ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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50.終焉

 最初の一歩は同時だった。そのまま、先ほどのエアレイドと同様に、連続で斬りあいを繰り広げていた。お互いがお互いの剣筋を見切りあい、いなし、躱し、防ぎ、反撃し。向こうは小太刀も抜き、二刀を駆使して全力で連撃を繰り出していた。それに、私も追従する。緊迫した殺伐とした斬りあいのはずなのに、その中には得も言われぬ高揚と楽しさがあった。

 

(なんか変なのかな、私)

 

 思考は止めない。その中で、私は考える。

 

(こんなに、あなたと戦っていることが楽しいなんて)

 

 右手による左下からの逆袈裟。続いて右からの薙ぎ、唐竹割り。薙ぎを受け止めつつ前進して、逆袈裟で返す。と見せかけ、本命は拳。そこで、相手の右手首を強かにたたく。相手も、パリィの寸前で私の狙いに気付いたようだが、もう遅い。そのまま、獲物を取り落としてしまう。私はそれを見て、あえて少し下がる。相手は左手で斬りかかってくる。今度は前進しながら左からの袈裟。それを、切り抜けつつ受け止めにかかる。相手も、それを見てなお全く引く気はない。そのまま打ち合ったとき、私は自分の剣が手を離れていくのを感じた。回転して改めて向き合うと、そこには両手に獲物がない状態の彼がいた。

 相手の獲物がその手にない。もう一つの得物たる弓はもうすでに間合いではない。ここで踏み込まない手はない。筋力ステータスはほぼ同じか、向こうのほうが少し上。

 力勝負なら、相打ちがいいところか。うまく狙いを外すことができれば倒せるが、少しリスキーだ。ならば、剛直拳を狙い、絶妙のタイミングで下がって咢を繰り出し決める、というのが、まず私の描いたシチュエーションだった。相手からすれば、力ずくで突破できる可能性の高い剛直拳を使うのがセオリー。

 

 間合いに入る。相手は動かない。

 相手からすれば、相打ちで十分。

 ほんの少しだけ、私は動く。拳の初動のみを見せる。合わせる形で、相手はほんの少しだけ身をひるがえしつつ、アッパーカットの一撃を放った。

 それにカウンターで合わせるように、私はストレートをねじ込んだ。それは私の想定通り、剛直拳よりさらにアッパーに上がった彼の腕を強かにたたき、弾き飛ばした。完全に体勢を崩されたところに、私はマウントを取って投擲用のナイフを首筋に突き付けた。

 

「私の、勝ちだね」

 

「ああ。そして私の敗北だ」

 

 ゆっくりと息を整え、彼は一言、

 

「どうして、あの場面で咢が来ると思った?」

 

 とだけ聞いた。

 

「あなただからだよ。本当に記憶をなくしていたのなら別だけど、完全な君なら、裏の裏をかいてくる。私が、君の剛直拳を読んで咢を出すところまで読んでいるのであれば、さらにタイミングをずらして、完全な力勝負に持ち込むというのは、十二分にあり得ること。常に、相手の裏をかくということを考えてきたあなた相手だからこそ、取れた戦術だよ」

 

 私が言葉に込めた意味を、彼は正確に把握したようだ。どこか自嘲するように笑って、彼は言った。

 

「・・・そうか。ということは、もう嘘はいらないな。どこで気づいた?」

 

「剣筋を見せておいて、ばれないと思ったの?それに、“何も忘れちゃいない”って、そのままの意味でしょ。今までのこと、覚えてるって、そういうことでしょ。それに、おめおめと同じ手を二度も食うほど馬鹿じゃないよ、私」

 

「そうだったな。さて、んじゃま、お姫様と勇者様の援護に行く前に、ま、もろもろ説明しなきゃな」

 

「それは後でいいよ。アスナさんを助けよう?」

 

「・・・そう、か。それも知ってるのか。なら、そっちを先にするか」

 

 そういうと、彼は自分の得物を拾い、私の得物を放ってよこした。そのまま背を向けて、彼は言った。

 

「俺についてこい。大丈夫、あのバカな王様は、俺が裏切るなんてミジンコ一匹分として思っちゃいない」

 

 彼の後をつけると、扉の前にたどり着いた。その扉の横には、三角のボタンのようなものがあった。・・・ボタン?」

 

「そうだ、見たまんま。ま、その辺の積もる話は、まとめて後にする」

 

 どうやら、最後の一言は口に出ていたらしい。扉が開くと、彼は中に入るように促した。その見た目、中身、機能。それはまるで、

 

「エレベーター?」

 

「ああ。移動が楽で、技術力を誇示できるから、という理由らしい。・・・全く、ばかばかしい」

 

 そう吐き捨てる彼は、記憶あるままだった。やがて、一つの扉の前で手をかざすと、その扉はひとりでに開いた。その中には、スライムに目玉がついたような、おぞましいものがあった。

 

「これはこれはホロウ様。どうしてこのような場所に?」

 

「王の客人をお送りするためにな。しばらく二人で説明をしたい。少しの間、第一ラボのほうに向かってもらえるか?私がそのように頼んだ、といえば、貴様らに危害が及ぶことはないだろう」

 

「はっ。かしこまりました」

 

 それだけ言い残すと、そのスライムは部屋から出て行った。部屋から出る時も、どうやら一礼したようだが、すぐに見えなくなった。

 

「・・・よし、これでいい」

 

 そういうと、彼はシステムコンソールと思しきものを操作し始めた。その光景を見て、彼は問いかけた。

 

「これに見覚えがあるのか?」

 

「うん。ちょっと前に、ね」

 

「なるほど。扉を無理やり開けたところを見るに、何らかの高度なプログラムが働いていたのだろう、とは推測していたが・・・。

 とにかく、今この部屋は完全な密室空間にした。扉の前で聞き耳を立てていても、何も聞こえはしないし、扉はどうあっても開かない」

 

「そんなことができるの?」

 

「この身には管理者権限の一部が付与されているからな。このくらいは知識があれば誰でもできる。

 さて、いよいよ王の玉座に転移するぞ。あの下種王の前で、少し話を合わせてほしい。いいか?」

 

「・・・分かった」

 

「よし。じゃあ行くぞ。転移シークエンス、開始」

 

 そういうと、まるで一つの作業の終了の時に勢いよくエンターキーを押すように、彼はシステムコンソールに指をたたきつけた。瞬間、その画面に、『カウントダウン:5』と表示された。そのカウントが尽きるまでに、彼はスローイングタガーを私の首筋に突き付けていた。そのままの体制で、私たちは転移された。

 

 

 転移先は、真っ暗な部屋だった。光量は最低限しかなく、そこではアスナさんが鎖につながれ、キリト君はまるで何かに押さえつけられているかのように這いつくばっていた。その顔は、憤怒と憎悪に歪んでいた。その光景に、私は思わず顔がこわばった。対照的に、彼は転移直前の無表情のまま、目の前の男に話しかけた。

 

「オベイロン様」

 

「ホロウか、どうした?今は忙しい」

 

「以前申し付かりました小娘を連れてまいりました」

 

 彼の言葉に、オベイロンと呼ばれた金髪の偉丈夫は、視線だけで振り返った。

 

「そうか、ご苦労。下がって―――いや、そのままでいろ。せっかくのパーティだ、一人でもギャラリーは多いほうがいい」

 

 その言葉に、私は顔に力が入るのが分かった。パーティ?こんなものが?ただの欲望を暴走させた男によるレイプのようなものではないか。その時、彼の目つきが異常に細くなり、私に込められていた腕の力が緩んだ。

 

「パーティ、ねぇ・・・」

 

 ぼそりと、小声でそんなことを言った。オベイロンはアスナさんの服を破き、その目じりに浮かんだ涙に手を伸ばした。その瞬間、鎖が千切れとんだ。

 

「何者だぁ!!」

 

 大声を上げ、振り返る。その先にいたのは、恐るべき早業で背負っていた弓を構え、魔法を付加(エンチャント)した矢を射た彼がいた。

 

「ただ欲望を解放しただけじゃねえのか。そういうのは妄想の中だけにしたらどうだ、王様」

 

 オベイロンは、突然の彼の変化に、混乱の表情を浮かべた。

 

 

 

 

 茶番は終わりだ。もうこの男に唯々諾々と従う理由はない。この世界を、一度終わらせる。腐ったものを直すとき、一度壊したほうが速い場合もある。とりあえず、この男の無駄に小物な性格、そしてキリトの反応からして、使ったと思われる手段は、

 

「システムコマンド、マギカコード、グラビティをリリーズ」

 

 その言葉に、キリトとアスナの顔から苦痛が幾分か消えた。どうやら俺の想定通り、テスト段階にあった重力加算の魔法だったようだ。さらにオベイロンは混乱し叫んだ。

 

「いったい、いったい何が起きている!?」

 

「黙れよ、裸の王様。もうここにお前の味方はいないぜ」

 

「黙れ、黙れ黙れ黙れ、黙れェ!システムコマンド、IDホロウのアドミニストレータ権限をオールデリートォ!!」

 

 その言葉を言った瞬間、俺が開いていたシステムコマンドウィンドウが閉じた。つまり、管理者権限がなくなったということだ。

 

「は、はは、ハハハハハ!!所詮君はその程度、王に従う臣下に過ぎないんだよ、シンカにぃ!図が高い、控えろォ!」

 

 ところどころ裏返りながら、オベイロンは手を前に出そうとした。が、その時、ガランと重々しい金属の落ちる音がした。そちらを見ると、キリトが立ち上がっていた。その背中に突き刺さっていたはずの剣は地面に転がっていた。先ほどの音はそれだろう。そして、憤怒と憎悪に歪んでいたキリトの顔に、幾分か冷静さが戻っていた。

 

「おかしいなぁ、オブジェクト座標を固定したはずなのに。まだ妙なバグが残っているのか。全く運営の無能どもめ・・・。ゴミはゴミらしく、無様に這いつくばっていろぉ!」

 

 それだけ言うと、オベイロンは拳をキリトに向かって振り上げた。工夫も何もなく、ただ殴り飛ばそうとしただけだ。だが、それはキリトからすれば片目をつむってでも受け止められるものに過ぎなかった。

 

「システムログイン。ID“ヒースクリフ”。パスワード―――」

 

 そのあとに、キリトは長い英数字の羅列を言った。その言葉が終わると、オベイロンはさらにうろたえた。

 

「な、なんだ、そのIDは!?」

 

 半分条件反射か、さらにあいつは()()()縦に振った。この世界で、一般的にメニューウィンドウは()()()開く。つまり、右手での操作が意味するところは、それとは別のウィンドウの表示。何かに恐れるように、オベイロンも右手でウィンドウを開く。だが、それによる操作は、

 

「システムコマンド。スーパーバイザ権限変更。IDオベイロンをレベル1に」

 

 その直後に放たれたキリトの言葉で無効化された。現れたウィンドウが、その言葉で消えたことに、オベイロンの動揺はさらに広がった。

 

「な、さ、さらに高位のIDだと!?いったいどうなっている!?ありえない、僕は支配者だぞ・・・!?この世界の帝王、神―――」

 

「そうじゃないだろう」

 

 オベイロンの動揺任せの叫びを、キリトの静かな声が打ち消した。

 

「お前は盗んだだけだ。この世界も、住人も。盗んだ玉座で踊っていただけの、泥棒の王だ」

 

「こッ・・・ッの、ガキがぁ・・・。後悔させてやる・・・!

 システムコマンド!オブジェクトID、エクスキャリバーをジェネレートォ!」

 

 怒りに任せたオベイロンの音声入力は、想定通りというべきか何も発生しなかった。

 

「システムコマンドォ!!いうことを聞け!!この、クソ、王の、神の命令だぞ!!」

 

「うるせえよ」

 

 ただ喚き散らす、そのみぞおちに、ピンポイントで俺の蹴りがさく裂した。SAOで鍛え上げられたステータスでの蹴りは、オベイロンを吹き飛ばすには十分すぎた。

 

「お姫様を助けてやれ、キリト。時間稼ぎくらいなら、俺ごときで十分だろう」

 

 背中越しの俺の言葉を、キリトがどう受け取ったのかは知らない。だが、

 

「システムコマンド!オブジェクトID、エクスキャリバーをジェネレート!」

 

 その言葉と、何かが生成される音とともに、俺たちの間に黄金の剣が落ちてきた。それに、俺は意図を察した。

 

「過程も何もかもすっ飛ばして、コマンド一つで伝説の武器を召喚、か。いいご身分だったこったな」

 

 自分もその一員だったことに、俺は嫌気がさした。剣を取って、オベイロンに放る。

 

「さて、裏切り者と無能な王、その戦いを始めようか」

 

 小太刀を突き付けて、俺は宣言した。俺のどこか傲慢な態度が癪に障ったのか、オベイロンは破れかぶれの型で斬りかかってきた。そんなもの、わざとでもない限り俺が当たるわけもない。だが、オベイロンにはそれがわからない。だから、狂乱して踊りかかるかのように剣を振り回すだけだ。無駄だらけの動きに、オベイロンは完全に肩で息をしていた。息を整えている間に、後ろから誰かが肩を叩いた。

 

「ありがとう、ロータス」

 

「おう。ここから先は勇者様のお仕事だ。やり返してやれ」

 

「ああ。・・・一応、管理者権限は戻してある。だから、それで先にログアウトしておいてくれ」

 

「あいわかった。と、言いたいのはやまやまだが、俺にもやるべきことがある。それが終わったら、向こうで会おう」

 

 その言葉が終わると同時に、俺たちは拳を合わせた。完全に蚊帳の外だと思われたレインは、どうやらつかの間の再会を楽しんでいたらしく、笑顔だった。

 

「さて、と。行こうか、レイン」

 

「うん。言いたいことたくさんあるんだから、覚悟しといてね」

 

「おお怖」

 

 あまりにもわざとらしすぎる芝居をして、そのまま俺たちは転移した。

 

 

 転移先は、第2実験室。そこのシステムコンソールに用があった。

 

「さて、事情を説明―――」

 

 その先の言葉は言えなかった。俺の唇に人差し指を当て、にこりと笑うレインの顔には、得も言われぬ威圧感があった。・・・いつの間にこんなもの習得してやがったこの小娘。

 

「分かった。とりあえず、ここは、最低限のことだけやるか。手始めに、全員のログアウトをさせる。もし、協力者が殴り込んできたら、問答無用で斬り捨ててくれ」

 

 それだけ言うと、俺はシステムコンソールを操作しだした。本来運営しか操作ができないようになっているはずなのだが、あいにくとこの身には管理者権限が付与されている。仮にこの動きに、オベイロンの協力者が気付いたところで、俺の横には、背中を預けるに足る相手がいる。安心して、俺はシステムコンソールを操作できた。少し苦労して、ようやくいくつかに分散して秘匿されたプレイヤーたちの解放に成功すると、俺はふうと息をついた。

 

「終わったの?」

 

「ああ」

 

 それだけ言うと、俺は隣の少女を見た。

 

「悪かったな、こんなところまで」

 

「そういうのはなし。私は好きでここまで来たんだから」

 

「・・・そう、か・・・」

 

 好きでここまで来た。その言葉を、ゆっくりと頭の中で転がす。

 

「積もる話はあと。そういうことだったでしょ?」

 

「ああ。そうだったな」

 

 それだけ言うと、俺は自身およびレインのログアウト操作一歩手前までたどり着いた。

 

「さて、じゃあ、ログアウトさせるぞ」

 

「うん。また、向こうで、ね」

 

「ああ。またな」

 

 それだけ言うと、俺は最後にシステムコンソールを操作した。




 はい、というわけで。

 気が付いたら一か月たってました。早すぎ。
 そしてこの作品のALO編実質ラストです。早すぎる。

 久々にFGOログインして試しに水着ガチャ引いたらメイドオルタさんが出てきました。びっくり。嬉しいけど。というか、これで自分の対キャスターパのスタメンがメルト・ライダーイシュタル・メイドオルタになりそう。全体宝具少ないなー。ちなみにサブにはサンタオルタがいる模様。
 で、なぜこの話をしたのか、というのは、まあ、あのやり取りに関連した話です。前半に出てくるアレです。わかる人にはわかりやすいですね、これ。ほぼほぼ台詞だけの引用ですが。

 バトル描写は結構苦手ですけど、楽しいです。書いてて楽しいけどどうやって書いたらいいか分からないこのジレンマ。特にこの二人は敵意のない純粋な戦いなので、結構書いてて面白いんですよね。書くときにたいてい自分で動きながらやっているので、家族とかに見られると結構恥ずかしかったりする。
 しかし、こうして書くとつくづく小物だなー下種郷。


 さて、先にも書きましたが、これで実質ALO編最終回です。というのもですね、次は完全エピローグ的な後日談に入るからです。if編は順調に執筆してはいるのですが、深夜のテンションで日常パート、というか雑談パート入れてしまったせいでかなり難航しております。いやはや、大学行っても週4以上ぐらいの頻度で誰とも喋らない日があるボッチに雑談パートは難しい。
 かといってここ削ると本当に日常パート皆無になりすぎて違いがほとんど出せないからなー・・・。


 以降、今後の予定などについて告知しておきます。

 ifパートは大体三人のターンです。誰かっていうのは、まあ、お察しください。

 あと、ALO編でいったん区切りになるので、その一週間後に“あとがき的な何か”と題して一つ小話を投稿するつもりです。そのあと、ある程度書き溜めができたところで、章を分けてif編を続編として書いていく、という予定です。
 あと、一応今主が大学三年生なので、そろそろ就活が始まります。その関連で、投稿速度が大幅に遅れることが想定されます。かなり遅れていても、気長に待ってくだされば幸いです。

 ではまた次回。

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