住まいのほうは案外あっさりと用意された。名古屋のはずれだ。もう少し突っ込んで言うと、ナゴヤドームのあるあたりから少し東に行ったあたりだ。近くには、陸上自衛隊の駐屯地があるらしい。最も、俺はミリオタでもなければそこまで野球が好きなわけでもないので、そんなに興味はない。荷物に関しては、誇張でもなんでもなくボストンバック一つ分だったので特に問題はなかった。大きめのボストンバックから、半ば押し付けられるようにして渡されたナーヴギアを接続する。パソコン、テレビに冷蔵庫と、一回りそういったものは揃っていた。これは後で礼を言っておくか、と考えつつ、部屋に“なぜか”ぽつんと置いてあった、“ALfheim Online”というソフトを手に取った。中を開けてみると、確かにナーヴギアの規格にも一致している。
―――このゲームの中に、あいつが。
思わずにはいられない。気を抜くと、俺の隣で笑いかけてくれたあいつの顔が目に浮かぶ。戻ってきてからずっとそうだった。
何があっても会いに行く。俺はそう約束した。ならば、会いに行かなくては。その決意が、再び俺にナーヴギアをかぶらせた。―――どうせもう失うものなんてほとんどないんだ。あいつに会えるのなら、助けられるのなら。―――それは、この命を懸けるに
「リンクスタート」
そうして、俺は久しぶりのフルダイブに突入した。
初期のセットアップに移る。名前は、今まで通り“lotus”。種族に関しては、既に下調べをしてあった。俺の性格的に、後方支援がメインになるレプラコーン、プーカは合いそうにない。音楽はまだ好きだし、一応まだ楽器持てばある程度は吹けると思うから、やるとすればサブアカでプーカかな、とは思うが。ケットシーも申し訳ないが却下。理由としては、そこまで敏捷性もいらなければ、テイマー志望でもないし、何よりエリーゼと被る。宝探しなんざ誰かに任せとけ、ってことで、スプリガンもナシ。サラマンダーは、なにやら素行の悪いプレイヤーがいることが多い、ということで、こちらも却下。となると、残ったのはシルフ、ノーム、ウンディーネ、インプ。この中で考えると、せっかく魔法があるのなら、魔法を使ったプレイをしたい。ということは、魔法に長けた種族、ということで、シルフかウンディーネなのだが、どちらかというとウンディーネのほうがバフなどの支援や付加魔法に長けている、らしいので、ウンディーネにするとあらかじめ決めてあった。
迷いなく名前を入力して、ウンディーネを選択する。種族選びで速攻で決めたからか、微かにどこからかジョインジョイントキィみたいな音が聞こえたが無視することにする。と、
『では、ホームtttt転sssしmmmss。ggggドrrrrrr』
・・・おいおい、開始一分でバグに遭遇かよどーなってんだこのゲーム。と、独り言ちていると、突然足元が崩れた。転送されたのは、どこぞの街中などではなく、どう見ても森の
さすがにこれは俺もあわてた。このままでは開始10分足らずで、非常に豪快な
「・・・あっぶねぇ・・・」
いやはや焦った焦った。さすがにこれはびっくりだ。さて、初期ステータスはどんな感じだ、っと。と、プロパティを開いてみて、さらに驚いた。
「なんだこんな高ステータス・・・」
少なくとも、こんなのは初期ステータスではない。短剣、曲刀、投剣、索敵、隠密、体術、武器防御はカンスト。刀、射撃、小太刀は900オーバー、高速武器換装は800オーバー、アイテム作成は650程度。そして何より、初期値とはいえ、サポーターに適した種族に関わらず魔法系のスキル熟練度が全く設定されていない。・・・ちょっと待て、これって、
「SAOクリア当時の、俺のステータス?」
いやいやいや、そりゃないだろう。と思ったが、間違いなくそのままだ。てことは、アイテムはどうなってるんだ?と思い、ストレージを開くと、こっちはこっちで驚きの光景が。
「Oh・・・」
ものの見事な文字化けの山。これって大丈夫なのか?と思いながらスクロールすると、メールが届いた。ログインしてからまだ30分経ってないからなんかの間違いだろうと思って開くと、空メールで一つの添付ファイル。そのファイル名を見て、間違いではなかったことを察した。添付されたファイル名は“MHCP02 strea”。すぐさまファイルを展開すると、俺の目の前に紫の滴型のクリスタルのようなものが現れた。それをタップすると、目の前にはあの時に会った少女がいた。ゆっくりと彼女は目を開けると、その目を見開いた。
「久しぶり、で、いいのかな」
「はい、それでいいですよ。ロータスさん」
「堅苦しい。ため口聞いてくれ、ちょっとむず痒い」
「わかり―――分かった。これでいい?」
「おう、それで頼む」
そこまで言ったところで、周囲にプレイヤーがいないことを確認して、俺はさらに口を開いた。
「早速で悪いが、いくつか聞きたいことがある」
「この状況について、だよね?」
「ああ。俺のステータスはSAOのままだし、アイテムは文字化けだらけだし、加えて本来、何かしらの操作が必要なはずなのに、君は普通に展開できると来た。正直、なんでこんなことになってるのか、理解ができない」
「それに関しては、一言で済むよ。この世界とあの世界を形作る根幹が同じだから」
「根幹?ベースプログラムが同じ、ってことか?」
「そう。たぶん、こっちのほうが幾分かバージョンが古いけど。それでも十分すぎる性能だね」
「バージョンダウンして十二分な性能か・・・。つくづく化け物だな、茅場晶彦ってやつは。で、一種の混線のようなもので、俺のアカウントデータが引っ張ってこれちゃった、と」
「うん。本来、射撃スキルはユニークスキルなんだけど、この世界には弓もあるからね。たぶん、そっちの上位互換になったんじゃないかな?」
「・・・いわゆる強くてニューゲームか、半分チートもいいところじゃねえか」
「ただ、アイテムは全部破棄したほうがいいと思う。幸いなことに、今の装備自体は初期装備で廃棄されない設定だから、遠慮なく捨てられるよ」
「遠慮なく、って・・・。あー、でも、そのままにしておくとバグ認定で大変なことにもなりかねんか」
「そういうこと。ましてや、SAOクリア時の武器まであるから。開始してすぐにそんな武器持ってたら、チート認定されるかも」
「そうなったら、よくて一時凍結、最悪BANだな。・・・仕方ないかぁ・・・」
言いながら、アイテム全廃棄を選択、実行する。きれいさっぱりアイテムストレージから物が消えたことを確認すると、俺はメニューを消して質問を続行した。
「そういえば、ストレアはここではどういう扱いなの?MHCPなんて、この世界にゃないだろ?」
「それはもちろん。私たちはあくまで機械であって、機械にも限界ってものがあるから。それは本職の生身の人に任せるよ。
この世界の抽選特典で、ナビピクシーっていうのがあるんだけど、それに該当しているみたい」
そういうと、彼女が光に包まれた。一瞬目くらましを食らったものの、すぐに気を取りなおす。と、そこには手乗りサイズになったストレアがいた。
「これが、ナビピクシーとしての姿。でも、上手くちょろまかしているから、私単独で戦闘することもできるよ」
「へえ。戦闘スタイルは?」
「それは―――実践したほうがよさそう。近寄ってくるプレイヤーがいる」
「何人だ?」
「3人」
「種族は?」
「ケットシーと、これは、シルフだね」
「混合種族パーティ?珍しいな、このゲームで」
「ま、その辺は直接戦ってみれば分かると思うよ」
そういうと、再びストレアが光に包まれる。と、彼女は紫色の装束に身を包み、両手剣を手に持っていた。俺も、装備を取ろうとして、面食らった。
「ワンドかよ。せめてメイスにしてくれればよかったのに」
そういうと、俺は早々に武器をしまって臨戦態勢。
「素手なんだ・・・」
「武器があれじゃ仕方ないだろう。大丈夫、俺は体術もカンストさせてある。並みの相手に後れは取らん」
迎え撃つ体制を整えたときに、遠方から風の魔法が飛んできた。風の刃を飛ばす魔法なのだろうが、俺からしたら遠方から見える時点で回避余裕だ。実際、俺は簡単に回避できた。が、ストレアのほうは、その両手剣を盾にすることもなく、その身で耐えた。―――いや、これは。
「だらっっしゃあああぁぁぁいい!!」
両手剣上位ソードスキルが一つ、“
「ワオ」
思わず声が漏れた。なんという攻撃。もともと、震怒竜怨斬は威力がかなり高い。それに加えてカウンター倍率がかかっているから、一撃必殺どころか一撃蒸発になってやしないかと心配するほどの威力だ。なにも来ないことを不審に思っていると、上から風を切る音が聞こえた。―――この音の大きさ、近寄ってくる速さからすると、敵の攻撃とタイミングは。
タイミングを読んでサイドステップで相手の攻撃をかわす。一瞬見えた得物の大きさから察するに、相手の武器は両手剣。―――いや、待て。
「奇襲としては三流だな!」
後ろから滑空するように斬りかかってきた相手は、くるりと回転しながら反転、一瞬見えた槍は上体を反らせて躱して、巴投げの要領で投げ捨てる。このコースなら、先ほど突貫してきた両手剣もちに重なるはず。そこを狙う。ブレイクダンスさながらの身ごなしで、さらに交錯したポイントに向かってぶん殴りにかかるが、これはさすがに避けられる。
「そりゃそうだよな!」
相手が回避して、仕切り直し。素手なら、俺のポーズは決まっている。腰のあたりを一回叩いて、左足を一歩分だけ前に出し、手は体側に近い自然体で構える。
「素手!?」
「初期装備があまりに肌に合わないものだったもんでな」
相手の驚きは律儀に返す。こっちの相手は、初手で降ってきた大剣持ちのシルフ、それから、さっき突撃してきた槍使い、こちらはケットシーか。おそらく、こいつらは魔法を使うとしても、そこまで魔法に比重を置いた戦い方はしてこないはず。こちらが素手で戦う以上、飛び道具があるのなら、遠距離から封殺するのがセオリー。それは俺がよく知っている。相手の得物が近接武器であり、武器変更の様子が見られない以上、遠距離は魔法のみ。となれば、最初のあれをやった本人はストレアが相手をしている、ということになる。と、考えていると、ほど近いところで、轟音とかなり大きい砂埃が上がった。そこで、相手のシルフが問いかける。
「ベリア、大丈夫!?」
「大丈夫、一応・・・。こっちも結構きついかも・・・」
「ベリア、私たちの後ろで援護。シェピと私で前。仕留めるよ」
「「了解!」」
どうやら、向こうは前衛二人と後衛一人のようだ。―――在りし日を思い出し、少し懐かしく思った。
「ストレア、後衛の魔法に注意しながら、まず前衛を潰すぞ。俺は、槍持ちが来るところをクロスカウンターで迎撃する。自由にやれ」
「ラジャ!」
短い作戦会議とともに、俺はさらに集中する。背後で魔法の詠唱が始まる。おそらく、魔法の到達とほぼ同時か、少し前後するタイミングで突貫が来る。俺の読み通りのタイミングで前衛が突貫してきた。素早さとしては、若干ケットシーのほうが上か。だが、俺からしたら、
「アスナよりは遅いな」
あの、最初から目にもとまらぬ速さのレイピア捌きよりは格段に遅い。それに、これだけ距離があれば対応を考える時間もある。スピードは確かに速いが、対応はたやすい。直前で少し軸をずらし、左手でみぞおちをぶん殴る。相手が高速で突っ込んでくるのだから、その分のエネルギーも上乗せされる。結果、ただの素手とは思えないほどHPが削られた。逆手で、俺の背中側にあった相手の槍を右の逆手でつかむと、そのまま相手の得物を分捕り、蹴とばす。どうやらさっきの一撃でスタン判定になったらしい相手はまだ動かない。そこに、俺は槍を肩に担いでそのままぶん投げた。見事に
「・・・エグっ」
思わずストレアが漏らす。それに俺は疑問を覚えていると、ストレアの目の色が変わった。俺も警戒して後ろを向くと、そこには先ほど倒したはずの槍使いと、最後衛に控えていた魔法使い。おそらく、後衛の魔法使いが蘇生魔法を使ったのだろう。
「しまった、抜かった」
「珍しいね、油断するなんて」
「あ、や、意外と手ごたえ無くてさ」
「これはひどい」
俺の会話を驚いたように、呆れたように下の二人は見ている。と、
「あ、そうだ。
なあお姉さんがた、俺がやっといてなんだけど、あのシルフの子、復活させることってできる?」
「「「・・・は?」」」
俺の突拍子もない発言に、敵味方合計三人の驚きの声が重なった。
「いやいや、なんで?」
「早い話がさ、俺にチュートリアルつけてほしいのと、案内してほしいんだよ。
知り合いがケットシーで傭兵プレイしててな、チュートリアル終えたら会いに行こうと思ったらバグに巻き込まれて、気が付いたらこの森の中。どーしよってなってた時、あんたらが襲撃してきたから迎撃したんだよ」
「ケットシーで傭兵・・・名前は?」
「エリーゼ。スペルは、e、l、i、s、e、だ。あんたらケットシーだろ?なら、ってことで。どうせならお仲間も一緒のほうがいいだろ?」
俺の言葉に、魔法使いのほうが動く。先ほど倒したシルフのリメインライトに近づくと、何か詠唱を始めた。詠唱が終わってから少しして、シルフの子が復活した。
「いやー、おにーさん、面白いね!」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
「うんうん、そんな反応も面白い!てなわけで、その頼み引き受けた!」
「ちょ、フカ、そんな速攻で!?」
「そいつはありがたいが・・・説明は、いらないよな?」
「うん、リメインライトの状態だったけど、話は聞かせてもらった!」
腰に手を当てて胸を張る女性のシルフ。ま、美人なのはある意味当たり前だな。この手のゲームだと顔面偏差値どーなってんだっていう場合がほとんどだから。SAOみたいな例外は除く。アスナ?いやあれは特例。レインが可愛いのは当たり前。
「それに、バグでこんなところに来た、って言葉に嘘はなさそうだからね。ウンディーネがここまで来るには、アルンとルグルー抜けてくるのが近道だし、そこなら比較的初心者向けの武具屋はあるから、MobというMobを全部トレインとかいうクソ野郎じゃなければある程度のユルドもたまってるはずだし。お兄さんとそこのお姉さんほどの手練れなら、そこらのMobなんざ初期装備どころか防具なしの徒手空拳だろうと雑魚同然だろうから、トレインする理由もないし。バグである、とすれば納得がいくけど、そうでないとすると若干不自然なところがちらほらあるからね」
「お宅らをPKしようとしているかもしれないぜ?」
「だったらもうとっくの昔に殺されてる。今のは油断してたから蘇生されたけど、普通に正面切って戦えば負けるんだもん」
「違いない。じゃ、よろしく頼む」
「オッケー!あ、私はフカ次郎、長いからフカでいいよ」
「俺はロータス。こっちはストレア」
「よろしくね、フカちゃん」
「うん、よろしく!というか、お姉さんが教えるっていう選択肢はなかったの?」
素朴なその質問に、一瞬ストレアが固まる。が、俺としてはこの質問は想定内だ。
「こいつの説明は分かり辛いんだよ。背中から羽が生えるから、ばたばたすれば飛べる、って言われたって、いったいどういうこっちゃって話だ」
俺の回答に、フカは爆笑した。
「それは確かにその通りだけど、確かにそれじゃ全くわからんわ!」
「フカ、笑いすぎ。あ、私はシェピって言います。後ろのはベリア」
「おう、よろしくお二人さん。ところで、なんで三人は異種族パーティを組んでいるんだ?」
「もともと、ケットシーとシルフは仲がいいんです。で、たまたまサラマンダーに襲われているときに助けてもらって。その時をきっかけに一緒にクエストしたりする中になって、ギルドを組みました。めったにはないですが、ギルドで種族を一致させなくてはならない、なんて物はありませんから」
「なーるほどねぇ。ギルド名は?」
「ドッグアンドキャッツ、です。もともと、フカの名前は愛犬の名前らしくて。で、ケットシーは猫妖精族ですから」
「そのままだが、悪くないな」
「いやー、笑った笑った」
と、ここでフカが復帰した。と、ここで、静かだったベリアが口を開いた。
「ロータスさん、ちょっといい?」
「ん、どうした?それと、さん付けはいらんよ?」
「分かった。用件だけど、たぶん、探し人が見つかった」
「え、エリーゼがか?」
「うん。私、フレだから。メッセだしたら返信が返ってきた。事情を説明したら、多分そうだろう、って」
「なんかほかに、俺に伝言ってあるか?」
「あなたに、っていうか、私たち全体に。場所的に2時間もあればつけるだろうから、フリーシアで落ち合おう、ついたら教えて、だって」
「なんだその裏切る宰相みたいな名前の場所は?」
「君と紡ぐ空の物語!って違う!」
俺のボケに、フカが律儀に乗ってきた。そのまま真面目に答える。
「ケットシー領の首都だよ。確かに、レクチャーも込みで2時間あれば余裕だね」
「よし、じゃあ頼む」
「よし来た!」
先ほどから察していたが、フカはどうやら相当にノリのいい部類らしい。幸先のいいスタートに、俺はラッキーを感じていた。
はい、というわけで。まずはネタ解説。
モンハン大剣系狩技
そのまんま。元ネタからしてこんな感じ。受けたダメージに対する与えるダメージ倍率を調節したくらいですが、衝撃波とかそういうものはありません。ロマン砲って、いいよね・・・!
素手でも強いロータス君。ま、いくら相手も対人戦のゲームやってたって言っても、彼ほど濃密な死線というわけじゃなかったのでこんな感じ。というか、いくら肌に合わなかったからって素手ってどうなのよ君ィ・・・。
さて、次はエリーゼさんと合流してからのお話になります。本格的にALOでの冒険譚ですね。
ではまた次回。