ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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49.世界の真相

 私は急いでいた。蝶の谷のキリト君は、どこか追い詰められているというか、焦っていた。アスナが目覚めていないことを知っていて、ここにとらわれている可能性まで知ったうえでのダイブならば、最悪一人で突っ走りかねない。そうなる前に防ぐため、エリーゼさんと私は二人の領主の許可をもらって先行していた。

 エリーゼさんに教えられたとおりに飛び、アルンの世界樹の根元にある扉にたどり着いたとき、その扉は、

 

「開いてるね」

 

「行くわよ」

 

 SAOで鍛え上げたステータスと感覚で飛び続けた結果、周りに言うと信じられないようなタイムで飛翔していた。そのため、正直少し疲れているところもあるのだが、関係なかった。エリーゼさんがなにやらポーションを一気に飲み干したところで、私たちは世界樹に飛び込んだ。

 世界樹を見上げると、そこには白い装備の敵がわんさといた。雲霞の如く、とはこういうことを言うのだろう。だが問題はその奥。真下に向けて狙いを定める、一人の弓兵。その狙いは、

 

(メイジ・・・!)

 

 すぐに狙いを悟ると、私は一気に垂直上昇をかけた。メイジの少年との距離を考えれば、十二分に間に合う・・・!

 前に躍り出た瞬間に、抜剣。確かな手ごたえとともに、放たれた矢は二つに分かれて落ちていった。

 

「「うそぉ!?」」

 

 後ろで二人分の驚愕の声が聞こえる。まあ、二人からしたら矢を剣で弾く、などというのは絶技にあたるのだろう。だが、碌な遠距離攻撃手段のないSAOで、矢の対処は躱すか弾くかだったのだ。しかも、私は限界ぎりぎりの戦いを潜り抜けてきた。このくらい、いうなれば普通だ。そのまま、勢いを殺さずに一気に上昇して彼の懐に切り込む。

 

「はあっっ!!」

 

 気合とともに、袈裟斬りをひとつお見舞いする。想像通りというか、相手はしっかりと刀でそれを簡単に受け止めた。はじき返すと、そのまま今度は円を描くようにまた近距離で突撃をかける。パリィとともに放たれたカウンターをしっかりと受け流し、もう一度突撃をかける。今度は一度ではなく、ラッシュを叩き込む。それをことごとく防ぎ、いなし、時にカウンターを入れる。仕切り直しの時に、私は彼に向かっていった。彼は、もうすでに自身の竜から降りていた。

 

「こうして刃を交えるのも、久しぶりだね」

 

 彼の返答はなし。だが、一層鋭くなった気配が、さらに高次な戦闘への合図だと分かった。

 

「そう、だね。ここまで来たんだもん。今度こそ、あなたを救って見せる」

 

 私も、無策でここまで来たわけではない。切り札はある。

 

「行くよ・・・!」

 

 もう一度。それでだめなら何度でも。そのために、私はここまで来た。

 突進をかける。繰り出すのは逆袈裟。次いで、左手の拳で殴りにかかる。両方とも、彼はいなした。そして、刀で反撃をかける。瞬間に、私もカウンターを合わせた。が、そのカウンターは小太刀で防がれる。下がりながら、私は手に持った剣を投げた。

 

「ッ!?」

 

 向こうが息を呑んだ音が伝わるのではないかと思うほど、はっきりと表情が変わる。直後に、エリーゼさんの突進が来た。こちらも奇襲になったようで、やや苦しめなガードになる。その間に、私はかすかな声で詠唱する。これは、短時間で鍛え上げた、レプラコーン特有の魔法。そのまま、私は無手のまま突撃する。それは、はた目から見ればただの無謀な特攻。だが、ちゃんと意味のあるものだ。

 

「馬鹿めが・・・!?」

 

 吐き捨てて、エリーゼさんを後ろへいなし、こちらを見据えた相手に驚愕が生まれる。それもそうだろう、私の手には()()()()()()()()()()()()()

 レプラコーンは鍛冶妖精の名前の通り、武器作成に長けた種族だ。その特性上、彼らには武器作成を支援する魔法やスキルが存在する。その一つが、“空間のはざまに武器を収納する”というもの。つまり、これを使えば、レプラコーンは前線武器庫となりえる。そして、それは自分に対しても例外ではない。加えて、キリトの支援の関連で出た、最上級じゃないにしろそれなり以上の武器というものが、軽く数十ほど入っている。数十程度ならすぐに使ってしまうと分かっているからこそ、この相手に使いつぶす気など毛頭ない。相手は、()()こうした飛び道具にかけては専門家といっていい。相手のフィールドで戦うのは愚策だ。

 

「なるほど、鍛冶妖精の魔法、か」

 

「まあ、ね。

 ・・・分かったところで、どうにかなる問題でもないでしょ」

 

「それもそうだ。今重要なのは、貴様らが俺の前にいる。それだけだったな」

 

 それだけ言い残すと、彼は左手の小太刀を逆手に前へ、右手の刀は半身気味の体に隠すように構えた。彼の、防御に重きを置いた構えだ。ということは、

 

「倒すことが目的じゃないんだね」

 

「さすがに、手練れを二人も相手に、攻めることに重きをおいては討ち取られかねんからな。ここを通さない、ということに重きを置かせてもらう」

 

 そう思った矢先、後ろで大爆発が起こった。後ろを向きたくなる意思を、鉄の意志で抑え込む。そこで、一つ彼は言った。

 

「自爆、か。死なないからできることとはいえ、なかなかどうして気骨のある真似を」

 

 その言葉に、私は一つの確信を得た。だが、それを証明するためには、おそらく先へ進む必要がある。

 

「はああぁぁっ!!」

 

 気合とともにもう一度突撃する。上に下に、目まぐるしく立ち回りが変化しながらも、お互いがお互いを読みあい、斬りあっていた。彼の乗っていた竜の相手をしてくれているのか、エリーゼさんの援護はないが、彼の竜の援護もない。不退転の覚悟で、私はひたすら切り結んでいた。

 

 

 

 二人がエアレイドを行っている間、私は下に降りて援軍の援護に回っていた。彼が乗っていたと思われる竜もいるから、かなり働く必要があった。全く、追加分の報酬をふんだくらなくてはやってられない。キリトは確かに一騎当千の戦士ではあるが、その理論でも万の軍勢を向けられては立つ瀬がない。だが、その心配はなかった。

 

「後ろ頼む!」

 

「任せて!」

 

 キリトとリーファが背中合わせで構える。二人が闘う呼吸は、まさに阿吽の呼吸だ。明らかに、援護は必要ない。ならば、

 

「露払いくらいは役に立たないと、ね!」

 

 言いつつ、投げナイフを投げる。過たずそれは上から狙いをつけるガーディアンの眉間に突き刺さった。私も結構この手の飛び道具は詳しくなった。魔法戦を仕掛けてくるメイジ相手に、飛び道具を持たない理由などなかったからだ。それに、あの人が飛び道具を扱うところにあこがれた、というのもある。あの戦い方は、アレンジされて私の糧になっている。近接して殴りかかってくる竜の動きを読んで、攻撃してきた彼の騎竜の攻撃をいなす。状況としてはやや劣勢。だが、私も、

 

「必殺技の一つや二つ、仕込んでるんだからね!」

 

 この世界に来てから戦う術を身に着けていた。肩の前で突きの構えを取り、詠唱を始める。入り口で一本、戦闘中に二本。ぎりぎり最初の魔力ポーションの回復力は残っているため、全部で三本分の魔力回復ポーションと、発動時に魔力が減る仕様。この二つが組み合わさった結果、魔力回復量は桁外れなものになっている。今までに消費した魔力量、発動する瞬間までの時間と、魔力の回復量を考えれば。

 むろん、この間は動けない。だが、問題ない。

 

「せいっ! そりゃっ! てやぁっ!」

 

 心強い相棒がいた。意外なことに、ストレアは前衛で暴れるタイプだったのだ。私の背とそんなに変わらない大きさの大剣を振り回すその姿は頼もしい。キリトと気が合いそう、というのは実際に口に出したらぶっ飛ばされそうなので言わない。口を止めずに目だけで礼を言うと、ストレアは意味ありげに一つウインクを飛ばしてきた。

 詠唱が終わる。あとは、ぶちかますだけだ。

 

「ストレアっ!!」

 

「おっけーやっちゃって!」

 

 ストレアがまるで悟っているかのように射線から逃れる。そこに向かって、突きを放つ。

 

「ぶっ飛べ!!」

 

 イメージするのは某運命なゲームのヒロイン、その少女剣士の技。風をものすごい勢いで打ち出すだけ、という技だ。だが、私が生み出したこれは一味も二味も違う。なにせ、私の魔力が、一発撃つだけで満タンからほぼすっからかんになるほどの大技なのだから。威力もそれ相応というものだ。たまらず竜がその攻撃をかわし、ガーディアンの群れに文字通りの風穴が開く。

 

「キリト!!」「おにいちゃん!!」

 

 私とリーファの声に、キリトが反応して上昇する。その手に、ピンポイントでリーファの長刀が投げ込まれた。―――てちょっと待て、お兄ちゃん?

 

「全軍反転、後退!」

 

 あの勢いのキリトならば、絶対最上までたどり着く。その確信があったからなのか、サクヤとアリシャから出た命令。ならば、

 

「しんがりは引き受けるよ!」

 

「追加料金は値切るからね!」

 

「いいわよ、踏み倒しなら容赦なく下剋上に行くからよろしく!」

 

「ワーオ、それは怖いネ!」

 

 おちゃらけたようなアリシャの声をよそに、私は刃を構えた。その隣で、両手剣を構えたストレアが並ぶ。

 

「さって、ここまで日陰者だったんだし、暴れてやろうじゃないの!」

 

「女の子がそういうこと言うんじゃありません」

 

「そういうことを大量の敵を目の前にしてバーサクする気満々な笑顔で言われても説得力皆無だよ?」

 

「ふふ、それもそっか」

 

 まあ、あとはあの二人に任せる。それしかない。その思いを胸に、私たちは散開して追撃にかかるガーディアンに切り込んだ。

 

 

 

 その時から少し時間を戻して。

 

「はあああぁぁっ!」

「シッ!」

 

 私たちはひたすらに切り結んでいた。ひたすらに打ち合い、離れ、もう一度打ち合いというのを繰り返していた。彼は防衛を専門としていたため、運動量としてはこちらのほうが圧倒的に上だった。だが、少しずつだが、私の思っている方向に立ち位置が変わっていった。具体的に言うと、高度が少しずつ上がっていっていた。

 

(この剣筋・・・!やっぱり間違いない・・・!)

 

 斬りあいながら、私はホロウと名乗る彼の正体がロータス君であるという確信を得ていた。というのも、過去に模擬戦や共闘で見た、彼の剣筋と寸分たがわぬそれ、そして戦闘スタイル。ここまで重なれば、嫌でも気付くというものだ。

 

「やはり、君は・・・!」

 

「そういう君も、やはり相当な手練れだな・・・!()()()()()()は、本当に久方ぶりだ・・・!」

 

 その直後、少し力の方向を変えて、彼はしっかりと受け流した。振り向きざま、彼は背負っていた弓を抜いた。その武装交換速度は一瞬で、まさに手練れだった。その弓が引き絞られ、放たれようとする寸前、轟音が響いた。それは私たちの少し横で、突風なんていうものではない。まさに、竜巻が打ち出されたようなものだった。

 私の目がとらえたのは、なにやら口が速く動き、右手の矢に光がともる光景だった。ならば、見てから回避する。剣を構え、左手でスローイングタガーを数本構える。やがて放たれた矢は、まるで私を避けるかのように8つに分かれ、そのまま背後にいた世界樹の守護者を一度に10は屠った。想定外の状況に固まっていると、彼は意味ありげに口角を上げた。

 

(本当に、不器用な人)

 

 それだけ思うと、私は一気に上昇した。いつの間にか彼はその場から消えていた。

 

 

 

「どういうことだ!?」

 

 私が天井に到達すると、そこには一回突き刺さった剣をもう一度天蓋の割れ目に突き立てるキリトがいた。すると、胸元からするりと小さな何かが出てきて、天蓋に手を当てた。

 

「これは、クエスト権限でロックされているのではありません。このロックは・・・GM権限でロックされています!」

 

「てことは、つまり、」

 

 私の信じられないといったつぶやきに、その小さな何かは続けた。

 

「はい。この扉は、プレイヤーが自発的に開けることはできません・・・!」

 

 これですべて合点がいった。このクエストの異常なまでの難易度は、この最後のからくりをばらされないためだったのだ。そして、そんなところにはやましいものが隠れていると相場が決まっている。

 

「ユイ、こいつなら・・・!」

 

 そういって、キリトは胸ポケットから何かカードを取り出した。ファンタジーなこの世界には似合わぬ、まるでカードキーのような何か。だが、それを感知したのか、ガーディアンがこちらに向かってきた。

 

「させないよ!」

 

 素早く剣を振り、襲い来るガーディアンを薙ぎ払っていく。直後、鈍い音を立てて割れ目が少しずつ開かれた。

 

「レイン!」「レインさん!」

 

 その声にこたえ、私は戦闘を中断して、キリト君たちに手を伸ばした。一回だけ大きく羽ばたいて、あとは羽を大きく広げて空気抵抗で制動をかける。何とか手が届いて、小さな手にかすかに触れたところで、私たちは光に包まれた。

 

 

 

 光が収まると、私たちは見知らぬところにいた。これまた、ファンタジーな世界に似合わぬ近代的な雰囲気だった。

 

「パパ、レインさん」

 

 かすかな、まどろみに似た覚醒が、はっきりとしたそれに切り替わる。

 

「ここ、は・・・?」

 

「座標から考えると、世界樹の上、と、推測されます。つまり、―――」

 

「公式でいう、妖精王の居城ってこと? どう考えてもお城って雰囲気じゃないよね」

 

 そんなことを言っていると、規則正しい足音が聞こえてきた。

 

「やはり、ここまで上がってきたか」

 

「てめえ・・・ッ!」

 

 そこにいたのは、ロータス君だった。どこか涼し気に、歩き出そうとする私たちの前に立ちはだかった。

 

「いやはや、あの開かずの扉をこじ開けるとは、驚嘆に値する」

 

「ここまで来てなお、邪魔するのか」

 

「ああ。だが、君たちを二人同時に相手するのは、いくら私でも手に余る。ゆえにどちらかは通そう。そして、丸腰の相手を斬る趣味もない」

 

「つまり、ユイと追加で一人は通す、ということか」

 

「ああ。最善は二人とも食い止めることだが、それはできない。ならば、次善を尽くす。それだけだ」

 

 その言葉に、私は一歩だけ前に出た。

 

「行って、キリト君」

 

「いいのか?」

 

「うん。それに、久々にこの人と戦いたいと思ってる自分もいるの。お願い」

 

 その言葉に、私は抜剣で、キリトは無言で示した。

 

「と、いうことは。少年のほうが先に行く、ということか」

 

「ええ。あなたの相手は私よ」

 

「そうか」

 

 それだけ言うと、キリトはその場を去ろうとする。その背中に、彼は思い出したように言った。

 

「ああ、そうだ、少年。宝物(ほうもつ)というのは、高いところにあるというのが定石だぞ」

 

 一言、それだけだった。その言葉で、キリトはようやく確信を得たようだ。

 

「早く()け」

 

「やっぱり、お前はよくわからないよ」

 

 その一言を残して、キリトはユイちゃんの手を引いていった。

 

「さて、やろうか」

 

「うん」

 

 それだけ言うと、私たちは刃を抜いて向き合った。




 はい、というわけで。

 気が付けばもう一か月ですよ。早いよ早すぎるよ焦るよ。いつも通りですが、実を言うと最近筆が進んでなかったり。主にFGOでの槍きよひー育成中で。石10連分貯めてその前に呼符使ったらそれで出てきて石なんに使おうってなる謎。結局波乗りモーさん狙って外しましたが。

 さて、今回はグランドクエスト編でした。何気にエアレイドの描写が難しかったです。主に自分で追加した竜騎士設定に自分で首を絞められました。あと、今回は登場人物側にははっきりとさせていなかった彼の正体にレインちゃんが確信をもって気付きましたね。ま、真っ先に感づかせるのは彼女と決めてはいましたが、さっさと気が付いてくれちゃったのでだいぶ楽だったり。

 次でALO編は実質最終回です。わお自分で書いててびっくり。そのあとはエピローグを一話挟んで、ifルートに入っていきます。今ifルートが案外長くなっていて大分焦ってはいますが、じっくり書き上げます。

 ではまた次回。正規ルートはもう残り短いですが、お付き合いくださいませ。

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