ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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47.世界の裏側で

「―――以上が、このたびの不始末の全容にございます」

 

「そうか。それほどの手練れだったのか、ユージーンは」

 

 領主会談襲撃、そのグループを取り逃がしたことについて、俺はオベイロンに謁見していた。正直、こんな小物が王を名乗るなど分不相応にも程があると一笑に付したいのだが、俺の立場上そういうわけにもいかない。今までの従順な姿勢は崩さず、その裏での行動を考える必要がある。頭の使う作業だが、悪くない。もともと俺はこっちも得意分野だ。

 

「ユージーンだけならまだ遅れをとることはなかったでしょうが、彼に並び立つ猛者がさらに2人もいては、さすがの私も後れを取りました」

 

「ほう、お前をもってしても、か?」

 

「ええ。あれらに勝つことができるのは、純粋なステータスと物量の暴力のみでしょう。もしくは、よほど巧妙な計略を巡らせるか」

 

「そう、か・・・。わかった。お前は与えられた役目を遂行しろ。今回に関しては、大目に見てやる」

 

「ありがたきお言葉」

 

「よし、下がっていいぞ」

 

 そういわれて、俺は転移魔法でその場を立ち去る。転移した先は、世界樹の上だった。

 

(いつみても、この光景は反吐が出る)

 

 ここからもインターネットには接続できる。プロテクトがあったが、そんなものはこのアカウントに与えられた管理者権限でほとんど意味をなさなかった。そこで、この世界―――アルヴヘイム・オンラインが、表向きにはどのように宣伝されているのかも知っていた。それをする隙は十二分にあった。

 表向き、世界樹の上には豪奢な城がそびえたち、そこに鎮座する妖精王オベイロンに謁見することで、その種族は“アルフ”という転生体になり、飛行制限の解除をはじめとする恩恵を手にできる。と、されている。だが、実際に存在するのは、城などとは似ても似つかない、この世界にそぐわない建築物だ。

 オベイロンは、俺の洗脳が解除されていることを知らない。つまり、あいつにとって、俺の裏切りなどありえない、と思っているわけだ。俺からしたら、そんな推測など希望的観測に過ぎない。人を使う以上、いついかなる時も“最悪”とか“不測”には備える必要がある。確かに、いい大学を出て知識的な面での頭はいいかもしれないが、知性が全く育っていない。俺からしたら、ただの“机上の天才”に過ぎない。そういう点では、確かにそういった知識的な知性は感じられなかったが、頭が回るPoHのほうがよほど厄介だ。あいつは、常に不測に予測を立て、何かあれば即座に、必要ならその場でプランBを生み出し、実行することができたからだ。

 時計を見る。これも、本来はこの世界にはそぐわないものだ。だが、オベイロンは必要だからと俺に持たせている。そんな、常に自分が上に立っていようとする、そのくだらないプライドも、あいつが小物だと誇示している一因だろう。とにかく、その時計には、約束の時間が表示されていた。

 

(行くか。あまり行きたくはないが・・・)

 

 行きついた先には、“第2実験室”と書かれていた。静脈センサーのように手をかざし扉を開けると、そこには多数の円筒形の中に、脳のホログラムが浮かんでいる部屋に出た。その中には、先客がいた。まるでスライムに多数の目と触角がついたような、気味の悪い生き物だ。

 

「これはこれはホロウ様。こんなところにいらっしゃるとは、いかようにございますか?」

 

「ただ単に時間だから来ただけだ。確認してみたらどうだ?」

 

 俺がやや高圧的に言っても、このスライムもどきは文句ひとつ言わない。というのも、こいつらを操るスタッフは、同等どころか、邪神級―――つまるところ超強いボス―――相当のステータスを与えられたアバターを使っても俺には勝つことなど到底できないからだ。というのは、実際にやってみた結果によるものだ。まあ俺に言わせてみれば、この世界の白兵戦のレベルはあまりにもお粗末が過ぎるが。

 

「おや、こんな時間」

 

「早く戻らないと主任殿とやらにどやされるのではないか?」

 

「ですね。ではホロウさん、また」

 

「ああ、また」

 

 その言葉を最後に、スライムもどきは消えた。ログアウトしたのだろう。それを確認すると、俺はアイテムストレージから一つのバインダーを取り出した。そこに書かれている、本日の番号を確認する。その番号のついた円筒の機械をひとつずつ回って、ボタンを一回ずつおした。これは、記録のためだ。

 

 勘のいい奴はここでピンと来るはずだ。―――ここは、ただの実験場だ。しかも、思考回路や人格、感情といった、人間を構成する根幹ともいうべきところに手を出す。そんな、吐き気がするなどという言葉では生ぬるいほどの、悪魔の所業の結晶だ。

 記録というのは、定期的に情報を与えて、そのフィードバックを記録するのだ。もちろん、あまりに突然大量のデータを送られては、今度はALOサーバーが怪しまれることはおろか、そもそもサーバーが過負荷に耐えられず、動作が落ちてしまう可能性がある。だからこそ、ランダムに抽出してその結果を出す必要があるのだ。

 

 その作業が終わると、今度は近くのシステムコンソールを起動した。こちらも、管理者権限があるから簡単に操作できる。そこから、軽食を取り出した。仮想世界で食事は必要ないとは言っても、空腹感は存在する。だから、定期的にこうして食事をとる必要はあった。現実世界の俺は、きっと病院のベッドの上で点滴を打たれているから、解消するのはこちらのみで大丈夫のはずだ。そうでなければ、当の昔にこの身は餓死で現実世界からも含めてログアウトしている。

 

 次の行動はどうすべきか。そう考えているうちに、俺は半ば無意識に二人のプレイヤーを検索していた。

 

「まったく、この大馬鹿どもが」

 

 誰もいない部屋でひとりごちる。その言葉は誰にも届くことなく消える。動きを見るに、ケットシー領に飛んでいるのが二つだった。あの辺は俺の記憶が正しければそこそこMobのポップがあったはずなのだが、

 

(心配するだけ無駄か。レインだし)

 

 あの少女の腕前をもってすれば、Mobの技など児戯に等しいだろう。聞くところによれば、彼女は鬼のようなレベリングを繰り返し、SAOクリア時にレベルが三桁の大台にまで達していたとの情報もある。そこまで行けばもはや火力を上げて物理で殴っているレベルになるかもしれないが、SAOはプレイヤースキル―――そこまでのプレイヤーの技量が大きく試されるゲームだったから、火力というのはそこまで反映されることはなかった。

 

「まあ、それはいいとして」

 

 問題は、あいつらだ。もう一つ気になった名前を、あてずっぽうで検索してみる。と、あたりが出た。

 

(うし、ビンゴ)

 

 どうやら、順調に央都に向かっているようだ。だが、

 

(ここって確か、あのデカワームの・・・)

 

 今彼らがいる場所は、俺の記憶が正しければ、街一つ丸ごと擬態するという、とんでもない大きさのワーム―――ミミズ型モンスターの住処だったはずだ。二人が虫嫌いなら、もうそれは地獄以外の何物でもない。加えて、このワームから逃れたとしても、行きつく先はヨツンヘイム―――飛行もままならない極寒の地だ。これはミスだ。もっとも、それが見かけ上の最短ルートなのだから、そこを通りたくなる気持ちは痛いほどよくわかるのだが。

 その近くに、複数種族のパーティー、いやこれは小規模ながらもレイドが見つかった。どうやら、そのヨツンヘイムを闊歩する邪神級―――要するにでかい強敵を狩る目的らしい。これは、俺の目的に合致する。そう思った俺は、とりあえず様子を見守ることにした。

 少しすると、キリトたちが小規模レイドに接触した。それだけなら問題ないが、そのすぐ、その小規模レイドが戦闘に入った。俺としてはありがたいところだ。これで大義名分ができた。すぐ後に、俺はその付近に転移した。

 

 転移した直後に見たのは、色とりどりの魔法の光だった。どうやら、魔法を使って様子を見る作戦のようだ。だが、俺にそれが通用すると思ったら大間違い、としか言いようがない。

 息を漏らすような声で早口の詠唱をかける。すぐに、俺の刀に炎がまとった。そして、着弾点をそろえた魔法に、跳躍して舞うように刀を振るう。と、次々に魔法が掻き消えた。

 

「そこまでにしてもらおう」

 

「なにもんだ、てめえ!」

 

 俺のことを知らないやつが声を上げる。それを、知っている奴は咎めたが、知らないやつのために俺は名乗りを上げる。

 

「私はホロウ。王の影にして、王に代わり試練を与えるもの」

 

「試練、だと?」

 

「そうだ。早い話が、グランドクエストに挑むには、私を倒してからにしろ、と言っている」

 

「なるほど。なら、さっさと倒させてもらおうか!」

 

 血の気の多い奴が一気にかかってくる。

 

「馬鹿、やめろ!」

 

 すぐに後ろから静止がかかるが、時すでに遅し。俺はいわゆる無形の構えを取っているから、余計無防備だと思ったのだろう。だが、忘れてはならない。

 

「もらったぁ!」

 

 隙だらけのところに、と思ってきたのだろう、頭への一撃。確かにそれは、ある程度の実力を伴っているようにも見えた。だが、

 

「シッ」

 

 かすかな息を漏らしつつ、俺は無形の構えから首へ一閃。一撃に比べれば、それこそ閃きの速度で、俺は首を刈った。まだ炎のエンチャントが残っていたこともあり、一撃で相手はリメインライトとなった。

 おそらく、打ちかかってきた奴は、忘れていたのだろう。―――俺が、魔法で属性を付加した刀で、魔法のあたり判定を斬るという離れ業をやってのけた、という事実を。そこから導き出せる、俺の技量を。実際、俺からしたら先の一撃など児戯に等しい。構えをいちいち取らなくとも、対処などたやすいものだ。

 

「さて、どうする?ここで引くというのであれば、追いはしない」

 

「ちっ・・・!」

 

 忌々し気に舌打ちをひとつすると、リーダーは背を向けて歩き出した。それに従う形で、ほかのメンバーも歩き出す。だが問題は、この邪神級モンスターなのだが、なぜ、こいつは攻撃してこない。と、疑問に思っていると、シルフの少女―――リーファといったか―――が問いかけてきた。

 

「あなた、どうして助けてくれたの?」

 

「助けたわけではない。この手のモンスターを大量に倒されると、後々困るやもしれんからな」

 

 この世界のひな型となっているものが北欧神話であることは、少し調べればすぐに出てきた。そして、このヨツンヘイムにはスリュムという王の住む城がある。しかもこれは当初にはなく、あとから生まれたもの。そして、その城ができてから、ヨツンヘイムはこの氷の大地になった、ということも分かった。ここから導き出される結論はただ一つ。スリュムも含めた霜の巨人族が、このヨツンヘイムの支配に乗り出した、ということだろう。となれば、多分ここに跋扈する多腕型の巨人が、おそらく霜の巨人族。それらだけになると、どうなるか分かったものではない。しかも、スリュムの城ということは、そこにはほぼほぼ確実にミョルニルが眠っていることになる。ミョルニルはかの雷神トールが手にしていた武器なのだから、レアリティは計り知れない。奪還は容易ではないだろうが、もし奪還できればその時は大騒ぎになりかねない。確実に魔剣グラムレベルの武器が転がり出てきたなどというビッグすぎるニュースになるのだから。

 わざわざそこまで話す必要はない。そもそも、北欧神話自体の浸透率が日本ではかなり低い。細かく説明したところで、訳が分からないとなるのがおちだ。

 

「そう」

 

「ロータス」

 

 納得したようなしないような、というようなリーファの横で、キリトが呼び掛けた。

 

「私は―――」

「お前が誰だとかどうでもいい。本当に、何もかも忘れちまったのか?」

 

 まっすぐに、キリトは俺の目を見て問いかけてきた。

 その意味が分からないほど俺も馬鹿ではない。いくら体が覚えている動きでも、記憶を封印されるなど誰も想像はしていないだろう。ましてや、マインドコントロールを受けていたなど。

 

「何のことかわからないな。俺は何も忘れちゃいないのだから」

 

 その一言を残して、俺は世界樹の上へ再び転移した。




 はい、というわけで。

 気が付いたら前回投稿から一か月以上経っていて焦りました。いやはや、光陰矢の如しとはこういうことを言うのでしょうか。

 今回は完全に一方そのころですね。この話は果たしてどうやって書こうかと相当悩みながら書いていた記憶があります。なのでいつも以上につまらないかなー、とは思いますね。

 それにしても、この時点で魔法のあたり判定斬りを習得しているロータス君。これに関しては、ただの剣で斬れないのなら、剣に魔法纏わせて斬っちまえばよくね?っていう、単純極まりない発想です。念のため言っておきますが、この時点でそんな離れ業をやってのけれるのはこの人だけです。当たり前か。

 さて、次もまた踏み台みたいなものを挟んで、一気にクライマックスに入って行きます。

 ではまた次回。

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