶりを振った。

 

「あなたなら託せる。それに、あの子は、大会は大体1時間くらいで終わると言っていました。そろそろ、戻ってきても不思議ではありません。

―――本来なら、私たちがすべきことなのかもしれませんが―――」

 

「いえ。

―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どうか、お気に病まぬよう」

 

 それだけ言うと、俺はポケットに、無針注射器を忍ばせて、扉を開けた。

 

 部屋はいたって殺風景だった。あいつらしい、必要なものだけを置いた部屋。パッと見たところ、キーになりそうなものはない。だが、それはこちらが生身だけの話だ。

 部屋に置いてあるパソコンの電源を入れ、ケーブルを使ってスマホを接続する。

 

「頼むぜ、ストレア」

 

『全く人使いの荒い・・・』

 

 ぼやきながらも、電源の入ったパソコンの中に彼女が侵入する。解析結果はすぐにもたらされた。

 

『やっぱりこれ、SAOのザザのアカウントをそのままコンバートしたものだよ。ステータスバランスもそのまま。名前だけがステルベンに変わってるね』

 

「やはりか」

 

『芋づるで情報が出てきた。参照・・・完了。第三回BoB出場者のリストの一部と完全合致。都心だけに絞ってあるみたい』

 

「ということは、犯人は複数犯で、なおかつ何らかの移動手段があると判断してよさそうだな」

 

『そうだね。都心全域とまではいかないけど、徒歩で移動できる範囲を・・・!後ろっ!!!』

 

 ストレアの言葉に、俺は弾かれたように振り向く。後ろには、ダイブしているはずの人間が、アミュスフィアを外しにかかっていた。

 静かに、ポケットの中の無針注射器を握る。姿勢は低く、いつでも飛び出せる状態になった。ザザは、こちらを向くと、あからさまに敵意をむき出しにした。

 

「よう、赤眼の。邪魔してるぜ」

 

「貴、様・・・!!」

 

 俺を見てそれだけ言うと、あいつは枕元から、俺がポケットに忍ばせているものと同じ物を取り出した。―――なるほど、ここまで想定していたか。

 

「現実世界の死銃、か」

 

「知って、いたのか」

 

「確信があったわけじゃなかったがな」

 

 俺の言葉に、ザザは舌打ちした。ま、ここまできれいにカマに引っかかったら、舌打ちのひとつもしたくなるだろう。

 

「おとなしくしてくれないか。俺としても、無用な争いは避けたい」

 

「どの、口で・・・!そもそも、貴様の、目的など、分かっている・・・!」

 

 俺のとりあえずの勧告も、ザザを逆上させるだけだった。ま、こいつには、なんで俺がわざわざこんなところまで来たのか、なんて分かり切っているだろう。

 

「あ、そう。でも、あえて宣言させてもらう。

―――貴様は、ここで、殺す」

 

 その言葉に、あいつは飛び掛かってきた。ポケットから出してある左手でそれを打ち払い、注射器を離した右手で掌底を打ち込む。手ごたえはあったが、おそらく決め手にはなっていない。意地もあるかもしれないが、相手が無針注射器を手放していないのがその証拠だ。決め手になっていたのなら、それはきっと衝撃などで手から離れている。だが、俺からしたら問題ない。

 よろりと後ずさったザザに、さらにもう一歩踏み込む。左手で相手の無針注射器を持った手首を抑え込み、みぞおちに拳を叩き込む。今度こそ決め手になったらしく、相手は完全に悶絶した。その瞬間を狙って、左手をひねり上げて注射器を奪い取り、相手の首筋に打ち込んだ。打ち終えると、そのまま相手は崩れ落ちた。念のため、俺は自分のハンカチで、使っていない預かったほうの無針注射器を念入りに拭く。崩れ落ちた―――いや、こと切れたザザは、完全に動かない。

 

「先に地獄に行ってろ。安心しろ、(じき)に他の奴も送り届けてやる」

 

 それだけ言うと、俺はスマホの後片付けをして、部屋を後にした。

 

 

 部屋の前には、ザザの母親がいた。

 

「あの子は・・・?」

 

「襲われたので、返り討ちにしました」

 

 俺の言葉の意味を、母親は正確に理解したようだ。

 

「そう、ですか・・・」

 

「これはお返しします」

 

 俺は、彼女に渡された無針注射器を返した。

 

「預かった方は一応拭いてはおきました。念には念を入れたほうがよろしいかと。凶器は枕元に。

 それはそれとして。―――なぜ、私に?」

 

「私だって、一人の親です。あの子を―――昌一と恭二をここまで育ててきたんですもの。SAOから帰ってきた昌一がほとんど完全に狂ってしまったことくらい、分かっていました。それに影響される形で、恭二まで・・・。SAOで昌一だけが狂ってしまったのであれば、完全に浸ってしまった昌一に何かあれば、恭二はまだ戻れるかもしれない。そう思ってはいたのです。

―――でも、私には、息子を殺すことはできなかった・・・!」

 

「それが当然ですよ。一体この世の誰が、血のつながった自身の子をやすやすと殺せましょう。彼だけでなく、私のように狂ってしまわねば、そんな恐ろしい真似は出来ますまい」

 

「・・・ありがとうございます」

 

 ただ静かに泣きながら頭を下げる新川夫人に、俺はどんな反応をすればいいか分からず途方に暮れた。

 




 はい、というわけで。

 なんていうか、今までで一番狂った回だったかもですね。いろいろ頭おかしいだろこいつら。百歩譲って主人公はまあいいかもですけど。
 前もチラッと言ったかもしれませんが、俺は親心とか分からないですけど。さすがにこれはおかしいかなーって思ったり思わなかったり。でも、このくらいしか策思いつかなかったんです許して下さい。

 if編の最後でもそうでしたけど、主人公は殺すと決めたら割と真面目に容赦ないです。今回は半分成り行きなところもありましたけど、本来は殺したいと思っていたので、ある意味本望だったりします。

 さて、次はGGOエピローグとなります。はやくね?と思ってますが、これ以上書くことが無い。つらみ。

 ではまた次回。

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