ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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53.依頼

 さて、いろいろと忙しい日々を送っていると、仕事の合間を縫う形で菊岡が会いに来た。俺としても、こいつにはそれなり以上に恩義があるのでむげにはできない。

 

「いやあ、忙しいとこ悪いね」

 

「悪いと思ってるのなら帰ってくれ」

 

 むげにはできない。が、信用はしていない。なんというか、こいつは、―――うん、胡散臭い。俺のあまりに礼を欠いた態度に対してどう思ってるのかわからない程度には胡散臭い。

 

「それに関しては申し訳ない。さて、早速本題なんだが。―――事前に送った資料には、目を通してくれたかい?」

 

「ああ。変な落ち方したなー、ってのは覚えてたからな」

 

 菊岡が言った“資料”というのは、近々会いに行くから目を通してくれ、というメールに添付されたものだ。そこには、茂村保というプレイヤーが、俺がMMOストリームに出演していた時間とほぼ同時刻に死亡していた、というようなことが書かれていた。それと、もう一つ。似たような事例があった、と言うことも。こちらは、薄塩たらこ、ってプレイヤーだったはずだ。

 

「つまりはこういいたいんだろう?

―――実際問題、アミュスフィアで殺人は可能なのか、と」

 

「さすが、察しがよくて助かるよ」

 

「よく言うよ」

 

 あれを見れば、どんな馬鹿でも一目で分かる。SAOという先例がある中で、VR殺人なんてものが世の中に広がっては面倒くさい。

 

「スキャンダルや、こういう無駄に世論を騒がせる面倒くさい事件ってのは、日和見主義の権化たる日本の政治家は一番嫌う。違うか、エリート官僚様?」

 

「違わないね。いやあ手厳しい」

 

 俺の言葉に、菊岡はくつくつと笑った。俺がこいつを嫌うのはこういう、妙に煙に巻こうとするところだ。何かにつけて“記憶にない”で逃げる日本の政治家らしいといえばそうなのだが、そういうのをうまく隠そうとするのが気に入らない。

 

「で?その犯人はなんて言うんだ?」

 

「―――死銃(デスガン)。死の銃。そう名乗っているよ」

 

「死銃、ねえ」

 

 ストレートなネーミングだな。ま、分かりやすくて結構だ。

 

「じゃ、その死銃さんが使った可能性のあるトリックをひとつずつ潰していこうか。

 まず、アミュスフィアのスペック上、脳みそレンチン(SAOと同じ手)は使えない。致命的に出力が足りないし、仮にやろうと思ったら今度はアミュスフィアに何らかの異常が出てるはずだ。回路が焼き切れるとか、そんな感じのやつ」

 

「そんな跡は残ってないね」

 

「その時点でこの手はありえない。じゃあ、死銃はどうやってゼクシードとたらこを殺したのか。真っ先に思い浮かぶのは暗示の類。でも、こいつはありえないと言って良い。ゼクシードに不審な点はなかったからな。これは闇風もそういってた」

 

「闇風、というのは、えっと・・・」

 

「ゼクシードが殺されたときに出てた番組に、俺と一緒に出てたプレイヤー。第二回BoBの準優勝者」

 

「ああ、なるほど」

 

 俺の説明で、菊岡は理解したらしい。全く、こういうところの理解は早くて助かる。

 

「俺が暗示の類を無いと思っているのは、それだけじゃない」

 

「と、いうと?」

 

「暗示の類―――具体的に言っちまえば、催眠、洗脳、マインドコントロール、っていうようなものってのは、仕込みに時間がかかるものなんだ。現実世界においても、だ。で、ここで肝になってくるのは、現実世界で時間がかかるってこと。まずこれが大前提。ここまでOK?」

 

「ああ、なんとなくわかる」

 

「なんとなくで結構。で、現実世界と仮想世界の一番の違いは情報密度の違いだ。もうちょっと言うと、現実世界のほうが、格段に情報密度が高い。匂い、音、触覚、味覚、視覚。どれをとってもだ」

 

「情報密度・・・?」

 

「一言で言っちまうと“リアリティ”。仮想世界っていうのは、あくまで仮想的に作り上げたものに過ぎない。だから、どれをとっても、こういっちゃなんだが、パチモンだ。―――話を戻すぞ。

 で、暗示とかで必要になってくるのが、この情報密度だ。要は、相手に対してより正確にフィーリングを伝えることで、暗示を確たるものにするわけだ。ここがあやふやだと、かかるものもかからない。で、相手を死に至らしめるほどの暗示ってのは、過去に証明が為されている」

 

「そんなものあるのかい?」

 

「古き大戦の研究の中に、な。確か、水が垂れる、ピチョンって音を聞かせ続けて、これはあなたの血が落ちる音です、って思いこませた場合だ。被験者は、失血死から程遠い出血量で、死に至った。で、ここで大前提として話した話に立ち戻る。要するに、この手の仕込みで殺せるとしても、仕込みにやたら時間がかかるし、そもそもリアリティに劣る仮想世界だと不可能に近い、っていうこと。ここで大きな矛盾が発生するわけだな。とまあ、パッと思いつくのはこれくらいだが、そもそもだ。

―――このくらい、検討してきてるんだろ?」

 

「だからこそ、こうして君に聞いているんだ。こういう異常者の類を間近で見てきただろう君に、ね」

 

「なるほどね。今回の俺の役目はプロファイラーか」

 

 全く、人使いの荒いことで。でもまあ、人殺しの心理が分かるのはそういうのを見てきた人間、というロジックは理解ができる。

 

「ま、俺の結論は、この資料を見て考えた時から変わらないがな」

 

「え?」

 

「結論はいたってシンプル。―――こいつは、()()()()()だろう」

 

「なんだって・・・!?」

 

「信じられないのなら何度だって言ってやる。これはただの殺人事件だ。

 ()()()の時はどうだか知らないけど、ゼクシードの時はMMOストリームに出てたわけだ。示し合わせは十二分にできたはずだしな」

 

「ちょっと待って、複数犯だとでもいうのかい?」

 

「というかそもそも、仮想世界で殺せない、って分かった時点で、なんで犯人が一人だと決めつける?共犯がいると見てしかるべきだ。死銃Aが仮想世界でアバターを操作、合図とともに、死銃Bが現実世界の茂村を殺る。そんなとこだろ。トリックとしては三流だな」

 

 そういって、一応は来客なのでもてなすために置いてあったコーヒーをすする。そんな俺を、菊岡は不思議な目で見ていた。

 

「・・・にわかには信じられない。殺人に手を貸すなんて」

 

()()()()()そうだろうよ。でも、この手の奴らは()()()()()()()()()()。そういう相手には、一回常識って枠を取っ払って考えたほうがいいぜ」

 

 自身を落ち着けるためか、菊岡は少しだけゆっくりとコーヒーを飲んだ。カップを置きながら一つ息をつき、菊岡はゆっくりと俺に問いかけた。

 

「君が考える、次の犯行は?」

 

「ゼクシードの時といい、こいつは目立つ行為を意図的にしている。ということは、何らかで人目を引きたがるパターンだ。であれば、次のターゲットはおそらくこれだろう」

 

 そういって、俺はメール画面を見せる。そこには英文のメールがあった。翻訳されていないが、こいつには朝飯前だろう。

 

「えっと、第三回バレットオブバレッツ開催のお知らせ・・・?」

 

「そ。前回ゼクシードが優勝したアレだ。俺も参加する予定だったが、今の話を聞いて気が変わった。今回は見送って、お前に協力してやる」

 

「いいのかい?」

 

「もともと腕試し的に出場してるだけだしな。それに、この手のケースなら、多分、犯人の割り出しは容易だ」

 

「本当かい!?」

 

「ああ。BoBってのは、景品送付のために、リアルの情報を入力するからな。犯人がBoBに出るっていうのなら、その中から絞り込んでケリだ。それに、何も自称死銃としかわからんわけじゃないんだろう?」

 

「あ、ああ。見た目だけ、だけど」

 

「十二分」

 

 見た目というのは重要だ。同じ人間でも、全く違う服装をしているだけで別人に見える。これは俺の体験談だ。

 

「目立つことが目的ならば、変装してくる可能性は低い。それにBoBは中継されるから、容姿からプレイヤーネームと一致させることはたやすい」

 

「分かった。こちらも協力者を使って調べてみよう」

 

「ああ、頼んだ」

 

 今回の話はそれだけで終了した。だが、俺はこのような手口に、どこか妙な既視感を覚えてならなかった。

 

 

 それから数日後。いつも通り仕事を進めていると、相談を受けた。

 

「天川先生、少し相談したいことがあるんですけど」

 

「ん、桐ヶ谷か。どうした?」

 

「いや、ここだとちょっと・・・」

 

「分かった。ちょっと待ってな」

 

 キリトこと桐ヶ谷和人は俺のクラスじゃない。が、もともと面識があるので、たまにこうして俺に相談を受けに来ていた。それ自体は珍しいことではないのだが、俺としても今のタイミングは少し嫌な予感がした。

 調べてみると、今は面談室が空いていた。さっさと使用申請を済ませ、俺は仕事用のタブレットと筆記用具をもって立った。

 

「面談室の使用を申請した。場所変えるぞ」

 

「了解です」

 

 俺の言葉に、桐ヶ谷は後ろからついてきた。

 

 

 

 面談室に入ってから、俺はさっそく聞き出した。

 

「さて、何が聞きたい?」

 

「GGOについてだ。とりあえず、ロータス君に聞けばいいよ、って、菊岡が言ってたから」

 

「・・・あんのドぐされ役人め・・・」

 

 思わずつぶやいた俺の恨み節に、桐ヶ谷は苦笑を漏らす。

 

「違っちゃいないがな。仮にも俺はBoB前回大会三位入賞者だ。軽いレクチャーくらいはしてやれる」

 

「助かる」

 

「いいって。その代り、今度ALOで一回分依頼代上乗せってことで」

 

「・・・(したた)かだなお前」

 

「強かでがめつくなきゃ傭兵なんてやってらんねーのよ。

 時間がないからキリトアバターをコンバートする必要があるな」

 

「あー、やっぱりか・・・」

 

「アバターコンバートに伴うアイテムロスト防止対策は省略するぞ。そんなの分かり切ってるだろうからな。

 ステバラはSAOの時と変わってなかったよな?」

 

「ああ。STR-AGI型だ」

 

「となると、適性は砂なんだが、コンバートしたてだと資金が調達できないな・・・」

 

「高いのか、その、砂?って」

 

「砂ってのはスナイパーを示すスラングだ。スナイパーライフルってやつは大型銃に分類されるから高価なんだよ。ついでに言えば、砂を担ぐのならサブアームもほしいから、かなりの額が必要になる。・・・あ」

 

「どうしたんだ?」

 

「裏技があるの忘れてた。そっか、あれならキリトでも十分にクリアが見込めるな・・・」

 

「なんだよ、教えてくれ」

 

「GGOの最初はグロッケンって街なんだがな、そこの一番大きなマーケットにミニゲームがあるんだ。名前はアルファベットでアンタッチャブル」

 

お触り禁止(アンタッチャブル)?」

 

「そそ。端的に言っちまえば、弾避けゲーム。お前でも、少なくともいいところまでは行けるだろうよ」

 

「それで稼げるのか?」

 

「ああ、まあな」

 

「攻略法は?」

 

「誰かが挑むのを待って、ちゃんと見てやればすぐにわかる。俺が攻略してから、挑戦者が増えてるらしいから、ま、大丈夫だろうよ」

 

「なんだそりゃ」

 

「口で説明するより、実際に見たほうが早いからだよ。

 デカいマーケットだから、道行く人に適当に聞けばすぐにわかる。今回俺は基本的に裏方に徹するから、行き会えないと思ってくれ。

 で、他に聞きたいことは?」

 

「とりあえずはそれだけかな」

 

「了解。じゃ、健闘を祈るぜ」

 

 それだけ言って、俺たちは拳を合わせた。

 

 




 はい、というわけで。

 なんか今回、久しぶりにこういう生々しい話をした気がします。
 主人公がこの手の心理戦に強いのは、ひとえにそういう環境にいたからです。前、確か冤罪で投獄されてた主人公のドラマがやっていたと思いますが、同じようなものだと考えてもらえれば。ちなみに、環境が環境なので、一般的な人がこういうことになったらSAN値がピンチ。

 当然っちゃあ当然ですが、学校ではキリトにもアスナにもレインにも苗字呼びかつ職業口調です。プライベートは相手によります。ちなみにレインちゃんは名前呼び。不自然ですね(ニヤリ

 さて、次は調査パートです。ついでにGGOでの主人公の姿も分かります。え?モロバレ?そんなー。

 ではまた次回。

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