ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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45.再

 ケットシーの主都、フリーシアはとても賑やかなところだった。ケットシーは猫のような姿をした種族で、テイミング―――早い話がモンスターを使い魔にする技術に長けている。あの人は他人の力を借りるような性格じゃないから、なぜケットシーにしたのかというのは難しい所だが、それを考える必要はなかった。

 

「エリーゼさーん!」

 

 普段のもの静かさはどこへやらといった様子でベリアが声をかける。すると、少し先にいた白髪のケットシーが反応した。

 

「ベリア、久しぶり。元気そうで何よりだわ」

 

「そちらこそ。噂は耳にしてますよ」

 

「私は好きなことしてるだけよ」

 

 それだけ言うと、エリーゼさんは私の前に来た。

 

「ふーん、やっぱりあっちのアバターによく似た感じだね」

 

「そうなんですか?ここまで鏡見てこなかったから、自分だと分からないですけど」

 

「ぶっちゃけ、髪色が違うことくらいかな。あと、服装と。見る人が見れば一発で分かるよー」

 

「うへぇ・・・」

 

 一時期攻略から離れていた時も、注意しないとファンが群がってきたというのに、こちらでもそんな心配をしなければいけないのかと思うとげんなりした。言われてみてよく見れば、エリーゼさんも人のことは言えない。髪色を変えて猫耳と尻尾を生やせばそのままだ。

 

「あ、その手の美形アバターはこっちでは事欠かないから、そんなに心配する必要はないと思う」

 

「あ、そっか・・・って、それもそうだね」

 

 私の場合は少し特殊だからこうなっているというのもあるのだろう。が、本来アバターはランダム生成だ。つまり、長身の人がログインしたからといって、必ずしも長身のアバターが生成されるということはないわけだ。

 

「さて、改めて、―――ALOにようこそ、レインちゃん!」

 

 その言葉、手の上げ方、笑い方。それらすべてが一致していた。

 

 

 

 とにかく、いったん装備を整える必要がある。そのために、私たちはケットシーのホームタウンを回ることにしていた。

 

「でも、それってレインちゃん不利じゃない?」

 

「そんなことないって。もしそうなったら私らが盾になればいいっしょ。それに、この子なら、そんじょそこらのチンピラじゃ絶対歯が立たないし」

 

「あ、その腕前は見せてもらったわ・・・」

 

 何やらまた知らない話をしている。いまいちついていけていないことに気付いたのか、エリーゼさんが補足説明に入った。

 

「それぞれの種族の領地では、その種族は他の種族をPKできるけど、その逆はできないの。だけど、レプラコーンに関しては、どの領地でも、非戦闘状態にあるレプラコーンをPKしたら、その種族に対して一切の支援をしないって領主が宣言してるから、レプラコーンに関してはPKの心配はない。でもま、レインちゃんみたいなニュービーは知らないからね、たまーにPKしにくる馬鹿者がいるのよ」

 

「へえ、そうなんだ」

 

「そうそう。

 あ、言い忘れてた。レインちゃん、アイテムストレージ確認した?」

 

「言われてみれば・・・」

 

「してみな。私と同じなら大変なことになってるはずだから」

 

 そう言われて、おとなしくアイテムストレージを確認すると、確かに“大変なこと”になっていた。

 

「うわ、何この文字化けだらけ」

 

「やっぱりかぁ・・・。エラー認定で垢ロックされるかもしれないから、早々に全部処分しといたほうがいいよ」

 

「えぇ・・・」

 

 さすがにその言葉に、私は躊躇いを覚えてしまった。全処分ということは、SAOの思い出の品をまとめて処分するということだ。少々以上に後ろ髪を引かれる思いだが、このアカウントが使えなくなるかもしれないというリスクと両天秤なら、考える必要はなかった。

 設定タブを潜って、アイテムストレージの全処分をタップする。少しためらったのちに、警告タブの続行ボタンを押した。

 

「さて、と。で、もう一つ想定通りなら、レインちゃんの手元には並々ならぬ金額があるはずなんだけど」

 

 そう言われてステータス画面を改めて確認する。するとそこには、明らかに初期金額ではない所持金が記載されていた。

 

「・・・なんでこんなことに」

 

「私が聞きたいわよ。ま、そっちは処分することもできないみたいだし、そのまま放っておくしか手はなさそうかな。ま、バグとかはなさそうだから、その辺は安心だけど。ま、とにかく、今は装備を整えに行こうか。店売りでも、初期装備よりはましだと思うし」

 

「あ、はい」

 

 そういわれて、私たちは私の装備を手に入れに向かった。さすがに自分のホームタウンだけあって、エリーゼさんの歩みは早かった。そのまま、私たちは装備を整えた。どうやらエリーゼさんはかなりケットシーの中では顔が利くみたいで、かなりいろんなところにつながりがあった。それに、エリーゼさんの“在庫処分”でいくつか装備ももらった。結果として、

 

「んー、どう?ステの配分とかも考えてこんな感じがいいかなーって思ったんだけど」

 

「大丈夫です。ありがとう」

 

 私はエリーゼさんの手によってコーディネートされていた。性能としては、そこそこ以上の良品がそろったのだが、

 

「なんでこんな格好に・・・?」

 

「え、だってリアルでも着てるんだし、耐性あるかなー、って」

 

「だってあれはバイトだし」

 

 私の格好はいわゆる“メイド服”に近いものになっていた。色としては、赤基調に白が差した感じ。

 

「でもま、性能はそこそこよ?最初期の装備としては十二分の性能」

 

「それはそうなんだろうけど・・・」

 

「別にかわいいからいいんじゃない?」

 

「それと恥ずかしさは別だよ・・・。スカートも短いし」

 

 ストレアの言葉に、私はかすかにため息をついた。ちなみに、ストレアの存在に関してはナビピクシーということで話がついている。これでもソロプレイヤーとして結構長いことやってきた身だ。初期装備やその他諸々の装備の値から、この防具の性能がそこそこ以上位に位置することは大体想像がついた。

 

「あ、いたいた。エリーゼちゃーん!」

 

 その声に私たちが反応すると、その先にいたのは金髪猫耳の小柄な女性だった。猫耳ということはケットシーなのだろう。

 

「アリシャさん、なんであなたがこんなところほっつき歩いてるんですか・・・」

 

「それはこっちのセリフだよ!エリーゼちゃんが遅刻するとか珍しいから、探してたんだヨ!」

 

 そういわれて、エリーゼさんの視線が少し動く。たぶん、視界の端にある時間を見たのだろう。

 

「あ、ほんとだ。でも、わざわざ領主様がいらっしゃることはなかったのでは?」

 

「やだなあもう。ケットシーの切り札、って呼ばれている所以とか、もっと知りたいし。ところで、そっちの彼女は?」

 

「前同じゲームやってて、そのつながりで。ALOは今日始めたばかりですけど、フカにしごかれたみたいで」

 

「しごいたって失礼な。特訓したって言ってよ」

 

「ほとんど意味同じでしょ」

 

「フカ、ってことは、あなたがドッグアンドキャッツのリーダーさん?」

 

「はい、フカ次郎って言います!お呼びとあらば即参上するので、なにか御用があれば遠慮なく!」

 

「うん、そうさせてもらうネー!噂通り、ずいぶんと気さくな子みたいだし?」

 

「それが売りの一つですし」

 

「と、そんなことはどうでもいいでしょ。遅れたのは私のせいなんだし、行きましょう」

 

「うん、ソダネー。で、そっちのカワイ子ちゃんはどうする?」

 

「連れていきますよ。腕は私が保証します」

 

「私も私もー!目の前で見せてもらったけど、そんじょそこらの傭兵よりよっぽど手練れだよこの子!」

 

 我先にと立候補するように実力を保証されて、私は少し恐縮した。

 

「フーン?なら、ほんの少しだけ手合わせしちゃおっかー」

 

「領主!お時間が―――」

 

「ほんの少しだけ。すぐに終わるからダイジョーブ」

 

 それだけ言うと、彼女は己の獲物であろう短剣を取り出した。それを見て、私も抜剣して構える。しばらくそのままでいた後、おもむろに相手が剣を収めた。

 

「ウン、この二人に保証されるだけあるネ。全くスキがない」

 

「領主、ではそろそろ」

 

「ソダネー、さすがにこれ以上は制限時間オーバーかナ。

 キミ、名前は?」

 

「レインって言います」

 

「ならレインちゃん。私と一緒に来てくれない?」

 

 その言葉の意味を理解できず、私は少しの間固まった。

 

「この後、領主はシルフと同盟の会合に向かわれるの。場所は中立域、“蝶の谷”。そこにはもちろん、護衛が付く。私はケットシー側の護衛だし、―――」

 

「わたしらドッグアンドキャッツはシルフ側の護衛、ってわけ。つまるところ、護衛へのお誘い、ってとこじゃない?」

 

 その言葉を聞いて、私は心を動かされた。今は装備も整っている。腕に覚えなどなければ私はあの世界で最前線など張っていなかった。

 

「それは、世界樹を目指しますか?」

 

「あったりまえ!そのための同盟だからネ!」

 

「ならば、是非に。

 会わなきゃいけない人がいるんです」

 

「ウン、大歓迎だよ!」

 

「領主、そろそろ」

 

「分かってるって。エリーゼちゃんはお堅いなぁ」

 

「あなたが自由すぎるんです。・・・まったく、もう」

 

「じゃ、私らはこの辺で。

 レインちゃん、いい冒険を!」

 

「ありがとうございます」

 

「いいっていいって。またなんかあったら、傭兵ギルド“ドッグアンドキャッツ”をよろしく!」

 

 そういうと、彼らはそのまま飛び去って行った。それと同時に、私たちも蝶の谷へと向かうべく、二人の後を追った。

 

 

 

「ハァイ、みんな、お待たせ!」

 

「全くですよ、おかげで全速で飛ばなくてはならなくなりました」

 

「ごめんって。間に合うから大丈夫でしょ」

 

「全く・・・」

 

 おそらく副官なのだろう男性が呆れたように眉間を押さえる。その様子から察するに、こういうことは初めてではないらしい。

 

「そちらは?」

 

「今回の護衛の飛び入り参加。腕前はエリーゼのお墨付き」

 

「なら安心です。お名前は?」

 

「レインです。よろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしく」

 

 どうやら、エリーゼさんはかなり信頼されているようだ。つかみがあっさりいったことにかなり安心しつつ、私は雰囲気を見た。

 

「正直物足りないでしょ」

 

 いつの間にか横に来ていたエリーゼさんが、こっそり私だけに聞こえるようにささやいた。

 

「ええ、まあ。まあ、最上級の人々に見慣れすぎただけかもしれないですけど」

 

「ま、あの白黒夫婦とかは特に別格だったし、仮にもその二人と並び立って紹介されるようなプレイヤーだったレインちゃんにとってみれば、ま、雑魚だろうね」

 

 それほどでもないのだが、まあ、否定はできないので、あいまいにごまかすことにした。

 

「そんなことは置いといて。

 領主、蝶の谷へ向かいましょう。このままでは、本当に遅刻しかねません」

 

「え~、もう少しおしゃべりしていこうよ~」

 

「それは飛びながらでもできるでしょう。早く参りませんと、シルフの領主にどんな無理難題を吹っ掛けられるか・・・」

 

「サクヤちゃんはそんな子じゃないから大丈夫だと思うけどねー」

 

 といいつつ、本人は背中に羽を出した。それを見て、私もあわてて羽を出す。

 

「さて、じゃあ蝶の谷へ向かおうか!」

 

 その言葉を皮切りにして、その場にいた全員が飛び上がった。

 

 

 

 ケットシー領主一行が首都フリーシアを発った頃、世界樹の上の謁見の間に、一組の主従がいた。玉座に座るのは、雰囲気がまともであれば万人が振り向く美男子。その名はオベイロン。この世界の王たる者である。

 

「今、ケットシー領主が首都を発った。シルフの領主も、もう間もなく首都を発つ。その目的は、同盟だ。手を組んで世界樹を攻略しよう、という算段らしい。漁夫の利を狙ってサラマンダーの集団が会合を強襲するらしい。その集団を殲滅しろ。簡単だろう?」

 

「御心のままに」

 

「ああ、それと。この二人は生かしておけ。この後の戦力になる」

 

 そういわれて、渡されたのは二人のプレイヤーの写真。そこには、レプラコーンと思しき赤色の髪の少女と、白髪のケットシーの女性が写っていた。

 

「・・・御意」

 

 従者は、一瞬の間ののち、いつも通りの返答をした。

 

「よし、下がれ。そして、迎撃に迎え。場所は蝶の谷だ」

 

「はっ」

 

 従者が下がったのち、オベイロンは玉座にて下卑た笑みを浮かべていた。

 

「さぁて、血濡れの蓮を手駒に加えるだけでなく、剣姫と手練れの女傭兵まで加えられる機会が来るなんて・・・。どうやら運が向いてきたらしい」

 

 その奥では、

 

「ぐうっ・・・」

 

 先ほどまで王と謁見していた従者が、頭を抱え激しい頭痛と戦っているとも知らずに。

 

(なんなんだ・・・。私は、オベイロン様の従者のホロウだ。かの王の影武者だ。ならばなぜ、この少女に対してこれほどまで心動かされる・・・!?)

 

 それが、崩壊(解放)の序曲だった。

 

 

 会合までは時間がある。それは、シルフ側及びケットシー側の双方が移動を開始したというだけでも十分に察せられた。それに、飛行時間に制限がある()()()()ではなく、アルフである自分は飛行制限もない。さらに言うなら、好きな場所への転移も可能だ。だから今はこうして、

 

「うわああぁぁ」

 

 氷の大地、ヨツンヘイムにおいて、邪神級モンスターを狩ろうとする集団を狩ることで、私は時間を潰していた。一瞬で断末魔の合唱は終わり、周りには残り火が微かに漂うだけとなった。

 

「はあ、はあ、っ・・・」

 

 しかし、戦いはいつもより苦戦で終わった。もっとも、いつもより苦戦したというだけで、ほとんど苦戦していないも同義なのだが。

 

(なぜだ。なぜだ、なぜだなぜだ、なぜだ・・・!)

 

 私の頭に回るのはそればかり。

 

(私はホロウだ。妖精王オベイロンの影にして、忠実な従者だ。決して、決してロータスなどという存在ではない。あの少女の名前を知っているなど、あるはずがない)

 

―――本当にそうか?

 

(ああそうだ!)

 

―――ならば、なぜお前()は思いだした?

 

(どこかで見たのだろう。私はこの立場上、王の補佐もしている。研究の協力もだ。その過程で―――

 

―――本当に、そうか?

 

 頭の中で声が響く。

 

―――研究を見てんならわかんだろうが。あんなの、まっとうな人間の所業じゃねえ。そして、その雛形が、お前自身にかけられているとしたら?

 

(うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさい―――

 

―――目を背けるな。それは、俺がしてきたことへの最大の罰だ。それに、―――

 

 どれだけ頭を抱えようと、念じようと、頭の声はやまなかった。そして、

 

(黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ―――

 

―――()()()、《本当にこの世界の住人か》?

 

「うわああああああああああああああ!!!!」

 

 決定的なことを口にした。その瞬間、()の口からはこれでもかというほどの絶叫が迸った。その絶叫は、果たしてどこまで続くのかと思うほど延々と続き、やがて止んだ。そのまま暫くぐったりして、その後に、

 

「・・・ったく、面倒なことしてくれたなぁオイ。おかげで時間がかかっちまった」

 

 一言、そんなことをつぶやいた。

 

「いろいろ見させてもらった。手始めに、この世界のGMは、」

 

―――ぶっ殺す。

 

 それは、今までの“忠臣”ホロウではない、全く別人だった。




 はい、というわけで。

 気が付いたらこっち、前回からひと月以上もたっていて驚いた主です。

 レインの格好は、まあありていに言ってミニスカメイド的なものであると思っていただければ。性能もありますが、半分以上はエリーゼの暴走です。わかっていて止めなかった当たり、フカたちも確信犯ですが。

 後半にてロータス君覚醒です。正直もっと後にしようか悩んだのですが、このタイミングじゃないと考えているシナリオと整合性が取れないのでこういう形に。

 大体このくらいのペースで安定するかなと思います。するといいなぁ。ただスマホゲームがいろいろ配信されだしてるからなぁ・・・。頑張ります。

 ではまた次回。

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