ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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37.重なる呼吸―第67層迷宮区攻略―

 迷宮の中は、一言で言ってしまうと“退屈”だった。もう少し歯ごたえのある敵が出てきてくれればまだよかったのだが、どいつもこいつもお決まりの動きをするだけのAIだ。全体的に動きが早いので、慣れるまでは少し苦戦することもあったが、慣れてしまえばそれだけだ。実際、最初の安全地帯までは全く問題なく突き進むことができた。消耗も全く覚えていない。

 

「一応一休みしとくか」

 

「そうね」

 

 俺の言葉に反対意見は上がらなかった。だが、二人とも疲れている様子はない。戦闘は、こうして前線をソロでうろつくことの多かった俺と、攻略組でも抜きんでたレベルの持ち主であるレインがメインでやっている。でも、エリーゼもそれに足を引っ張らない程度には十分に活躍できているから、俺たち二人の負担はそこまで大きくない。

 

「最前線の迷宮での戦闘ってこんなに楽だったか」

 

「それはこっちのセリフなんだけど」

 

「そうなのか?」

 

 どうやら、これは俺の勘違いではなかったらしい。実際、二人もかなり楽そうな表情をしていた。

 

「今は三人だからじゃないの?この三人、普段はソロだから」

 

「それだけじゃない気がするんだよなー。うまく言葉にはできないけどさ」

 

「以心伝心の仲だから言葉を交わさずとも援護とか完璧、とか?」

 

「「それはない」」

 

「息ぴったりじゃん」

 

 エリーゼのツッコミは置いておいて、実際二人にも消耗はあまりに見られない。少なくとも、見て取れるほどの消耗はしていない。今俺たちが攻略するこの層が簡単だとしても、程度物というものがある。簡単すぎるのだ。

 

「魔物寄せの香水使っていいか?さすがに楽すぎる」

 

「私はいいけど・・・エリーゼさんは?」

 

「使っていいわよ。いくら戦闘がないほうが気が楽って言っても、ここまで楽だと退屈だし」

 

 魔物寄せの香水は、名前の通り、魔物を引き寄せる香水系アイテムだ。当然だが、戦闘が増えるため、リスクと利益の両天秤を考える必要がある。俺が持っていた理由は、効率の良いレベリングとMPKを行うためだった。最も、俺の場合MPKを行うのは、グリーンカーソルのまま潜入して謀殺したりする際、カーソルを変化させないようにする程度で、基本的には俺自身が手を下すことが多かった。謀殺などという手間を加えるより、俺自身が直接手を下したほうが効率的だったからだ。その分リスクもはらんだが、よっぽどな高レベルプレイヤー出ない限り、俺が後れを取るようなことはありえない。わざわざ策を練るとしても、それはどこから襲おうか、という程度だった。それで十分だった。魔物寄せアイテムは大きな需要があるわけではないので、そこまで値段も張らない。狩場ではなくとも、適量使って、効率よく刈ることができれば、それだけでも赤字にはならなかった。そして、そのストックはまだ十分に残っている。

 

「じゃ、休憩開けたら使うぞ。俺だけでいいな?」

 

「別に三人そろって使う必要はないでしょ」

 

 それだけ確認すると、俺はマップデータを広げた。迷宮区はたいていどこの層もほとんど同じくらいの大きさだから、今のマッピングの距離等から考えると、

 

「このペースだと、そろそろ次の階層への階段があるはずなんだが」

 

「え、もう?」

 

「ああ。あくまで計算に過ぎないが。どうする?次の階層で敵が手ごわくなることは十分に考えられるが」

 

「かまわないわよ。退屈しのぎにはいいんじゃない?」

 

 エリーゼの答えに、レインも一つ笑う。その笑みには隠し切れない獰猛さがあった。

 

「・・・ったくバトルジャンキーどもめ」

 

「人のこと言える?」

 

「違いない」

 

 レインのツッコミには苦笑するしかなかった。まあ、こんなものを使うと言っている時点でそうなのだから仕方がない。

 

 

 

「じゃ、使うぞ」

 

 そういうと、俺は香水の容器を取り出してうなじに持ってくると、底を一回軽くたたくことで一滴たらし、軽く手で伸ばす。それだけで、独特の香りが周りに漂った。

 

「さて、んじゃま行きますか」

 

「正しい香水のつけ方知ってるんだね」

 

「正確には教わったんだよ、レインに」

 

「だって、せっかくの香水なのにべたべたつけたらもったいないじゃん。匂い的にも」

 

「いいじゃねえか、ちっとは効果上がるかもしれないし」

 

「上がったところで精々ほんの少しでしょ。なら、ちゃんと香水つけたほうがいいじゃん。身だしなみ的にもさ」

 

「とまあ、こんな感じの会話をしてな。で、しっかりと教わった、ってわけだ」

 

「・・・ふーん・・・?」

 

「だからその()()()()やめやがれ」

 

 なんだかんだでおしゃれに気を配るあたり、やはり年頃の女の子だ。どれだけ前線で戦おうと、そこはこういう端々で否応なしに意識させられてしまう。・・・勝手に俺が意識しているだけ、という自覚はあるが。

 香水の容器をしまうと、俺を真ん中に据えて、前衛がレインで歩き出した。この布陣になったのは、ひとえに陣形の中心に魔物寄せ、つまり俺がいることで、湧きが出やすい範囲を均等にするためだ。実際、

 

「前に1、訂正2」

 

「後ろにも1。どうする?」

 

 こうして前後に均等に敵が湧いた。俺の判断は早かった。

 

「エリーゼ、後ろの時間稼ぎ頼んだ」

 

 俺の言葉に、エリーゼは低い声で答えた。

 

「時間を稼ぐのはいいが、別にあれを倒してしまってもかまわんのだろう?」

 

「ああ、がつんと痛い目に合わせてやれ」

 

「そうか。ならその期待に応えるとしよう」

 

 どこぞの赤い弓兵とのようなやり取りをしつつ、俺も抜刀、レインの右に立つ。呼吸を合わせ、俺たちは同時に踏み込んだ。ここまで一緒に戦ったことで、完全に俺たちの呼吸は戻ってきていた。ゆえに、多くは無用。最低限のやり取りで相手の行動を読み取る。相手はよく見る、近接の得物を持ったモンスター。この手のやつの急所はお約束通りだ。鎧でところどころ邪魔にはなっているものの、そこはうまく避けて滅多切りにすればいいだけの話。まず手始めに、右手の刀で相手の首筋を斬る。相手は右手で上段に得物を振りかぶった状態だったから、俺から見て右に斬り抜ける。直後、回転しつつ、追従してきた相手の得物、その手を逆手に持った柄で強かにたたく。俺の狙い通り、相応の衝撃があったと判定されたらしく、相手が一瞬怯んだところでそのまま首筋に突きを放ち、左に切り裂く。回転を利用して、逆手に持った小太刀をそのまま同じようなコースに一閃。これは防がれるが、ここまでは想定内。回転の間に納刀した刀で、今度は体術系ソードスキル“アームハンマー”を脳天に食らわせた。がっつりスタンが入って行動が完全に止まったところで、咢から虎牙破斬、さらに抜刀しつつ一気に斬り抜ける大技、“抜砕竜斬(ばっさいりゅうざん)”でフィニッシュ。

 

(しまった、オーバーキルだった)

 

 と、後悔するも、今はそんなに問題ではなかった。周りを見ると、ポリゴンが散っていた。どうやら、三人ともほぼ同時に撃破したようだ。まあしょせんは雑魚、この程度だろう。俺が明らかにオーバーキルだっただけだ。

 

「あーあー、この程度かよ」

 

「気持ちはわかるけど押さえよう?」

 

 俺のボヤキはどうやら三人とも感じていたらしい。苦笑されつつたしなめられ、俺は軽く肩をすくめた。といっても、つまらないものは仕方ない。俺からしたら中ボスでも出てきてくれないかなー、なんて思うくらいの難易度だ。

 

「とりあえず先進むぞ」

 

 ここでうじうじしていても仕方がない。何より、敵がいないとつまらない。

 

 

 そうして敵をなぎ倒して先に進む。相変わらずの歯ごたえのない戦闘ばかりを繰り返し、マップを見て俺は気づいた。

 

「そろそろまた次の階層への階段があってもおかしくないはずだ」

 

「そうなの?」

 

「俺の予想が正しければ、な」

 

「さっきも思ったけど、戦いながら進みながらよくそんなの考えるね」

 

「こういうことを考えてると戦闘が楽になんだよ。効率的に戦闘するのと、だらだら戦闘をするのは違うからな。あと、迷わない」

 

「へー」

 

 俺からしたら、マップデータは結構貴重なものだったのである。好き好んでレッドと取引するような奴はいないから、俺たちは基本的にその辺のアイテムや情報は自前で集めるしかなかった。基本的にラフコフは個人主義だから、自然と“その手のことは自分で考えろ”ということとイコールになる。だからこうして考えることが習慣化されてしまったのだ。それに、対人戦はつまるところ、情報戦だ。相手の得物は、構えは、間合いは、初動は、攻撃パターンは。SAOのクロスレンジで、いかに一瞬で、膨大なそれらの情報を処理し、選択し、判断できるか。それが本当に重要になる。ラフコフ同士の模擬戦だと、一番やり辛かったのはやっぱりPoHだろう。あいつは本当に読ませてもらえない。カチッときれいに読める時もあったが、うまく肩透かしを食らわされた時も数知れない。まあとにかくそういうことだから、自分で考えることが根っこから習慣化されているのだ。

 で、進んでいくと、そこにあったのは巨大な二枚扉。つまり、この先にフロアボスがいる。

 

「えー・・・」

 

「今回の迷宮は短いんだねー」

 

 レインのコメントはもっともなのだが、・・・つまんねー。マジで。

 

「よっし、偵察戦としゃれこみますか」

 

「そうね。さすがにこれで帰るんじゃつまらないし」

 

「ちょっと二人とも・・・」

 

 レインが止めるも、その前に俺とエリーゼが扉を開けていた。それでため息をついて二人の後についてボス部屋に入る。

 ボス部屋は、広さこそそんなにないものの、縦の長さが異常なほどだった。見上げても天井が見えない。おそらく、階層の最上部近くまであるのだろう。そこから降りてきたのは、翼を退化させたワイバーンのような、どこか爬虫類のようにも見える竜だった。その口からは琥珀色の牙が一対伸びている。前足の内側にある、翼と思われるものの端は刃のようになり、その少し内側にとげのようなものがついていた。固有名は、“The Wyvern of Mirage Edge”。幻の刃の竜、か。

 こちらの姿を認めると、相手は前足を少し踏ん張って一声吠えた。その声に、こちらの意思とは関係なく、射すくめられたようにアバターが硬直する。たまにボスが所有する、スタンにも似た一時的な行動阻害系のデバフを持つ咆哮、通称バインドボイスか。なるほど確かに雰囲気は強者のそれだった。

 

「行くぞ。援護を頼む」

 

 声をかけて切り込む。あくまで今回は偵察戦だ、無理をする理由はない。半分様子見のつもりで斬りこんだ瞬間、相手がこちらの視界から消えた。

 

(いったい何が・・・ッ!?)

 

 一瞬パニックに陥りかけるが、右に感じた気配の感覚に体が反応し、左に身を投げ出す。本当に反射に近い動きで受け身を取ることもままならないまま転がったため、体勢を立て直そうとし、正面を見て俺はその考えを放棄して速攻でさらに半分転がるように後ろに身を投げだした。直後、先ほどまで俺が転がっていたところを琥珀色の牙が通り過ぎた。回避していなければ間違いなく噛み貫かれていただろう。間一髪だった。

 今度こそ体勢を立て直すと、今度はその尻尾をまるで鞭のように振り回してきた。打点の低さを見切り、跳躍でこれを回避。そのまま前から飛び込んで攻撃につなげる。だが、相手に俺の刃が当たりそうになったところで、再び相手が視界から消えた。今度は完全に受け身を取って、そのまま立ち上がるところをさらに跳躍し、距離を取る。俺の想像通り、先ほど俺のいたところには攻撃が通り過ぎていた。着地して相手を見ると、その四肢に力を込めている。仕切り直しかと思いきや、相手は一気に飛び上がると、その尻尾を思い切りこっちにたたきつけてきた。これに関しては後ろで待機していた後ろ二人までリーチの圏内に巻き込んだらしく、

 

「のわっ!?」「あ・・・ぶなっ・・・!」

 

 後ろからも回避の声が泡を食った様子で聞こえてきた。

 ここまで来て、ようやく俺は相手の攻撃パターンの一部が読めた。おそらく、尻尾と翼の端の刃で相手を切り裂いていくのだろう。となると、飛び道具は警戒するに越したことはないが、ほとんどない。その近接こそ最大の脅威。名前にもなっているミラージュ、幻影というのは、その動きの速さが原因だ。正確には、ストップ&ゴーの加速度が非常に大きい。慣れないとこの速度にはついていけない。だが慣れてしまえば話は別だ。

 最初こそからくりが分からなかったが、二回目は至近距離から見えたから分かった。刃の内側のとげのような部分がブレーキとなって、ためられた力が移動の寸前で解放されることで、あの初見では消えたように錯覚すら起こさせるほどの加速が生み出されているのがよくわかった。こういうとピンとこないのなら、デコピンの要領と考えると分かりやすいかもしれない。あと、尻尾がどうやら伸縮性があるようで、勢いよく振り回すと、見た目以上のリーチが発生する。

 

(初見殺しにもほどがあんだろ・・・)

 

 だが、種が割れてしまえば対処は容易だ。動きの速度に関しては慣れてきた。尻尾はリーチこそあるものの、それに気を付ければいいだけの話だ。

 

「もう最初の様子見は十分だろう!撤退する!」

 

「しんがり引き受けるよ!動きはある程度見えてたから大丈夫!」

 

「OK任せた!」

 

 最低限の声掛けでレインがこちらに来る。相手がこちらに向かって、距離をとびかかりで詰めながら刃翼で斬りかかってくる。その攻撃はもうある程度見切っている。

 

「スイッチ行くぞ!」

 

「いつでも!」

 

 相手の攻撃は袈裟に近い斬撃にも似た機動。なら、これで大丈夫だ。顔の前に近い位置で刀を水平に構える。相手の攻撃が当たった瞬間に“鏡花”が発動。カウンターの強力な上段に、大きめの行動遅延(ディレイ)が入る。相手のそれが終わる前に、後ろからソニックリープが飛んできた。二連続のソードスキルで長い行動遅延に入ったことを確認して、俺はポーションを一気飲みする。すでにエリーゼは部屋からほとんど離脱している。俺もそれに続いて、一呼吸でフォローができるような距離を保ちつつ下がる。レインも、短い硬直を終えてバックステップで距離を取っていく。動きをある程度見切っているという言葉に嘘は無いようで、その回避は非常に正確だった。

 

「もう少し右方向に回避!」

 

「うん!」

 

 こんな感じで、俺の指示を受けつつバックステップを繰り返し、決して目をそらさないようにしつつ、回避しながら撤退する。それを何回か繰り返したところで、入り口近くで待機していたエリーゼから声がかかった。

 

「目測であと約10m!」

 

「OK了解!レイン、あと一回バックステップしたら反転撤退!」

 

「分かった!」

 

 その少し後にバックステップでレインが回避すると、俺の指示通りレインは反転して一目散に撤退した。エリーゼがそれに続く。俺も、それを確認して、後ろに注意しつつ一目散に撤退した。

 




 はい、というわけで。
 まずは、あけましておめでとうございます。といってもこの話、2017年に投稿しているんですが。(笑
 それでは二話連続、ネタ解説。

「時間を稼ぐのはいいが、別にあれを倒してしまってもかまわんのだろう?」
 本編にも書きましたが、某赤い弓兵さん。死亡フラグではない。

アームハンマー
元ネタ:ポケモン、タイプ:格闘
 拳骨を脳天にハンマーよろしく振り下ろす。別に素早さが下がったりはしないが、大ぶりのため当てづらい。スタンしやすい。

抜砕竜斬(ばっさいりゅうざん)
元ネタ:テイルズ術技、使用者:アスベル・ラント(TOG)
 抜刀しながら一気に斬り抜ける。原作ゲームだと多段ヒットするが、こっちでは強力な一撃のみ。

フロアボス
元ネタ:モンハン
 ナルガクルガとベリオロスを足して二で割った感じ。刃翼や尻尾を利用した動きはナルガから、スパイクや牙はベリオロスから。スパイクいらない?まあそう言いなさんな。

 はい、というわけで。

 どうしても迷宮区になると戦闘多めになりますね。書くのに時間かかるのが悩ましい。というのも、戦闘の動きは、相手の動きを想像しながら自分の体を動かして考えるので。
 今回のボスは一応没案が一個あります。でも、これさすがに射撃なしだと無理ゲーもいいとこだろということで没に。ちゃんと登場予定はありますのでご安心を。

 今回元ネタが多いなぁ。自分の発想力の無さが恨めしい。作中にも書きましたが、このフロアボス、初見殺しです。だってさっさと視界から消えるってそれやり辛い。初登場の2Gだとさっさと背後取られてやられてましたね。ベリオさん?クラコン勢だったから両手スティック操作とモンハン持ち併用で問題なし。いやそれでも面倒でしたが。

 最後に少しお知らせ。
 前のお話で述べた予約投稿ですが、来月は7日、それ以降は毎月10日の午前0時に予約投稿をしておく予定です。今後はきっかり月一更新になります。

 さて、次からはフロアボスです。お楽しみに。
 今後とも拙作をよろしくお願いいたします。ではまた次回。

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