ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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35.変化

 それから少しして、エリーゼの情報を頼りに俺たちは森に来ていた。ここに出るトレントからいい材質の木材が手に入るらしい。のはいいんだが。

 

「なあ、まさかあれか?」

 

「そうだけど?」

 

「あれって、普通に中ボスですよね?」

 

「大丈夫。私らにかかれば雑魚だから。なんなら私一人でも倒せるくらい。時間かかるけど」

 

 隠れている俺たちの前にいるのは、5mほどあろうかという巨体のトレント。焦点を合わせれば、複数のHPバーが表示される。確かに、これは中ボスだ。だが俺たちがいるのは最前線から離れた下層であることも事実だ。

 

「ま、ここまで来たら仕方ない。やるぞ」

 

 それだけ言うと、俺は飛び出した。オニビカリはすでに俺の手に握られている。今回は珍しく、オニビカリだけで片手が開いているだった。相手がこちらに気付いて威嚇してくる。その瞬間には、俺はもうすでに相手の懐に飛び込んでいた。

 この手のタイプは攻撃パターンが案外限られる。四肢があるだけに、そこからかえって行動パターンが読みやすい傾向にある。少なくとも俺はそう考えている。ゲームバランスの都合もあるのだろうが、SAOには不思議と飛び道具の類はあまりない。ならあとは度胸だ。久しぶりの片手フリーな状態でバランス感覚に若干の違和感があるが、この程度なら問題ない。腕を使った薙ぎ払いはかがんで躱し、虎牙破斬を繰り出す。硬直が抜けた直後に剛直拳から剣技連携でバックキックを繰り出して距離を取ると、その一瞬の行動遅延をついて背後に回り込んだ二人が攻撃を繰り出した。例のデカトレントの影になって分かり辛いが、二つのソードスキルが見えたから二人同時に攻撃したようだ。HPゲージを見ると、HPバーは早くも一本目が消えようとしていた。先にエリーゼが言っていた通り、こいつ、相当な雑魚のようだ。ならやることは一つ。

 

「押し切る!」

 

 それだけ言うと、俺はオニビカリを構えて再び向かっていった。

 

 

 そのあとは一瞬だった。本当に一瞬で片が付いた。時間にして1分あるかないかだろう。確かに雑魚だとは思っていたが、ここまで時間がかからないとは、最初は俺も思ってもみなかった。素材ドロップの中からいくつか漁ると、それらしきものがあった。

 

「カーシオクの木材、ってのがそれなのか?」

 

「そうそれ!よかったドロップして」

 

 どうやらお目当ての代物はドロップしたようだ。

 

「塗料とかその辺はこっちにあるからいいとして、どうする?何か希望とかある?」

 

「特にねえわ。その辺は任せる」

 

「分かった!」

 

 それだけ言うと、俺はオニビカリを預けようとした。が、横からエリーゼがそれを止めた。

 

「なら、ついでに今からレインちゃんのホームにお邪魔しちゃおうか。そっちのほうがやりやすいだろうし」

 

「つっても、さすがに急すぎねえか?」

 

 今思いついたように行ってもさすがに迷惑だろうと、俺はポーズ半分本音半分で言った。

 

「大丈夫。それに、今オニビカリがなくなっちゃったらメインアームなくなっちゃうでしょ。最初からその辺は考えてあったから」

 

 が、もうすでに囲われていたらしい。観念して俺はもろ手を挙げた。

 

 

 

 レインの家は39層の主街区のはずれにあった。緑豊かなこの田舎町には、グランザムに移転する前まで血盟騎士団の本部があったらしい。・・・案外いい趣味じゃねえかあの聖騎士様。

 

「へえ、いいロケーションだな」

 

「でしょー。ちょうどいいんだよねー。のどかだし、森もあるし」

 

 俺の言葉に、レインはかすかに胸を張った。俺好みのいい場所だ。それに、周りの木が常緑樹なら、それなりに環境も安定する。現実世界だと虫やら葉っぱやらで大変かもしれないが、そこはゲームだから大丈夫だろう。

 

「で、本当に私の好みで作っていいの?」

 

「ああ。しいて言えば、派手すぎるのは嫌だぞ。ピンクとか」

 

「しないよ、そんなの。第一似合わないでしょ」

 

「分かってんじゃねえの」

 

 それだけ言うと、俺はオニビカリを実体化させて、机の上に置いた。

 

「やっぱり結構重たいよねー、これ」

 

「で、それをなんで俺以上にAGIに振っているはずのおたくがあっさり持てるのか、ってのは非常に疑問なんだが」

 

 俺の至極まっとうな疑問に対しては、レインは笑うことでごまかした。ま、聞いてほしくないことはあるってことだろう。そこに、エリーゼが俺に耳打ちした。

 

「あの子、一時期異常なレベリングしてたのよ」

 

「え、マジ?」

 

「うん。噂では、もうすでにレベルが90超えてるってものもあるくらい」

 

「さすがに尾ひれつきすぎだろ。90オーバーはないだろ」

 

 現時点での最前線は67層だったはずだ。安全マージンは階層+10なので、今現時点だと77くらいだ。実際俺も79である。上げていて85か、プラス20で87ぐらいが精々だろうというところに、90はさすがにない。だが、それだけレベルが高ければ、俺よりAGIに振っているスピード系の剣士でありながらあの重たい刀をあっさりと持ち上げられることも納得である。

 

「それがありうるって言われるくらいだったってこと。少なくとも君より相当レベル高いよ?」

 

「みたいだな。やべえな」

 

「なに話してるの、二人とも?」

 

「なんでもねえ。で、採寸は終わったのか?」

 

「うん。ありがとね。作ってくるから、お茶でもして待ってて」

 

「じゃ、私がやろっかな。一応程度だけど料理スキル持ってるから。台所借りるよー」

 

「うん、ありがと」

 

 そういうと、エリーゼは台所へと歩いて行った。その間俺としては手持無沙汰で、監視が取れた後どうしようかと考えていた。まあ攻略組を抜ける前もソロだったし、また根無し草の流浪生活になるのだろうが、それでいいのか、という迷いができていた。というのも、PoH戦といい、少し前のあのデカトレントとの戦いといい、レインの踏み込みなどは相当なものだった。純粋な実力勝負という縛りのあるデュエルなら、もう俺は彼女には勝てないかもしれない。そう思わせるほどに、彼女は腕を上げていたのだ。レベルとかそういう次元の話ではない。こればかりは、本当に上達するために費やした“時間”が物を言う。正確にはそこには気合とか、そういう精神的な意味合いもあるのだが、今回は省略する。とにかく、彼女が強くなるために相当な時間を費やしていたのは、俺もうすうすとは感づいていた。じゃなければいくら下層の、リポップするタイプでステータスが控えめだったとはいっても、あんなに一瞬で中ボス戦が終わるわけがない。

「―――――――」

 もしかしなくても、それはおそらく俺のためだろう。俺をラフコフから助けて、俺の凶行を止めるために、彼女は力をつけた。レベルが90に達していると噂されるほどのレベリングは、あくまでついでだったのだろう。本当に欲しかったのは、戦闘経験と自身の体の感覚。手足のようにという言葉をよく使うけれど、本当に強く、ただ強くということだけを考えてやっていた。というか、そうとしか考えられない。

「――――、――、―――」

 そんな彼女を、ここで無常に放っておいていいのだろうか。巻き込みたくないというのは事実だが、それだけで勝手に姿をくらますというのは、果たしてそれはベストなのだろうか。

 と、考えていると、誰かが俺の肩をたたいた。振り返りつつ半ば以上反射で腰に手を持っていくが、そこに得物はなく、手はむなしく空を切った。が、その必要がないことに振り返ってから気づいた。

 

「お茶、入ったよ」

 

「おう、サンキュ」

 

 いかんいかん、圏外にいる時が多かったせいで、一瞬振り返りつつ抜刀ができる体勢にしようとしていた。警戒心が強すぎるのも考え物だ。と、顔には出さないようにしつつ、俺はお茶に口をつけた。どこか緑茶にも似た、紅茶とも緑茶ともつかない独特な味わいだが、香りはどこか嗅ぎ慣れたもので、非常に落ち着くことができた。

 

「さっきはどしたの、あんな小難しい顔して」

 

「いやなに、今後のことを考えていただけだ」

 

「攻略組にとどまる、ってやつ?別に、特段深く考える必要もないでしょ。前に戻るだけなんだし」

 

「で、済めばいいんだがな」

 

 と、それだけ言うと、かすかに(のみ)の音が聞こえるほうに目をやった。

 

「あれ、もしかして気づいてる?」

 

「ちょっとベクトルが違うかもしれんが、うすうすとはな」

 

「へー、ま、あれだけあからさまだとねぇ・・・」

 

「おいこら何か勘違いしてねえか」

 

「勘違いしてるのは君じゃないの?」

 

 そういわれて言葉に詰まる。なまじどこか違和感があっただけに、否定する要素がない。

 

「ほんと、あの時のレベリングはやばかったよー。私が止めないとひどかったんじゃない?一時期は鬼なんていわれたくらいだったから」

 

「鬼って、仮にも花も恥じらう乙女に使う言葉じゃねえだろ」

 

「そのくらい鬼気迫るものがあったってこと。たまーに辻デュエル挑む猛者がいたっていうけど、そういう人はことごとく一刀で斬って捨てられたらしいから」

 

 俺は完全に言葉を失った。あの子がそこまで余裕のない時期があったとは。

 

「ま、とにかく考えなよー。一応落ち着くような素材のハーブティーにしたから」

 

「・・・どっかで嗅いだような香りだと思ったらそういうことか」

 

 そういえばあの花、お茶にするとリラクゼーション効果があるとかだったか。あの独房の中だと瞑想ぐらいしかやることが無かったからすっかり忘れていた。そういえば、あの花畑にもしばらく行っていない。あの時出会った少女はまだ元気だろうか。キリトか、最悪アルゴあたりに名前を聞けば、少なくとも今生きているかどうかというのは分かるだろう。だが不思議と、今はまだその時ではない気がした。

 

「ま、考える時間はある、か」

 

「そうそう、そういうこと。それに、私も一回鞘作ってもらったことあるけど、案外あの子早業だから、そんなにめちゃくちゃ待つ必要はないと思うよ」

 

「あっそう、そりゃ退屈しないで何よりだ」

 

 それだけ言うと、俺は再びお茶に口をつけた。さすがに手持無沙汰すぎるので、何となくスキル画面を開いてみると。

 

(ん、なんだこれ)

 

 見覚えのないスキルが一つ。スキル名は“射撃”。遠距離など知ったことかというようなSAOにあるまじき代物である。射撃というと銃が真っ先に思い浮かぶが、この世界に銃などあったら世界観ぶっ壊しにもほどがある。となると、

 

(弓か、ボウガン、この世界に準ずればおそらく弩が精々か)

 

 ボウガンならぎりぎりセーフだろう。モンスターをハンターするゲーム世界のボウガンは、あれはボウガンという名の何かだ。俺としては、後方から支援できるというのはかなりありがたいし、慣れれば超長距離からのファーストアタックを決めて、もしそれで仕留められなくとも何もさせずに仕留めるという、効率のいい方法も可能だろう。慣れは必要だが。どちらにせよ、俺が習得した覚えはない。そもそもが、俺のスキルスロットはもうすでに全部埋まっている。SAOでは、スキルスロットは20までで5つになり、それ以降は10の倍数で1つずつ増える。さっきも言ったように、現時点での俺のレベルは79なので、スキルスロットは10個。内訳は、

 

曲刀

索敵

投剣

体術

隠密

武器防御

短剣

小太刀

アイテム作成(便利そうなので取った。実際重宝している)

 

 で、これできっかり10個埋まってしまっているのだ。さらに追加が入る余地などない。なのになんでここに表示されているのか、と、このスキルについての考察をしていると、

 

「お待たせ!できたよ!」

 

 レインが鞘に入れたオニビカリを持ってきた。その鞘は黒い革で覆われつつ、その装飾には金糸のような色で柄が彩られている。細身の得物だけに、少し柄がわかり辛いが、これは、

 

「蓮の花、か?」

 

「正解!ロータス君にはちょうどいいかなーって。どう?」

 

 よく見ると、鯉口の部分には、ほんの少しだけ赤く塗装がされている。これは俺がよく着る赤い布系の防具の色によく合うだろう。

 

「ありがとな。いい鞘だ」

 

 それだけ言うと、レインは嬉しそうにほほ笑んだ。

 

 

 

 

 

 その数日後。妖刀オニビカリを右腰に差して、俺はリズベットの店を訪れていた。もちろん鞘はレイン謹製のものだ。

 

「おーいリズベスー、いるかー?ってのわっ!?」

 

 店の扉を開けつついうと、俺めがけて何かが飛んできた。反射でキャッチしたはいいものの、危うく当たりそうになった。で、それが何だったのかというと。

 

「おいこらてめ、いきなりハンマーぶん投げてくるとかどういう了見だこら!」

 

「うっさいわね、私は()()()()()!いい加減覚えなさいよね!」

 

 レベル差を考えれば壁にぶつかった程度の衝撃しかないだろうが、それでも痛いことには変わりない。

 

「で、鬼斬破のうちなおしたやつね」

 

「おう。できてるか?」

 

「ちょっと待ってなさい。持ってくるから」

 

 持てるくらいの重さなわけか。そこそこいいレベルかなー、と思っていると、その刀をもって彼女は戻ってきた。

 

「銘は“鬼怨斬首刀(きえんざんしゅとう)”。なんというか物騒な名前ね」

 

「そんなこと言ったらキリないぜ」

 

 ほんの少しだけ鞘から刀を抜く。一目見ただけで業物だと分かる、いい刀だ。もう一度戻して、俺は問いかけた。

 

「外で試し振りしていいか」

 

「ええ。作った側としては、使用者の感覚というのも気になるしね」

 

 その言葉を受けて、俺は店の外に出た。鞘から抜くと、俺は刀を片手で構えた。そこからいくつか素振りをする。とどめとして一発ソードスキルを発動させると、俺は刀をしまった。

 

「さすがだな。いい刀だ。お代はいくらだ?」

 

「74200コル」

 

「安くね?」

 

「あんたのあの素材、使い切らなかったからね。どうせあんたが持ってても使い道ないでしょ。その仕入れ代を差っ引いた金額」

 

 なるほどそういうことか。ま、安いのなら文句はない。実体化して渡すと、リズはそれを確認して、自分のストレージに入れた。

 

「ところでさ、あんたの鞘、それありきたりのもんじゃなさそうだけど、どうしたの?」

 

「お前分かって聞いてるだろ」

 

 その辺の機微には聡いほうだと自分でも思っているし、その予想は間違っていないようだが、にやつきを隠そうともせずに問いかけてくれば、俺でなくとも分かる。

 

「レインが作ってくれた」

 

「そっかそっか、やっぱりそうよねー。あの子結構センスあるじゃん。うん、仲良さそうで何より」

 

「そのにやつきやめろふっとばすぞ」

 

「いいじゃないいいじゃない」

 

 俺の言葉を受けてなおにやにやを止めないリズベット。軽くぺしっとたたいてみるがあまり効果なし。

 

「仲良くやりなよ」

 

「ああ、そのつもりだ」

 

「あれ、いつになく素直」

 

「ちょっとした心境の変化、ってやつだよ」

 

 そういう俺の顔を見て、リズベットは穏やかに笑った。

 

「いい顔になったわね」

 

「どういう意味だよ」

 

「そういう意味よ」

 

 ・・・ったく、なんでこうも俺の周りのやつは妙に物わかりのいい奴ばっかり・・・。と、俺は内心呆れた。

 

「また来るわ」

 

「ハイハイ、せっかくの武器と鞘壊すんじゃないわよー」

 

 後ろから聞こえるリズベットの声に、俺はひらひらと片手を振ってこたえた。

 




 はい、というわけで。

 正史ルートでは、オニビカリの鞘はリズに作成してもらったわけなのですが、せっかくいるのならこの二人のどっちかにも活躍させてあげよう、ということで。レインちゃんはゲームではレプラコーンだったし、持っててもおかしくないよね、っていう。何より、女の子なんだからその辺のおしゃれに気を使うことに何の不思議があろうか。ましてやレインちゃんはロータス君に対して並々ならぬ感情を抱いてますしね。
 ・・・書いてから“怨”に“えん”って読み方がないって気づいたのはここだけの話。あえてここはこのままでいきます。武器の名前ってだけで、そこまで重要なポイントでもないですしね。

 カーシオク、に関しては、まあ、完璧な言葉遊びです。樫の木みたいな、丈夫な木が好まれる、みたいな記事を見かけたので。

 さて、ここで彼にユニークスキルが授けられました。正史でもこの辺で気づいてます。最も、その特性から今まで以上の警戒を余儀なくされる可能性から、彼にとっては悩みの種になってましたが。
 お茶に関しては、旧タイトルのあれです。俺は飲んだことないんですけど、柔らかな優しい飲み口らしいですね。飲んでみたいです。

 ロータス君の態度変化に関しては、この後で、うまく、描けたら、いいなぁ・・・。自信ないですが。

 次からはオリジナル階層攻略回です。原作で死亡者が出た、というあたりにいるはずなので、それ相応の強敵を用意した、つもりです。この場合、強敵、というより、難敵、という表現のほうが適切な気はしますが、そこはそれ。

 ではまた次回。

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