ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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ALO、if編
57.虹を求めて


 SAOから帰還して数か月。俺は今日の宿を探していた。というのも、これには少し込み入った事情がある。

 ま、端的に言うと、“家を追い出された”。SAOにどんな事情があったと言っても、父親にとって俺はたかがゲームで2年間も棒に振った馬鹿者に過ぎなかったのだ。・・・これを理解するまでに、一週間くらいかかったが。リハビリ明けの俺に待っていたのは、自分で代金を払う羽目になった携帯と、おそらく一定期間は暮らせるだろう金、それからある程度の服だけだったのだ。家も家族も、俺には許されなかった。で、俺はその日暮らしの半分、いや、ほぼ完全にホームレス生活になっているわけだ。一応、ナーヴギアは俺の手元にある。両親が管理を拒否したからだ。気持ちとしては分かる。ナーヴギアを被ることで、また死にかける羽目になったら。そう考えたのだろう。だが、俺としては、使うところもないから、ただのバラストと化していた。

 虹架に会いに行こうにも、これでは合わせる顔がない。ため息交じりに俺はネカフェに入った。

 

 

 ネカフェに入ってから、携帯に着信があった。手に取ってみると番号が表示されていた。登録していなくとも覚えている番号なら分かる。この番号は見たことがある。だが誰だったか思い出せない。とりあえず電話に出てみることにした。

 

「もしもし」

 

『あ、天川くんかい?』

 

 その声は、どこかで聞き覚えのある声だった。頭の中で軽く検索をかけると、胡散臭そうな眼鏡の役人が頭に浮かんだ。

 

「菊岡さん、だったっけ」

 

『そう、仮想課の菊岡です。で、早速だけど用件ね。君が探していた枳殻嬢なんだけど、若干厄介なことになっていてね』

 

「厄介なこと?」

 

『彼女も、SAO未帰還者のようなんだ』

 

「・・・なんだそりゃ」

 

『あれ、ニュース見てないの?』

 

「あいにくそれどころじゃなくてね。で、そのSAO未帰還者ってなんぞや」

 

『君たちがSAOをクリアし、SAOプレイヤーは死亡者を除いて、ほとんどが現実世界への復帰に成功した。が、一部がまだ仮想世界から戻ってきていないんだ。彼ら彼女らを便宜上、SAO未帰還者と呼んでいる。加えて、SAOサーバーはまだ正体不明の稼働を続けている』

 

「きな臭いな。ま、とりあえず調べてくれてありがとう」

 

『それだけじゃない。彼女自身は浜松の中央病院に入院している。君のいる名古屋からはそこまで遠くないから、お見舞いに行ってあげたら?』

 

「行ける状況ならな。それじゃ」

『ちょっと待った待った。もう一つ要件っていうか確認っていうか』

 

 用件が終わったと判断して電話を切ろうとしたとき、菊岡は慌てて待ったをかけた。それにもう一度携帯を戻す。

 

「・・・なんだよ」

 

『君の連絡先を知りたい、ってSAO帰還者がいるんだ。念のため、本人に確認を、って思って』

 

「相手の名前は?」

 

『橘―――いや、プレイヤーネームで言おう。エリーゼさんだ。何度か接触ログがあったし、知ってる、よね?』

 

「まあな。

 あ、それと、相手に連絡とりたければ携帯にかけてこいって言っておいて。今俺住所不定だから」

 

『ああ、わか―――・・・ちょっと待ってそれは一体どういうことだい!?』

 

 一瞬普通に返事を仕掛けた菊岡だったが、たっぷり数秒の沈黙の後、慌てたように大声を出した。おーおー取り乱してる面白い。

 

「そのまんま。家追い出された」

 

『いやいやいやいやいや、ついでに伝えといて、ってレベルであっさり言うことではないだろう!?』

 

「そうか?」

 

 しばらくして、電話口からため息が聞こえてきた。どうやら、議論は無駄だとあきらめたらしい。

 

『・・・はあ。ちょうどそっち方面に行く用事もある。こっちで住むところは用意する。とりあえずはそこで暮らしてくれ』

 

「いいのかよ?」

 

『このくらいは協力するさ。というか―――・・・』

 

「・・・というか?」

 

『いや、何でもない』

 

 それは絶対何かあると直感したが、何となく地雷のような気もしたので、聞くのはやめた。

 

『まあとにかく、住居はどうにかする。もしかしたらちょっとばかし暮らしづらい環境になるかもしれないが、その辺は理解してくれ』

 

「ま、ぜいたくは言わんよ。せっかく用意してくれるってんなら、お言葉に甘えるまでだ」

 

『そうしてくれると助かる。じゃあ、先方には情報提供のOK出しておくね』

 

「ほいほい、了解」

 

 そういって俺は電話を切る。と、少しの間をおいて俺の携帯に着信。番号は俺の身に覚えのないものだった。いやいやまさか、こんな速攻でかかってくるわけないだろうと思いながら電話に出た。

 

「もしもし」

 

『あーよかった出てくれた』

 

「・・・いくらなんでもレス早すぎやしませんかねぇエリーゼさん」

 

 あきれながら俺は答える。それに相手―――エリーゼこと橘永璃(たちばなえり)はすねたように答えた。

 

『何よ、こういうのの反応は早いほどいいでしょ?』

 

「早すぎるっつってんの。俺が菊からの電話切ったの数分前だぞ?」

 

『そう?ある程度話の流れは読めたし』

 

「そもそもなんで話の流れを知っているんですかねぇ・・・」

 

『いやー、そこのネカフェさ、監視カメラとかのセキュリティ関連が案外ザルなんだよね。パソコン自体は、それぞれの対策とサーバー対策でどうにかしてるけど、店自体のセキュリティ関連だけサーバー分けてるのが仇になってるみたい』

 

「いやだからそもそもセキュリティかいくぐってカメラ映像ハッキングするなよ」

 

 俺のツッコミはもっともだと思いたい。というか、おそらく一定以上の強度があるであろうセキュリティを“ザル”とまで言い切るとは、この子はいったいどんなレベルのハッカーになっているんだろうか。

 

『さすがにこれだけ足取りがつかめないとこういう手段にも出るよ。ご丁寧に、あなたのお父さんは、携帯の名義だけお父さんで、引き落とし口座はあなたのバイト先にしているみたいだし。ほかに辿る手段もないし』

 

「あっそ、妙なところで律儀なやつもいたもんだねぇ」

 

『他人事だね』

 

「他人のことだからな。自分を捨てたやつをもう親とは思わん」

 

 これは本音だ。古くから勘当というのはそういうものだ。俺もあの家に戻るつもりはないし、父親も母親もあくまで()()()()()()()()に過ぎない。

 

「で、本題は?」

 

『レインちゃんがどうなってるか、知りたい?』

 

 レイン。その単語に、俺は軽く鳥肌が立つのを自覚した。そして、この発言が出るということは。

 

「SAO未帰還者で、浜松の中央病院に入院中。そこまでは知ってる。―――その先を知ってるのか?」

 

『もちろん。そうじゃなきゃこうまでしてコンタクト取ろうと思わない。

 端的に言うと、レインちゃんはまだVR空間にいる。と、思われる』

 

「なんだと?」

 

 思わず眉をひそめた。その反応を見て、永璃はさらに言葉をつづけた。

 

『レインちゃんの入院してる病院の接続ログを追ったの。セキュリティいくつかぶち破って痕跡も消してたから、さすがに相当時間がかかったけど。恒常的につながっている接続先は、レクトプログレスってところ。さっきの反応から察するに、おそらくSAOがあの後どうなったかも知らないよね?』

 

「ああ。そこから関連するんだな?」

 

『もちろん関係大有り。まず、SAOの運営のアーガスは、あの後多額の賠償金を抱えて倒産。で、それが私たちが戦っている間の出来事。それで、SAOのサーバー維持を請け負ったのが、当時IT系企業としてそれなりの実績を築いてきたレクト。その傘下に、レクトプログレスがある』

 

「・・・待てよ、さっき、レインは()S()A()O()()()()()ではなく、()()()()()()()()()接続してる、って言ったよな?」

 

『その通り。さすがロー・・・じゃなかった、蓮さん。

 で、このレクトプログレスは、文字通りSAOの生存者の管理を一手に引き負ってた。医療施設の手配なんかは大体国の行政府と協力してやったから特に問題なし。彼らがやっていたのは、私たちの行動ログの管理と、万が一でもサーバーのダウンが起きないようにする、いわゆる保守管理。ソフト的なメンテナンスに関しては、根幹プログラム―――カーディナルが自動でなすようにプログラムされてたから、ハード的なメンテがメインだったみたい。

 で、―――今そのパソコンは、これか。ちょっと確認だけど、今マウスポインタ動いてる?』

 

「は?何言って―――」

 

 突然何を言いだしたんだ、と思いきや、画面内でマウスポインタが勝手に移動していた。

 

「・・・円を描くように動いてる」

 

『よーし大成功。じゃ、ちょっと画面見てて』

 

 そう言うと、彼女はさらに通話の向こうでパソコンを操作したようだった。どうやら遠隔操作しているらしい。・・・つくづくこの子はいったいどこまでの技量を持っているのだろうか。と、考えていると、画面に画像が表示されていく。

 

『まずゲームのパッケージのやつ。これはレクトプログレスが運営するVRMMO、アルヴヘイムオンライン』

 

「アルヴヘイム・・・妖精の国とか、そんな感じの意味か」

 

『その通り。ゲームの詳細をかいつまんで言うと、魔法ありソードスキルなし、完全スキル制PK推奨のSAOみたいなもの』

 

「人を選びそうだな」

 

『そうでもないのよ、これが。プレイヤーが妖精になって、自由に空を飛べる。これが結構気持ちいい。ま、延々と飛び続けられるわけじゃないけど。そんなんで、順調にプレイ人口は伸びていってる。で、このゲームの最終目標、グランドクエストは、世界樹の攻略。これが鬼難易度で、サービス開始から1年経過した今でもクリア者ゼロ。世界樹を攻略すると、妖精王に謁見が叶って、飛行制限が解除できる種族に転生させてもらえる。つまり、今まで飛行に制限があったところが、その制限が解除されてより自由に飛び回れる、ってわけ』

 

「そりゃ、こっちが飛行に制限があって、相手にその制限がなかったら、戦闘はすごくやり辛くなるな」

 

『それ以前に、もっと気持ちよく飛んでいたい、っていうのが根幹なんだけど・・・。ま、とにかく、その世界樹の上を一目見ようと、とあるプレイヤーたちが策を練った。で、それで世界樹の上にある、とあるオブジェクトが発見された』

 

 そう言って、彼女は新たな画像を表示させた。引き伸ばされているのか、かなり画質が粗い。

 

『私もこれじゃ満足じゃないから、画像ソフトを改造したりしてさらにこいつをきれいにしてみた。そしたら、ま、案の定、こうなった』

 

 そして、その処理後の画像が表示される。そこから得られた結果は、俺の想定通りだった。純白のドレスのような衣装に身を包んではいるが、長い栗色の髪、そして、遠目ながらでも整っていると分かる顔立ち。それは、俺の記憶にしっかりと残っていた。

 

「アスナ、だよな?」

 

『ええ。先に言っとくけど、ここからちょっとばかし脱線するからね。

 現実の彼女―――アスナについて、少し調べてみた』

 

「少し?洗いざらいの間違いだろ?」

 

『結果的に洗いざらいになっただけだってば』

 

 否定しろよ。と、思わず内心で突っ込んだ俺は悪くない。と思いたい。まあ、もともとこの子はこういう子か。と、思っていると、さらに画像が表示された。

 

「これは、病院、か?」

 

『そ。菊岡さんもびっくりしてたね。しかもそこに寝ているのは、レクトの社長令嬢―――結城明日奈だっていうんだから、さらにびっくり』

 

「結城、明日奈だと?」

 

『うん。それが、彼女―――“閃光”のアスナのリアルネーム。本名をそのまま名前にしてたんだね。せっかくだからってことで、レクトの社長さんである父親がこの病院に入れたらしい。で、彼女も例によって例のごとく、SAO未帰還者と来ている。これはちょっときな臭いぞと思って、さらにALOとレクトを調べてみた』

 

 そういって、また更にいくつか画像が表示される。一つは、二人の男が写った写真。もう一つは表形式にしたセルデータだ。

 

『まず写真のほうから。年配のほうが結城彰三氏、アスナの父親。もう一人は須郷伸之、レクトのフルダイブ部門の主任。撮られたのが、さっき画像で出した、この病院。こんな写真が何枚もとれるほどには懇意なんだろうね』

 

「父親ならともかく、いち社員ごと気がわざわざ社長令嬢の見舞いに行くか?」

 

『私もそう思った。それに、結城明日奈は16歳。民法上、結婚も可能な年齢。そして、フルダイブ部門っていうのは、今も不明の稼働を続けるSAOサーバーの保守点検を行ってる。で、さらに調べてみたら、決定的な奴が出てきた。それが、その表データ』

 

 そういわれて、表データを食い入るように見つめる。表題は、“レクトプログレスサーバー(ALO)接続時間”となっている。

 

『端的に言うと、IPアドレスごとのALO接続時間の統計データ。同一IPで二人が同時に一時間ログインしても一時間で表記される。それはまず頭に置いておいて。で、これを接続時間でソートすると、こうなる。で、そこからさらに逆探知をかけて、SAO未帰還者の接続IPと照合した結果、こうなった』

 

 そういうと、表の行に色がつく。端的に言えば、上位のほとんどのIPに色がついた。つまり、

 

「接続時間の上位のほとんどが、SAO未帰還者のIPだった、ってことか」

 

『その通り。もちろん、この中にはレインちゃんの接続IPもあった。

 どんな形であれ、ALOにログインするのが一番手っ取り早いと思うよ。こっちでもあれこれ調べてみるけどね。その辺は菊岡さんに頼んだから』

 

 こうも二十歳(はたち)超えたか超えないかの若者に、仮にも将来有望な官僚がパシられてていいのか、と内心思ったが、とりあえず今は考えないことにした。

 

「初心者アバターで、できるだけ迅速な事態収束か。なかなか厳しいねぇ」

 

『あ、その辺は大丈夫。今、手元にナーヴギアがあるでしょ』

 

「・・・何でそれ知ってるんだよ。かなりマジで」

 

『菊岡さんから聞いた』

 

 ここまで来て、ようやく、菊岡が先ほど一瞬言いよどんだ理由が察せられた。大方、彼の弱みを握っているのだろう。何かしらのスキャンダルネタ、と考えるのが妥当か。ご愁傷さまだ。同情はしないが。

 

『とにかく、ナーヴギアを使ってALOにログインしてみて。規格とかほとんど一緒だから、問題なくログインできるはずだよ』

 

「なんでナーヴギア?新品の新型ハードもあるんだろ?」

 

『まあ、そっちでもいいけど・・・ま、それはログインしてからのお楽しみ、ってことで』

 

 何となく、嫌な予感がした。が、まあ、この子は本当に危ない案件なら警告してくるはずなので、とりあえずは無視しても問題ないと判断した。

 

「分かった。とにかく、環境が整い次第ダイブしてみる」

 

『ん、そうしてみて。私はALOで、ケットシーのエリーゼって名前で傭兵プレイしてるから』

 

「また傭兵か。好きだな」

 

『いやー、最初は稼ぐためだったけど、すっかり気に入っちゃって。やっぱり性に合うみたい』

 

「そうか。じゃあな」

 

『ん、またね』

 

 そんなことを言って、電話は切れた。いつの間にか、表示されたウィンドウは残らず消されていた。

 相変わらず、こちらまで明るくなるような、陽の雰囲気のある子だな、とぼんやり思った。せっかくネカフェにいるのだから、少し調べるか。そう思って、俺は目の前のパソコンのインターネットを開いた。

 




 はい、というわけで。

 帰還後のお話でした。自分で書いておいてなんですが、ロータス君の親クズ過ぎない・・・?いくらなんでもこんな風に放り出すって、そんなことあるのか・・・?
 エリーゼさんのハッキング能力に関しては、創作物だからってことで一つ。ぶっちゃけこんなレベルのハッカーって、現実にいるのか・・・?って書きながら思ってました。が、彼女の能力は、特にこのif編においてキーになってきます。

 今回は、レインちゃんのほうが囚われているので、彼がその救出に向かうというお話です。次からは本格的にゲームの中の話になります。個人的に出番を増やしてあげたかった彼女も登場、メインキャラクターの一角として活躍してもらう予定なのでお楽しみに。

 ではまた次回。

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