ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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51.はじまりの街にて

 それから少しして、俺は第一層の教会孤児院に来ていた。一応、今は一段落しているし、先日のあの少年との約束も果たさなくてはならない。ま、今なら時間もあるし、問題ないだろうという判断だ。

 プレイヤーに聞きながらその場所に行きながら、どこか奇妙な感覚をぬぐえないでいた。プライバシーとかの観点だろう、建物の内側からの音は、ノックぐらいしか通さないというのは分かる。だがそれにしても、静かすぎる。数値化、文章化できるものではない。だが、俺が積み上げてきた感覚がおかしいと訴えている。どこぞのグラールの白いキャストじゃないが、その何となくが正解であることが多いから、俺もそれを信用することにしている。

 教会についてからは、別の意味で奇妙な感じがした。具体的には、どこか見慣れたような気配がするのだ。ま、そんなことで尻込みする俺じゃないので、普通にノックする。と、ほんの少し覗いた顔は見知った顔だった。

 

「お、エリーゼか」

 

「ロータス君、どうしたの?」

 

「いや、ここのガキンチョにちょっと前、今度来るって言っといて来てなかったなー、ってふと思い出したからな。入っていいか?」

 

「ああ、うん」

 

 それだけ言うと、俺は中に入った。そこには、子供が多い中で、一人20代と思われる女性がいた。

 

「あの人は?」

 

「ああ、ここの管理人さん、ってとこかな」

 

 俺の素朴な疑問に、隣でエリーゼの解説を入れる。ふうん、てことは、この人がここの子供たちを束ねているわけだ。なかなか見上げた志の持ち主だ。

 

「エリーゼさん、その方は・・・?」

 

「ああ、えっと、ロータスって言います。前、フィールドでここの子だと思う子に、今度また来る、って言って―――」

「あー、あの時の兄ちゃんだ!」

 

 俺が言い終わる前に、あの時の少年がこちらを見つけて走ってきた。

 

「よう、元気にしてたか少年」

 

「おう、元気だったぜ!」

 

 うん、元気で何より。

 

「ああ、あなたが、ショウを助けてくださったという・・・」

 

「ありゃ、本人から聞いてました?」

 

「ええ。ものすごく強いお兄さんに助けられた、と。私はサーシャと言います。子供を助けていただき、ありがとうございます」

 

「いえいえ、成り行きで助けただけですよ」

 

 そんな会話をしていると、俺の索敵に反応があった。街の雰囲気が怪しかったので、隠密で発動を悟られないようにしつつ、索敵スキルを発動させておいてそのままだったのを今思い出した。

 

「誰か来るぞ」

 

「一人?」

 

「ああ」

 

「だったら多分あの子だわ。私出ますね」

 

「すみません、お願いします」

 

 そういってエリーゼが席を外す。その間に、こちらに目線が来る。

 

「あの、失礼ですが、ロータス、というプレイヤーネームを聞くと、どうしても別の名前が出てしまうのですが・・・」

 

「かまいませんよ。同一人物ですし。色眼鏡で見られるのには慣れていますから」

 

「と、いうことは・・・」

 

「ええ、そういうことです」

 

 俺の言葉に、サーシャさんが驚いたような顔をする。ま、俺のほうからカミングアウトしたら驚き桃の木山椒の木だよなぁ。

 

「ま、今はこうして攻略組に戻ったわけです。幸運なことに、ですがね」

 

「そうなんですね」

 

 俺の言葉にサーシャさんが相槌を打った時に、エリーゼがレインを連れて戻ってきた。

 

「あれ、レインどうしたん?」

 

「言ってなかったっけ。私、ちょくちょくここに来てるの。ロータス君こそ、どうしてここに?」

 

「ちょっと前にここの少年に会ってな。今度来る、って言っておきながら、ずっと来れてなかったから、こうして今日来てる、ってわけだ」

 

 そんなことを言っていると、まだ切っていなかった索敵スキルに反応。

 

「また誰か来るぞ。今度は二人」

 

「二人?」

 

 俺の言葉に、エリーゼがどこか警戒したような声を出す。その言葉に、やはりこれは想定外のことなのだろうと気づいた。

 

「念のため俺が出る。万が一荒事だったら俺のほうがいいだろう」

 

「そう、ですね。お願いします」

 

 俺の異名を知っているということは、俺の悪名を知っているということと同義。またそして、俺の対人戦で実力も、たとえそれが噂の範囲内だとしても十分にわかっているはずだ。

 入口のほうに向かいつつ、俺は気取られないように集中力を練る。ノック音がしたのを確認してから、俺は少しだけ扉を開ける。そこにいたのは、

 

「キリト、それにアスナもか。どうした?」

 

「ああ、少し用事があってな。入っていいか?」

 

「少し待ってくれ。ここの管理者に聞いてくる」

 

 本当に意外な二人だったのである。

 

 

 

 二人が来たのは、二人が連れていた子供が原因だった。新婚生活を満喫していた二人だったが、近くの森で女児のプレイヤーと思われる少女を保護したそうだ。

 

「で、この子供に見覚えがないか、ってことか?」

 

「うん。どうでしょうか?」

 

 二人に言われ、その子供―――ユイちゃんの顔をサーシャさんがのぞき込む、が、すぐに首を横に振った。

 

「ごめんなさい、少なくとも私は見覚えがないです」

 

「私も見覚えないや」

 

「ごめんなさい、私も・・・」

 

「そう、ですか・・・」

 

 そういった瞬間に、バタンとドアが開いた。

 

「サーシャさん、大変だ!」

 

「こら!お客様の前で―――」

「それどころじゃないんだ!ギン兄たちが軍の徴税に引っかかって・・・!」

 

 その言葉に、サーシャさん、エリーゼ、レインが勢いよく立ち上がる。

 

「場所は!?」

 

「35番路地!ブロックされて何とか俺だけ逃げ切れたんだ!」

 

「35番路地は袋小路・・・!レインちゃん!」

 

「はい。ごめんなさいアスナさん、先に―――」

「私たちも行くわ」

 

「俺も行こう。荒事なんだろ」

 

 アスナの即断に俺も応じる。話の流れからそのくらいは察せられた。

 

「なら俺たちも―――」

「それはダメ。この人たち、私があっさり負けるくらいだから。レインちゃん、お願い」

 

「分かりました」

 

「それでは、申し訳ですが走ります!」

 

 サーシャさんの言葉に、俺たちは一斉に走り出した。

 

 

 

 35番路地の前には、深緑の装備をした軍団が居座っていた。その光景に、俺から我慢できない舌打ちが漏れる。普通の町中では、アンチクリミナルコードという、平たく言ってしまえば犯罪防止コードが発動するため、そう簡単に人を押しのけたりすることができない。突き飛ばそうとすると、突き飛ばそうとした側にフィードバックが来るからくりだ。もちろんこれは素手の場合で、得物を用いれば、相手側にそれ相応のフィードバックはある。が、それだけでHPは減らない。だが、一般的な良識があれば、そもそも街中で大ぶりな鈍器や、短くても刃渡り30cmはあろうかという刃物を取り出そうなんて考えない。その良識と、このアンチクリミナルコードを逆手に取り、大勢で路地などをふさぐことで退路を断つ、通称ブロックと呼ばれる半マナー違反行為を、おそらくは常習的に行うそのことに、強い不快感を覚えた。

 

「おっと、ここで保母さんの登場か」

 

 軍の誰かが嘲りに満ちた声を出す。それを無視して、サーシャさんは声を張った。

 

「ギン、ケイン、ミナ!そこにいるの!?」

 

「先生!こいつら、僕らが取ってきたもの出せって!」

 

「それなら渡してしまいなさい!」

 

「それだけじゃ足りねえんだよなぁ」

 

 サーシャさんの言葉に、別の軍のメンバーが数人がかりで高圧的に迫ってきた。それでもブロックをほどけないほどに人数を使ってきているということの証左に、俺は顔をしかめそうになるのをこらえた。

 

「あんたら、ずいぶんと税を滞納してるからなぁ。装備とかも含めて文字通り全部よこしてくれてようやく、ってところなんだよなぁ」

 

 このSAOにおいて、防具を変えるのには、外套だけを変えるような場合を除いて一回裸になる必要がある。明らかに下心があることが見え見えの言動だった。

 

「下種なうえに変態な奴らが編隊組んでやってきてたわけか。救えねえな」

 

「あ゛ぁ?誰だ、お前」

 

「俺が誰かなんざどうでもいいだろ」

 

 言いつつ、後ろに組んだ手で合図を出す。キリトたちには通じないかもしれないが、レインになら通じるはずだ。その証拠に、本当に少しだけ俺の手に触れると、少しだけ下がって助走をつけた。で、そのまま跳躍。楽々といってもいいほどに、軍の集団を飛び越えた。続いてキリトとアスナも飛び越える。

 

「おいおい、なぁに勝手なことしてんだぁ、あぁ・・・?」

 

 中にいるレインたちに向かってだろうか、高圧的に迫る軍幹部と思われるプレイヤー。

 

「この街で軍に逆らうってのがどういうことか分かってんのかぁ・・・!?ああ!?」

 

 その言葉はこちらにも来る。サーシャさんを手で下げながら、位置関係を確認する。後ろには軍の集団はいない。あくまで俺の前だけだ。回り込む隙はいくらでもあったろうに、なぜ回り込まなかったのか、という疑問はあるが。ま、それならそれでやりようがある。

 

「知ったこっちゃねえよ。最大のギルドだか何だか知らねえが、最下層で引きこもってるだけ集団の何が怖いって?」

 

 俺の挑発に、迫ってきた軍のメンバーが一瞬怯む。が、すぐにまた高圧的に言った。

 

「何なら実力行使してもいいんだぜ!?」

 

「やれるもんならやってみろ、引きこもりが」

 

 俺のさらなる挑発に、相手は俺たちを囲みにかかる。右手で鯉口を切りつつ、水平に構えた腕はそのままにする。と。

 

「貴様らは、まだこんなことをしておるのか」

 

「これはこれは、コーバッツ中佐殿。前線から逃げた臆病者がどうされたのです?」

 

「こんなことをしておる暇があれば、ほかにもやることはあろう。と、私は言っていたはずなのだがな」

 

 後ろから来たのはコーバッツだった。意外な援軍に、俺は少し意外な顔をする。

 

「特に、この方は私たちの恩人だ。侮辱するというのであれば、私たちも相手になろう」

 

「そうですか。なら、―――そんな口、二度と聞けないようにしてやる」

 

 その言葉とともに、相手の軍側が抜刀する。

 

「コーバッツさん。サーシャさん・・・そこの女性を頼んだ」

 

「承知した。全員防衛態勢」

 

 その声に、サーシャさんがコーバッツ派の軍に保護されたことを確認すると、俺は鯉口を切ってあった小太刀を左手で素早く数閃。相手側の軍の数人が得物を取り落とす。あっけにとられている間に、俺は蹴りを叩き込み、左手にいた一人を吹き飛ばす。驚いている暇を与えず、一人に近づいて一人に肘鉄を放ち、小太刀で後ろに回ってきていたやつの首に向かって強打。

 

「まだやるってんなら付き合うけど?」

 

 小太刀を突き付けつつ宣言する。ちなみに、俺がダウンさせるまでに費やした時間はたぶん10秒程度。たった10秒で数人をダウンさせたのだ。ましてや、コーバッツ派の援軍もある。問題ないだろう。その後ろでは、おそらくレインたちを相手にしていた軍のプレイヤーが文字通りちぎっては投げられている。おそらく、あちらもなんか不用意なことを言って逆鱗に触れたのだろう。もともと、少なくともレインは、若干怒りモードだったのだ。攻略組の中でもトップクラスである彼女たちにかかれば、軍ごときどうなるかなど推して知るべしだ。

 

「後ろのお仲間も、どうやらあっさりとやられたっぽいしね」

 

 その言葉に、慌てて軍の幹部が振り向く。そこには、無様に腰の抜けさせられた軍のメンバーが。その光景に、無様に軍のメンバーは撤退していった。その光景を目で追いつつ、俺は小太刀をしまって振り返る。

 

「ごめんなさい、サーシャさん。怖い思いさせましたね」

 

「いえ・・・。レインさんも、すごくお強いんですね」

 

「ま、俺の相棒ですから」

 

 俺の返答に、サーシャさんは少し笑った。その路地から、少女の悲鳴が聞こえた。何も言わずに二人そろって走り出す。路地に入ると、そこには変わらずアスナにおぶられたまま、気を失っているユイちゃんがいた。キリトがおろおろしていることから、どうやらあれこれ突然のことだったらしい。サーシャさんも突然のことに何が起こっているのかわからず、一瞬ではあるが確実に固まる。あとの女子二人も軽い混乱状態になっているようだ。

 

「とにかく、今は孤児院に」

 

 俺の言葉に、フリーズしていた面々が動き出した。

 

 

 

 結局、その日でユイちゃんの意識は戻ることはなく、その日は全員教会に泊まり込むことになった。サーシャさんは「そういう場所を選んだということもあるのですが、場所はかなり余っているんです」と言っていた。ま、それもそうか。

 で、翌朝の朝食は、まあ、にぎやかであった。おかずの取り合いやらなんやらのやんややんやである。

 

「ごめんなさい、騒がしくて」

 

「いえいえ」

 

「私の最初は注意してたんだけどねー。一向に聞く気配がないから、もう放置」

 

「これはこれで、子供らしくていいんじゃね?」

 

「私もそういっているんだけど」

 

「ある程度の節度というのも必要でしょ」

 

「それはそうだが。教え込むのはもう少し後でもいいだろ」

 

 そんなことを言いつつ、俺たちは奥のほうの部屋へ移動した。

 

 

 

 奥の部屋へ移動したとき、俺はさっそく切り出した。

 

「で、サーシャさん。あの徴税とかかこつけたカツアゲはいったい何なんだ?」

 

「あ、それは私から」

 

 俺の質問に答えたのはレインだった。

 

「知っての通り、軍は25層で壊滅して、ここ、第一層のはじまりの街で力をためてる。ここまでは、問題ないよね?」

 

「ああ、まだ戻ってきてなかったのか」

 

「うん。で、そのあとは下層の狩場を管理したりしてたんだよね?」

 

「そこまではよかったのよ」

 

 そこまで言ったときに、キリトがつぶやいた。

 

「誰か来るぞ。二人」

 




 はい、というわけで。

 今回はユイちゃん回の導入部分でした。しばらく前に少年と約束していたのを覚えていらっしゃる方は、前回のあとがきで分かったのではないでしょうか。

 軍との衝突は避けられないとして、このままいくと完全に戦力が過剰すぎるよなぁどうしようかなぁと考えていた時に、そもそも敵も増やしちまえばいいんじゃねって発想に行きつきました。
 コーバッツさんがどうしてこうなってるとか、その辺の話は次回にしますのでお楽しみに。

 さて、次回はユイちゃん回完結です。その後、説明回兼つなぎを挟みまして、いよいよSAOif編のクライマックスです。

 ではまた次回。

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