その次の日、俺は最前線の迷宮に向かっていた。もちろん、その後ろにはレインとエリーゼも一緒。
「さて、んじゃま、肩慣らしと行きますか。刀だけに」
「うまくないわよ」
エリーゼのツッコミをよそに、俺は敵が視界に入ったところで、二人に声をかけた。
「手ぇだすなよ」
「無茶しないようにね」
「へいへい」
適当に答えつつ、一気に向かっていく。納刀したままの状態で、ある程度間合いがある状態から、俺は一気に三歩踏み出す。最後の一撃は敵の懐に入って、少しダメージを受けつつ一気に切り上げた。小太刀系最上位ソードスキル“昇龍斬”だ。一撃の威力はぶっちゃけそこらの雑魚だと一発でオーバーキルになるレベルなのだが、三歩踏み込んでからぐっとため込んで一気に切り上げるという隙の大きいモーションと、脇構えないしは腰で吊るした状態からの抜刀からのみ発動可能という面倒くさい縛りから、なかなか使用されないスキルの一つだ。あえてオーバーキルなことを承知の上で使った理由はただ一つ。ソードスキルを発動したときの感覚をつかんでおきたかったからだ。その結果は、
「やっぱりいいな、これ」
何度も振ったわけではない。決して手に持った時間が長いわけでもないのに、この刀は不思議と俺の手になじんだ。重量バランスもいいのだろう。おかげでスペックの割には相当に扱いやすい刀になっている。少し扱いづらくはあるが、それは本当に微々たるものだ。問題になるレベルではない。ピーキーなソードスキルほど、武器とのマッチングというのが顕著になる。ブーストはあくまで、ソードスキルとしてシステムに設定されている動きを正確にトレースすることでスピードを上乗せするというものだ。つまり、これによる伸び幅はどのソードスキルでもそんなに変わらない。要は運動と同じように、いかに正確に体を動かすことができるか、というのが肝なのだ。だが、最初期のソードスキルは動きが単調なものも多い。例えば、片手剣の最初期ソードスキルであるスラントは、いわゆる袈裟斬りか、その逆の動きの逆袈裟という、簡単な動きだ。曲刀の最初期ソードスキルであるリーバーも、前進しながら剣道の抜き胴のような動きなので、動き自体はそんなに難しいものではない。細剣のリニアーに至ってはただ踏み込みつつ突きを放つだけだ。が、昇龍斬にも代表されるように、上位ソードスキルになってくると、連撃が珍しくなかったり、動きが複雑であったりすることも多い。それゆえに、こういうソードスキルの時のブーストの感覚が一種の指標足りえるのだ。と、考えているとお誂え向きに敵がさらにリポップした。
「よし、んじゃま次はこれで行くか」
次に現れた敵に対し、俺は刀を担ぐように構えた。そのまま袈裟を繰り出しつつ、足を振り上げる。そのまま回転しつつ蹴りと斬撃を織り交ぜる“爪竜連牙蹴”は、そのぱっと見どうやってるのかよくわからない動きから、ブーストを使おうとすると本当に慣れが必要だ。俺も
「どう?」
「さすがだな。使いやすいいい刀だ」
俺のコメントに、エリーゼは一つほほ笑んだ。
「・・・なんだよ?」
「いや、つくづく穏やかになったな、って。討滅戦の時とか、あとはハーブティーの時とかはもっと怖い顔してたからさ」
「背負いこんでたものが一つなくなったからだろ。俺にもうまく言えないけどさ」
「抱え込むものは増えた?」
「・・・まあ、な」
否定はしない。というかできない。ラフコフ内という特殊な環境でポーカーフェイスを鍛えた俺でも、これに関してはうまく隠し通せる自信がなかった。ならいっそ、変に否定せずあるならあるといったほうがいい。こと、レインに対しては、何となくではあるが、隠し事ができない気がした。
「でも、なんつーか、重苦しくないっつーのかな、いや、苦しさは若干あるから、重苦しくないは不適当か?まあとにかく、悪くないって思ってる自分もいるんだよな」
「珍しいね、そんな歯切れの悪いコメント」
「なんだそりゃ。いつも好き勝手言いたい放題ってわけじゃねえぞ俺は」
レインの言葉に、かすかに苦笑する。こういう、他愛ない会話に興じることができるというのは、案外気が楽だったりする。
「さて、今日は迷宮攻略にいそしむわけなんだが。基本的に俺が前衛な。レインは後ろを頼む。エリーゼは交代要員。それでいいか?」
「いいよー」
「私も大丈夫よ」
二人の返答を聞いて、迷宮に潜っていく。入った瞬間、独特の暗さに一瞬踏みとどまりそうになることはない。もうこの手の暗さと緊張感には慣れてしまった。入って少しすると、横合いからモンスターがわいた音が聞こえた。
「ご挨拶だな全く」
つぶやき、静かに鯉口だけ切る。ポップしたと思われる方向をじっと睨むと、静かにモンスターがこちらに歩いてきた。こちらに気付いたのか、威嚇のつもりで声を上げる。それをあえてそのままにして、かかってくる瞬間に辻風を合わせる。相手の動きが想定より少し早いことに驚きはしたが、狙い通りそれは相手の胴を薙いだ。硬直が抜けた直後に、振り向いて構えなおすと、相手はすでにポリゴンのかけらとなっていた。
「鮮やかなもんだな」
「まあね。なんだかんだで、ここ最近は一緒に行動することが多かったわけだし。呼吸くらいつかめるわよ」
「私としてはいつの間にか呼吸があっててびっくりってところが大きいけど」
「ま、その辺は間合いの取り方だろ。俺はそのつかみ方がわからんが」
「たぶんだけど、私がうまいんじゃなくて、二人があんまりうまくないんだと思う」
「悪かったな万年ボッチで」
「そういう意味じゃないわよ」
「冗談だ」
「・・・分かり辛過ぎるよ・・・」
つぶやきをスルーしつつ、俺は歩く。目的は迷宮の中だ。こうして攻略するのはいつ以来だろうか。そう思いつつ、俺は迷宮に向けてもう一度歩き出した。
と、俺の視界が端で何かをとらえた。そちらに目を向けると、小型のモンスターがいた。手のひらに乗りそうなくらい小さな、キツネにもリスにも見えるモンスターだ。カーソルは確かにモンスターなのだが、アイコンはノンアクティブ、つまり自発的に攻撃してこないことを示している。だが、俺はその姿に、どこか見覚えがあった。
(まさか、な)
俺は静かにそのモンスターに近づいた。攻撃しようとする二人を手で押さえ、俺はゆっくりとそちらへ移動する。触れるくらい近づいても、そのモンスターはこちらを見上げるだけで、攻撃してこなかった。
「案内してくれるか。今回はツレもいるが」
しゃがんでそれだけ言う。さあ通じてくれればいいが。と、そいつは俺の肩に乗って、ちょこちょこと肩の上を器用に移動した。感触から見るに、二人を見極めているのだろう。やがて軽やかに俺から降りると、背を向けて数歩歩いてからこっちを振り返った。
「ついて来いってさ」
「・・・心当たりがあるの?」
「まあな」
あの出会いは忘れようと思っても忘れられない。純粋に感心したし、今の服装を決める決め手にもなった。あの空間に、もう一度行く資格がある、のだろうな、こうしてああいうやつが出てきたのは。
あれこれ考えながらしゃべりながら進むと、あの時と同じように、ギリギリ匍匐前進でくぐれるくらいの大きさの隙間があった。あの時と同じように、武装を解除して俺がくぐる。
「二人ともついて来いよ」
そういって、俺は穴をくぐった。後ろでメニューを開く音がしたから、多分大丈夫だろうと思いつつ、俺は穴をくぐった。
そこに広がっていたのは、あの時と同じ不思議空間だった。
(ここは変わんねえな。変わったのは、俺か)
そう思いつつ、二人を待つ。二人ともくぐって来るや否や、この空間の不思議度合いに目を丸くしていた。
「わあ・・・」
「すごい・・・」
腰を下ろしてゆったりとする俺に、小動物が何匹か寄ってきた。あれ、数っていうか、種類が若干増えたか?と思っていると、胡坐をかいた足の上に、猫のような動物が上がってきた。足に顎を乗せているあたり、なでろということらしい。お望み通りゆっくりとその背を優しくなでると、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「え、モフっていいの?」
「嫌われん程度にしろよ?」
俺の言葉を受けて、女子二人が怯えられない程度にその毛並みを堪能していると、奥から人影が二つ出てきた。・・・二つ?
「やあ、久しぶりだね」
「そうだな、セルム」
「NPC・・・?」
「俺ら風に言えば、な」
突然現れたセルムに、俺は二人を示す。
「こいつらは初めまして、だよな?」
「そうだね。君が誰かと一緒にいるとは珍しい」
「ま、いろいろあってな」
「そうか。僕はセルム。君たちの名前を教えてもらえるかな、お嬢さんたち」
「あ、レインです」
「エリーゼです」
「レインさんと、エリーゼさん、だね?」
二人がそろって頷く。一人ひとりしかできないと俺は思っていたのだが、どうやら二人同時でも十分に感知ができるらしい。・・・知らぬ間にちゃっかりこの辺バージョンアップしてるんだなぁ。どんなシステムなんだろ。
「ところでセルム、後ろの女の子はどなた?」
「ああ、この子ね。この子はストレア。MHCPだよ」
「なんだそりゃ」
ここにきて、かれこれ1年以上が経過しているが、MHCPなどという単語は聞きなれない。
「おや、聞いたことが無いのかい?」
「ああ。知ってるんなら説明頼む」
「いいとも。彼女たちは、君たちが精神的な健康状態でいられるようにカウンセリングするプログラムだ。メンタルヘルスカウンセリングプログラム、彼女から聞いた略称がMHCP。もっとも、なぜか彼女は浮浪者のようにうろうろしていてね。そこを、僕が拾った、ってところさ」
「へえ」
なるほどなぁ。ここまでくるとセルムマジでなにもんだってレベルだな。どんなプログラミングしてるんだ。
「君も、変わってないね」
「俺はあれこれ変わったと思ってるがな。お前さんこそ、変わりないようで何よりだ」
そういうと、俺はストレアの目を覗き込んだ。どこかうつろというか、空洞というか。そんな感じの目だった。
「彼女は僕のほうで匿っておこうか。外に出すと、何があるか分からないから」
「そうだな。俺もやることが多いし。頼むぜ、セルム」
「お安い御用だよ。ここにいる子たちも、たまには来てほしいみたいだし」
「真新しいだけだろ」
俺の言葉に、セルムはふふと笑った。
「そんなことはないかもよ。今君の肩に乗っている子だって、飼い主も最初は噛まれたと言っていたから」
「飼い主いるのか、お前さん」
そういって、俺は肩の前に手を出す。腕伝いに器用にもう片方の肩に移ったのは、案内人になったあの小動物だった。
「うん。前、君に赤いコートをあげただろう?その時に僕に似合わないといった人が飼い主なんだ」
「へえ」
「彼女自身は赤も似合うんだけど、何分男物だったからね。ずっと使ってくれているようでうれしいよ」
そういわれるとこそばゆい。今つけているコートは、あのコートに強化などを繰り返し施して使っているのだ。いつの間にか、これが一番使いやすいコートになっていた。
「あれこれ手を入れてるけどな」
「服というのは、そういうところも魅力だろう?」
「まあな」
それだけ言葉を交わすと、俺は立ち上がった。それで、彼も察した。
「行くのかい?」
「ああ。まだやることが残ってる」
「そうか。君たちも行くのかい?」
「ええ。今、訳あって彼を監視しているので」
「そうか。また来てくれ。この子たちも喜ぶ」
「おう」
それだけ言うと、セルムは背後に指をひょいと振った。すると、そこにまるでずっとあったかのように扉が現れる。
「元の場所に戻れるようにしてある。またね」
「ああ、またな」
それだけ言うと、俺は歩き出した。今はやるべきことをやる。その決意を新たに、俺は前へ歩を進めた。
はい、というわけで。
まずは久しぶり、ネタ解説。
昇龍斬
元ネタ:ゴッドイーターロング系BA“秘剣・昇り飛竜”
三歩踏み出して、思いっきりため込んで、全力の斬り上げ。作中でも書かれているが、一撃の威力こそけた違いなものの、異常なまでに使いづらい。ぶっちゃけ産廃。原作ゲームでもこんな仕様。面倒くさい。
気が付けば年の瀬ですね。早いものです。本当に早い。
今回は肩慣らしでしたね。ついでに、セルム君との再会回でした。というのも、もともとこの次の話の前に、この話のセルム君パートを差っ引いた部分が付け加わり、意外とも字数が膨らんでしまっていたので、どこかで削れないかなー、と思い。あと、ここで書いておかないと、彼がストレアのことを知らずに終わってしまう可能性が出てきたので。ならちょうどいいや、ってことで。
正史ルートでも言いましたが、この話の案内役になっているのはナウシカのテトがモデルになってます。ま、分かりやすいかな、とは思いましたが。ということはつまり、赤も似合う飼い主の彼女の正体は、まあ、お察しください。母性溢れるあの人です。
戦闘がぬるいのは、直接戦闘能力がかなり高いザザさんとPoHさんと模擬戦を繰り返していた結果だと思ってもらえれば。一応、この三人だと、レベルは準攻略組でそこまで本格的なレベリングをしていないエリーゼに次いで高い程度で、攻略組だと並み位を想定しています。どこぞのアルベリヒさんの逆パターンですね。
さて、ここで一応お詫びと報告を。
まずは更新遅れてごめんなさい。UAが順調に伸びていることは、私にとっても十分に励みになっています。更新を戻した矢先にこれとは情けない・・・。
報告のほうですが、ここから先、就活&卒業研究で忙しくなる可能性が高いです。また、現時点でそれなりに書き溜めがたまっています。したがって、時間を見つけて先に予約投稿をしておこうと思っています。具体的には大体2018/6ぶんくらいまで。そこから先しばらく更新が途切れたら、就活ミスったとか卒研が進んでないとかそんなところだと思います。お察しください。
とりあえず、就活が本格的に始まる前にif編の書き溜めを終わらせるのが当面の目標です。少なくともSAOクリアまではこぎつけたいと思ってます。
これからも拙作をよろしくお願いいたします。
ではまた次回。