ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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55.決闘

 疲れた。そんな言葉以外になにを発しようか。そう思うくらいに、俺たちはくたくただった。

 

「何人、やられた」

 

 誰かが発した、その言葉。それに、誰かがメニューを開く。おそらく、索敵スキルを使ってプレイヤー数の照合を行うのだろう。誰がやっているのかを確認する気力すら俺にはなかった。

 

「8人、やられた」

 

「俺たちのサポートがあってなお、8人か・・・」

 

「マジかよ・・・。あのサポート込みで・・・」

 

 全員が絶句する。それだけ、俺たちのサポートがうまかった。そこは十二分に誇れる。だがそれ以上に、それがあってなお8人も犠牲を出した。それが、全員にとって大きなショックだった。

 

「こんなので、本当にゲームクリアできるのか、俺たちは・・・」

 

「するしかねーよ。手足もがれてでも戦う以外、俺たちに選択肢はない。それが俺たちのなすべきことってやつだ」

 

 それは俺の本心だ。たとえ、攻略組が俺一人になったって、俺はきっと戦い続ける。何より俺は、そうしなくては―――そうしなくても、だろうが―――地獄の底で延々と怨嗟の声を聞き続けることになるだろう。

 

「よう相棒、まだ生きてるか?」

 

「うん、なんとかね」

 

 寝ころんだままの問いかけに、静かだが確かに、隣から声が返ってくる。その声は、確かに俺の相棒たる女子の声。

 

「まったく、たった一人でも戦える、とか思ってるんでしょ」

 

 まさにさっき考えていたことを見抜かれ、俺は思わず声のほうを向く。と、そこには若干むくれ気味の顔をしたレインがいた。

 

「やっぱり。君は死なないよ。私の相棒なんだから」

 

「なんだそりゃ。『あなたは死なないわ。私が守るもの』ってか?」

 

「似てる」

 

 俺の物まねに、レインはふと笑った。上半身を起こして周囲を見ると、想像通りというか、みんなが崩れ落ちていた。と、その中にたった一人、得物を杖にすることもなく立って周囲を見渡すやつがいた。

 

「すげえな」

 

 立っているたった一人、ヒースクリフのHPゲージは、レッド寸前ではあるがイエローの中にとどまっている。あれほど苛烈な攻撃にさらされ続けながら、いまだに“HPバーがレッドに突入しない”という伝説は健在だった。だが、俺はどこか引っかかりを覚えた。

 疲れ切った頭に鞭を撃ち、もう一度集中する。姿勢―――自然体。不自然な緊張は無し。目線―――全体を見渡している。観察。表情―――無、ではない。ただ観察。手を差し伸べるでもなく、ただ状態を見ている。どこかで見たことがある。これに似た表情を。どこだ。思い出せ。頭の中を片端から検索をかける。と、近い記憶で見つかった。そして、その瞬間にピースがハマった。

―――まさか。だが、そうすれば、つじつまは合う。と、かちゃりと、かすかな音を耳がとらえた。そちらを見ると、キリトが自分の得物を手にしていた。それを見た瞬間、ある程度悟った。

 

(腹くくるか)

 

 いつも着ているこの上着の内側には、いくつか投げナイフが収納できるように改造をしてある。静かにそのうちの一つを握る。

 

「ロータス、君?」

 

 俺の動きに気付いたレインが、少し声をかける。直後、キリトがヒースクリフに向かってチャージをかけた。ヒースクリフは驚きつつも防御姿勢。その瞬間を俺は見逃さず、懐から手を抜きながらナイフを眉間に放った。そのナイフが突き刺さるのと、キリトの剣が心臓に突き立てられるのがほぼ同時になる―――はずだった。その二つは、紫色の障壁に阻まれ、ヒースクリフに突き刺さることはなかった。障壁には“Immortal Object”の文字。

 

「やっぱりかよクソッタレ」

 

 俺は仮説が当たったことに対して舌打ちした。これほどまでに嬉しくない予想的中など初めてだ。おそらく、後にも先にも。

 

「あなたたち何を・・・!?不死属性・・・!?これは、一体どういう・・・」

 

「暴かれた伝説、ってとこかねえ」

 

「いやいや、なに暢気に構えてるの!?」

 

「とりあえずは暢気で大丈夫そうだからな」

 

 俺の気楽なコメントに思わずツッコミが入った様子のエリーゼに対し、俺は冷静に返す。

 

「だってよ、俺の予想が正しければ、やろうと思えばこいつはここで俺たちを皆殺しにできる。な、キリト」

 

「ああ。というか、お前はどこで気が付いたんだ?」

 

「あいつの顔だな。お前は?」

 

「俺は、いつも疑問に思ってたんだ。すべての始まりで、あいつはこの世界を作り上げ、観察することが目的だと言った。なら、あいつはいったいどこで俺たちを見ているのか、って。そして、他人がやっているゲームを、ただ横から眺めるだけ、ということほどつまらないものはない。なら、プレイヤーとしている、と考えるべきだ。そして、自分には何かしらの予防線を張っている。それに賭けた。で、その予想が的中した。―――そうだろう、茅場晶彦」

 

 キリトの宣言に、全体がざわついた。それは俺の予想通りで、ヒースクリフはそれを否定しなかった。

 

「参考までにどうしてそう思ったのか、聞かせてもらってもいいかな?」

 

「最初におかしいと思ったのは、デュエルの時だ。最後の一瞬だけ、あんたあまりにも速すぎたよ」

 

 その言葉に、ヒースクリフは苦笑した。

 

「いやはや、あれは私にとっても痛恨事だった。思わずシステムのオーバーアシストを使ってしまったからな。

 ロータス君、君は?」

 

「俺もデュエルの一件は気がかりだった。でも、決め手となったのはあんたの目だ。あんたのさっきの目は、安全圏から高みの見物を決め込んだ目だ。ラフコフ討滅戦の時に、PoHのクソ野郎がそうしていたようにな。そんな目をこんな場面でできるやつはいったいなんだ?って考えれば、答えは一つだ」

 

「なるほどな。君のその目、警戒を怠っていたよ。

 いかにも私は茅場晶彦だ。そして、君たちを待ち受けるこのゲームの最終ボスでもある」

 

「最強の味方が、最強の敵か」

 

「趣味がいいとは言えないぜ」

 

「なかなか洒落たシナリオだと思ったのだがね」

 

 そんなことを言いながら若干笑うこいつに、確かに悪意は感じない。むしろ、驚き、呆れ、そんな感情ばかりが読み取れる。

 

「二刀流を持つキリト君は、魔王たる私に対する勇者として。そして、射撃スキルと、多量のソードスキルを扱いきるロータス君はいわばジョーカーとして。二人とも、最終的に私の壁になるとみていた。その予感は、幸か不幸か当たっていたことになるね。

 私の正体に関しては、もう少し後まで引っ張る予定だったが・・・こうなってしまっては致し方あるまい」

 

「ここで全員、殺すか?」

 

 言いつつ、俺は片手で鯉口を切りながら、隣にいるレインを見る。確かに攻略組は壊滅することになるが、あまりに遅すぎるボス撃破報告に訝しんだ一般プレイヤーが真実を知る日は、おそらくそこまで遠くない。となれば、ここで真実を知る全員の口を封じてしまえばいい。情報漏えい防止なら、それが一番だ。

 

「目的のためならいかなる犠牲もいとわない。だが、その信条には少し変化があったみたいだね」

 

「言ってろ」

 

「とにかく、私としてもそれはしない。ここまで一緒にいれば情も湧くし、なによりあまりに理不尽だろう」

 

 その言葉に、嘘はなさそうだ。対人で培われた直感が、高確率で嘘をついていないと言っている。ならどうする気だ。考えつつ、俺はヒースクリフから目線を外さず、鯉口も戻さずに考える。と、その背後のKoB団員が動きを見せた。

 

「貴様、俺たちの忠誠を、よくも―――!」

 

 馬鹿め。心の中で毒づく。気持ちは分かるが、そういうの(不意打ち)は気づかれないように細心の注意を払うものだ。叫びながら斬りかかるなんざもってのほか。実際、ヒースクリフは落ち着いた様子でメニューを操作する。と、その斬りかかった団員を皮切りに、次々に黄緑色のエフェクトに包まれる。

 

「麻痺、か」

 

「ああ。大丈夫、しばらくすれば解けるし、ここにはモンスターは出ない。私は一足先に、この城の頂点である紅玉宮で君たちを待つことにしよう。だが、その前に。

―――見事正体を看破した君たち二人には、報酬を与えねば」

 

 その言葉に、俺は顔をしかめた。

 

「報酬・・・?」

 

「私と一騎打ちをするチャンスを与えよう。当然だが、不死状態は解除する。そして、二人のうちいずれかが私を倒した場合、その時点でゲームクリアとみなし、全プレイヤーを開放する。・・・どうかな?」

 

 その言葉に、俺は一瞬悩んでしまった。これは、おそらく、この場で最大の脅威たるキリトと俺を排除したいというところだ。だが、それにふさわしいほどの報酬だ。

 隣を見る。そこにいるのは、俺の相棒。そして、―――どこか不安そうに見つめる、少女だった。それを見た瞬間、俺は理性の判断を振り切った。

 

「上等。受けてたつ。が、その前に頼みがある」

 

「何かな?」

 

「MHCP02。あれをもらい受けたい」

 

 俺の言葉に、ヒースクリフは少し意外そうな顔をした。

 

「彼女の状態を知ってなお、かね?」

 

「あくまであれは、対話が仕事なのに対話を禁じられた、その矛盾によるエラー蓄積が原因のバグだろう。なら、対話しながら長い目で付き合うなりなんなりで、症状はかいぜんできるはずだ」

 

「・・・了解した。彼女は、君のナーヴギア、そのローカルメモリに保存されるようにしておこう」

 

 その一言を聞いてから、俺は鯉口から刃を抜き放った。幻日の刃に自身の顔を映し、一度目を閉じる。―――すまん、リズ。結局お前の刀に血を吸わせることになるかもしれん。

 静かに、無形で構える。はたから見ればただの棒立ちなのに、そこには隙らしい隙は無かった。それを見てから、ヒースクリフはキリトに目を向けた。その間に、俺はレインを見つめる。

 

「いいだろう。決着をつけてやる」

 

「キリト君・・・!」

 

「ごめんな、アスナ。ここで退くわけにはいかないんだ」

 

「死ぬつもりじゃ、ないんだよね・・・?」

 

「ああ。勝ってこの世界を終わらせる」

 

 その言葉には強い意志が込められていた。そのことははっきりと分かった。ゆっくりと腕に抱えていたアスナを下ろすと、キリトは静かに二本の剣を抜いた。レインは、しばらく俺を見ていたが、やがてゆっくりとほほ笑んだ。それに笑い返し、俺は再びヒースクリフに対峙した。

 

「キリト!」「キリトー!」

 

 クラインとエギルが大声を出す。だが、その程度でキリトは止まらない。

 

「エギル。今まで、中層クラスの剣士のサポート、サンキュな。知ってたぜ、お前が儲けのほとんど、そっちにつぎ込んでたってこと」

 

 その言葉に、エギルは驚いたように目を見開いた。大方知っているとは思っていなかったのだろう。ゆっくりとキリトはエギルに笑いかけ、キリトはクラインに目を向けた。

 

「クライン、・・・あの時、お前を置いていって悪かった」

 

 その言葉に込められた意味を、俺ははっきりと理解した。

 

「て、めえ・・・キリト!今謝ってんじゃねえよ!向こうで飯の一つでも奢って、それでようやくチャラにしてやる!」

 

「ああ。向こうで、な」

 

 なんだかんだで攻略組でも年長組の一人であり、粒ぞろいの実力主義な小ギルドの長であるクラインもそれを察したのだろう。俺が思っていたことをそのまま言ってくれた。そして、二刀を引き抜き、俺の横に立つ。そして、ぼそりと問いかける。

 

「お前は、レインに言う言葉はないのか」

 

「舐めるなよ。俺とあいつの間に言葉など要るものか」

 

 俺の言葉に、キリトはふと笑った。そして、ゆっくりとキリトが深呼吸する。目を開いて、キリトはヒースクリフに突進していった。

 ソードスキルは使わない。いや、使えない。剣技連携(スキルコネクト)を使えるのは、SAO全プレイヤーの中でも、俺とレインを含めたごくごく一握りの人間のみ。開発者である茅場晶彦(ヒースクリフ)はその予備モーションからソードスキルの動きが読める。勝機があるとすれば、キリトが純粋な剣の腕だけで圧倒するか、俺の剣技連携でぶち抜くか、連携を取るか。三つ目の選択肢が一番現実的ではあるのだが、問題は俺とキリトのペアで、連携の練習をほとんど積んでいないというところだ。こればかりはどうしようもない。となれば、俺のとれる手段は一つ。

 素早くメニューを開く。そのまま、武器を弓へ変更。キリトは頭に血が上っているのか、回り込むという手段をほとんど使わず、正面からの連撃のみでの突破を狙っている。なら。

 矢をつがえる。照準をしっかり見つめ、息を止める。やがて、ヒースクリフが一撃だけだが確かに反撃した。それはキリトをかすめ、いったん距離を取ってから、キリトはソードスキルを発動させた。瞬間、ヒースクリフがにやりと口元をゆがめた。キリトも自分の失策に気付くが、もう遅い。だが、―――直後にその頭部めがけて飛んできた矢を交わして、笑みが消える。俺がその矢を放ったのだ。そして、当の俺は直後に第二射の体制に入っている。だが、そのあたりさすがはこの男。キリトのソードスキルに反応しつつ、俺の矢も正確に対応してのけた。やがて、キリトの連撃が終わる。それを悟った俺は、即座に突進した。

 

「イクイップメントチェンジ、セットワン」

 

 腰に慣れた重みが伝わる。この場合は、取り回しのいい小太刀。そう判断し、俺は左手でオニビカリを抜く。水平の居合に、即座に返す形でもう一発水平に。それを正確に盾でヒースクリフはいなす。このくらいは想定内。右手にオニビカリを持ち替え、盾に左の肘鉄、と見せかけて左の上段回し蹴りで弾き飛ばしにかかる。が、これを想定したヒースクリフは盾で蹴りを受け止める。それを読んだ俺は、蹴りの反動で距離を取りながら、即座に左手で抜いた投げナイフを引き抜き様に放つ。掲げた盾で若干視界が悪かったのかただの用心か、投げナイフを丁寧に防いだヒースクリフだったが、それは俺にとって僥倖。一気に体勢を低くして今度はアキレス腱を狙ってオニビカリを振るう。が、これはその体に似合わぬ飛び込み前転の要領で回避する。お互いに体勢が崩れたところで、仕切り直し。そのころには、キリトの体制も整っていた。ヒースクリフを挟んで、キリトと俺が一直線上に並んだ形になった。

 今度は俺が突進する。まずは左手で盾をぶん殴る。盾を使ってひらりといなされる。次は右の肘によるフックで盾の縁を叩く。が、これは相手が下がったことによって躱される。左手に持ち替えた小太刀を前に出したまま、俺はさらに突進する。次は小太刀での斬り上げ。これを盾も防ぐ。それは、俺の想定通り。右の拳が光って、強くその盾を叩く。俺の十八番の一つ、剛直拳。だが、この程度では揺るがない。体術系二連撃ソードスキル双竜脚(そうりゅうきゃく)、小太刀ソードスキル“魔皇刃(まこうじん)”のたたきつけにつなげる。が、これでも揺るがない。そして、オニビカリから光が消えた。

 

「・・・この場においてミス、か。確かにそれは理論上、どこまでも連撃を続けられる。そして、その連撃は私の読みの先に至る、かもしれなかったが。・・・この土壇場において、失態を冒すとは。

 ―――さらばだ、ロータス君。君には、期待していたのだが」

 

 どこか落胆を込めた声。俺は何も言わない。ヒースクリフの剣が、青い光をまとう。そこから繰り出されるのは、おそらくはスラント。だが、その軌道から言って、それは俺の首を飛ばすには十二分だった。

―――それが、すべてなら。

―――どうやら、俺は賭けに勝ったらしい。

 

「潮は満ちた」

 

「何?・・・!?」

 

 ソードスキルが俺の体を切り裂くのと同時に、隠れていた俺の光る拳から重たい一撃がその盾に突き刺さる。体術系最上位ソードスキル、“絶拳”。とてつもないチャージから強力無比のダメージとノックバックを発生させる、まさに大技。それは問答無用でヒースクリフの盾を弾き飛ばし、大きく体勢を崩した。

 

「キリトぉおおおお!!」

「ぁぁぁぁああああ!!」

 

 俺の声に、金属質の轟音とキリトの絶叫が重なる。ヴォーパル・ストライクが突き刺さり、ヒースクリフのHPを削り切った。

 

「見事」

 

 その声は、はっきりと俺の耳に届いた。その直後、ヒースクリフはポリゴンになった。

 

―――ゲームはクリアされました―――

 

 無機質なシステムの声がやけに大きく響き、俺たちの意識はいったん闇に落ちた。

 




 はい、というわけで。まずは久しぶりネタ解説。

双竜脚
テイルズシリーズ、使用者:ソフィ(TOG)
 飛び上がってから、左、右の順番で挟むように蹴とばす技。空中でどうやって方向転換してるんだっていうツッコミはしてはいけない。

魔皇刃
テイルズシリーズ、使用者:フレン・シーフォ(TOV)
 振りかぶってたたきつけるだけの技。実は同一作品に似たような技が少なくとももう一つ存在するが、ここではこちらを採用した。

 前の話はほとんど焼き回しでしたが、ここはかなり変化しましたね。正直、ifルートは書けなかった王道ルートって意味合いもあるつもりだったので、この展開は書きたかったものでもあります。
 実はifルートが生まれたのはそういう理由でもあります。たまには主人公らしい主人公を書きたいっていう理由ですね。

 さて、次はSAOifエピローグです。何故かまた糖分多めなお話になってしまったので、コーヒーの準備をお勧めします。

 ではまた次回。

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