ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

58 / 128
34.相棒たち

 まず俺たちが向かったのはリズベット武具店だった。今の装備ではさすがに厳しい。なんでも、俺がラフコフに入っている間に、彼女は自分の店を開いたらしい。場所はリンダースのはずれ。リンダースは確か、48層の市街地の名前だったはずだ。ということは、転移門からもそこそこ近い場所にあるということだ。

 

「それ土地代とか高かったんじゃねえか?」

 

「実際結構な競争率だったって言ってたよー。アスナの話に聞くと、借金までしたって言ってたし。その借金相手も、今となってはお得意様らしいけど」

 

「たくましいな」

 

 なかなか気骨のありそうな子だとは思っていたが、想像以上だ。度胸が据わると女のほうが怖い時というのは往々にしてあるが、まさにリズベットはそのタイプらしい。そもそも女だてらに町に引きこもることもせず生産職でバックアップを担当するような子が度胸がないとも思えんが。

 

「ま、俺も打ちなおしてもらいたいやつもあるからな」

 

 それだけ言うと、俺たちはリズベット武具店へと向かった。

 

 

 その店は川のほとりにあった。水車が音を立てて回る、いい店だった。

 

「なるほど、こりゃ店の競争率も高いわな」

 

「だよねー。客足も上々らしいよ」

 

「へえ」

 

 それだけ言うと、俺は扉を開けた。そこにはたまたま、変わらずあの少女がいた。

 

「いらっしゃい、ませ・・・」

 

 一瞬いつも通りに接客しようとして、店主の顔が固まった。ま、このくらいは想像の範囲内だ。なんでもないように俺は手を上げた。

 

「・・・用件は何?」

 

 返された声はかなり固い。というか冷たい。ま、当然か。

 

「こいつの打ち直しを頼みたい。強化素材はそれなりにある」

 

 差し出された刀を見た瞬間に、リズベットはすぐにその正体を看破した。

 

「これって、鬼斬破よね?今のレベル考えれば、戦力外もいいとこの武器のはずだけど」

 

「それでもだ。お気に入りなもんでな。それに、おたくの作った武器で人斬りは一度としてしていない。信じる信じないは勝手だがな」

 

 これは事実だ。何故しなかったのか、と言われると、何となく嫌だったとしか言いようがない。自分でも説得力に欠けると思うが、事実なので仕方ない。

 

「分かった。で、強化素材はどんなもんあるの?」

 

「・・・どっちゃりやっちゃっていいのか?」

 

「それはやめて」「「ダメでしょ」」

 

 女子三人の声がきれいにシンクロした。俺自身、店の中で素材どっちゃりはないわーと思っていたから、これは想定内。

 

「ちょっと待ってろ、案外多いから」

 

 ある程度の範囲外に多く用意した大きめの袋に、素材を移していく。これがストレージ内でできるのだから便利だ。満タン表示になったそばから俺は実体化させていく。全部終えると、足元には50cm立方くらいで収まりそうな大きさの袋が3つほど転がっていた。

 

「ま、ざっとこんなもんか」

 

「どこでこんなに・・・」

 

「ラフコフメンバーは最上層でのPKを禁止されているだけで、侵入を禁止されているわけではない。それに、俺も一応変装くらいはするからな。そうそう簡単にバレなどせんよ」

 

 まあ最も、俺からしたら表に出る時と変装するときの服装が全くイメージの違うものにしていたというのも大きい。パッと見た程度では俺と分かる人のほうが少ないような工夫をしていた。あの年がら年中まっくろくろすけと違って一応俺は普段着も何着か持っていたから問題なし。でもって年月を重ねるごとにレイドボスやリポップするモンスターをソロで狩り、ドロップ品の防具を着ていればそんなに目立たない。防具のカラーや形状は十人十色で、誰がどんなものを使っているかなど気にする人はあまりいない。というかほとんどいない。圏外村でも加工屋がいることは珍しくないため、強化素材やらなんやらをちびちび使って作り直すことも繰り返していた。結果、俺の変装は誰にもバレることはなく、強化素材を集めることに成功していた。

 

「できるか」

 

「それなりに対価はもらうわよ」

 

「そのくらいは構わん」

 

 もとよりそんなに金は使わない口だ。現実世界ではすぐに使ってしまう口だったが、こっちでは無駄金を使いすぎようものなら死あるのみといって差し支えない。結果、俺の財布はほぼ常時温かめな状況になっている。それに、現実では給料日があるが、こっちでは狩りの実入りがそのまま収入になる。だから、結構収支計算はしやすかったりする。・・・家計簿なんざつけたことなかったから最初は戸惑ったが、やってみて分かった。これめちゃ大事。

 

「頼んだぜ、リズベス」

 

「任せなさい。絶対あんたをうならせてやるから。あとリズベス言うな」

 

 そいつは頼もしい。ならここは餅は餅屋、任せるとしよう。

 

 

 

 次に俺が接触した人物はアルゴだった。後ろの二人がいるが、俺はやることを変えるつもりは無い。

 

「待たせて悪いな」

 

「いいってことよ。で、その様子だと無罪放免、ってことカ?」

 

「無罪放免ってわけじゃねえな。執行猶予、ってとこか」

 

 そういって、俺は後ろを親指で差した。それでアルゴはすぐに納得した。

 

「へえ、なるほどナ。で、どんな情報をお望みダイ?」

 

「そうだな。手始めに、オレンジの情報をもらおうか」

 

「レッドの、ではなく?」

 

「もちろんレッドもだ。だが、俺からしたらレッドの手口なんざたかが知れてる。手口を見れば、オレンジかレッドかなんて簡単に見分けられる」

 

・・・複雑化していく手口をたかが知れてると言いきっちまうハスボーが恐ろしいよ・・・

 

「ん?」

 

「なんでもないヨ。オレンジの情報だナ?」

 

「ああ。あるか?」

 

 俺の言葉に、少しため息をついて何か言った後、アルゴはいつもの調子に戻った。その独特なフェイスペイントから鼠の愛称で呼ばれる情報屋は、俺の想定を上回るレベルの情報を持っていた。俺のほしい情報をあれこれ提供してくれた。

 

「ほかになんか知りたいことあるカ?」

 

「うんにゃ、もう大丈夫。いくらになる?」

 

「んー、そうだなー、面白い情報も手に入ったし8500で」

 

「8500な。ほい」

 

 適当な小さめの袋に実体化して、アルゴに渡す。渡されて中身を見ると、アルゴは一つ頷いた。

 

「しっかし、まさかハスボーがエリーとレインちゃんを連れてオレっちのとこに来る、なんて日が来るとはナー」

 

「執行猶予の見届け人みたいなところだ。色気無くて悪いな」

 

「フーン」

 

「にやつきくらい隠せ」

 

 結構本気でひっぱたこうかと悩んでいるときに、後ろから両肩に手を置かれた。全く、俺の思考は完全に読まれているらしい。

 

「またよろしく」

 

「あいよー。今後ともごひいきに。あと二人と仲良くなー!」

 

 そこに秘められた意味をしっかり理解した俺は、さくっと手を上げつつナイフを放り投げる。一見無造作に投げたように見えるが、ちゃんとコントロールされている。実際、

 

「のわぁ!?目の前に投げるなよ危ないな!!」

 

「んだよ。下手に避けなければ当たらないように投げたろ?」

 

「ギリギリすぎだ!」

 

 俺の予想では鼻先30cmから50cmの間を通って、股下少し前くらいに落ちるように投げたはずだ。が、どうやら少し奥にずれたらしい。

 

「20cmもなかったぞ!」

 

「あーそいつは悪かったな。じゃなー」

 

 棒読みで一応謝罪する。うん、10cmならある程度誤差と言い切れる範囲内。だけどさすがに危ないかな。まあとにかく、ここでの用件は済んだ。俺の目的に向かうとしよう。

 

 

 

 そのあと、新たな小太刀を入手するために強敵NPCを倒した後、試しにプロパティを見てみた。するとびっくり、

 

「な、んじゃこりゃあ!?」

 

「え、どうしたの?」

 

「どうしたもこうしたも、こいつ化けもんだ。俺はSTR足りてるからいいものの、これ下手したら持つことすらままならんぞ」

 

「え、じゃ試しに持ってみていい?」

 

「ほい」

 

 そういって渡すと、渡されたエリーゼは一瞬驚いた顔をした。

 

「ねえ、これ一応、片手剣どころか小太刀扱いよね?」

 

「おう。One handって書いてあるし」

 

「下手したらこれ、重量片手直剣レベルよ?」

 

「そうだな」

 

「そうだな、って」

 

 俺のさも当たり前みたいな声にエリーゼは唖然とした。

 

「それだけいい剣ってことだろ。剣じゃなくて刀か」

 

「扱えるの?」

 

「俺以上に小太刀を十全に扱い切れるやつがいれば、手合わせしたいもんだ」

 

 俺の自信満々なコメントは完全に二人をあきれさせた。だが、俺からしたらそのくらい、自分の小太刀を扱う技量に対する自信があった。小太刀が、短剣、曲刀、小太刀、刀の四種類のソードスキルを発動できると知らしめたのは俺だ。その特性をしっかり理解し、扱い切れるのも俺だけだと自負している。

 

「ま、武器がこれだけいいと、腐らせないようにするのも一苦労だろうが」

 

「それもそうだね」

 

「おたくはもともと俺よりSTRよりAGI重視で、そんなにSTR強くないだろ。俺はこいつを扱える程度には上げてるけど、そうじゃないのなら重たく感じて当然だ」

 

 腰に備えられた得物をたたいて俺は言った。今までPK用に装備していた刀は処分した。今装備している武器はKoBやDBの在庫を使っている。もちろん最前線のレベルには劣る。だが、中層では十分すぎる性能を誇っていた。あの剣士相手だと苦戦しかけたが、その辺はどうにかした。

 

「ま、とりあえずリズんとこだ。鞘作ってもらわんと」

 

 それだけ言うと、俺たちは歩き出した。装備ができるのであれば、使わない手はない。そのためには鞘がいる。

 

「あ、なら私が作ろうか?」

 

「え?」

 

 レインの言葉に、俺は素っ頓狂な声を上げた。傭兵で装備の手入れとかが必要なことも多いであろうエリーゼはともかく、完全にソロで生産職プレイヤーの援護が期待できるレインからそんな言葉が出るとは思っていなかった。

 

「一応、作製スキルはちょこっと取ってて。この鞘も自分で作ったし」

 

 腰にさしてある自分の剣の鞘を軽くたたきながら、彼女は言った。言われてよく見てみると、彼女の鞘はよくある味気ない感じのものではなく、ところどころ派手過ぎない程度に装飾が入っていて、それでいて装備に浮かないような作りになっていた。

 

「なるほどな。ならお願いしようか」

 

「うん!任せて!」

 

 俺の言葉に、レインは胸を張って答えた。―――そういえば、

 

「鞘って何から作るんだ?」

 

「私も最初知ったときびっくりしたんだけど、元の材質は木だよ」

 

「木製なのかよ」

 

「私も最初びっくりした。で、周りに革を張ったり、塗料を塗ったりするの。で、変わり種だと塗料とか革を特殊なものにして、その上からさらに鍛冶スキルの応用で塗装する人もいるみたい」

 

「ま、防水加工をしちまえば凝固の時、元の材質が変質するのを防ぐことができるからな」

 

 逆にそれをしないと、メッキ加工するための金属が凝固し体積が小さくなる時に発生する力で、木が変形してしまう可能性が高い。と思う。たぶん。俺もよくわからんけど。

 

「へえ、そういう意味合いなんだ、あれ」

 

「俺も、多分そうだろう、としか言えんけどな。じゃなきゃこんな面倒くさい真似をする理由がないだろう」

 

 コーティングする特段な理由がないのであれば、その過程は省かれてもおかしくない。なのにそういう風になっているということは、そういうことなのだろう。

 

「とにかく、まずは木か。トレント系が出てきそうなところは案外あるからなぁ・・・」

 

「あ、それなら私に任せて。いいとこ知ってる」

 

 材料集めを考えていたところ、エリーゼから声がかかった。なぜそのような情報を持ってるかというのはともかくとして、今回はその情報に頼るとしよう。

 




 はい、というわけで。

 今回は得物新調回ですね。本編にもあったので、だいぶ焼き直し感が否めませんが、そこはご容赦ください。
 あと、今回が短めなのはただ単にここぐらいしか切るところがなかったからです。再来週に予約投稿する予定です。思いのほか書き溜めがたまっているので。

 強敵NPCに関しては、本編の得物新調回を参照していただければ。ほとんど完全に焼き直しになるので、あまりに駄長になるという判断から省略しました。

 刀などの鞘って、これ調べた時に意外に思ったんですけど、木製らしいですね。てっきり鋳造かなんかで作られてると思ってました。・・・でも考えてみれば、金属だと固定してるときに鞘の内側と刃が接触を続けて刃こぼれとかの恐れがありますもんね。考えてみれば道理です。

 次はSAOでの日常回、みたいな感じです。かなり難産だった記憶があります。今学期が特にひどいとはいっても、週の半分以上大学で誰とも喋らないぼっちに雑談パートというのはハードルが高かった。

 ではまた次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。