ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

62 / 128
38.変わらぬもの、見守るもの―第67層フロアボス攻略会議―

 その数日後、俺たちはボスの攻略会議に出ていた。今回の敵はすばしっこいタイプだったので、俺たちがもたらした情報から念入りに偵察戦が行われたらしい。何とか死人を出さずに偵察戦をある程度終えたからこそ、こうして会議が開かれることと相成った。俺からしたら久しぶりの攻略会議だ。

 

 レインにつれられるようにして来た会議場は、やはりというか人が多かった。攻略参加予定の全員が参加しているから当然といえば当然か。俺が入った瞬間に何人かの目がこちらに向いて、ひそひそ話を始める。ちゃんとした説明くらいしとけよと思いつつ、その居心地の悪さに内心苦笑した。だが、このくらいの反応は予想の範囲内だ。俺の攻略組復帰を決めたのは、今の二大ギルド、KoBとDBの会合で決められたものだ。戦力を支える中小ギルドやソロプレイヤーの意見は、半ば以上に無視したこととなる。俺が脅したとも、攻略組がリスクヘッジを怠ったともとられかねない行為だ。

 

 少ししてから、ヒースクリフが入ってきた。全体を見渡すと、

 

「揃っているようだね。では、会議を始めよう」

 

 と、早速の開会宣言をした。

 

「まず、今回から懐かしい顔が戻ってきた。良くも悪くも有名だが、大きな戦力であることには違いない」

 

 そういって、こちらに目をやりながら軽く手招き。・・・全く、こういうのはあんまり得意じゃねーんだけどな。

 

「さて、初めましてのやつも多そうだが、一応久しぶりといっておく。俺はロータス。おそらくこの中の大多数が知っていると思うが、ラフコフの元幹部だ。もし俺に対して直接恨みがあるようなら、直接かかってこい。一時オレンジも辞さない態度でやってやる。ただし、俺は強いぞ。それ相応の覚悟を持ってこい。

 ステバランスと戦うスタイルについては省略する。どうせリサーチがなされてただろうからな。よろしく頼む」

 

 俺の挑発ともとられかねない自己紹介に、周りがざわついた。だが、これは本心だ。それくらいしなくては命など預けられまい。

 

「まあ、こういうことだ。これまでや、これからの素行は、もう一人新しく攻略の手伝いもかねてしてくれた、傭兵のエリーゼ君、そして、君たちもよく知るレイン君が監視にあたっている。監視を外すタイミングは未定だが、その時はこうしてまた諸君に話し、決を採る。それは、この場で宣言させてもらう。先ほどのロータス君ではないが、それを破ったときは、遠慮なく殺しに来たまえ」

 

 ヒースクリフがかなり格式ばったというか、固い口調で付け加える。その口調はいつものことなので問題ないのだが、

 

「なあ、俺が言えた義理じゃねえが、仮にもボスレイドリーダーがそんな啖呵切って大丈夫かよ?」

 

「君がことを構えなければいいだけの話だろう?それに、さすがにこの人数の攻略組相手に生き残れる自信があるのかね?」

 

「ねえな。うん」

 

 いやはや恐れ入るわ。少数精鋭を監視につけて牽制とし、やがて今度は攻略組を利用した圧力に変える。いざとあらば、その牽制に使った人員を斬り捨てて、圧力からの追跡、排斥にかかる。その最終手段を防ぐために、牽制要員は俺のよく知った人物にする。・・・たぶんここまで考えてたんだろうな。怖え。

 

「さて、では攻略会議と行こう。

 今回のボスは、“The Wyvern of Mirage Edge”。ワイバーン特有の、前足と一体化したような翼が発達せず、その端はまるで刃のようになっている。また、この刃の内側にはとげがある。刃はともかく、とげにそこまでの攻撃判定はないそうだ。

 主な攻撃方法は、その刃のような翼―――以降刃翼とする―――を利用した攻撃だ。また、その尻尾は伸縮性に富んだしなやかな部位で、これを鞭のように振り回したりたたきつけたりするという。その性質上、見かけ以上のリーチがあり、偵察班のタンクによれば、この尻尾を利用した攻撃もかなり重たかった、とのことだ。そうだね?」

 

「ええ、一つ付け加えると、縦方向のたたきつけは、一度大きく跳躍をするので、見てから回避でもなんとかなるかと」

 

「なるほど、ただし下手に下がろうものなら餌食になるわけだね?」

 

「そうですね。距離を取っていても、間合いによっては危ないです。想像以上にリーチがありましたから」

 

「なるほど、貴重な情報に感謝する」

 

 これくらいは俺らの最初の偵察戦で共有されていた。だが、俺からしたら足りない。

 

「あ、俺からもいいか?」

 

「なんだね?」

 

「初見であいつに対峙した身として言わせてもらうが、タンクみたいな鈍足プレイヤーは無理に回避せず、パリィしたほうがいいんじゃないか。結構あの攻撃、素早かった記憶があるぞ」

 

「あー、そうだな。言葉が足りんかった」

 

「いいって」

 

 先ほど補足した、偵察班の一員だろう人物の謝罪は鷹揚に受け流す。俺からしたら些末なことだ。

 

「だけど、AGI型のダメージディーラーみたいなすばしっこい奴は跳躍した瞬間に横に避けたほうが確実だ。最悪なのは隣同士でごっちんこしてまとめて終了、ってパターンだから、それだけ徹底してほしい」

 

 まあ、そんな無様をさらすようなやつはいないとは思うが、念のためだ。

 

「さて、では話を戻そう。名前の“幻の刃”、というのは、その加速度が非常に高いことに由来すると思われる。初見で相対したロータス君が、一瞬見失ったように見えた、と報告を受けている。事実かね?」

 

「いっこ訂正。見失ったよう、じゃない。初見の時は本当に見失った」

 

 俺の言葉に、周囲がざわめいた。特にそれは、古参の攻略組メンバーほど大きかった。古参メンバーは俺の戦闘力を知っているからだ。自慢じゃないが、俺の戦闘力はなかなかのものがある。そのダメージディーラーが完全に見失った。それは十分に共学に値するものだったのだ。

 

「その後の攻撃をかわせたのはただのカンだ。ぶっちゃけ、あれは本当に心臓に悪い。理想を言うのであれば、最初は偵察戦メンバーを何人か前線において、その速度に全員が慣れるまで待つべきだろうな。じゃねえと死ぬ」

 

「さすがにそれは酷だ。いくらなんでも、消耗からまだ立ち直っていない偵察班を投入することはできない」

 

「だろうな。あくまでも理想だから聞き流してくれ」

 

「次善として、タンクを前面において固め、ダメージディーラーが慣れるまで待つ、というものもあるが」

 

「第三の策もあるぜ」

 

 再び俺に視線が行く。

 

「この手のやつは、囲んでフルアタックするような人海戦術より、少数精鋭による攻略のほうが効率的だと思う。そんなにデカブツじゃないわけだしな。ましてや今回は、攻撃をしっかり見極めないと簡単に死ぬような相手ときた」

 

「回りくどいぞ。何が言いたい」

 

 ハフナーが結論をせかす。ま、俺も回りくどいかなーと思ってたし、ちょうどいいか。

 

「交戦経験のある俺がまず特攻、あいつの気を引く。そのまましばらく俺が交戦して、ほかの面子が慣れるまで待つ」

 

 俺の言葉に、全員が驚愕の色を見せた。真っ先に反対を示したのはヒースクリフだった。

 

「それはだめだ。危険が過ぎる」

 

「俺からしたらそれなりに面白い案だと思ったんだが」

 

「面白そう、ですべてうまくいけば問題ない。だが、君のそれは完全に命を捨てるとしか思えない」

 

「リスクは必要だろう」

 

「可及的に小さくできるなら、それに越したことはない」

 

「ならそれこそ、この理論ならそのリスクを最小限に減らすことができる。リスクを背負うのは俺一人だからな」

 

 俺の言葉に、ヒースクリフはしばらく黙り込んだ。やがて、長く息をつくと全体を見渡した。

 

「今のロータス君の策に、反対意見はあるかね?」

 

 それに、レインが真っ先に手を上げた。目顔でヒースクリフが指名すると、レインは即座に答えた。

 

「私とエリーゼさんを交代要員で回してください」

 

「おま、なに言って―――」

「いくら何でも、」

 

 俺の言葉を意に介さず、レインはさらに続けた。

 

「彼一人に背負わせるのは無理があると考えます。私も最初の偵察戦に彼と参加しました。動きは覚えています」

 

 その言葉に、再び長いため息をつくと、ヒースクリフはもう一度全体を見渡した。

 

「・・・改めて決を採る。ロータス君を中心に、彼とレイン君、そしてエリーゼ君が、動きを全員が見切れるまで持ちこたえ、そこから攻勢に転ずる。以上、反対意見等はあるかね」

 

 それに対する意見はなし。それを見て、ヒースクリフは改めて口を開いた。

 

「では、攻略会議を終了する。今から約3時間後、午後4時に最前線の主街区の転移門広場に集合してくれたまえ」

 

 その言葉に、三々五々に散らばっていく。正直、俺はレインとエリーゼが危険な前線に出てくると思っていなかった。少し不安だが、俺が一人で捌ききれば問題ない。

 

「ロータス君」

 

 そんなときに、レインがこっちに声をかけてきた。呼びかけた時の口調と、その目だけで怒っていることが分かった。

 

「悪い」

 

「命を捨てるような真似はやめてよ。もう分かってるんでしょ?」

 

「・・・悪い」

 

 それだけ言うと、レインは呆れたように笑った。

 

「よろしくね」

 

「ああ。やるぞ」

 

 それだけ言うと、俺たちは拳を打ち合わせた。それはまるで、かつてと同じような呼吸で、俺たちは同時に少し笑った。

 

 

 

「入れないわねぇ」

 

「そうだね」

 

 ロータス君たちが仲良くやり取りをしている横で、私は仕方ないなあとため息交じりに言葉を漏らしていた。思わず漏れたコメントに、隣に来たヒースクリスが同調する。いかに彼といえど、あの空気に入っていけるほどではないらしい。

 

「若いっていいなぁ・・・」

 

「エリーゼ君、そういう言葉は自分の年齢を考えて発言したまえ」

 

 どこかため息混じりにも、苦笑混じりにも聞こえる声でヒースクリスが言う。でも、間近であの二人を見ていると、たかが数年と笑えない自分がいる。

 

「彼らはどうだい?」

 

「なんか、本当に一年近くもコンビ解消してたのかって思うくらいに息ぴったり。熟年夫婦もびっくりレベルですよ」

 

「少し妬いているのかい?」

 

「少しじゃなくてかなり」

 

「そうか。私としては、先ほどの捨て身の作戦に、一応年上として一言言っておこうかと思ったのだが、あれではどうしようもない」

 

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある、とも言いますがね」

 

「身を捨てるにも程度というものがある」

 

「そういうことができるのは若者の特権ですよ」

 

「老い先短い年増の権利でもあると思うのだがね」

 

 その言葉に、私は少し笑ってしまった。確かにそうかもしれない。だが、彼がこんなことを言い出すとは、ちょっと意外だった。

 

「さて、んじゃま私はそろそろ行きます。準備もあるし」

 

「君たちの活躍を期待している。存分にやってくれたまえ」

 

「言われなくとも」

 

 その言葉に、私は獰猛に笑った。存分に戦える、それが、ここまで楽しいことだとは思わなかった。ロータス君の戦闘狂気質が少し移ったかな、と考えつつ、私は攻略の準備に向かった。




 はい、というわけで。

 今回は戦闘無しです。会議だけですね。この話はカットしようか迷いましたが、入れておかないとこの後の話で整合性が取れないので、ここで。
 前回でも言いましたが、今回のフロアボス、初見殺しです。元ネタたるモンハンで、ナルガが出てきた2Gにおいて、ターゲットカメラも右スティックもないPSPだと苦戦させられた方も多いのではないでしょうか。
 大盾と銃剣みたいな槍(ただし砲撃は射程ほぼゼロ)で倒せ、というミッションでは、アドバイスで待ち伏せが推奨されるほどすばしっこいですからね。慣れると回避性能でカモれるんですが、そこまで行くまでが大変。どうでもいいか。

 閑話休題。
 一応、ここで死者が出たのは、この初見殺し仕様のせい、という設定があります。なら初見ではなく、それ相応の実力持ったやつぶっこめばよくね?という発想でこうなりました。
 ちなみに、ボスの没案で採用されなかったものの一つとしては、ハンニバル神速種(GE)ですね。初見だと何回殺されたことか。見た目そんな変わらないから気楽に言ったらめっちゃ速くて非常に驚いたことを覚えてます。ま、今となっては慣れましたが。そのびっくり度合いが分からないという人は、動画をググって見比べるとよくわかるかと。
 ボス没案の一つは、第二回SJの裏側あたりで書く予定です。・・・そこまで続くかな、これ。続くといいなぁ。


 次回からは毎月10日更新となります。またお願い致します。
 ではまた次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。