ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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 はい、どうも。

 今度こそ第3話です。前回ナンバリング間違えました。申し訳ない。今(2015/10/16時点)はナンバリング訂正してあります。

 それでは今回分どうぞ。



3.第一層フロアボス攻略会議

 それから一月ほどした頃、俺は迷宮区にこもっていた。到着して拠点確保と補給を終えた俺は、そのまま宿屋で休息した。いくら仮眠をとったといっても夜のうちに移動を済ませたのだ。疲れもたまっていた。目が覚めてからは迷宮区に潜って雑魚を倒しながらレベリングをした。以降は宿屋と迷宮区を往復する生活だ。

 ここの迷宮区は全二十階の構成となっている。俺は今の最前線たる十九層で狩りをしていた。周囲のルインコボルド・トルーパーを一通り倒したところで、剣を鞘に納めて一息入れる。そこまで来て、ここに来てからずっとあった違和感を考えた。

 レベリングをあまりせずに、できるだけ途中の村でのタイムロスも少なくしながらここまで来た。この迷宮区に入ったのも、かなり早い段階だっただろうと自負している。が、最近になって迷宮区全体でのモンスターのポップ率の落ち込みがおかしい。というのも、少なすぎるのである。確かに、プレイヤーも増えた。迷宮区内で行き会って、軽い挨拶と情報交換を少しする頻度も多くなった。が、体の負担を覚悟でばらばらな時間帯に入っても、ほとんどポップ率が低い状態で安定しているというのは、俺も不審に思っていた。普通、この手のダンジョンは少し過剰なくらいにポップしているはずなのだが、そこまで多くないというあたりが異常を物語っている。

 考えていると、視線の先にまたもやトルーパーが湧いた。狩るために剣に手をかけながら歩く。と、先客がいたことに気付いて、素早く隠れる。その戦いを見て、こちらの背筋が寒くなった。

 ここらに出て来るコボルド・トルーパーは手斧を持ったMobだ。この攻撃を三回連続で空振ると大きな隙ができる。その隙を狙って倒すのが、こいつの基本だ。これはアルゴの攻略本にも書いてある情報だ。そこまではわかる。が、回避が危うすぎる。おそらく、本人としては“躱すことができればそれでいい”という思考回路なのだろうが、傍から見ればあまりに危うすぎて見ていられない。ソロではバッドステータスを食らったらすぐ危険コースだ。ただでさえも命がかかったこのくそったれなゲームで、そんな危険を冒す奴はなかなかいない。少し余裕を持った回避をするか、無難に防ぐのが一般的だ。が、まるであいつは卓越した武人が紙一重で相手の技を見切る様な距離で攻撃を躱していたのだ。少なくとも、俺はあんな紙一重の戦いを繰り広げようとは到底思えなかった。

 加えて、その後に繰り出された技のキレはすさまじいものだった。あまりの速度に、ソードスキルが発する燐光が尾を引いてかすかに見えた程度だった。その速度があるのなら、もう少し距離をとっても十分だろう。それに、最後の攻撃は、ソードスキルを使わずとも普通に斬るなり突くなりすれば削りきれるだけの量だった。技のキレ、見切りの正確さは凄まじく正確なのに、最後の攻撃はどこからどう見てもオーバーキルだし、そもそも見切りがあそこまで正確ならもう少し余裕の持った回避をすればいい。とてもちぐはぐな戦い方だった。フーデットケープで顔は見えないが、その目はさぞかし鋭利なのだろうと、ぼんやりと思った。

 

「さっきのはオーバーキルすぎるよ」

 

 どうやら俺が観察しながら考察している間に、さらに誰かやってきていたらしい。そいつ―――遠目なので確信は持てないが、おそらく少年―――は、その細剣使い(フェンサー)に向けて声をかけた。ゆっくりと近づくと、どうやら先ほどの言葉について少年が説明しているらしいということが分かった。ひとしきり説明を聞いたフェンサーは、平坦に言った。

 

「過剰で、何か、問題があるの?」

 

 それは、この体格にしては異常に高い声だった。明らかに女性、ないしは少女だ。それと分かるほどに息も上がっているし、声も弱弱しい。さすがにこのまま放っていけるほど、俺は冷徹ではなかった。足音をそれとなくはっきりと立てながら歩み寄ると、俺はなおも口を開こうとする少年を手で制した。

 

「俺も、さっきのあんたの戦いを見ていたよ。確かに、オーバーキルだからってシステム上問題はない。メリットも同等にないけどな。だけど、あんたのあの戦い方、もう少し改善しないと、帰る分のスタミナが持たないぜ?」

 

「それなら、問題はないわ。私、帰らないから」

 

「「は?」」

 

 思わず間の抜けた声が出た。それは隣の少年も同様だったようで、驚きの声がシンクロする。

 

「いやいや、帰らないって、睡眠は?」

 

 軽く動転して訳の分からない言葉を発する俺に向かって、少女は事もなげに言う。

 

「安全地帯に、モンスターは入ってこないもの。そこで睡眠はとれる」

 

「でも、ポーションの補給とか、装備の整備とか、そういうのは?」

 

「攻撃をもらわなければ、薬は要らない。剣は同じ奴を5本買ってきた」

 

 その言葉に、俺は思わず隣の少年と顔を見合わせた。少年はまるでUMAを見たような顔になっていた。俺の顔も似たり寄ったりだろう。確かにどんな攻撃も“あたらなければどうということはない”が、それを行うってどういうことだよ。無茶苦茶にもほどがある。

 

「どれくらい続けてるんだ?」

 

 恐る恐る少年が聞く。ゆっくりと壁伝いに立ち上がりながら、少女は弱弱しく答える。

 

「三日、か、四日くらい。もういいかしら?あっちにまた怪物がポップしてるから、行くわ」

 

 片手にぶら下げているのはレイピアだ。片手剣の中では軽い部類に入る。だが、少女はそれをとても重たそうに持っていた。

 

「死ぬぞ、あんた」

 

 老婆心などではなく、かなり本音で俺は忠告する。本人の勝手だとは言え、目の前で死なれたらさすがに気分が悪い。

 

「どうせ、みんな死ぬのよ。たった一ヶ月で、二千人が死んだわ。でもまだ最初のフロアすら突破できていない。土台クリアなんて無理なのよ。なら、どこでどんな風に死のう、と・・・早いか、遅いか・・・だけの・・・違い・・・」

 

 そこまでいったところで、その細剣使いの体が揺らいで、そのまま崩れた。とっさに反応した俺が彼女の体を受け止める。少年が剣を拾って、少女の鞘に入れる。

 

「・・・どうするよ」

 

 仰向けに受け止めたことにより、その顔は露になっていた。年は、見たところ高校生か、中学生かといったところか。幼いところがかすかに残っているが、十分に美人だ。黙っていれば、男の二人三人は簡単に引っ掛けるだろう。こんないたいけでかわいい女の子があそこまで自分を追い詰めるとは、人は見かけによらない。

 

「とりあえず、迷宮区の外に連れて行くぞ。安全地帯までだと、また勝手に死にに行きかねない」

 

「だな。見たところ、そっちのほうが背が高いみたいだから、運搬頼めるか?」

 

「OK。だが、ハラスメントコード使われたらどうする?」

 

「それについては大丈夫だ。寝袋がある」

 

「・・・なーる。その手があったか」

 

 確かに寝袋越しに運ぶなら大丈夫そうだ。問題は担ぐ俺は戦闘ができないことだが、そこは二人ペアの利点を生かすこととしよう。

 

「Mobとの戦闘は任せていいか?」

 

「もとよりそのつもりだ」

 

「そりゃ頼もしい」

 

 会話をしながら、少女を寝袋に詰めて、背中に背負った。

 

 

 

 迷宮区を出て少ししたところで、交代で休息をとることにした。お互い疲労していたが、俺を守るために警戒をしていた少年に最初を譲ることにした。少年が寝てから暫くしてから、後ろから微かなうめき声が聞こえた。それをはっきりと聞いてから、後ろに向けて声を出す。

 

「目が覚めたか。悪いな、こんな状態で」

 

 そう言いつつ、少年の肩を軽く叩いて起こす。少女が自分でもぞもぞと出てきたことを確認してから、少年が寝袋をしまった。

 

「どうして、連れ出したの?」

 

「マップデータがもったいなくてさ。どんな形とはいえ、三日四日ぶっ続けで潜ってたのなら、マップデータもかなり蓄積されてたはずだろ?」

 

「俺のほうはちょっと違うな。あのまま放置したら間違いなく殺されてた。し、よしんば迷宮区の安全地帯内に放り込んで、目の前で死なれたらさすがに寝覚めが悪い。ま、ある種エゴだと考えてくれ」

 

「・・・余計なことを」

 

「ああ、あんたにとってはそうだろうよ。だから言ったろ、エゴだって」

 

「そう」

 

 少女はウィンドウを表示させると、少し操作して羊皮紙をオブジェクト化して放り投げた。

 

「これであなたの目的は達したはずでしょ。なら、私は行くわ」

 

「そっか。そこまで死にたいのなら、もう止めない」

 

 もう俺は呆れて止める気にもならなかった。だが、ふらつきながらも去ろうとする背中を、隣の少年が呼び止めた。

 

「なああんた、そんなに攻略してるんだったら、会議に参加したらどうだ?」

 

「会議?」

 

「今日の夕方、街で第一層僕攻略会議が開かれるらしい」

 

「あー、あったなそんなの。それぞれで帰るより集団で帰ったほうが安全だし、あんたは疲労困憊だ。街に帰るっていうんなら、俺は少々無理矢理でもついていかせてもらう。無論、変なことをしたら即刻コードで牢獄送りも構わないっていう条件付きでな」

 

「好きにすれば」

 

 そっけなく言って少女は歩き出す。その方向を見て、軽くため息をついて俺は別の方向に数歩歩いてから「こっちだ」と言った。

 

「まったく、道わかんねえんなら言いやがれ。案内ぐらいするっての」

 

「そう。なら、私はあなたの後ろをついていくことにするわ」

 

 ・・・どうやら、とことんまで、意図的に一緒にいるということにはしたくないらしい。

 

「分かった、じゃあそのセンで行こう」

 

 そう言うと、俺らは歩き出した。

 

 

 

 その日の夕方、俺は攻略会議に出席していた。ざっと見渡したところ、全体の人数はざっくりで45人くらいか。そこまで多くもないが、少なくもない。どちらにせよ、俺は必要だからこうしているが、そうでないのなら、人海戦術など一番ナンセンスだと考える人種だ。

 

「はーい!じゃ、5分遅れだけどそろそろ始めさせてもらいます!全体的にもう少し前・・・そこ、もう3歩こっちに来ようか!」

 

 言われてしぶしぶ前に出る。おやつ代わりに、安い黒パンにクリームを塗って齧る。黒パン単体だとボソボソと粗くて、そこまでうまいとは言えないのだが、クリームを塗るだけであら不思議、ちょっとしたおやつになってしまうのだから驚きだ。ちなみに、このクリームは件の牝牛クエの報酬だったりする。確かに、これがこうなるのならやっておいて正解だったと割と本気で思った。

 

「今日は呼びかけに応じてくれてありがとう!知ってる人もいると思うけど、俺はディアベル、職業は気持ち的に騎士(ナイト)やってます!」

 

 その瞬間に最前列近くの一団がどっと沸いた。何だこのイケメン死すべし。てかなんでこんなイケメンがコアゲーマーなんだよおいこら。まあ、そんなのは置いといて。・・・なかなかのカリスマだな、あいつ。あれだな、生徒会とかやってたクチだろうな。常に人の先頭に立って引っ張っていくタイプ。これなら、初戦でいきなり空中分解なんていう無様をさらすことはなさそうだな。

 

「さて、こうしてみんなに集まってもらったのはもう言わずもがなだけど、今日、俺のパーティが最上階へ続く階段を発見した。つまり、もうすぐこの層のボス部屋にたどり着くってことだ。俺たちはこの層を攻略して、このゲームはいつか絶対攻略できるものであると示さなければいけない。それは、トッププレイヤーの義務だ!そうだろ、みんな!」

 

 そう言った瞬間に、再び喝采が沸き起こる。なかなかって言ったけど訂正。結構凄いわ、あいつ。しかしまあ、義務、ね・・・。大きく出たな。それがプレッシャーにならなければいいのだが。

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

 その場に濁声が響く。決して大きな声量ではなかったが、それははっきりと全員の耳に届いた。

 人の波をかき分けて前に出たのは、サボテン頭のプレイヤーだった。

 

「これだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはできへんな」

 

「その前に、意見をするのなら、まず名乗ってもらえるかな」

 

「そいつはすまんかったな。わいはキバオウってもんや」

 

 心なしか、謝罪の言葉にも棘がある。何か嫌な予感がした。こういう時の虫の知らせってやつは案外当たったりすることもあるからなぁ・・・。

 

「ここに、5人か10人、詫びぃ入れなあかんやつがいるはずや!」

 

「それは、誰にだい?」

 

「決まっとるやろ。死んでいった二千人に、や!奴らがなんもかんも独占したせいで、この一か月で二千人も死んだ!せやろが!」

 

 うわぁ面倒。内心のその本音をうまく包み隠しながら、俺は無表情を保った。微かに、隣に座る少年の気配が硬くなる。それにも気づかぬふりをした。やがて、ディアベルが厳しい表情で確認をする。

 

「キバオウさん、あなたの言う“奴ら”っていうのは、βテスターのことかな?」

 

「以外に誰がおるんや。

 奴らはこのクソゲーが始まったその日に、ダッシュで始まりの街から消えよった。始まりの街にいる、九千人以上のビギナーたちを見捨てて、や!その上、ボロいクエストやらウマい狩場やら独り占めして、ジブンらだけポンポン強なってその後もずーっと知らんぷりや。こん中にもおるはずやで、その手の、うまい汁だけ吸おうっちゅー小賢しいβ上りが!そいつらに稼いだアイテム、コル、すべてこの作戦のために吐き出して(もろ)て、土下座して詫び入れたらんと、同じメンバーとして、命は預けられんし、預かれん!」

 

 その言葉を聞いた後に、俺は立ち上がった。あのリーダーなら、

 

「君も、何か意見があるのかな?」

 

 やっぱりな。気づくと思った。ま、気付かなければそのまま消えるだけなんだけど。

 

「いや、こんな調子なら会議なんて出席する意味ないから、さっさと迷宮に潜ったほうがいいかなって思っただけだ」

 

 あまりにもあけすけな物言いに、周囲が軽く引くのが気配で分かった。

 

「差支えなければ、そう考えた理由を教えてもらえないかな?」

 

「生存率も勝率も下げるような考えを、あたかも当たり前のように振りかざす馬鹿がいるのなら、このゲームの難易度なんざ勝手に跳ね上がるってもんだろうが。だったら、ここらのMob狩り尽くしてレベルをガン上げした少数精鋭で殴りこんだほうがよっぽどか効率的だ」

 

「な、なんやと!さてはジブン、β上りやな!アイテムやら吐き出したくないっちゅー欲の皮張ったクソ野郎が!」

 

「ちげーよ。それにな、俺がもしβ上りでも俺はアイテムもコルも差し出さない。そうだな・・・あんたの言葉の中間をとって、7人ここにβ上りがいると仮定しようか。少しでも情報がある7人を含んだ45人前後と、まったく情報のない40人弱、おそらく37、8人。どっちの勝率が高いかなんて、火を見るより明らかってもんだろうが」

 

 暫く、俺はキバオウを真正面から睨む。やがて、その空気を裂いて挙手するプレイヤーがいた。それを見て、ディアベルは俺らに向けて声を発した。

 

「まあまあ、その辺にして。そこの君も、他に意見があるみたいだから、それを聞いてからでも遅くないんじゃないかな」

 

「・・・別にそこまで本気で言ったわけじゃなかったがな」

 

 ぼそりとつぶやきながらゆっくりと腰を下ろす。それを見てから、ディアベルは挙手をしていたプレイヤーに目配せした。そのプレイヤーがすっと立ち上がる。・・・ってでかいなこのおっさん。スキンヘッドに褐色の肌がよく似合ってる。背丈は、190くらいあるって言われても頷けるな、ありゃ。

 

「俺の名前はエギルだ。あんたは賠償をしろと言うが、金やアイテムならともかく、情報はあったと思うぞ」

 

 そう言って小さな本を取り出す。それは俺も見覚えがあった。

 

「この本、あんたにも見覚えがあるだろう。今までの村で無料配布されてたからな」

 

「・・・む、無料配布、だと?」

 

「・・・私も貰った」

 

「タダで?」

 

 囁き返すと、こくりと頷く。え、俺あれ金出して買ったんだけど。気配から察するに、少年もそうだったのだろう。

 

「貰たで。それが何や」

 

「これは俺が次の村に着けば必ずあった。情報が早すぎると思わないか?つまり、この情報を提供したのは確実にβテスターってことだ。情報は確実にあったんだ。それより、今後の方針がこの会議で決まると、オレは思っていたんだがな」

 

「キバオウさん、あんたの言いたいことも分かる。けど、あの青年君も言った通り、テスターを排除して勝率が下がってしまったら元も子もない。ここは収めてくれないか?ほかの人も、どうしてもテスターと戦いたくないというのなら、抜けてもらってもいいよ。こういうのは、チームワークが大事だからね」

 

 最後にディアベルがそう締めくくったことで、βテスター断罪の雰囲気はほぼ完全になくなった。・・・本当になんでこの手のイケメンがコアゲーマーなんだよおいコラ。こういうのは見た目残念でもある意味お約束だろうに。

 

 

 

 そんなこんなで、大した議論はできなかったが、士気を高める効果はあったらしい。というのは、それから迷宮区に暫く籠った時に分かったことだ。翌日の午後に、俺はフロア最奥にある巨大な二枚扉―――ボス部屋を見つけた。あとから、ぞろぞろと複数の音が聞こえる。振り返ると、ディアベルたちのパーティがそこにいた。

 

「悪いな、俺なんかが最初で」

 

「いや、別に謝る必要なんてないよ。で、どうする?」

 

「ボスのツラでも拝むか?それなら、こっちも一枚かませてもらいたいけど」

 

 そう言うと、ディアベルは少し悩んだように思えた。が、すぐに明るい顔に戻った。

 

「そうだね。これだけ人数がいるんだ。深追いせずに早々に撤退する方針でいこう」

 

「了解。んじゃ、行くか」

 

 そう言って、俺は片方の扉に手をかける。もう片方の扉に手をかけたディアベルと合図をしてその扉を開く。中は、最初は暗かったがだんだん明るくなってきた。

 

「・・・ボスは」

 

「奥にいる」

 

 心なしか少し怯え気味のディアベルに対して、俺は落ち着いている。奥のほうに鎮座するのは、犬顔の亜人種。ボスの名前は、“Illfang The Kobold Lord”。

 

「イルファングザコボルドロード、ね。邪悪な牙持つ亜人の王、ってところか」

 

「冷静だな!?」

 

 ディアベルのパーティメンバーの誰か―――おそらく俺と同じ曲刀使いのやつ―――が言うが、それを俺はあっさりとスルーして、あらかじめ自分以外不可視モードで展開してあったウィンドウを操作してから、ボーンカトラスを音高く抜剣した。

 

「さてと、・・・お手並み拝見と行きますか」

 

 その口元が綻んでいたのは自分でも気が付いていたが、もはやこれは俺の性だとあきらめることにした。そのまま突っ込んでいく俺の前には取り巻きと思える小さい亜人の姿。名前は“Ruin Kobold Sentinel”、ルインコボルドセンチネル。俺も英語そこまで得意じゃないけど、没落した亜人の歩哨、ってとこかな。得物は長柄。あの独特の刃先は斧槍(ハルバート)かな。てことは、

 

「懐に飛び込んじまえばこっちのもんだな」

 

 言いつつ一気に飛び出す。胸の前で剣先を左に向ける形でダッシュをかけ、敵の少し手前で左足を前に出して半身になる。左足で思いっきりブレーキをかけて静止し、体をねじって腕をさらに引く。ソードスキルが起動したことを確認すると、そこから突きを繰り出す。そのまま喉元の一点を剣が貫いた。

 重装備ということを考えると、ウィークポイントはおそらく首筋のわずかな一点のみ。ということは、曲刀のソードスキルで有効打を決められるソードスキルは、今のところは、今繰り出した“轟破ノ太刀”くらいだ。だが、俺はそれをブースト込みで食らわせられる自信があった。というのも、ここの層の雑魚コボルドどもは、俺は尽く首を飛ばすことで狩ってきたのだ。そうすることで何度も攻撃せずに済むし、何より効率が良かった。一発で首筋に当てるというのは十二分な集中力を必要としたが、慣れてくれば結構簡単だった。

 俺の予想に違わず、ボーンカトラスをその首にねじ込まれたセンチネルは、そのHPのほとんどを消し飛ばした。突き刺した剣をそのまま引き抜いてもう一回剣で斬ると、瞬間にその体を爆散させる。と、直後に飛んできたボスの攻撃を紙一重で躱した。

 

「大丈夫かい!?」

 

「大丈夫だ!そろそろ撤退する!」

 

 入り口からの声に叫び返すと、俺はそのまま背を向けて逃げ出した。後ろから来るボスの攻撃を避けながら、というのは神経を削る作業だったが、このくらいは問題ないレベルだった。

 俺がボス部屋を脱出したと同時にディアベルのパーティメンバーが扉を閉じた。それを見て、剣を収めながら思わず言ってしまった。

 

「おたくらも少しは突っ込めばよかったのに」

 

「君が突っ込み過ぎなんだよ。ところで、あの重装備のコボルド、どこかに弱点でもあるのかい?一撃で屠ってしまったようだけど」

 

「いくら重装備っていっても、関節部とかは隙間を作ってたり、比較的柔い素材でできてることが多いんだよ。そうじゃないと身動きが取れないからな。で、正面から真っ直ぐに狙えて、しかもなおかつその手の部位っていうと、あんまりない。と、ここまで考えたところで、首が弱点だろうとあたりを付けたらビンゴだった。狙うのならレイピアとか槍だろうな。もしくは、防御力を超える攻撃力で鎧の上から粉砕するとか」

 

「首筋をピンポイントで突く・・・難しそうだね」

 

「だな。雑魚は思い切ってランサーやフェンサーとあの得物のパリィ担当のやつで組ませて殲滅したほうが効率はよくなるかもしれない」

 

 そこまで言ったところで、ディアベルは少し考えた。大方、あの場にいた人間、自分のパーティ、それらから役割分担をある程度今のうちにシミュレーションしているのだろう。

 

「・・・分かった。忌憚のない意見をありがとう。名前は?」

 

「ロータスだ。またよろしくな、ディアベル」

 

 そう言ってその場をすたすたと去った。もともと多人数で長いこといるのは苦痛に感じる人種なのだ。それに、さっきの攻撃力から勘案すると、今の状態だと少し不安が残る。そのための準備も必要だ。俺は俺で考える必要がある。そう思いながら、俺はその日の迷宮区を後にした。

 

 

 

 準備が終わって、昨日の広場に行くと、ある程度人がもう集まっていた。俺が来たことを確認すると、ディアベルは声を張った。

 

「さて、みんな知っていると思うけど、今日の午後、ボス部屋を発見した。そして、街に戻った時に、例の攻略本の最新版が出版された。この攻略本によると、ボスの名前はイルファングザコボルドロード。取り巻きにルインコボルドセンチネルがいる。この情報はβテストのものだという明記されているけど、最初に行った軽い偵察の情報と、この情報は一致するところがあることも、また事実だ」

 

 その言葉に全体がざわつく。ボス部屋にたどり着くだけならまだしも、よもや軽くとはいえ偵察を行うというのはあまり考えていなかったようだ。

 

「みんな、今はこの情報に感謝しよう。なにせ、一番死亡率が高いのが偵察戦だからね。それを省けるっていうのは滅茶苦茶ありがたい」

 

 その言葉に、ほんのわずかに残っていた反βテスターという雰囲気もかなり薄まった。それはいいことだったのだが。

 

「じゃあ、パーティを組んでくれ。ボスにはレイドで挑むから、できれば7人くらいのパーティでお願い」

 

 ・・・なんと。歴代ゲームは殆どソロプレイ、学校だろうが部活だろうが上辺だけの付き合いしかしない万年ボッチにパーティを組めと。どうするよおい。とかと考えながら周りを見ると、見覚えのある人影が。

 

(ん、あのフーデットケープ・・・)

 

 それに、その近くにはあの少年。おそらく、いやほぼ間違いないな。

 そのまま近づいて行くと、やはり間違いなくあの時の剣士とフェンサーだった。

 

「よ。おたくら、もしやペア?」

 

 声をかけると、相手もこっちの正体に気付いたらしく、幾分か顔つきが柔らかくなった。

 

「ああ。人数少ないから、よかったらパーティに入ってくれると助かるんだが・・・」

 

「むしろこっちからお願いしたいくらいだよ」

 

 そう言いつつウィンドウを操作。目だけを動かして、左上にネームが表示されたことを確認すると、改めて目線を前に戻した。

 

「ロータスだ。改めてよろしく」

 

「キリトだ。こちらこそよろしく」

 

 そんな会話をしていると、遠くから息せき切って走ってきた小さな人影があることに気付いた。しかも、どことなく見覚えがある。その人影は、息を整えずにこちらに来ると、恐る恐るといった様子で声をかけてきた。

 

「あの、攻略会議って、終わっちゃいました?」

 

「大丈夫、今レイド組むとこだから。ギリギリセーフってとこだぞ、レイン」

 

「えっ・・・!?って、あなたは、ロータスさん、でしたっけ?」

 

「敬語はなしでいいって」

 

 笑いながら言うと、レインの顔も柔らかくなった。

 

「知り合いか?」

 

「まあね。この子はレイン。前、アニブレの件でちょっと、ね」

 

 キリトの問いかけに、軽くはぐらかしながら答える。まあ、嘘はついていないのだが。

 

「そっちのレベルって今いくつなんだ?」

 

「11、もうすぐ12」

 

「そっか。なあキリト、こいつも加えていいか?」

 

「そうだな。人手は多いに越したことはないし」

 

 短い確認を終えると、レインに向かって言う。

 

「なあレイン、ボス攻略のパーティ、俺らに入ってくれないか?丁度人手が足りなくてな」

 

「むしろこっちからお願いしたいよ。ほかのところには、なんとなく入り辛いし」

 

「一応顔見知りだしな、俺ら」

 

 そう言うと、お互いウィンドウを操作する。左上に改めてrainの名前が加わったことを確認して、レインが自己紹介を終える。が、終始フェンサーが無言だったのは、個人的にはどこか不安だった。―――また張りつめすぎていなければいいのだが。一段落ついたところで、ディアベルがこちらに来た。

 

「君たちはF隊になる。センチネルの相手をお願いしたいんだけど、いいかな」

 

「ああ、分かった。雑魚の相手は任せておいてくれ」

 

「そうだね。一人で雑魚を屠った人もいるしね」

 

 そう言いつつこちらを見やるディアベル。それに周囲が疑問の雰囲気を醸す。軽くため息を吐いて、俺はそれに答えた。

 

「あんたらに迷惑をかけるような真似はしないから安心しろ」

 

「はは、頼もしいね」

 

 一つ笑みを漏らすと、ディアベルは自分たちのパーティの下へと戻っていく。

 

「なあ、さっきの話、どういうことだ?」

 

「ああ、そのな・・・」

 

 あーもう、恨むぜディアベル。この空気どうしてくれんだよ。収めるけど。

 

「ここだけの話、ボス部屋最初に見つけたの、俺なんだわ」

 

「え、てことは、軽い偵察戦をやったのって」

 

「俺と、ワンテンポ遅れてきたディアベルのパーティメンバーの一部。で、その時に雑魚コボルドを一発で屠った、ってわけ」

 

「じゃあ、どこが弱点なのかもわかるんだ?」

 

「ああ。喉元が弱点だ。細かい作戦は道中で軽くやるとして、大まかな作戦会議と行くか」

 

 その言葉から、あっさりとその空気は収まった。おおよかったよかった。

 

 

 いったん解散になってから、俺は軽くアイテム整理をしていた。ボスが一体どんなアイテムを落とすのかはわからない。それに、いざというときにポーションがない、というのも間抜けな話だ。

 

「ヨ。やっぱり見込んだ通り、結構骨のある奴だナ」

 

 声をかけられて顔を上げると、そこには鼠色のフードを被り、頬に髭のペイントをしたプレイヤーがいた。

 

「久しぶりだな、アルゴ。そっちも元気そうなことで」

 

「まあナ。オレっちとしても、あの攻略本で一人でも死者が減るのなら本望ってモンだヨ」

 

「あっそ」

 

 確認を終えて、装備をオブジェクト化する。腰に確かな重みが加わったことを確認すると、感覚の確認のために一回静かに抜剣する。と、アルゴの目つきが変わった。

 

「なあ、それって、もしかしなくてもボーンカトラスか?」

 

「ああ、そうだが」

 

 冷静に応えると、アルゴの目に少なくない驚愕の色が浮かんだ。

 

「あれって今の状態じゃ相当な難易度に相当するはずだけど、クリアしたってことか?」

 

「そうじゃなきゃいま手元にないだろう」

 

 口調もおそらく素の口調であろうそれになっている。どうやらよっぽどか驚かせたらしい。

 

「で、相当な難易度、ってどのくらいなんだ?」

 

「レベルにして2、3層上だナ。βの時もそのくらいでクリアされたし」

 

「ふうん・・・」

 

 てことは、ここから数層くらいはこいつで行ける、ってことか。ラッキーだったな。

 

「どうやってクリアしたんダ?」

 

「脳天に剣ぶっ刺して、あとは斬りまくってたら終わった」

 

 我ながらなんとざっくりとした説明。だが、それだけでこの情報屋には伝わったらしい。あんぐりと口を広げた。

 

「キー坊もなかなかだけど、こっちもこっちで規格外だナ・・・」

 

「そうか?でもま、結構運が絡んだところがあったから、攻略本に載せるのはお薦めしないぜ」

 

 そう言いつつ立ち上がる。もうそろそろ時間だ。

 

「そろそろ時間だ。行くぜ」

 

「ああ。ボス戦頑張れヨ」

 

 その言葉に軽く手を挙げて返答としながら、俺は待ち合わせ場所に向かった。

 




 はい、というわけで。まずは技解説。

轟破ノ太刀
GE2、ロングソード、ゼロスタンスBA 元の名前:轟破ノ太刀・金
 元の技はゼロスタンスという、いわば”仕切りなおし”のような構えが変化し、直後の△の攻撃がなぎ払いから突きに変化する。□は変化しない。使い込むことでⅠからⅣまで開放され、順に威力が上がる。また、後半になるにつれてビームのようなものが出るようだが、こちらでは無論そんなことはない。
 ここで想定しているのは構えから動き、それと使い込むにつれて段階的に攻撃力が上がるという点。また、使い込むと硬直も長くなる。
 ちなみに、主はこの変化したゼロスタンスが性に合わず、まったくといってもいいほど使わないBAのひとつ。

 ちょっと長くなりましたね。以降BAもいくつか出す予定ですけど、基本的に一部を除いてBAはⅠからⅣがあります。例外として、途中から分岐することでⅠやⅡがないとか、Ⅳしかない(所謂黒BA)やつとかありますが、そのくだりは以後どのように変化するかということのみ記述することにします。


 それはそうとして、ストーリーの話をば。

 主人公は結構こんな感じで、もっと穏便に済ませれないのかということが今後多々出てきます。ご承知を。

 前話の大猪との戦い方はアルゴが素に戻るレベルという無茶苦茶でしたって言う。
 そしてレインちゃんが攻略組に。このあとこの子は結構健気にしたい。

 次はいよいよ第一層攻略戦です。ではまた次回。

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