ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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48.乙女の秘め事

 それからしばらくして、俺は興味深いものを見た。

 

「ティターニア様」

 

 ティターニア、つまりはアスナがラボ内を歩いていたのである。正確には、その中でも昨日俺が入った第2実験室に入って行ったのだ。アスナはラボの外にある、鳥かごの中に幽閉されているのだ。幽閉している張本人は寵愛しているだけのつもりだろうが、そんな生易しいものではないし、本人もどうやったら出ようかと四苦八苦している様子だった。どうやってか、鳥かごからは出ることに成功したらしい。本来は報告する必要があるのだが、ここは見て見ぬ振りが一番いいだろう。下手に手を出したらあの下種野郎に何されるかわかったもんではない。

 さらに少し歩いて、俺は第三実験室にあるシステムコンソールを操作した。ここも、例のラボの一つで、どちらかというと、こちらが予備だ。だが、システムコンソールがあるので、それで動向は推測できる。順に検索すると、まずレインはレプラコーン領のままだ。おそらく、装備を整えているのだろう。エリーゼもレプラコーン領に到着していたはず。こっちは領主の反応もあったから、きっと護衛だろう。キリトとリーファは、どうやらこの様子だとアルンへ向かっているようだ。が、

 

(こんなところに道などあったか・・・?)

 

 俺の記憶が正しければ、彼らが今いるところは、落ちれば即死間違いなしの大きな縦穴がぽっかりと開いているだけのはずだ。飛行不可能のヨツンヘイムで、そんなところを通ることのできる道理はないはずなのだが、

 

(ま、とりあえずそれは後回しだ)

 

 とにかく、今重要なのはアスナの動向、そしてこれら二組の動向だ。そう思いつつ、俺は数ある脳みその一つをみた。正確には、その計測数値を見た。

 

「壊れた、か」

 

 このような外道の産物は、えてして多くの犠牲を生むことが多い。それを研究者たちは“発展のために必要な犠牲”とか、“必要な失敗”とか考えるのだろう。その考えは理解できる。だが、もともと壊れているものを、ある意味さらに“壊そう”としたらどうなるか。結果が、その計測数値だ。

 その計測数値は、ずっとある一定の値で固定されていた。食事は与えているようだし、眠らせないなどということもしていない。だが、成人ないしは思春期のプレイヤーが多い中で、ほとんど解消されていないものがあった。だが、この個体に限り、一つだけは定期的に与えていた。そうでなければ発狂寸前に陥るからだ。

 つまるところ、“性欲”である。そして、こいつは常に性欲を発現させているようになった。それこそ眠っているときも、だ。これを現実に例えると、セックスする夢を毎日必ず見て、食事中も自慰欲求を押さえ続け、日中はひたすら性欲の発散相手を探し続け、見つけたら速攻で肉体関係を得る(迫る、ではない)、というようなものだ。娼婦も真っ青な性欲の権化、完全に性欲のためだけに生きているような状態だ。セックス依存症ですらかわいいものになってしまった、といってもいいだろう。

 

(とっとと上がってこい、キリト。このくそったれな世界を終わらせるために)

 

 きっと、ティターニアが逃げたことを知ったオベイロンは、鳥かごをより強固に閉じ込めるだろう。そのかごをぶち壊すことができるのは、きっとあいつだけだ。腐敗し、独裁を極めた王を倒すのは、英雄か勇者と相場が決まっている。ならば、適任は“魔王”ヒースクリフを倒した勇者(キリト)だ。何もできない自分に歯噛みしながらも、俺はただ漂い続ける脳と変動をつづける数値を見続けていた。

 

 

 

 

 私はかなり暇を持て余していた。レインちゃんはレプラコーンであることもあり、職人たちにスキル上げ、もといしごかれに行っているが、私は用心棒なのでこうして待っている必要があるのだ。だが、正直必要ない気がする。シルフの中でも名うての実力者のサクヤさんは言わずもがな、アリシャもそこそこ以上の実力者だし。用心棒はあくまで保険みたいなものだから、そこまで期待していない、というのが実情だし。だからこそ、護衛は索敵スキルがかなり高い、闇討ち防止的なものが多い。まあ私は、索敵スキルの高さとSAOで培った“勘”によるものが大きいのだが。

 

「随分暇してるね」

 

 そういって横に飛んできたのは、小さな手乗りサイズの妖精。人目に付くからとあまり出てこなかったが、

 

「ストレア。もう出てきていいの?」

 

「うん。まあね。何より、」

 

 そこで、テントの中に目を向けた。中ではレインがスキル上げをしているはずだ。

 

「あれだけ真剣だと、ね」

 

「そっか」

 ほんと、恋する乙女は強いね

 

 その本音は中にしまい込んだが、

 

「そうだね。感情からくる強さは、私たちにはない、人間の特権だよね」

 

 この子にはばれていたようだ。かすかに驚きつつ隣を見ると、ストレアは胸を張って言った。

 

「そりゃそうよ。私は、メンタルヘルスカウンセリングプログラムだよ?私のその辺の読みあいでは私に敵う相手はなかなかいないって」

 

「道理だね」

 

 ストレアの言葉に、かなり納得して私は言った。メンタリストがババ抜きで負けないのと同じ理論だ。

 

「ま、そっちも元気そうで何より、だね」

 

「最初は、まあ、思いつきだったけど」

 

「思いつきって・・・。それだけでもろもろプロテクトぶち壊すだけでは飽き足らず、そこにあるプログラムぶん捕って自分の力にしちゃうとか、普通は考えつかないよね」

 

「いいじゃん、別に」

 

「いや普通に犯罪だからね!?」

 

 しかも仮にも、アクセス記録とか患者のカルテとか、その辺も保管されているプロテクトも的確に壊し、必要な情報だけ抜き取って、痕跡すらも残さずなど、空恐ろしいというレベルではない。病院関係者涙目である。実際には情報関係の流出など、必要最小限でしかしていないのだが。

 

「どうだったの、レインちゃんは」

 

「聞きしに勝るセンスだね。だって、随意飛行なんて10分で習得しちゃったし」

 

「ええ!?」

 

 ちなみに、私が随意飛行習得にかかった時間は30分以上。数分ってことは、その三分の一程度で習得したことになる。

 

「マジか・・・。化け物じみてるね」

 

「ま、私からしたらあなたも十分化け物だけどね。本来できないことも半分ハッキングでどうにかしちゃうんだから」

 

「必要なのは技術だから」

 

 いい笑顔でサムアップしながらいう私に、ストレアは思いっきりため息をついた。彼女が言った通り、ストレアはもともとあの人に与えられたプログラムだった。だが、情報収集の過程で存在に気付いて、そのまま分捕ってきて、今に至る。ちなみに、本来プログラムを添付するなどという荒業は不可能なのだが、私の直感とごり押し、それからストレアのサポートで見つけたシステムコンソールで、もう一度ストレアをアイテム化することに成功して、それをレインのアカウントにつないでどうにかしてしまったのである。誰が使っているのか、という問題は、IPアドレスの照合でどうにかしてしまった。法律?ばれなきゃ犯罪じゃないんですよ。

 

「で、どうなのよ」

 

「たぶんだけど、ソロで武器を整備できるように、鍛冶系スキルを少しとってたんじゃないかな?そのおかげで、ちょっとは楽みたい」

 

「納得できるけど、ちょっと意外だね」

 

「まあね。プラス、愛しの王子様に会いたいっていう思いがそれをブーストしてるみたいで」

 

「なるほどなるほど」

 

「からかっちゃだめだよ」

 

「はいはいわかってまーす」

 

 どうやら無意識に悪い顔をしていたらしい。ストレアにくぎを刺され、私はたくらみを心の中で没にした。

 

「ま、とにかく。早く行ってあげないとね」

 

「ええ。そのために、ここまでやってきたんだもの」

 

 空をゆっくりと見上げた。SAO帰還者をALOサーバーに接続させて何をしているのかなど知ったことではないが、何か嫌な予感がする。それだけは感じていた。

 

 

 それから数日後、俺はまた例によって三人の位置を見ようとした。瞬間に、俺は強制転移された。この反応は何度目かの出来事で、転移先にあったのは白い円筒空間。

 

(またグランドクエストに挑んだ馬鹿がいたのか)

 

 内心軽くため息をついて、俺は弓を取った。矢をつがえ、狙いを定める。そこにいたのは、黒い影が一つ。・・・一つ!?

 

「馬鹿め、ソロでクリアできるとでも思ったか」

 

 思わず声に出しつつ、ゆっくりと一撃必殺の機会をうかがう。待て、あの剣筋と腕は、

 

「キリトか!?」

 

 驚きのあまり、俺は一瞬動きが止まった瞬間を見逃してしまった。確かにあいつは、一騎当千という言葉をそのまま体現できる。だが、それだけではこのクエストはクリアできないのだ。決してクリアできない難易度に設定されているだけならまだいいのだが、このクエストのクリア条件である扉はGM権限でロックされている。つまり、あの下種野郎以外にクリアする術はないのだ。到達して、クリアできないという絶望を味わうのならいっそ―――

 その思いから、俺は弓を引いた。今度こそ生まれた一瞬の隙をついて、矢を射る。その一撃がブレイクポイントとなり、キリトの体に無数の剣と矢が突き刺さる。それらはそのまま、キリトのHPバーを削り切り、リメインライトに変えた。ゆっくりと背を向け、上昇をしようとしたときに、どこか違和感を覚えた。

 

(ガーディアンのポップが、止まない?)

 

 本来、クエスト失敗扱いになったら、その時点でガーディアンのポップは終了するはずだ。だが、現にガーディアンのポップはやまず、むしろ彼らは何かに対して攻撃を行っている。不思議に思い、もう一度目を凝らすと、そこにはシルフの少女がいた。記憶が正しければ、蝶の谷にキリトとともにいた子だ。

 

(是非もなし、か)

 

 第二射をつがえる。そのまま、狙いを引き絞って放ったが、相手は機動でそれを躱した。完全に手慣れた動きから言って、古参のALOプレイヤーなのだろう。そのまま何発も放つが、結局は逃がしてしまった。

 

「面白い奴もいるもんだ」

 

 俺はかすかに笑いながら、ゆっくりと上昇して引き上げた。が、すぐに転機が訪れた。というのも、それから本当に少し後に、またグランドクエストが受注されたのだ。

 

(いったいどこの馬鹿だ?)

 

 興味をもって下を見てみると、そこにはキリトと例のシルフの少女、そして少年が一人。順当に考えれば、キリトが前衛、シルフの少女は遊撃、もう一人が後衛と考えるのが妥当か。ならばまず、

 

(後衛を潰す!)

 

 前衛が手ごわい以上、後衛からの援護をまず先に断つことを念頭に考えた。本来、この手のクエストは前衛を中心に狙うため、後衛の能力が問われる。だが、このクエストは例外で、回復などを行う後方支援を行う相手にもタゲが向くようになっているのだ。見たところ、後衛の少年はビショップタイプではなく、メイジタイプ。回復技はなさそうだ。どうやら少女のほうは回復ができるようなので、おそらくそういう点での役割分担ができているのだろう。

 

(悪いが、こっちも役割なんでな。―――おとなしく尻尾巻いて、元の場所へ引き返しやがれってな)

 

 心を落ち着けて、ゆっくりと狙いを定める。ガーディアンどもが後衛を釘づけにしており、狙いは定めやすかった。その姿勢のまま、ゆっくりと手を放した。




 はい、というわけで。

 気が付けば、こっちは前回投稿からひと月以上が経過していました。驚き桃の木です。

 さて、今回も、相も変らぬ裏方でございます。
 というか、自分で書いておいてなんですが、ストレアちゃんの空気度合いがひどい。正直彼女いなくてもよかったんじゃないか。←
 あと、エリーゼちゃんがあまりにハイスペック過ぎた件。ALO開始の話で彼女が情報の出所をはぐらかしていたのはこういうことでした。つまりは犯罪行為ですからね。自分から犯罪で情報入手しました、なんてカミングアウトはしないというわけです。

 あ、if編はここに連続させる形で投稿します。着々と書き溜めていますので、ご安心を。

 次は、まあ、そのまんまですね。みりゃ分かります通り、グランドクエスト攻略本格突入ということでございます。ALO編もいよいよ大詰め、楽しんでいただければと思います。

 ではまた次回。

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