ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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47.周囲

 その次の日。俺は迫りくるプレイヤーの群れから逃げていた。というのも、例の射撃スキルが記事で話題になったのだ。同じく二刀流スキルもかなりの話題を持っていたから、おそらくキリトのほうにも追手―――という表現が果たして適切かどうかは分からないが―――が行っているはずだ。あっちはきっとエギルの店あたりに逃げるだろうが、俺は果たしてどこに逃げようか。と、考えながら森の中を疾走していると、見覚えのある動物の影。どうやら今はツイているらしい。素早く装備を隠密ボーナスがふんだんにつく装備に変え、その上から隠密スキルを使う。攻撃せず、あえて静かに待ちながら、相手の後をつける。と、いつも通りというか、ぎりぎり潜り抜けられるくらいの大きさの穴があった。そこを潜り抜けると、想定通りというか、セルムと会ったあの空間に出た。

 

「よし、ここなら・・・」

 

「ここなら、なん―――ああ、君か」

 

 一瞬聞こえた敵意満載の声に身構えるが、その声の主が警戒を解いたことで、こっちも警戒を解く。

 

「驚かせてくれるなよ、セルム。思わず警戒しちまった」

 

「すまない。ちょっと外が殺気立っていてね。僕も警戒しているんだ」

 

「あ、多分それ俺のせいだ。すまん」

 

「・・・どういうことだい?ことと次第によっては―――」

 

「ちゃんと説明する。だからとりあえず話を聞いてくれ」

 

 とりあえずセルムをなだめることに成功した俺は、彼に事情を説明した。事情を説明し終わると、セルムは半ば呆れたように言った。

 

「なんだ、そんなこと。それなら、君は悪くないじゃないか」

 

「騒ぎを持ち込んだことに変わりはない。すまん」

 

「いいって。それに、君自身だって被害者みたいなものじゃないか。むしろ、ほとぼりが冷めるまでゆっくりしているといいよ」

 

「なら、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

 

 そういうと、俺は近くに腰掛けた。すると、この前に出会った、あの狐のようなリスが膝伝いに肩まで上がってきた。前も思ったが、器用なものだ。

 

「正直、あのままなら見せしめに何人か攻撃してたかもしれんな」

 

「そんなこと言ったら、またあの子たちが悲しむよ?」

 

「わーかってらぁ、そんなこと。だから、それは本当に最終手段。俺だって、伊達に何人も斬ってきたわけじゃない。どこを斬れば、どのくらいHP減少に補正があるか。なら、HPの減りからから逆算して、どのあたりを斬ればギリギリで済むか。それくらい分かる」

 

 その言葉に、セルムは深くため息をついた。と、そこで気づく。

 

「そういえば、君は確か、両腰に刀を身に着けていなかったかい?」

 

「おう、よく覚えてんな。その通りだ。片方は前の戦いで、ボス―――階層の守護獣に叩き折られてね。もう手元にない」

 

「修理は?」

 

 そういったセルムに、俺は今残っているオニビカリを抜いた。そのまま、俺の顔の前に持ってきて、根元のあたりを指さす。

 

「縮尺に当てはめれば、大体この辺からぼっきりと叩き折られてね。修理とかそういう次元のもんじゃなくなってたんだよ」

 

「・・・そうか」

 

「まあでも、折られたほうは、本来両手で持って振るうような得物だからな。俺みたいに、片手で振るうほうが珍しい。それに、もともとこういう得物にも心得はあるから、どうにかなる」

 

 言いつつ、オニビカリを鞘に納める。そこでさらに言葉を続けた。

 

「ま、そんなだからさ。新しく得物を持ってきたい、っていうのが本音ではあるんだが。・・・さっさとどっか行ってくれないかねえ、追手」

 

「君を完全に見失っているんだろうね。追ってきた人々は、この辺りをうろついているようだよ」

 

「そっか。そもそも、おとなしくあきらめるようなら、ここまで追ってこないしなぁ」

 

 決して長い時間じゃないが、こうしてゆっくりと腰を落ち着けて喋るくらいには長居している。それでも、捜索の手は緩めていないらしい。俺からしたら、そんなときはすでに転移結晶で離脱したと仮定してさっさとあきらめるほうが建設的だと思うのだが、そうはいかない連中ばかりらしい。全くもって厄介なものだ。

 

「君が良ければ、僕のできる範囲で、君の望むところに送り届けることもできるけど。どうする?」

 

「そいつぁありがたい。なら、下層に白い花の花畑がある。そこに転移することは可能か?」

 

「白い花の花畑・・・ああ、真ん中より少し下くらいのところかな?」

 

「そうそう、そこ。頼めるか?」

 

「お安い御用だよ。朗報を祈ってるよ」

 

「おう、ありがとな」

 

 そういうと、セルムは魔法を使って俺を転移した。転移の光が収まると、俺の目には花畑が広がっていた。想像はしていたが、さすがの転移精度である。とっさに周りを見渡すと、ひとりの少女がいた。思わず腰のオニビカリに手をもっていきそうになったが、相手が気付いておらず、敵意もないことに気付くと、俺は警戒を解いた。

 俺が近づいていくと、相手の少女も気づいた。ローティーンと思われる、少女というより幼女というような頃合いの子だ。

 

「あれ、あなたは・・・」

 

「ん、どこかで会ったかな。ま、俺は悪名もあるみたいだから、そっちかもしれんが」

 

「えっと、この前ここでお会いして・・・」

 

 頭の中で記憶を引っ張り出す。とりあえず手当たり次第に記憶の引き出しを開けていくと、一つ、それらしき記憶が見つかった

 

「ああ、ずいぶん前ここで会ったっけ」

 

「あ、はい、多分それです」

 

 それで関連して思い出した。前、スカウトもどきの時にオレンジギルド一つ壊滅させたとき、キリトといた子だ。

 俺の答えに、少女の声が沈む。ま、目の前で鏖殺を繰り広げたやつが目の前にいるわけだ。自然体でいろ、というほうが無理だろう。そんな俺に、少女のそばを飛ぶ水色の竜は、変なことをしたら噛みつく、とばかりの目線を飛ばしてきていた。というか、完全に威嚇していた。

 

「それは、君の相棒か?」

 

「え、ああ、はい」

 

「あー、さっきのつながりで思い出した。だから、プウネマの花で君を狙ったわけだな、奴さん」

 

「はい。正直、あなたがいなければどうなっていたか・・・」

 

「ま、これでも、PvPはそこそこ強い自負があるからな。つっても、キリトは攻略組トップクラスだ。あいつでも全く問題はなかっただろうな」

 

 プウネマの花はビーストテイマーが思い出の丘に行かないと咲かない花だ。売り飛ばす側としては垂涎ものだろう。俺は小太刀を左手で持って、そのままストレージに格納する。

 

「ポーズも兼ねるけど、これで警戒を解いちゃくんねえか。俺も小動物は好きでな」

 

「あ、はい。こらピナ、もういいでしょ」

 

 主でもある少女の言葉に、ようやく幼い竜は警戒を解いた。

 

「いい子だな」

 

「はい。大事なパートナーです」

 

「そうだな。・・・パートナーは、大事だよな」

 

「ロータスさん、で、あってましたよね?」

 

「おう、そうだ。てことは、知ってるのか?」

 

「ええ、知ってますよ、攻略の鬼神の噂」

 

「・・・その言い方はやめてくれ」

 

 俺はピクシー(妖精)なんて柄じゃないし、ましてやサイファー(英雄)なんてもっと合わない。

 

「ま、俺はそろそろ退散するかね。ここを突き止められたらたまったもんじゃない」

 

「お気に入りなんですね、ここ」

 

「まあ、ね。この花が好きでね。って、これは前話したか」

 

「そうでしたね。花言葉は、苦難の中の力、でしたよね」

 

「そそ。よく覚えてるな」

 

「親譲りの本好きなんです」

 

「そか。大切にしなよ、そういう趣味は。

 んじゃな、嬢ちゃん。またどっかで、な」

 

 頭をひとつ叩いて、俺は歩き出した。オニビカリに不満があるわけではない。というか、むしろこんな魔剣クラスの得物など、そうそうありはしない。だが、これでは俺の本来の戦い方はできない。新しい得物がほしいところだ。

 

 

 

 得物がほしい、といっても、特に情報などあるはずもなく。とりあえずはアルゴに頼ることにした。

 

「強い武器か、良質なインゴット?」

 

「ああ、無いか?」

 

「いくつか心当たりはあるガ・・・ぶっちゃけオニビカリでジューブンじゃネ?」

 

「威力はともかくとして、手数が、な」

 

「ぜいたくな悩みだこと・・・」

 

 ため息交じりに言うと、アルゴは少し考えだした。

 

「パッと思いつくのはあれダ、何層だったかのクリスタル。確か67層だったはず。ただあれ、戻るのが面倒らしいんだよナァ」

 

「どういうこった、それ」

 

「めっちゃ深い縦穴のドラゴンの巣を漁るとあるらしイ。その深さから、ロープで降りていくにも面倒。ダンジョン扱いで、メッセなども無理。取ってきた奴に言わせると、ドラゴンが戻ってくるのを待って、背中に剣をアンカー代わりにぶっ刺して戻ってきたんだト」

 

「ドラゴン本体は?」

 

「ドロップ無しダ。あれこれ考えられる手は尽くしたんだがナ。したとしても超低確率と考えるのが自然で、狙うのは非現実的、と言わざるを得ないナ」

 

「・・・あーれま」

 

 正直、手間がかかるのは勘弁だ。ドラゴンを倒してドロップしない、というのであれば、

 

「ならほかに何かないのカ、って顔してるナ」

 

「あるのか?」

 

「一応、ナ。ただ、これは半分噂、情報料はまけてやるヨ」

 

「教えてくれ」

 

 俺がなかば食い気味に聞くと、アルゴは落ち着いた口調そのままに話した。

 

「オレっちが聞いたところによると、火山の中に、剣でできたボスがいるんだト。やたら強くて、くたくたになって逃げてきたってそいつは言ってたナ」

 

「その気になれば撤退できるタイプのボスなわけか」

 

「そうみたいだナ。そいつの前に行くと、強制的にタイマンデュエル。パーティ組んでるとランダムで一人だけ選ばれるらしい。しかもこのボス、鬼強。特にフラグ立てた覚えも、クエスト起動させた覚えもないんだト」

 

「つまり、今俺が行ってもそこにいる可能性は十分あるわけだな?」

 

「そういうことになるナ。そいつとは別に、雑魚も含めて全体的に敵は強いし、突然現れるタイプのボスもいて、そこまでたどり着くのも一苦労らしくてナ。まだこのボスに関しては情報が薄くて、こっちも把握できてないんダ」

 

「わお、天下の鼠様が珍しい」

 

「オレっちだって知らないことの一つや二つあるっテ。マ、これだから情報屋はやめられないんだけどナ」

 

 そういって彼女はニャハハと朗らかに笑う。ま、とにかくだ。

 

「剣でできたボスってことは、ドロップも剣だろうな」

 

「マ、順当に考えれば、そうだろうナ」

 

「なら、話は早い。俺なら大丈夫だろうしな。タイマンなのは確定なのか?」

 

「探索の過程で出会ったらしいゼ。そのパーティメンバーはものの見事に全員数回ずつやられたそうダ。全損デュエルって言っても、降参(リザイン)はできるらしい」

 

「わっほい強そう燃えるねぇ」

 

「ま、ハスボーならよほどの強敵じゃない限り、少なくとも死なないだろうしナ」

 

「とりあえず、情報料。いくらだ?」

 

「今回に関しては特別サービス、ツケだ。その代り、その情報をしっかりバックしてくれ」

 

「あー、なるほど、そういうこと。了解」

 

 それだけ言うと、俺はその場を離れた。

 




 はい、というわけで。

 お久しぶりの登場、セルムさんです。この次の話はむしろ、文字数をどう削ろうかって話になったので、ならオリジナルエピソードを挟めばいいだろう、という判断になりました。セルムさんは、正直、どっかでもう一度出番が欲しかったので、今回ここで登場と相成りました。

 そして思い出したように出てくる白い花畑。さすがにDEBANさんの出番が少なすぎたので、ここらで登場です。MOREさんは出番ちょくちょくあるから問題ないって判断です。

 さて、次こそ本格的な得物習得イベントです。ボス戦もあるのでご心配なく。そして、関係継続って言っておきながらいないじゃんと思っている人、ちゃんと出番はありますんで大丈夫です。

 ではまた次回。

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