ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

57 / 128
33.会議

 捕まってから少しして、俺は独房の中にいた。正確には最初数日はカルマのクエストをクリアさせられていたのだが、ま、この展開はおおむね俺の想像通りといったところだ。正直、こうでなかったらどうしようかと思った自分もいたほどだ。そこは疑うべくもない。いつもと変わらない、何もない一日。それが、今日も続くと思うと、何とも言えない心地だった。

 

「出ろ」

 

 その言葉を受けて、俺は立ち上がる。何かあったかと思い、視界の端の日付と時刻に目線をやり、そこで気づいた。

 

「そういえば今日だったか」

 

「忘れてたのか?」

 

「ああ。いかんせん、あんなとこに入ってると、時間感覚も狂うってもんでね」

 

「なーるほどねぇ」

 

 そこまで話して、俺は気づいた。

 

「あんたもしかして、25層のLAドロップ争奪戦の時に、俺の護衛についてなかったか」

 

「そうだ。だからこそ、俺が選ばれた」

 

「リンドも含めた幹部陣の考えそうなことだな。有効だが」

 

「自分は奇妙な気分だな。ああして護衛していたやつをこうして護送することになるとは」

 

「俺としては気楽でいいがな。初対面のやつよりはずっといい」

 

 それだけ言うと、俺たちはそのまま歩いて行った。

 

 

 

 連れてこられたのはどこかのボス部屋のようだった。最初は裁判所のようなところに連れてこられるかと思ったが、そうでも無いようだ。元から、俺の処遇をどうするかということだから、攻略組の面子が中心で決めればいいということなのだろう。よく見てみれば、ソロプレイヤーこそいないものの、リンドを筆頭としてDB(青龍連合)の面々から、KoBの主要面子まで、いやはやそうそうたる面々である。

 

「皆、集まっているようだね。では、始めよう」

 

 最後に入ってきて、席に着く道すがら全体を見て、KoBのリーダー、ヒースクリフは言った。

 

「事前に通達してあった通り、今日は、ロータス君の処遇についてだ。まず、意見のあるものは言ってくれ。KoBをまとめるものとして、無下にすることはないと誓おう」

 

 その一言に、まずはシュミットが手を上げる。無言の指名を受け、シュミットが発言をした。

 

「確かに、彼は何人ものプレイヤーを屠ってきた。だが、攻略組の戦力不足は、どんどん深刻になっています。彼の復帰は戦力としてありがたい。タンクとして、前線に出るものとして、前線の手練れが増えることは、間違いなく状況を好転させる切欠足り得ると考えます」

 

「その、何人ものプレイヤーを屠った、という事実が問題なのだろう」

 

 シュミットの言葉に、KoBの幹部が反論した。決して激昂することなく、シュミットは冷静に言い返す。

 

「だが、彼はジョニーブラックの捕縛に協力していたという情報もあるわけだが」

 

「見間違いという可能性も高い。何せあの乱戦だ」

 

「赤い外套で、小太刀と刀の二刀流の凄腕がそう何人もいると?」

 

「一瞬でそこまで見分けられるはずもあるまい。お互いが殺し合いをしていたんだぞ?」

 

 ヒートアップしてきた議論を、ヒースクリフは手をたたいて止めた。

 

「それに関しては、彼と直前で戦っていた本人に聞くのが速いだろう。アスナ君」

 

 その声を受けて、アスナは自身のシステムウィンドウを操作、反転させた。そこには、“Voice Chat:kirito”の文字。

 

「さて、聞こえるかね、キリト君」

 

『ああ、聞こえるぜ』

 

「さて、時間が惜しいから単刀直入に尋ねよう。キリト君、君は以前、ロータス君がジョニーブラックの捕縛に協力した、と言っていたね。それは事実かね?」

 

『事実だ。と、言いたいところだが、正確には、ラフコフを途中で裏切った、ということが確かなだけだ』

 

「では、その詳細を教えてほしい」

 

『まず、俺とロータスは、あの混戦の中で戦闘に入った。俺にあいつが斬りかかった。でも、多分、あいつは俺を本気で斬るつもりは無かった・・・と思う』

 

「それは、何を根拠に?」

 

 誰かが問いかける。これはボイスチャットの設定で変えているはずだ。その辺を抜かる面々ではない。

 

『斬りあいの最中、あいつは俺に話しかけたんだ。あいつはあれで、相当に合理的に行くタイプだ。なら、わざわざ話しかけることはしないはずだ。それに、本気ならあの程度の太刀筋では済まないはず』

 

「それは誉め言葉と取っていいのかな」

 

「余計な口は慎め!」

 

 俺が軽口をたたいた瞬間、怒声が聞こえた。軽く肩をすくめて、俺は口をつぐんだ。

 

『このくらいならいいだろ。それと、これは十分に誉め言葉だ。だって戦闘を短時間で終わらせるのなら、もっと無言で集中して殺しにかかる。そこが甘かった』

 

「そんなの、あんたの体感に過ぎない」

 

『それはそうだけど』

 

「その辺にしておきたまえ。キリト君、斬りあいになった後、どうなったのだね」

 

 脱線した議論がそのままヒートアップしていく矢先に、ヒースクリフが話を元に戻した。

 

『斬りあいの最中に、あいつが俺を横に飛ばした。その関係で、俺の後ろから斬りかかったラフコフのやつが空振りして、転んだんだ。足の位置からして、多分あいつが不意打ちで刈ったんだと思う。あいつの位置からなら、動きは丸見えだったはずだから。で、そのこけたラフコフメンバーを、あいつは容赦なく殺した。そのあと、俺は赤眼のザザとの戦闘に入ったからよくわからないけど、多分アスナのほうにあいつは向かっていったと思う』

 

 あーらら、俺の行動ドンピシャで当てられちゃったよ。よく見てたねキリトさんや。という俺の内心をよそに、キリトの言葉を受け、全体の目線がアスナに向かう。

 

「その通りです。私と戦闘に入っていたジョニーブラックを背後から奇襲、一撃で麻痺に陥れました。そのあとは数々のラフコフメンバーと戦闘になっているところを、私と私の隊員が目撃しています」

 

「裏を返せば、あんたの身内しか見てないってことだよな」

 

 DBの幹部であろう誰かの言葉に、アスナが黙り込む。こればかりはどうしようもない。だがそこで、さらに手を上げるものがいたようだ。

 

「俺も見たぜ」

 

 その声の主は、確かハフナーと言ったか。青龍連合の前身であるDKB発足当初からギルドを支える幹部格だったはずだ。得物は両手剣だが、その重さを感じさせないフットワークとキレが持ち味だったはずだ。なるほど、PvPであの冴えを受けるのであれば孤軍奮闘、獅子奮迅の活躍もきっちりできただろう。

 

「本当か、ハフ」

 

「ああ。あんだけ目立つ格好してりゃ、そら分かりやすい。加えて二刀流と来た。見つけようとしなくても見つかったわ」

 

「で、戦闘は行っていたのか」

 

「少なくとも、俺の覚えている顔じゃないやつと戦ってたぜ。装備も見覚えなかったしな。攻略組サイドじゃねえと判断していいと思う」

 

「そうか。情報提供、感謝する。

 で、それを踏まえ聞こうか。ロータス君、君自身は攻略組復帰に関して何か意見があるかね?」

 

「俺に拒否権があるとでも?ま、所感を言うんであれば、悪くないと思ってる、ってとこか」

 

「了承した。では、ほかに意見があるかね」

 

 ヒースクリフが事務的にそう述べると、全体を見渡した。

 

「では、情報はこの辺りでおそらく頭打ちと判断し、いったん決を採ろうと思う。意見、反対があれば聞かせてほしい」

 

 それにこたえる声はない。声はなく、手ももう上がらなかったようだ。

 

「よろしい。では決を採る。ロータス君を攻略組に復帰させることに賛成の者は」

 

 その声に、手が上がる。俺の角度からは振り返ることが難しいから後ろはよくわからない。だが、少なくない手が上がっていることくらいは分かった。

 

「では、反対の者は」

 

 その声で、入れ替わるように手が上がる。

 

「よろしい。では、復帰させる方針で行こう。これに対し、追加意見があるものはまた発言してほしい。ないのであれば、このまま閉会とする」

 

 その声に、彼の横に控えていたアスナが挙手をした。

 

「なんだね、アスナ君」

 

「確かに、彼は大きな戦力であるとともに、不安も抱えています。そこで、彼に一定期間、監視をつけてはどうかと提案します」

 

「ふむ・・・」

 

 ヒースクリフは顎に手を当てた。確かにアスナの意見はもっともだ。反対意見のほとんどは、俺が再びPKをしないか、という不安が理由のはず。それを払拭できるのであればそうすればいいだろう。

 

「だが、誰にそのような依頼をしようか・・・」

 

「情報屋に聞けばいいんじゃないのか。信頼できる傭兵の中で、そういう隠密能力と捜索能力、いざという時の戦闘力にかけたやつがいねえか、って」

 

 リンドの意見ももっともである。KoBから出しても、DBから出しても、互いが互いを癒着だと思うだろう。なら、お互いがそうしたほうがいいだろう。

 

「なら、鼠より観察者のほうがいいかもな」

 

「その意見にゃ賛成だ。速さと正確さ、それから情報量なら鼠だが、ことプレイヤーに対する細かい情報なら観察者のほうが一枚上を行く」

 

「それに関してはまた今度検討するとしよう。とにかく、彼はこのまま復帰させる。しばらくは監視をつける。以上二点、反対はあるかな」

 

 それに対する答えは沈黙。

 

「それでは閉会とする。集まってくれたことに感謝する」

 

 そのヒースクリフの一言に、三々五々に散って行った。

 

「さて、まずは縄を解かないとな」

 

 近くに寄ってきたリンドがそれだけ言うと、俺の後ろに回った。

 

 

 

 ロープが解放された後しばらく俺はボス部屋から出られなかったが、やがて行きの護衛、それからヒースクリフと出た。時間を見ると2時間と少しが経過していた。その出口で、

 

「では、また攻略で会う時には、よろしく頼みます」

 

「おう。またな。元気で」

 

 それだけ言うと、その護衛と別れることになった。その代りの護衛が出口にいるらしい。というのは聞いていたし、それと思しき人物はさっさと見つけられたのだが。

 

「その護衛がこのチョイスだとまた癒着とか心配されないか?」

 

「大丈夫だ。妙な行動をしたらもろとも粛清対象となっている」

 

「それに、私たちほどお互いの手の内がわかる相手もいないでしょ」

 

「それはそうだが」

 

 その相手がエリーゼとレインってどういうことなんですかねぇ。お隣のヒースクリフの口調が平坦なのはいつも通りとして、言っていることはもっともだから誰も反論できない。

 

「その前に俺が殺す可能性は」

 

「逆に聞こう。この子たちどちらか一人を素早く殺す、またはこの子二人を相手にして殺しきれる自信はあるのかね。それに、君ほど頭の回る人間が、そうしたらどうなるかわからなくはあるまい」

 

 本当に、正論しか言わない男だ。知っていたが、ここまで正論が無慈悲だと思ったことはなかった。

 

「・・・分かった」

 

 全く、俺にとって完全に退路というものはないらしい。俺に残されたのは手を上げて受け入れることだけだった。

 




 はい、というわけで。

 前回も言いましたが、今回は攻略組復帰ルートということで、レインちゃんとのコンビです。それプラスエリーゼちゃんですね。彼女はなんというか、こうやって取り上げた以上、もっと活躍してほしいキャラクターだったので、これには結構満足です。
 正直、レインちゃんとのコンビはもっと濃密に書きたかったところではあるので、このルートが正史でもよかったかな、とは思っています。

 気が付いたら書き溜めが案外溜まっていたので、放出もかねて投稿していく予定です。ちょっと前にも書きましたが、自分は家より学校のほうが筆が進むので、それまでに完結、できればなぁとは思ってます。無理か。ペースが回復してきたらもしかしたら月二に戻すかもしれないです。

 さて、今回からしばらく、彼らの物語です。この辺は俺が意識して書いた行動はほとんどないと言っていいので、俺の中での彼ら彼女らのイメージが前面に出た話になっていると思います。少しの間、非日常な日常をお楽しみいただければと思います。

 ではまた次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。