GGOにログインして、俺はBoBの予選を眺めていた。はっきり言って、まずキリトのようなスタイルはあちこちで話題を呼んだ。まあそうだろう。飛び道具がこれでもかというほど充実しているゲームにおいて、わざわざあんな武器を選ぶもの好きなど他にいてたまるかという話である。他に気になったのは、初出場組。この手のゲームのご多分に漏れず、いわゆるネカマプレイはできない仕様になっている。もし仮に、今回の事件に備えてサブアカを作っていたとして、明らかに男性の声のアバターを使用していた死銃は女性アバターを使うことはできない。というか、GGO界隈の中では、死銃なんて眉唾モンだろうという意見がほとんどだ。ま、当然だな。ゲームの中で撃ったら現実の人間も死ぬなど、眉唾物にもほどがある。俺だって、現実に死人が出ていると思われる情報がなければ、そんなのウソの情報だろうと思っていたに違いない。その中で、気になる格好をしていたプレイヤーがいた。プレイヤーネームは、“Sterben”。一瞬、スティーブンのスペルミスかと思ったが、すぐに気付いた。
(ああ、こいつか、ステルベン)
ボロマントにドクロ仮面。使用武器はスナイパー。俺はそこまで銃に詳しいわけではないから、どの銃を使っているのかまでは分からなかった。精々が、雰囲気が
(マントにどくろ仮面・・・。まさか、な)
と、そんなことを考えていると、見知った顔が酒場に戻ってきた。確かこいつ、さっきステルベンと戦ってたな。と思い、近寄って行った。
「よっす、デビット。お疲れ」
「ああ、お前か・・・。見てたのか?」
「まあね。ちょいと聞きたいことがあってさ。一杯くらいはおごるよ?」
「ここでいいのなら」
「OK、交渉成立」
俺が話しかけたのはデビッド。GGOの古参プレイヤーで、俺の正体を知っている数少ないプレイヤーの一人だ。
「しかし、いつみても中身男とか詐欺だよなお前」
「誉め言葉として受け取っとく。というか、これ結構苦労したんだよ?」
「・・・マジで詐欺だわ」
笑いながらの返しに、デビッドは心底呆れて返す。
「それより、お前こそ出てないのかよ、BoB」
「ま、一身上の都合、ってやつよ。じゃ、お互い次の大会へ向けて、ってことで」
俺の一声に、二人ともそろってカップを上げる。一口飲んでから、再び画面に目を移す。
「当然っちゃ当然だけど、これってフィールドによってはなすすべなく終わるよね」
「実際俺がそうだったからな」
「あれま、それは失敬」
「で、聞きたいことってなんだ?」
「おたくが負けたステルベン、ってプレイヤー。どんな銃を使ってたのかなーって」
「お前、見てたんじゃねえのかよ」
「いやー、ほら、俺ってそこまで銃に詳しくないからさ」
俺の言葉に、デビッドはため息をついて、少し考え込んだ。
「移動時間から鑑みて、かなり射程距離の長い銃だな」
「デビッドの銃って、確かアサルト、だったよね?」
「まあな。グレランつけたアサルトだ。そのレンジ外からやられた。つまりは砂だな」
「砂かぁ・・・」
「でも、一つ妙なところがあるんだよな」
「妙なところ?」
「聞こえなかったんだよ、銃声が」
「は?砂なのに?」
「ああ。砂なのに、だ」
そう言いつつ、二人して中継画面を見る。おのずと行きつく先は一つだった。
「あれ、俺の銃と似てる?」
「こいつは・・・!なるほど、それでか」
「知ってるの?」
「知ってるも何も、お前の銃の系列銃だよ」
「俺の銃?AS50の?」
「ああ。型式名は確か、L115A3、だったかな。弾丸はラプアマグナム」
「ラプアマグナム、ってことは、確か33口径くらいだっけ」
「ああ。サプレッサー付きの狙撃銃だ。最大射程距離は、確か世界記録で2400m超だったはずだ」
「わーお、俺並みじゃん」
「お前はスペックの暴力だけどな」
「ま、ツイてただけだよ」
「・・・マジでお前男とか詐欺だわ」
「唐突な理不尽!」
適当に話していると、突然呟かれたコメントに思わず反応する。でもま、こいつがこう思うのはある意味仕方ない。
「こんな見た目だからね。それっぽくみられるように努力したんよ」
「ナンパされたりしないのか?」
「そもそもフーデットケープかぶってたら、見た目が分からないからね。ナンパも合わない」
「なるほどな」
「ま、一部の変態には見破られたけどね」
「は?お前を男と見破ったっていうのか?」
「正確には、なんかおかしいなー、って思ってただけみたいだったけど。カマかけられて俺がばらした形。デビッドも知ってるでしょ?あの
「ああ、あいつか・・・」
ピトフーイは、古参のGGOプレイヤーの一人だ。女性なのだが、こいつ、相当にイカれている。筆舌に尽くしがたいレベルでイカれてる。古参プレイヤーはそのイカれっぷりからほとんどが知ってるくらいにイカれてる。特に、詳しく聞いてはいないものの、デビッドは彼女となにやら因縁があるらしく、すごく反応が微妙なることもしばしばだ。
「さて、俺はちょいとリアル側の用事で落ちるわ。傭兵稼業は廃業してないから、何かあったらまた頼ってよ」
「ああ。願わくばお前とは、敵として会いたくはないからな」
そんなことを別れのあいさつに、俺はメニューからログアウトの処理を行った。
ログアウト処理を終え、俺はすぐにスマホを手に取った。そのまま、菊岡の番号にダイヤルする。
『もしもし』
「俺だ。すぐに参照してよこしてほしいデータがある」
『死銃の手掛かりかい?』
「確定じゃないがな」
そのまま、俺は、あの世界で俺が知っているそいつの情報をしゃべった。過去、この妙に回転の速く覚えのいい頭を恨めしく思ったこともあったが、こういう時は感謝だ。
『分かった。すぐに調べて転送するよ』
「頼むぜ」
それだけ言い残して、俺は電話を切る。菊岡にこの話を持って言った時点で、おそらく永璃ちゃんにもこの情報は行くはず。持ち帰った仕事を機械的に進めるが、どうにも進まない。俺の最悪のルート通りになった場合、俺はリアルで殺人を犯す必要がある。
(・・・今更か)
ふ、と息を吐き出す。今日は無性に、強い酒でも欲しい気分だった。
翌日。俺の予想通り、そいつは速いタイミングで酒場に現れた。俺が想定していた通りの格好だったから、すぐにわかった。
「久しぶりだな、赤眼の」
「・・・誰だ、お前は」
「おいおいおい、連れねえな。って、まあ、この見てくれじゃ、威厳も何もないがな」
いつものこっちの声より、意図して低くしている。いつもの口調のほうは、意図して高くしゃべっているから、余計に低く聞こえるはずだ。
「・・・貴様・・・!」
こいつはなんだかんだで観察眼が鋭い。殺したいが先立って比較的パーなジョニーではなく、クレバーなこいつなら、おそらく気付く。そう踏んだからこその接触だ。
「やっぱりお前か」
「・・・さすが、だな。クレバー度合いも、変わらずか、
「てめぇに言われたくねえな」
そして、見事に俺のカマかけにこいつはかかった。俺に対するこいつらの恨みなら、少しのカマかけでも乗ってくる可能性が高い。その俺の目論見に、見事に引っかかった形だ。
「だがまあ、本当にお前だとはな」
「たまたまだがな。残念だったな、殺害対象にできなくて」
「こちらの、手段まで、おみとおしか」
「細かい手段までは分からん。が、大体読める。あんたは確か医者の息子だろう。それなら、必要な道具は簡単に揃えられるはず。鍵しかり、現実の凶器しかり、な。あとは簡単だ。住所に関してどう調べたのかは知らんが、そこさえどうにかなれば終わりだ」
「それでも、お前に、何ができる」
「ああ確かに、俺一人じゃ何ともならん。だがな、お前がそうであるように、俺が一人だとなぜ決めつける」
「・・・フン。あの小娘ごとき、簡単に殺せる」
「―――やれるもんならやってみろ。その時は俺がお前を殺す」
自分でも特に意識はしていなかったが、はっきりと分かるほどに俺の声は低くなった。俺はそのままログアウト処理をし、すぐに連絡を取った。
『どうだったんだい?』
「ビンゴだ」
『了解だ。さすがだね』
「支援を頼むぜ」
それだけ言い残し、すぐに電話を切る。上着と車の鍵、携帯とペアリングした小型ヘッドセットを手に取り、即座に外に出る。今となっては珍しいものになったPHVのエンジンをかけた。通勤用に安い中古車と言うことで、俺が給料を前借りする形で買ったものだ。運転席に座ってヘッドセットをつけ、一言つぶやく。
「ストレア」
『はいはーい、状況はエリーから聞いたよ?』
「相変わらず手の速い子だ」
『それ、本人が言ったらむっとしそう』
「そういう意味で言ったわけじゃねえよ」
少し前から、バレないようにではあるが、ストレアが俺と永璃ちゃんのサポートに入っていた。最も、電子系において、彼女にサポートが必要かどうかというのは、少々以上に疑問符が付くが。
『Mストは全部の視点で見てるよー。さっきの会話から察して、ザザさんをちゃんと見ればいい?』
「厳密にはステルベンだ。ドイツ語でステルベン」
『へえ、お医者さんだったりするの?』
「・・・なんでそうなる」
『ステルベン、っていうのは、医療現場においては、患者の死亡を示すんだよ。だからそうかな、って』
それで、俺の引っかかりが解決した。そうか、だからなんか引っかかったのか。
「・・・そういうことか。ザザは医者の息子だよ」
『そ、っか。・・・!動いた!』
「どうした!?」
『例のザザさんが動いた。撃たれた相手は動けないみたい!撃たれた相手の住所までナビするよ!』
直後、俺は車を動かした。
ストレアのナビに従って、法定速度を少しオーバーするくらいで飛ばす。監視カメラの情報や交通情報から、最速ルートで車を飛ばす。なんとかたどり着いた場所は、既に鍵が開いていた。部屋に入ると、そこには誰もいない。部屋の主は、既に回線切断されていることは、運転中に知らされていた。
素早く脈をとる。俺の想像通り、脈は既に止まっていた。軽く合掌し、遺体を改める。相手が動かないと動けない以上、殺人を未然に防ぐことはほぼ不可能に近い。だから、俺の目的はこちらにあった。
『バイタルデータ参照、完了。回線切断寸前に、心停止に近い反応あり。おそらく本人、かなり苦しみながら死んでいっただろうね』
「人工的な心停止の誘発か」
遺体は死後硬直が始まっていない。それを加味しても、かなり遺体は柔軟性があった。
「筋肉の硬直はなし。出血は見たところなし。内出血もなさそう。硬直もないところを見ると、使われたのは筋弛緩剤か何かかな」
『でも、直後に亡くなったのなら、薬剤注入時の注射痕があるんじゃない?』
「その辺は、ザザが一枚噛んでる時点でどうにでも説明はつく。例えば、注射痕のない特殊な注射器を使ったとか、注射痕を消したとかな」
『精密検査してみないと分からないね。次のターゲットは誰だと思う?』
「分からんな、こればかりは。この付近に住んでいるBoB出場者、なんていう、都合のいい物件があれば話は別だが」
『さすがにこの付近にはいなさそうだね。今住所を照会したけど、最寄りでも、少なく見積もっても10kmは離れてるよ?』
「10km、か。平均時速60kmで飛ばしたとして、現地到着まで10分。一般道や路地、その他諸々を勘案して、移動時間は15分から20分くらいか。自転車だとしたら移動だけで30分くらいは覚悟しないといけないな。BoBは大体1時間ちょっとくらいで終わる上に、最初の10分は動かないのがセオリーだから、実質行動できる時間は50分くらいか。ゲームの中の準備を整えてから、ってことも考えると、あまりにも時間が足りなさすぎる」
『ということは、やっぱりもう一人いる、ってこと?』
「十中八九な。今、ステルベンを操作しているのはおそらくザザの野郎だろう。となれば、協力関係として真っ先に名前が挙がるのは、ジョニーか」
『現実でのコンタクト・・・確認。それっぽい人影がちらほらと散見されたよ』
「仕事の速いことで」
『エリーがまとめてたの。もしかしたら役に立つかも、って』
「さすが」
あの子は、この状況で俺が何を求めるのかを分かっていたらしい。とにかく、欲していた情報は手に入れた。
車に戻って、俺はゆっくりながらも一つの家に向かった。ストレアの情報から、今回のターゲットの場所は割れていた。おそらく永璃ちゃんが暴いたものだろうが、・・・うん、彼女のこの手の技術にツッコミは無用だな。というか、下手に藪をつついたらキングコブラあたりが出てきそうで怖い。
『ここだよ』
「おう、サンキュ」
その言葉とともに、俺は道端で車を止める。かなり大きな家であることは、事前情報として仕入れていた。
『でも、どうするの?これじゃ侵入は難しいよ?』
「そうだな。こっそりお邪魔するのは難しそうだ」
『え?無策でここに来た、ってわけじゃないよね?』
「なわけねーだろ。こっそりお邪魔するのが難しいなら、堂々とお邪魔するまでだ」
俺の言葉に、唖然とした雰囲気のストレアをよそに、俺は大きな玄関へ歩く。チャイムを鳴らすと、すぐに反応があった。
『はい』
「すみません、総務省仮想課の者です。少々ご子息についてお話をお伺いしたいのですが」
『分かりました。少々お待ちください』
その返答とともに、玄関の鍵が開いた。それを歓迎の合図と見て、俺は営業用の笑みの下に暗い笑みを浮かべた。
「これなら、万が一があっても、菊が口裏を合わせるだろうさ」
『なるほど、確かにね』
ぼそりとつぶやかれたコメントに、ストレアはため息交じりで同意を示した。
はい、というわけで。
ゲストキャラはデビッドさんでした。普通に強いキャラのはずなのに、主にピトさんのせいで半分くらいネタキャラになってる悲しいお人。砂にやられたらしいので、今回はステルベンさんにやられてもらいました。ステルベンさん強いっぽいし。
SAOクリアしたときにはMFゴーストみたくガソリン車ほぼ全滅にはなってないでしょうから、PHVくらいは残ってるだろうと思ってこういう車種選択です。PHVもガソリン車じゃないかって?一応あれ、区分的にはEVです。自分も驚きましたが。
さーて、次はようやくリアルでのラフコフ関係者とのご対面です。長かった。
あと、ぶっちゃけ次は人を思いっきり選びます。書いた自分が言うのもなんですが、気分が悪くなったから読むのやめる、というのも結構です。読み直して「これちょっと頭おかしくね?」って思いましたから。他にうまい筋書きが思い浮かばなかったのでそのままでしたが。
ではまた次回。