ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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61.蓮の上に架かる虹

 転移された先は、どこかの回廊だった。だがそれは明らかに城のようなものではなく、むしろ無機質なものだった。俺の直後に二人―――いや、ユイと思われる黒髪の少女も含めて三人も気が付く。

 

「ここ、は・・・?」

 

「順当に考えれば、世界樹の上、だな。明らかに世界樹(ユグドラシル)城って雰囲気じゃねえが」

 

 やはり、あのゲームのうたい文句は大嘘だったということだ。何が世界樹攻略だ笑わせる。

 

「とにかく、侵入がばれているって前提で動くべきだろう。君がユイちゃんだね?」

 

「え、あ、はい」

 

「ということは、プレイヤーの座標照会くらいはできる?」

 

「可能です、えっと―――」

 

「時間がない。アスナの元まで、このまっくろくろすけを案内してやってくれ。俺はまた別件がある」

 

「で、こっちのサポートは私だね」

 

「ああ。頼む」

 

「もちろん」

 

「パパ、ママはこっちです!」

 

「分かった。・・・無茶すんなよ」

 

「てめーが言うな」

 

 その言葉を最後に、俺たちは散開する。しばらく走ると、ストレアが奇妙なことを言い出した。

 

「ここ、すごく気味が悪い」

 

「っていうと?」

 

「たくさんのプレイヤーがいる。でも、全く動いてない。なのに活動はしてる。まるで、肉体データを奪われて意識だけ活動してる、みたいな」

 

「夢を見てる状態ってことか?」

 

「夢にしては活動が激しすぎるの。意識だけ起きてる」

 

「・・・先を急ぐ。とにかく今はレインの元へ」

 

「うん」

 

 嫌な予感はするが、後回しだ。まずはここに来た目的を果たす。

 

 どこまで行っても研究所然とした、無機質な回廊を駆けていく。と、ストレアはある扉の前で止まった。その扉には、“主任室”とあった。

 

「・・・この奥。だけど・・・」

 

「・・・どうした?」

 

 ストレアの様子が目に見えておかしい。具体的には、歯切れが悪すぎる。

 

「先に言っておくね。いざとなったら、()()も覚悟して」

 

「・・・了解」

 

 最悪。彼女の言うそれが、何を示すのかは分からない。中で何が起きているのか。まずはそれを確かめる。

 

「コード、転写」

 

 ストレアが扉を開ける。そこには、見覚えのある長いプラチナブロンドの少女。

 

「・・・レイン、か?」

 

 だが、彼女はぐったりとしていた。心なしか、軽く汗ばんでいるようにすら思える。

 

「・・・誰?」

 

 声が聞こえる。どこかうつろではあるが、間違いなく、聞きたくてたまらなかった声だ。

 

「俺だ。ロータスだ。迎えに来た」

 

「・・・誰なの?」

 

 ・・・おかしい。一体何が起きている。と思うと、隣にいたストレアがうめいた。

 

「ストレア!?」

 

「来ないで!」

 

 絹を裂くようなストレアの声。初めて聞く強い語調に足が止まる。

 

「一時的にローカルメモリに退避する。気を付けて、何か―――」

 

 早口にそれだけ言い残し、彼女は消えた。考える間もなく、俺も転移を受けた。

 

 

 転移した先は、真っ暗な部屋。だが、互いの顔くらいははっきりと見えた。だからこそ、先ほどと違ってはっきりと分かった。

 

「・・・レイン」

 

 もう一度、彼女に呼びかける。反応はない。そして、その目はいったい何を映しているのだろうかと思うほどに、何もなかった。そして、純白のドレスに身を包んだアスナと、相変わらずのキリトも同じ場所にいた。

 

「うん?さっきまで妙なプログラムが動いてたけど、そんな様子はないね。でもま、僕のおもちゃに手を出したんだ、それ相応の罰を受けてもらわないと」

 

「おもちゃ?私はあなたのおもちゃなどではないわ。彼女もね」

 

「君に関しては徐々に堕とそうと思っていたんだよ。そこにいる彼女は、いわばその踏み台、といったところか」

 

「・・・何?」

 

「おや、気づいていないのか?なら教えてあげよう―――」

 

―――黙れ。

 

「彼女はね、僕の実験の成功例のおもちゃさ。そら、お前の主人は誰だ?」

 

―――頼む、黙っていてくれ。

 

「私はオベイロン様の忠実な(しもべ)です」

 

 だが、俺のそんな希望はかなわなかった。

 

「は、はは、ハハハハハハ!!聞いたかいロータス君、君がどんな風にここまでたどり着いたのかは知らないけれど、救おうとしたお姫様が自分のことを忘れていて、しかも敵の王様の手下になっていた!いやあ、本当に最高の奴隷だよ彼女は!

 殺してこいと言えば殺してくるし、なにより抱き心地がよかった!

 ここで目障りなガキも排除できる!最高のストーリーじゃないか、なんていい日なんだ・・・!」

 

「須郷・・・貴様・・・!」

 

 うめくキリトに、目の前の男は歩いていく。

 

「ここではそんな名前ではない。妖精王オベイロン様、と、そう呼べぇ!」

 

 何かを叫びながら、キリトの顔をけ飛ばす。その首に向かって、俺は歯を食いしばって、震える手を何とか押さえつけて、アローブレイズの矢を放とうとした。だが、矢を放つ寸前にその左手首を正確に投げナイフが貫いた。

 

「よくやった。お前はそこのウンディーネの相手をしていろ。ただし、殺すなよ」

 

「御心のままに」

 

 うつろな声で答えた彼女は、ゆっくりと片手剣を抜いた。斬りかかってくる彼女の剣を、ニバンボシを抜刀して受け止める。その状態で、ハイライトの消えた目と、うつろな声で、彼女は話し出した。

 

「これ――、誰か―――――る―に、お願い―――」

―――。

 

 はっきりと聞こえた、その言葉。SAOにいた時には、絶対彼女が発することが無いはずの、その言葉。誰よりもそれを忌避していた彼女が、こんなことを、しかも俺に向かって言うはずなどないとは、俺が一番知っている。

 

 歯を食いしばり、刀の峰に左手を添えて、押し返した。その反動も利用して、間合いを取る。逆手で刺さった投げナイフを捨て、やや半身になり、ニバンボシは担ぐように、左手は体側に構える。

 

「―――今、楽にしてやる」

 

 お前は俺を繋ぎとめて、引っ張り出してくれた。今度は俺が、お前を助ける。俺の言葉が聞こえたのかは分からないが、彼女は正面から突撃してきた。

 

 

 

 俺たちの戦いは苛烈な拮抗を続けた。俺のジャブの剣は通らず、相手の攻撃のことごとくを、俺は素手も使って受け流した。連撃を受け流し、いったん仕切りなおす。この間合いの次の一手が、俺には何となく読めていた。

 彼女の剣は俺には届かない。他ならない俺には。何故なら、彼女が培った剣術は、俺とペアを組んでいた時のそれがベースにあるからだ。いわば、俺とあいつの剣はコインの表と裏。似ているところもあるかもしれないが、同じ方向性になることは決してない。初めて彼女の剣と正面から向かい合ったとき、俺は初めてそれに気づいた。俺が回避と攻撃の手数に重きを置く超攻撃的スタイルなのに対し、彼女は、相手の攻撃は極力回避するというアプローチこそ同じでも、手堅く反撃の糸口を探るタイプだ。相手が彼女で、なおかつ手続き記憶に基づく剣術は忘れていなくとも、エピソード記憶―――俺の剣筋を忘れている彼女だからこそとれる手段。

 

 離れた間合いにいることを嫌ってだろう、彼女が接近してくる。牽制で投げナイフを投げてくるが、すべて弾き落とす。―――剣を下げた構えと彼女の剣術スタイルから見て、高確率で胸元への突き。俺の予想にたがわず、普通ならクリティカルになるであろう場所へ、彼女は突きを繰り出した。

―――ドスン、と、音がする。それは、突進してくる彼女を、俺が抱き留めた音。あの突進は、俺の想像通り、胸の中心よりほんの少し左側―――心臓を狙ってきていた。そのため、ほんの少しだけ横にステップして、彼女の腕ごと抱えることに成功したのだ。

 

「―――帰ってこい、レイン。俺はただお前のために、ここに来た。お前は何も悪くない。俺はただ、お前が生きていたならそれでいい。だから、」

 ―――殺して、なんて言うな。ましてや俺が、お前を殺せるわけがないだろう・・・!

 

 俺の言葉に、腕の中の少女が初めて、人らしい反応を見せた。それほどまでに、彼女は人形のようだったのだ。

 

「あな、たは―――」

 

「ロータス、

―――いや、天川蓮、だ。現実世界じゃないが、―――約束通り、会いに来たよ、()()

 

 名前を呼びながら、腕の力を強める。

 

―――頼む、伝わってくれ。

―――そうでなければ、俺は今度こそ、つなぎとめるものもなく転落していってしまう。

―――俺はそれが、一番怖い―――

 

 ただ念じる。何秒だったのか、何分だったのか、それは分からない。だが、確実に、彼女はその武器を手放し、ゆっくり抱擁を返した。

 

「本当に、ロータス君・・・?」

 

 その声に、俺は息を呑んだ。

 

「―――ああ」

 

 さらに少し、腕に力を籠める。歯を食いしばって、それでも少しだけ、嗚咽が漏れた。

 

「ごめんね」

 

「馬鹿。違うだろう」

 

 なんとかこみ上げるものを落ち着けて、腕の力を緩めて、彼女の顔を真正面から見つめる。その目には、はっきりと光が戻っていた。

 

「―――ただいま」

 

「―――おかえり」

 

 その時の俺は、上手く笑えていたと信じたい。

 

 ゆっくりと、抱擁を解く。そこには、須郷はすでにいなかった。

 

「そっちも終わったみたいだな」

 

「ああ。お互い、な」

 

 そういっていると、俺の元にナビピクシー状態のストレアが戻ってきた。

 

「やっぱり戻ってこれた」

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「うん、大丈夫。エリーゼさんのお墨付き。無事、助け出せたみたいだね」

 

「ああ。全部終わった。あとは未帰還者をログアウトさせるだけだが、その辺は、あの子だし抜け目ないか」

 

「うん、想像通り。じゃ、お二人のプロテクトを解除するね」

 

 そういって、彼女はまずレインに触れる。

 

「あなたは、まさか、あの時の・・・?」

 

「そう。こちらでは初めまして、だね」

 

「元気になったんだね」

 

「うん。バグも取り除かれたし、もう大丈夫。―――よし、プロテクト解除完了。じゃ、えっと、アスナさん、でいいのかな」

 

「ええ。お願いします」

 

 アスナの合図で、彼女のほうの作業にも取り掛かる。と、キリトがこちらに聞いてきた。

 

「なあ、彼女、誰?」

 

「うん?んー、いうなれば、ユイちゃんの妹?」

 

「ユイの・・・ああ、そういうことか」

 

「そういうこと。俺だって、よもやこんな形で役に立つなんて思っちゃいなかったがな」

 

 この説明だけで分かるキリトは、やはりかなり頭の回転が速いほうなのだろう。―――その能力がゲーム廃人にしか行っていない、というのは、否定できないかもしれないが。

 アスナのプロテクトも解けると、俺たちはログアウトした。

 

「じゃ、また、向こうでな」

 

「ああ」

 

―――こうして、俺の短いような長いようなレイン救出は、幕を閉じた。

 

 




 はい、というわけで。

 ようやくここまでこれた・・・。長かった・・・。というか、本編より長いってどういうことよ・・・。完全にこれおまけが本編だよ・・・。

 主役二人のこのやりとりがしたいが故のニバンボシでした。元ネタ作品は、これが投稿される頃はリマスター版が発売されているころでしょうね。
※2019/11追記
予約投稿時点ではまさかここまで延びるとは思ってなかったんです許してください。

 レインちゃんのシーンのセリフは、一応反転でこの下に書いておきます。原典でのかなり重要なシーンのネタバレになりますので、見る方は自己責任でどうぞ↓
これ以上、誰かを傷つける前に、お願い。殺して。
反転ここまで

 というか、自分で書いておいてなんですが、なんでこうも全体的に糖分多めになっているのでしょうか・・・。いや本当に。自分でもどうしてこうなったです。

 さて、次回でSAO&ALOif最終回です。胸糞というか天罰というか天誅シーンも入れる予定ですが、大半は今回以上にどうしてこうなったと言いたくなるほどのゲロアマシーンですので、ブラックコーヒーを多めに用意しておくことをお勧めします。
 次回更新は2019/12/30です。お楽しみに。

 ではまた次回。

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