ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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※コーヒーの準備をお勧めします


56.消える境界線

 俺が再びその意識を覚醒させた時、俺は不思議な場所にいた。まるで、夕暮れの空にいるようだ。比喩でもなんでもなく、俺は空に立っていた。いや、どういう状況だよ。と、ツッコミを入れるより先に、俺は後ろを振り返った。そこに、彼女がいると確信しているように。そして、彼女も、俺が振り返ることを信じていたように、胸に飛び込んできた。

 

「よかった・・・」

 

「たりめーだ。俺はもう死ねねぇからな」

 

「それは、私がいるから?」

 

「ああ。後ろにお前がいるってことが、俺にとって重要になったからな」

 

「そっか・・・」

 

 俺の言葉に、彼女は腕を回して少し力を籠めることで返答とした。

 

「その・・・名前、教えてくれねえか」

 

「え?」

 

「リアルで、会いに行くからよ。教えてくれ」

 

 んー、今までこんなに恥ずかしい思いの質問ってあったかなぁ。たぶんないなぁ。なんて、軽い現実逃避をしながら、ほんの少しだけ視線を下に向ける。と、彼女はゆっくりと答えた。

 

「枳殻虹架。花の枳殻に、虹が架かる、で、虹架」

 

「虹架、か。きれいな名前だな。お前によく似合う」

 

「君も。名前、教えて?」

 

「天川蓮。天の川の蓮だ」

 

「蓮、か。何となく、君らしいね」

 

「そうか?」

 

「そうだよ。泥の中でも色あせない蓮の花。どんな状況でも自分の信念を曲げない、君らしい」

 

「そう、かな。考えたことなかった」

 

 それだけ言うと、俺は我慢できずに少し強めに抱きしめた。レイン―――虹架に、俺は耳打ちした。

 

「何があっても会いに行く。待っててくれ」

 

「うん。信じてる」

 

 答えるように強くなった虹架の腕の力を、俺は心地よく思った。そして、改めて、視線を違う方向に向ける。

 

「こうして見るのは初めてだな」

 

「そう、だね」

 

 レインも、同じ方向を見る。そこには、円錐状をした鋼鉄の城が浮かんでいた。―――浮遊城アインクラッド。俺たちがこの2年半過ごした、このゲームの舞台であり、もう一つの現実。

 

「なかなかに絶景だろう?」

 

 その声に、俺たちは思わず離れる。が、その手はほとんど無意識につながれていた。声のほうを見ると、そこにいたのは白衣の男性。

 

「茅場晶彦・・・」

 

 思わずつぶやく。彼はヒースクリフとしてではなく、茅場晶彦としてここにいた。

 

「ああ。MHCP02のバグはもうすでに除去してある。―――原因は、君の推察通りだったよ。彼女は、ロータス君のローカルメモリに保存されるように設定した。今は、データ転送の真っ最中だろう」

 

「そうか。感謝する」

 

「このくらい、どうということはない」

 

 その会話が一区切りつくと、虹架がぽつりと聞いた。

 

「あの。・・・何人、生き残ったんですか?」

 

「今現時点で、ログアウトシークエンスが進んでいる対象人数は、6486人、だな」

 

「そう、ですか・・・」

 

 その返事を聞いて、茅場は何か言いかけた。が、その言葉は発せられることなく、彼は別の言葉を紡いだ。

 

「―――ゲームクリアおめでとう。レイン君、ロータス君。私はもう一人の勇者の元へ向かうとする。あとわずかな時間だが、ゆっくりするといい」

 

 そういうと、彼はまた歩き出した。

 

「何を言いかけたんだろうね、茅場さん」

 

「さあな。ただ、―――俺としては、あのままレッド殺しをしていた場合の救済人数、っていうのも、少し興味はあるがな」

 

「もしそうだったら、私たちはこうしてはいなかったね」

 

「ああ。最後の攻略が75層なのか100層なのかはわからんが、ギリギリまで俺は攻略に参加しなかっただろうな」

 

「それで、もっと暗殺技術とか鋭くなってたり」

 

「ありうる。虹架とどこかで会っても、きっと俺は突き放してるだろうな。俺みたいに闇堕ちして欲しくなくて」

 

「だと、私はもっと意地を張って追いかけていくだろうね」

 

「何となく想像つくな、それ」

 

 轟音が響く。鋼鉄の城が音を立てて崩れ落ちていく。この2年間で駆け抜けた、その場所が落ちていく。空の底、という表現が果たして正しいのかは分からないが、どこまでも落ちていく。

 

「なあ、虹架」

 

「何、蓮さん」

 

「リアルで会えたら、その・・・できれば、でいいが・・・俺と付き合ってくれねえか?」

 

 ここまで顔を見られたくないと思ったのは初めてだ。表情や目線がPvPで役に立つと知ってから、俺はポーカーフェイスが得意になっていた。だが、今ははっきりと頬が紅潮しているのが分かった。この調子だと、文字通り耳まで赤くなっているに違いない。だが、隣の少女はかすかに笑いを漏らすと、正面から見上げる角度で俺の顔を見た。

 

「あーあ、私から言うことになると思ったのになぁ」

 

「は?」

 

 素っ頓狂な声が出る。一瞬本気で、相手が何を言っているのか分からなかった。が、一泊遅れてようやく理解する。

 

「えっと、それってつまり・・・」

 

「私も。きっかけとかよくわからないけど。それでも、あなたのことが好きです」

 

 そんなことを言った。言いやがったよこの娘っ子。まだ赤みが消えない顔を下げると、そこには同じく照れた虹架がいた。そこに感じた何とも言えない感情のままに、俺は先ほどより数段強く彼女を抱きしめた。

 

「・・・ちょっと苦しいかな」

 

「やかましい。・・・お前が可愛すぎるのが悪い」

 

「なにそれ」

 

 笑ったような、呆れたような声とともに、彼女も俺を抱きしめる。

 

「会いに行く理由が増えたな」

 

「会いに来なかったら私から会いに行くから」

 

「そうか。すれ違いにならないようにしないとな」

 

「思い込み激しそうだしね、蓮さん」

 

「やかまし。って言いたいけど、否定できないのが悔しいな」

 

 そんなことを言い合う。そんな中で、轟音が止んだことに気が付いた。

 

「そろそろ、だな」

 

「そうだね」

 

 もはや言葉など意味はない。またしっかりと抱き合って、―――俺たちの意識はゆっくりと落ちていった。

 

 

 

 

 

 再び目を覚ます。そこで、俺はゆったりと横になっていた。

 

「・・・知らない天井だ」

 

 思わず、そんな言葉が漏れる。ふざける余裕くらいはあるのかと、思わず笑いが漏れた。自分の力の無さが、ここは()()()()ではない、と教えていた。みぞおち付近に力を込めて、体を起こす。

 

(頭が重い。―――ナーヴギアがあるからか)

 

 何とか腕を持ち上げてナーヴギアを取ろうとするもうまくいかず、仕方なく俺は頭を下げてナーヴギアを頭から落とした。大昔のゲーム機だったかゲームソフトだったかは、強い衝撃を与えるとセーブデータが吹っ飛んだそうだが、今時そんなヤワなつくりはしていないだろう。

 落とした衝撃でかなり足は痛い。が、その痛みが、現実世界へ戻ってきたという実感

 

(虹架に会いたいな・・・)

 

 どうしても、そんな思いが湧いてくる。だが、とりあえずはこの体をどうにかしてからだろう。そう思った俺は、とりあえず近くにあったナースコールと思われるボタンを押した。

 




 はい、というわけで。

 エンダァァって言葉は受け付けない。
 正史より一足先に結ばれましたこの二人。ifルートになった最大の要因は、彼女に対する彼の感情と、彼女から彼に向けられる思いに気付いちゃってこうなる未来しか見えなかったからなんですよね。あと、当時久しぶりに有川浩作品熱がぶり返した主が糖分多めな文章を書いてみたくなったというのもあります。

 ちなみに、一応原作、正史、if編それぞれの生存者数を挙げておきます。
原作:6147人
正史:6508人
if  :6486人
 彼がよしとした行動は、結果だけ見れば間違っていなかった、ということでしょうか。個人的には、この辺は判断が分かれるところかなーと思います。

 さて、次はALOifです。長かった。ここからはロータス君視点になります。なんで彼女の方じゃないのか、というのは、ちゃんと描写されますんでご安心を。

 ではまた次回。

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