ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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 はい、どうも。

 季節感皆無な今回。ついでに言えば話の中の季節感も皆無でございます。

 それでは今回どうぞ。


6.静かな大晦日

 ゲーム開始から二か月弱。最前線は五層まで到達していた。ここまで来るまでにいろいろあったが、何とかボス攻略での死人は今までゼロを保っている。それは、ディアベルのカリスマがもたらす前線指揮の的確さと、キリトの活躍によるものだろう。キリト自身が宣言した“ビーター”という呼称は殆ど使われることはなく、今では、第一層のフロアボスLAアタックボーナスドロップの黒いコートを強化、再利用して使っているため、その恰好から“黒ずくめ”とか“ブラッキー(先生)”とか呼ばれている。

 

「はあっ!」

 

 目の前の敵をぶっ倒して、ゆっくりと剣を左右に振って鞘にしまう。周りにプレイヤーはいない。それもそうだ。今日は12月31日。大抵のプレイヤーはホームに戻ってゆっくりと過ごしていた。攻略も今日は中止するというのが不文律となっていた。実際、第一層の一件以降呑み仲間となったディアベルに晩酌に誘われたが、俺は断って、こうして狩りに興じている。運営が年の変わり目などという時にイベントを発生させないわけはない、というのも事実なもので、俺はこうしてフィールドに繰り出しているわけだ。

 

「しっかしまあ、本当にいい剣だ」

 

 少し前にモンスターからドロップした曲刀のほうがプロパティとしては高いのだが、いまだに俺はボーンカトラスを使っていた。武器の特性上、インゴットに変換することは難しいらしいのだが、それを補って余りあるその使いやすさと性能があったし、何より長く握っていたことで俺の手になじんでいた。強化試行回数は4とかなり少ないが、元からステータスが高いのでそこまで気にしていない。ちなみに、この剣は丈夫さに3、鋭さに1を振るという極端な装備だ。もう一本は対照的に丈夫さ1に鋭さ3となっているので、うまい具合に使い分けができている。

 

「さてと、・・・ん?」

 

 何か物音がした方向を見てみると、そこには小さく、耳の長い動物―――兎がいた。それに対して、俺は疑問を覚える。ここらは俺が狩場にしているフィールドだ。ポップするモンスターもある程度記憶している。だが、こんなところに兎型の敵がポップした記憶はない。もともと俺が遭遇していないだけかもしれないが・・・

 

「行ってみるか」

 

 落ち着いて考えてみれば、もう明日からうさぎ年だ。ということは、何らかのニューイヤーイベントなのかもしれない。そう思ってそちらに行くと、兎は俺の先をピョンピョンと跳ねていった。やがて兎たちは穴を潜り抜けて、向こう側へ行ってしまった。その穴は、ちょうど横になれば通れそうなくらいの大きさになっていた。周りに人や敵がないことを確認すると、俺は剣をストレージにしまって、匍匐前進の要領で穴をくぐった。

 穴を抜けると、そこには大量の兎がいた。よく見ると、兎だけではなく、小さなリスのようなものや、小鳥もいた。周りの空気は澄んでいて、若葉独特の明るい緑に囲まれていた。さすがの俺もこの光景には言葉を失った。もともと動物がそこまで得意な質ではなかったが、こうもたくさん動物がいるとは思ってもみなかった。それに、ここの雰囲気は、穴をくぐって来る前のそれとは一線を画していた。

 

「こりゃ、結構あたりかもな」

 

 一瞬フリーズした思考回路を再起動させながら、しゃがんで集まった兎の一匹に手を伸ばす。逃げるかもしれないと思ったが、手が触れても逃げずにこちらを見上げるだけだった。兎がどこを撫でれば喜ぶのかはわからないが、とりあえず体を優しく撫でることにした。その一匹だけではなく、他の動物たちとも触れ合う。動物を撫でることなどリアルではなかったが、どれも毛はふわふわと心地よく、こういうことを好む人間の心理が理解できた。

 

「珍しいね、お客人なんて」

 

 その一匹に限らず、暫く感触を楽しんでいると、傍から声がした。どうやら自分が思っていた以上に夢中になっていたらしい。そちらのほうを向くと、NPCを表す黄色のカラーカーソルが見えた。

 

「勝手にお邪魔してすみません」

 

「何、気にすることはないさ」

 

 そう言って、その青年は近くの岩に腰を掛けた。その瞬間に、何匹かの兎が彼の傍にはねていった。

 

「人がここを訪ねこともあるけどね。大抵の人は、この子たちを攻撃していくんだよ」

 

「あー・・・」

 

 まあ確かに、この兎たちはモンスターだ。プレイヤーなら、モンスターを狩りにかかるというのは半分以上に本能的なものもあるだろう。

 

「大丈夫、その人たちを殺してなんてないよ。ちょっと驚かせて、お引き取り願うだけ。

 さてと、こちらこそ不躾で申し訳ないんだけど、僕もちょっと困っていてね。頼みを引き受けてもらえないかな?」

 

「あ、はい。俺にできることなら」

 

 そういうと、目の前の青年は柔らかく微笑んだ。

 

「ありがとう。僕はセルム」

 

「ロータスです」

 

「ロータス。あってる?」

 

「はい、そうです」

 

 おそらく、NPCのネーム確認ルーチンなのだろう。英単語と同じ名前にしておくとこういう時に楽だ。

 

「よかった、合ってて。もっと楽にしていいよ。君なら信頼できそうだからね」

 

 それはいったいどういう根拠があるんだ、と俺は内心で突っ込んだが、顔に出すことはなかった。

 

「あ、ああ。分かった。

 それで、頼みって?」

 

「ああ、うん。

 この動物()たちを助けてあげたいんだ。いつもと同じなら、多分あと5分も経たないうちに、また招かれざるお客人が来る。それも、―――」

 

「ここの動物たちを狩りに来る人間たちが、か」

 

「うん。人間といっても、普通の人間じゃなくて、所謂エルフと呼ばれるものだけどね」

 

 エルフ、か。魔法を使って来たら厄介だな。

 

「で、俺にしてもらいたいことって、もしかして、そいつらを殺すことか?」

 

 あえて濁さずにはっきりと言った。あとからアルゴにも聞いたが、NPCとの会話というものは、基本的に回りくどい伝え方をせずにストレートに言ったほうがいい。だが、今回はもう少しオブラートに包むべきだったのか、セルムの顔が曇った。

 

「・・・そうだね。僕ができるのなら、そうしたいのだけど・・・。僕は、どうにも生き物を殺すということに抵抗があってね。まあ、だからこそこんな空間を作ることができたともいえるんだけど」

 

「確かに、外とは一線を画してるよな、ここ」

 

 見たことのないような風景で、どこか幻想的だった。見たことのないような形の植物、キノコのようなものまである。おそらく、キノコの仲間、つまりは菌類なのだろう。

 

「どのくらい?見せしめに何人か殺すだけか、皆殺しか」

 

「できるだけたくさん。ここは大丈夫。この子たちがきれいにしてくれる」

 

 そこまで言ったところで、表情が一気に鋭くなった。それに応じて、俺も気を引き締める。

 

「敵の量がどのくらいか見当は付くか?」

 

「多くはない。今回も、ね。5人くらい、かな」

 

 それだけならこちらのほうがいいか。そう思いながら、俺は鋭さのほうに振ったボーンカトラスをオブジェクト化させる。ゆっくりと腰の剣に手を当て、いつでも抜剣できるようにする。

 

(どこから来る・・・)

 

「こっちだよ」

 

 セルムが一方口を指さす。そちらに向かって警戒心と、わずかながら殺気を―――うまくいっているかはわからないが―――放つ。どこからか、ガチョウのような鳥のような動物が俺を隠す。それにより、俺は冷静に気配を殺した。

 やがてその方向から出てきたのは、色が白い、耳のとがった人型Mob。それを、俺は近くにあった鏡のような何かで見た。確かこいつらは、少し上の層で出て来る“フォレストエルブン・ハロウドナイト”だ。少し上なのに知っているのは、このMobが3層で発生するキャンペーンクエストで登場するからだ。カラーカーソルは、・・・深紅に近い赤ってとこか。深紅のカラーカーソルの敵×5はなかなかにハードモードだぞおい。

 

「毎度のことで言い飽きたけど、入ってくるのならせめてもっと穏便に事を運んでほしいな」

 

「貴様と私の立場でそれは不可能な話だろう。―――さて、今日の獲物を差し出せ、セルム。そうであれば最小限で済ませてやる」

 

「その姿勢だから僕は嫌なんだけどな。そもそも、食料なんて他にもあると思うけど」

 

 セルムが会話をしている間に、音もなくピックを抜く。抜いていないほうの手で軽く鳥の背中を叩くと、鳥が静かに一声啼いた。それを聞くと、セルムは後ろに回してあった手で―――あえてやっていたのかもしれないが―――サムアップをして見せた。

 

「わざわざあくせくして狩らずとも、ここに楽に手に入れられる食料があるのならば、そちらを利用するほうが建設的だというものだろう。それに、狩りをする分では少々足りなくてな」

 

「それは数を増やしすぎたり、贅沢を尽くしすぎた君たちの自業自得だ。それを僕に押し付けないでほしいよ」

 

「生意気を」

 

 エルフが自分の獲物をセルムに突きつける。そのタイミングを見計らって、俺はあらかじめ大体図ってあった距離を狙ってピックを放り投げた。ソードスキルなしのそれは山なりの軌跡を描いて見事に首筋に命中した。それを確認せずに、音高く抜剣しながらうち一人の首を刎ねた。振り返って、ポリゴンが人一人分散っているさまを見ながら、俺は剣先を真っ直ぐエルフたちに向けた。

 

「今のやり取りだけ聞くと、俺もセルムに賛成だな」

 

「仲間か。生意気な・・・!」

 

 その言葉と共に、相手が一斉に抜剣する。それを見て、やはり俺は口元が緩むのを感じていた。

 

 

 そして、ざっくり30分後。

 

「ば、馬鹿な・・・」

 

 何とか最後の一人を倒し、パチンと音を立てて剣を納める。振り返ると、そこにはどこか申し訳なさそうな顔をしたセルムがいた。

 

「ごめんね。本来、僕がやるべきことなんだけど・・・」

 

「問題ねえよ。・・・また、ここに来てもいいか?」

 

「うん。君みたいな人なら大歓迎だよ。でも、僕はこの上の層にも同じようなところがあるってことを知ってる。そっちでも、君が来てくれれば、僕は現れるよ」

 

 現れるって、なんだそりゃ。

 

「セルム、君は一体・・・?」

 

「人とエルフが交わって生まれた、ハーフエルフとも呼ぶべき存在。でも、そういう存在はどちらからも迫害されるからね。こうして、動物や植物たちとのんびり暮らしているってわけさ」

 

「・・・そっか。いい人生だな。こういうのも」

 

「人は僕のような人を、変わり者って呼ぶけどね」

 

「違いない。それに、俺も変わり者だしな」

 

 そういうと、お互いに笑いあった。

 

「さて、助けてくれたんだ。ささやかでもお礼をしなくちゃね」

 

 そう言って周りを少し見渡す。すると、動物たちがざわざわと動いて、ある一つの衣服を持ってきた。

 

「これは、動物たちが拾ってきたコートなんだ。だけど、前に一度だけ僕が着たとき、まったく似合わないと言われてしまってね。君なら、似合いそうだから」

 

 そう言われて、俺はコートを受け取った。そのままゆっくりと袖を通す。鮮血を浴びたようなその暗い赤色のコートは、思いのほか俺に似合っていた。

 

「・・・やっぱりいい目をしてるな、セルム。センスがいい」

 

「気に入ってもらえたみたいで何よりだよ。さあ、動物たちに送らせよう」

 

 そういうと、俺の傍には、先ほど俺を隠した鳥のような動物が寄ってきた。セルムの言われるまま跨ると、なんだか妙な感覚がした。

 

「その子は頭がいいからね。そんなに強くしがみつかなくても大丈夫。むしろ強くしがみつくと痛がるから」

 

「分かった。またな、セルム」

 

「うん、また」

 

 そこまで言うと、鳥は俺を乗せて走り出した。しがみつく必要がない程度の速度は、今の俺では決して出すことのできない速度だった。そのまま揺られながら、俺はセルムのことを考えていた。

 NPCはNPCだ。あくまで、機械が作り出したAIに過ぎない。だが、不思議と俺は、またいつかセルムに会いたいと思っていた。イベントとかそういうのを抜きにして、だ。不思議な雰囲気を持っていて、ディアベルとは別のカリスマがあった。だからこそ、あいつの周りの世界は穏やかなのだろう。

 

「またいつか、か」

 

 相変わらず周囲には誰もいない。が、これまでにない、新鮮で楽しい年越しになったと思った。自然に零れた笑みは、よく見せる獰猛なそれとは対極に位置する、柔らかなものだった。

 

 




 はい、というわけで。

 先に行っておくと、このイベントは決していわゆるニューイヤーイベントではありません。

 セルムという名前と不思議な空間でピンと来た人々はそこそこいるのではないでしょうか。でも映画だけの人はわからないかもしれませんね。
 動物たちが戯れていた空間は、ナウシカの地下室をイメージしています。あれに囲まれたような状態を想像していただければ。
 本家でこんな場面あるわけないだろうというツッコミは仕方ないと思います。俺自身も、こんな場面があったとは記憶にありません。もっとも、原作を読んだのがもう5年ほど前になりますから、記憶も定かではありませんが。

 ドタバタしたり、なんか特別なクエストをこなしたりという、騒々しい年越しもいいかもしれませんが、ここはこういう、静かに年を越す感じが一番いいかな、と思い、これを思いつきました。
 最初は兎ということで、干将莫邪を絡めたお話にしようかなー、なんて考えたのですが、基本的に両手に剣もっちゃ駄目ってSAOのどこで干将莫邪使うんだよって話になって結局お流れになりました。そこからどうしてこうなった。

 次はまた時間がすっ飛びます。
 ではまた次回。

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