それから一週間くらい後。俺は下層のフィールドに出ていた。というのも、ここでPKやオレンジ行為が横行しているという情報を聞いたからだ。
もともと、この辺はそういう噂は絶えない。下層ということも相まって、人も多いがそれと同時にほとんどレベリングをしていない人種も多い。アインクラッドは上に行けば行くほど面積が狭くなるような形をしているからだ。そのため、ここはその手のプレイヤーからすればいい狩場なのだ。俺にも心当たりがあるが、俺のチームは“そんなの全く手ごたえないからつまらん”という理由で全くしなかった。
想定されるポイントで、俺は隠密ボーナスの高いフーデッドローブを装備した。適当な草むらに身を隠し、自分の姿をほとんど隠す。すると、町中から何人かプレイヤーが出てきた。それに呼応するように、何人かプレイヤーの気配を感じ取った。むろん、ここはVRなのだから、そういう第六感的なものが働くことは少ない。俺の言う“気配”とは、人が動いたことによって生ずる光の動きや衣擦れの音などの、外部の情報を総称したようなものだ。それを気配と呼んでいいのかというのは果たして分からないが、何となく大体この辺だろう、という推測であることが多い。その、何となく、が正解であることが多かったため、俺もその気配を信用している。そこから大体のあたりをつけ、索敵スキルと自身の注意から場所を特定する。それが俺の対奇襲スタイルだ。それに、俺は奇襲を仕掛ける側なので、大体俺からしたら奇襲のポイントは絞れるから、警戒もしやすい。で、今回の場合、奇襲のポイントとしてはベタもベタ。俺からしたら、一歩間違ったら奇襲にすらならないレベルだ。と、考えていると、俺の想像通り、敵がおそらくターゲットの背後から出てきた。
こういう、ハイディングしている状況での最大の武器が今の俺にはあった。そう、射撃スキルである。ま、距離20mくらいなら俺は投剣でも9割がた命中させ撃ことができるのだが、射撃という専門スキルがあるのなら、それを使うほうがいいだろう。それに、そういうことをしているときは、第三者の介入というのは警戒するものだ。それを怠るのはただの馬鹿でしかない。この辺は実体験で分かる。
弓に矢を静かにつがえる。すると、視界に曲線と、着弾点にレティクルのようなものが表示される。さすがに完全な初心者に対して弓は全く当たらない。というか、俺も当てる自信はない。だからこその命中アシストだろう。常に微少でも動いており、その一瞬を狙う必要がある。このレティクルのブレは、姿勢の制御などで抑制が可能だというのは、ここまでの試射で確かめられていた。その辺の癖はあるが、使いこなせば遠距離から攻撃し続けられる。
射撃準備をしていると、相手が姿を現した。カーソルはオレンジで、人数は、3、か。ま、今回は無理にヘッドショットする必要もない。軽くビビらせるレベルでいい。気楽にその辺を狙って放つ。今回は鏑矢を使ったので、その音の効果もあったのだろう。一瞬動きが固まったところを逃さず、俺は装備を変更して左手で闇牙を抜き放ちつつ、前に躍り出た。
「狩りの出足に悪いな」
「ロータス、さん・・・!?」
「俺をさん付け、か。決まりだな」
おれをさん付けで呼ぶ、そのうえでこんな手段をとる時点でほとんど確定だ。顔に見覚えはあるが、攻略組で見た記憶はない。―――決まりだ。こいつはラフコフの元メンバーだ。
「さて、じゃ、おっぱじめるか」
そのまま俺はPK集団に斬りかかった。相手は一瞬面食らうが、すぐに気を取り直して切り返してくる。だが、それは俺からしたら大甘もいいとこの一発だ。手首で相手の上段を受け流し、背中に一撃入れる。左から薙ぎ払おうとした一撃は、体術で手首を押さえて封じてから、蹴りでダウン。追撃は不要と判断し、背後からの突進系の上段、おそらくアバンラシュは勢いそのまま一本背負い。たたきつけられることで先ほどダウンしていた相手もろもろ沈める。背中越しにターゲットになっていたプレイヤーに、先ほど背後に一撃入れたやつが攻撃しに行ったのを確認する。回転しながらナイフを投げ、その足を止める。走って行って勢いそのままライダーキックでその相手は撃沈。
「戦闘続行なら相手するけど、そうじゃないんなら監獄送りだ。どっちがいい?」
「そんなの、選ぶまでも―――」
「待て」
その瞬間に、俺をさん付けで呼んだ奴が、武器を捨てて空になったもろ手を挙げた。
「ちょ、リーダー・・・!」
「あらら、ずいぶんと潔いことで」
「お前ら、抵抗は無駄だ。この人なら、ここにいる全員を殺すのなんざ朝飯前だ」
「そんなの、やってみなくちゃ・・・」
「やんなくても分かるんだよ。悔しいけど、強者多しといわれる世界でも、PvPでの白兵戦闘能力で、この人とタメ張れるのはかつてのボスを含めても、片手で数えられるくらいだろうよ。名高いKoB副団長様でも、苦戦するってレベルじゃないらしいしな。俺も、死ぬのは怖い」
その言葉に、ほかの二人も降伏した。その反応を少し意外に思いつつ、ポーチを探る。念のため持ってきていたあれがあったはずなんだが。
「賢明な判断だ。お前さん、まだそんなに殺してないな?」
「・・・なんで、分かったんですか」
「今の言葉だ。ラフコフで狂っていくやつらってのは、たいていが殺した快楽に取りつかれた哀れな奴ばかりだ。お前は、多分最初に殺してから、ずっとうなされてた口だろう?」
俺の言葉に、目の前のプレイヤーは目を開いた。少しだけ呼吸を置いて、彼が言う。
「よく、分かりますね」
「お前の目の前の男がそうだからだよ。・・・こんなことに懲りたら、二度とするなよ。コリドー、オープン」
最後の言葉で、回廊結晶の扉が開いた。
「行先は監獄だ。さ、放り込まれたくなければさっさと行った行った」
俺の言葉に、三人は意外にも素直に回廊に入った。案外これ高い出費だからあんまり使いたくないんだけど、ま、そもそも使用機会が少ないんだからいっか。三人が消えた後、そこには元はターゲットだった子がいた。今気づいたがこの子、かなり幼いな。若いではなく、幼いという言葉が真っ先に出てくるくらいには幼い。
「さて、と。大丈夫か?」
「うん。お兄さん、強いんだね」
「まあ、な。でも、どうして君みたいな子がフィールドに?」
「今日はお兄たちに代わって狩りに行こうって思って。お兄たちを除けば、おれが一番強いから」
「そっか。でも、一番強いかもしれないが、一人で行っちゃだめだ。さっきみたいな怖い人、もっとたくさんいるからな。たくさんなら戦えるかもしれないけど、一人ならどうしようもないだろう?」
「うん、気を付ける・・・」
「でもま、気概は買うよ」
「キガイ?」
「気持ち、ってことだよ。この場合だと気合と言い換えてもいい。とにかく、手伝うよ。どんな奴を狩りたいんだ?」
「え、いいの!?」
子供らしくぱあっと顔を輝かせた少年に、俺は笑いかけた。
「おう、もちろん。お兄さん、めちゃ強いからな」
「ありがと!えっと、この先の森にいる、青いうろこのやつ!細くてすばしっこいけど、慣れれば狩りやすいから!」
「あー、あいつか」
少年も言っていたが、青い体躯とすばしっこさが特徴の小型モンスターだ。少年の言う通り、動きを見極められれば狩りやすく、体力も多くないので、初心者向けのモンスターとして有名だ。その肉は鶏肉のような感じでなかなかおいしいらしい。
「じゃ、行くか。えっと、」
「あ、おれはショウ!」
「んじゃショウ、行くか」
「うん!」
そうして、俺は二人で歩き出した。
さて、そうして森の中に入ったはいいものの、今回は厄介なことが起こっていた。
「ねえお兄さん、なんかいつもと違うやつがいるよ?」
「あの赤いトサカのやつか」
「トサカ?」
「頭のてっぺんについてるやつだ」
「あ、それ!」
それを聞いて、俺は少し顔をしかめた。これはまずいな。武器はまだ闇牙のままだが、このままだと少しきついかもしれない。
「さて、んじゃま、ちょっとばかし本気を出すかな」
「え、もっと強くなるの!?」
「おう。これでももっと上の層にいることのほうが多いからな。そういう時に使う装備を、ちょっとな」
厳密にはPK装備からガチ装備に変えるだけだ。だが、そんなことは些細なこと。パワーアップするのは変わりないのだから、俺からしたら些末な問題だ。そして、俺の本来の二刀流装備になると、俺はショウに声をかけた。
「さて、俺が先に飛び出して、あの赤いトサカのやつを狩る。その周りの、お前で言う、いつものやつ、かな。そいつらの相手を頼んでいいか?」
「どうして?」
「あいつがこの群れの
「カシラ?」
「リーダー、ってこと。大人になればわかるけど、こういう集団っていうのは、リーダーを先に倒したほうが倒しやすいんだ」
「そうなんだ。だから、最初にリーダーを倒すんだね?」
「そ。理解が速くて助かる。でも、リーダーは強いし、その間に取り巻きが襲ってくる。だから、その取り巻きの相手をしてほしい。お前さんでも、取り巻きであるいつものやつなら狩れるだろ?」
「分かった!」
「よし、なら俺が合図したら飛び出してこい。行くぞ」
その一言とともに、俺が飛び出す。それに気づいて、甲高い声で鳴く。その声に群れ全体の注意がこちらに来る。あえて最初のヘイト集中を俺にかまし、ボスの首元にアッパーをかます。下顎を強かにたたいたからか、少し相手の動きが鈍る。背後からくる飛び掛かりは、ほんの少しだけ軸をずらして裏拳で迎撃する。そのままオニビカリを抜きつつ、ショウの隠れ場とは対岸の方向を狙って一体を攻撃しつつ、囲みを抜ける。瞬間、完全な攻撃指令の鳴き声が響いた。
「今だ!」
俺の声とともに、幼さの残る気合と奇襲がさく裂する。突然のことに陣形が崩れた瞬間を狙って、俺は鬼怨斬首刀を抜き放ち、完全な攻撃態勢で向かっていった。
戦闘は完璧に省略する。というのも、9割がた俺の無双だったからだ。ま、俺からしたらこんな下層の中ボス以下レベルなど雑魚に等しい。
「すっげ、一瞬で・・・」
「だから言ったろ?俺はめちゃ強いって」
逆手で鯉口を鳴らし、武器をしまう。もともと俺はあのオレンジ改めレッド集団を狩れればよかったので、俺からしたらこれは―――こういっては何だが―――いらない素材だ。なので、ドロップ素材をすべてリザルトでいじってショウに押し付ける。
「え、いいの?」
「俺の目的は、さっき君が街に出てくるときにいた、あのプレイヤーだったからな。俺はあくまでお手伝いだ」
「そっか、ありがと!」
「ところで、お前さん、どこを拠点としてるんだ?」
「キョテン?」
「あー、えっと、ここでの家はどこだ、ってことだ」
「はじまりの街の教会だよ。おれと同じくらいの子がたくさんいるんだ」
「同じくらい、って、年がか?」
俺の素朴な疑問に、ショウは頷いた。これ、俺の記憶が確かなら14歳以上のレートだったはずなんだが。ま、今更か。
「そっか。なら、そこまで送ってってやるよ。転移結晶は?」
「なにそれ?」
そもそも転移結晶を知らないらしい。ま、下層だとドロップしづらい上に、上層だと販売価格も結構なものだからなぁ。恒常的に中層以上で狩りができるまではそうおいそれとは手が出んか。
「なら、しっかり俺の手を握ってろ」
そういって俺は手を差し出す。転移門もそうだが、この手の転移系はしっかり手を握っていると一回で済む。これは結構使い古された情報だ。だからこそ、この少年も知っていたのだろう、すぐに意図を察した。俺はポーチの中から転移結晶を出すと、一緒にはじまりの街に転移した。
彼らが拠点としていたのは、俺の想像通り、といっては何だが、例の孤児院だった。エリーゼが入り浸っている孤児院だ。その建物が見えると、ショウはこっちを振り返った。
「ねえねえお兄さん、お兄さんも寄ってってくれよ。いろいろと話聞かせて!」
「んー、それはやまやまなんだが、こっちにもやることがあってな。ま、早く帰って安心させたれ」
「えー、詰まんない」
「わりいな。また今度、絶対行くから」
それだけ言うと、俺はショウに背を向けた。俺はまだやることがある。そのために、俺は転移門に向かった。
はい、というわけで。
今回は閑話ですね。毎日とはいきませんが、こんな感じの日常を繰り広げています、みたいな紹介パートです。あと、伏線ですね。どこか、というのは、まあ、言うまでもなさそうですね。
二人の狩ったのはランポス&ドスランポスです。どっちもモンハンで最初期に登場するやつですね。応用チュートリアルくらいで出てくる雑魚クラスとそのボスくらいの強さと考えて貰えれば。
オレンジ狩りに関しては、正史よりだいぶ丸くなってます。正史でもオレンジ狩りのシーンはありましたが、正史だとあんな感じで“レッド死すべし慈悲などいらぬ”なので。ま、これは大体レインちゃんたちのお陰ですね。
さて、このあとはいよいよ74層へと向かいます。中編で放っておいたあいつとも漸く決着へ。
ではまた次回。