43.蓮を探して
「おはようございまーす」
朝、いつものように私はバイト先に挨拶をして、着替えて現場に入る。
SAOがクリアされてから数か月、私は生活に戻っていた。もっとも、学校に復帰するにはあまりにも中途半端だったから、学校へは復帰していないから、果たして私たちの年での“普通”とは言い難いが。
いつの間にか年がまた変わっていた。そして、私の生活は、学校の有無だけでなく大きく変わっていた。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
私は、SAOから帰還して、リハビリを終えると、今度はバイトを始めていた。バイト先はメイド喫茶だ。バイト先がメイド喫茶であることは、母には隠してある。来春からSAO帰還者のための学校が始まることはもう通達があって、それに伴って一人暮らしを始めていた。なけなしの貯金とSAOでの賠償金を使って、母は一人暮らしをする私に家電などを買いそろえてくれたから、衣食住に困ることもなかった。普通で考えれば、私くらいの女子高生で一人暮らしなんてしようものなら、家事全般が壊滅的なことになって目も当てられなくなるのがオチというものだが、私の家は母子家庭で、私もある程度以上に家事はできる。その辺はぬかりなかった。
「それではこちらへどうぞ!」
笑顔で営業を続ける。それが、自分がSAOから帰ってきて来た私の日常、その一端だった。
SAOから帰って、いろんなことがあった。それを一気にいろんな人から聞かされて、私は年甲斐もなく知恵熱が出るかと思ったほどだ。その中で、私は役人の人にある人物の行方を聞いた。それは、私が半分妄執のようにずっと追ってきた、ロータス君こと天川蓮さんのことだった(聞いてみて分かったことだが、彼のほうが年上だった)。
彼は東京ではなく、愛知県のほうでダイブしているらしい。愛知の真ん中あたりの位置の場所でダイブして、そして、―――まだ目覚めていない。コツコツ溜めたバイト代の一部を交通費に当てて、私は彼のお見舞いに行った。だが、そこにいたのは、やせ細って、ナーヴギアをかぶり、ただ寝続ける彼の姿だった。
「レインちゃん、お客。ご指名」
「あ、はい」
SAOが終わって、そんな生活をしてもう二か月になる。距離が距離だけに、そうそう頻繁に会いに行けるわけでもないが、目が覚めたら連絡してくれとは言ってある。それで連絡がないということは、―――つまりはそういうことなのだろう。
「あそこのお客様ね」
「分かりました」
別のスタッフから私を指名された人を指す。その人は眼鏡をかけていろ女性で、どこにでもいそうな程度には整った容姿をしていた。
「お待たせしました、お嬢様」
「やっほー」
静かながらも確かに親し気な声で話しかけてきたその客に、一瞬怪訝な顔をしてしまう。何故かといえば、自分は目の前の人物に心当たりなど―――、いや、待て。もしこの人物が眼鏡を取って、瞳を暗い青色にしたら。そして、その服装を、あの世界のようにしたら。
「―――エリーゼさん?」
「そ。おひさだね、レインちゃん」
予想が当たっていてほっとした半面、驚きもかなり大きかった。
「どうしてここが分かったんですか?」
「ん?ちょっと、ね。ま、その辺は深く聞かないほうがいいよ」
そんなことを言いつつ、私に向かって一枚のメモ用紙を渡した。
「連絡先。近いうちに連絡して?」
「何かあったのなら、ここで話せばいいじゃないですか」
「まあそれはそうなんだけどね。仕事の時間をこれ以上割いてもらうっていうのは、私としても罪悪感大きいし。何よりきっと、
その言葉、そしてその雰囲気に、思わず私は息を呑んでしまった。この女性は、冗談は多いし時折本意が分からなくなる、本当につかみどころのない女性なのだが、無意味な嘘はつかない。そんなことをされたことがなくとも、なんとなくそれが分かる程度には、私はこの女性を分かっているつもりだ。
務めて自然な動作でメモを受け取ると、それを普段は何もいれないポケットに入れた。それを見て、エリーゼは満足げに微笑んだ。
「うんうん、ありがとね。それだけ。またどっかでお茶しよ?」
「はい。では、失礼します」
職業病といってもいいほどに身についた動きでその場を立ち去ると、私は普段の仕事に戻った。
帰ってからも、エリーゼの一件は頭の片隅に残っていた。そして、部屋のベッドで腰かけ、私は渡された電話番号に電話をかけた。エリーゼさんはすぐに出た。
「もしもし?」
「もしもし、レインですけど」
「あぁ、レインちゃん。さっそくかけてきてくれたわけね」
「あ、はい」
「うんうん、お姉さんうれしいよ。それで早速だけどさ、どっか時間見つけれない?ちょっと積もる話もあるし、できればちょっと遠くまで、ね」
遠く、という場所に込められたニュアンスを、レインは正確に感じ取った。
「・・・分かりました。でも、今ちょっとお金がないんですけど」
「いやいや、年下の女の子に払わせるほど私は人でなしじゃないよ。そんくらい出したげるって」
交通費についても、これでクリアだ。その後、待ち合わせなどをしてその電話は切れた。電話を切って、携帯を横に放った。そのままベッドに身を預けると、額に手を当てた。
(遠く、か)
彼の搬送先も、ここから考えれば十分に遠い。電車で行こうと思えば、新幹線という選択肢が真っ先に思い浮かぶ程度には遠い距離だ。加えて、連絡を取ってきた相手が相手だけに、無関係だと笑い飛ばすことは到底できなかった。とにかく、
(考えても仕方ない、か)
それだけ考えると、適当なゴムボールを手にとった。リハビリでほとんど戻ってきているとはいっても、元の体力を考えればまだまだだ。加えて私はバイトもしているから、その分の体力もつけなくちゃいけない。だからこうして、今でもリハビリをしている。もっとも、気が向いたら程度でよくなった、ということを考えれば、十分に進歩ではあるのだけど。
あれから数か月。数か月だ。いくら戻るときにラグがあるといっても、数か月以上もラグが発生するなど考えられない。そして、あの鋼鉄の魔城が崩壊していく様を見ていた私からすれば、SAOサーバーからのログアウトが完了していない、などということもないとはっきりと言いきれる。ではどうして、彼は戻ってきていないのか。そして、それを見計らったような、エリーゼの連絡。まず間違いなく、これはつながりがある。そのために、ゆっくり休むのが先決だ。そう思った私は、今度はしっかりと寝る体制に変えた。
そして、約束の日。私が待ち合わせの場所につく前に、エリーゼさんはもうすでに居た。
「ごめんなさい、お待たせして」
「そんなに待ってないから大丈夫。それと敬語はなしだよ、レインちゃん」
「あ、は・・・じゃなかった、うん」
「よし!」
一つ笑って頷くと、エリーゼさんは思いっきり手を取って引っ張った。
「ほらほら、電車はこっちだから。何、電車に乗ってる時間も長いから、積もる話はそこで」
「あ、うん、分かった」
このどこか無理矢理さすら感じさせる強引さで私はこの人がエリーゼさんだということに気付いた。そして、それに不自然や不愉快さを感じさせない不思議さも変わらないと思った。
新幹線で、私たちのほかにはほとんど誰もいなかった。半分貸し切りのようで、私は少し緊張した。
「なに、緊張してんの?」
「あ、はい、ちょっと・・・」
「ふっふっふ、可愛い奴め。ま、そう硬くなんなくてもいいよ。高々2時間前後だし、そのくらいなら喋ってたらすぐでしょ」
そう言うと、改めて切符を確認しつつ席に座った。
席に向かいあうと、エリーゼさんは真正面から私を見た。
「さて、改めて自己紹介するね。
エリーゼこと、
「レインこと、枳殻虹架です。植物の枳殻に、虹が架かるで虹架、です」
改めて、リアルネームで自己紹介する。
「ふうん、虹が架かる、でレイン、ね。いいネーミングセンスしてるね」
「そんなことないで・・・よ」
「そんなことある。少なくとも、永璃だからエリーゼ、なんていう直球のネーミングセンスよりよっぽどかマシ」
「そうか、な・・・?」
「そういうもんよ」
それだけ言うと、エリーゼさん改め永璃さんはバックから何やら資料を取り出した。
「まずこれを見てもらう前に。SAOを経営していたアーガスがどうなったのか、知ってる?」
「・・・知らないけど、あれだけの事件を起こしてただでは済まない、よね?」
「その通り。ま、そこから説明しようか。
まず、虹架ちゃんが推測した通り、アーガスは多額の賠償を抱え、倒産した。正確には、開発費と賠償金で多額の負債を抱えて会社は消滅。でも、SAOに遭遇した人間を生かすには、サーバーを維持する必要がある。それの維持を請け負ったのは、レクトっていう企業。そこで・・・あった、これ」
そう言うと、一枚の紙を見せてきた。
「何かの名簿ですか?」
「そ。正確には、SAOに巻き込まれた人物の一覧」
「・・・そんなもの、どこで?」
「ま、企業秘密ってことで」
本当にこんなものどこで手に入れたんだろうと思うが、これ以上聞くと蛇は蛇でもキングコブラあたりが出てきそうなのでやめておくことにした。
「で、問題は、このサーバーの維持が切り替わった、っていう点。つまり、その間で何か介入があれば、ってお話」
「・・・まさか、その、レクト?が何か仕掛けた、ってことですか?」
「そのまさか。ま、私もここまで
そう言うと、資料をさらに数枚めくる。そこにあったのは、カラーのスナップ写真が数枚。そこには、二人の男が写っていた。
「この人物は?」
「年配のほうは、結城彰三氏。さっき言ったレクトのCEO。有体に言っちゃえば社長さん。で、若いほうが、須郷伸之。レクトのフルダイブ技術研究部門、つまり、今SAOサーバーを管理下に置いている部署に勤めてる」
「随分と懇意のようですね」
「そうだね。こんな写真が何枚もとれる程度には懇意みたいだね。それに、その写真がとれた場所が場所のだけに、余計ね」
「どこなんですか?」
「所沢の病院。やったらセキュリティ厳しいし、そんじょそこらの病院じゃないだろうなー、と思って調べてみたら・・・」
そこでいったん言葉を切って、もう一枚資料を取り出した。
「かなり大きな病院ですね」
「うん。それこそ、SAOに囚われて目覚めない社長令嬢が入院していてもおかしくないくらいに、ね。で、そこに父親が来るのはまったく不思議はないんだけど、」
「一社員がわざわざ見舞いに来るなんて、ということですか」
「そういうこと。加えて、アスナ―――結城明日奈は16歳。民法上、結婚も可能な年齢ときてる」
「まさか!」
思わず声が大きくなる。それを見て、永璃さんは静かに唇に人差し指を当てた。その目つきがいつになく真剣なことに、今更のように気がついた。
「ありえない話じゃないよ。しかも、須郷はフルダイブ部門の主任と来ている。今SAO未帰還者の生死はこいつの手にかかっているといっても過言ではない。で、そこで後二個、決定的なやつが出てきた」
そういって、今度は二枚紙を渡した。そこまでネットに詳しいわけではないからよくわからないが、
「・・・何かの接続先?」
「ん。正確には、今レクトサーバーに、頻繁に接続している人間のね。場所が場所だから、気付き辛かったけどね」
「どこなんですか?」
「レクトってゲームも経営してるんだけど、そのゲームサーバー。だから気づき辛かったのよ。ただ単に頻繁に接続してるだけならただのゲーマーで片づけられちゃうから。でも、いくらなんでも流石にこれは、ね」
そういって、その資料に載っているものを指した。
「でもま、それだけだと分かり辛いにもほどがあるから、もう一個作ってきた。それがもう一枚」
そういってめくると、そこには接続時間の長い順に、ある一定の塊で統計をとったデータが示されていた。
「さすがにいくらなんでも、記録にある範囲でさかのぼってイン率が80%どころか90%、一部は100%近いっていうのはあまりにもおかしい。飯いつ食ってんだ、そんなに長い間ほとんど眠らなくて大丈夫なのかって話になるし、何よりそんなにインしていたら生活にも支障が出る。で、そこでさらに調べてみたら」
そういってもう一枚とりだした。そこには、先ほどのSAO遭遇者の名簿に、さらにいくつか蛍光ペンのしるしがあった。
「この通り。IPアドレスが一致したことも考えれば、そのゲームサーバー内に潜り込まされている可能性が高い」
「いったい何のために・・・」
「さあね。ただ、」
そこでいったん言葉を切ると、永璃さんは目を細めた。
「ろくでもないクソッタレな臭いがするっていうのは、確かだね」
その顔は、ただ真剣というにはあまりにも鋭さを帯びていた。
それからは何とか、雑談で間を繋いだ。電車を降りて、それからは殆ど会話もなかった。ついた場所は、やはり蓮さんが入院している病院だった。
病室について、さらに永璃さんは鞄の中から紙を取り出した。
「電車の中で言ったように、SAO未帰還者はレクトのゲームサーバー内にいる可能性が高い。けど、その決定打が見つからなかった。だけど、その決定打となったのはこれだったのよ」
そこに映されていたのは、赤い外套に身を包み、弓を背負い、刀を手にした青年の姿。顔は斜め後ろからだからよくわからないが、顔をはっきり見なくとも誰か分かった。
「・・・ロータス君!?」
「そう。彼は、特に長いんだ。その反応から察するに気付いていなかったみたいだけど」
そう言うと、電車の中で見せた資料をもう一度繰り出した。その中の、接続順に並べられた中のトップを指差した。そこに書かれてあった場所は、
「ここから・・・!?ちょっと待って、てことは」
「そう。間違いなく、彼は一番長くそのゲーム、アルヴヘイムオンラインに接続している。そして、まだ目を覚ましていない」
そういって、ゆっくりと彼の肌を撫でる。その目は、慈愛に満ちていた。
「どんなゲームなんですか、その、アルヴヘイム、でしたっけ?」
「まあまあ落ち着きなさんな。順番に話していくから。
アルヴヘイムオンライン自体は、潰れかかったVRゲームの中でも古参なものだよ。SAO事件があってもVRのブーム自体は衰えなかった。そこで、大手メーカーからナーヴギアの後継機が登場した。それ用のソフトも、ね。その中の一つが、アルヴヘイムオンラインってわけ」
「アルヴヘイム、ってどんな意味なんですか」
「平たくいっちゃうと、妖精の国とかそんな感じの意味」
「ファンタジー系のほのぼの系に、こんなのは似合わないと思うんですけど」
彼の雰囲気は、写真越しでもわかるほどにSAOと似通っている。ついでに言えば、得物も似たようなものだ。どう考えてもほのぼの系ではない。
「いやー、それがね。羊の皮被った狼よろしく、まったく実物と題名の印象が違うんだよね。
ドスキル制な上にPK推奨、プレイヤースキル重視っていうね。もうそれプレイする人間を選ぶって感じの雰囲気だよ。ファンタジーなのは世界だけ」
「・・・まるでソードスキルがないSAOみたいですね。あれも、ちゃんと動かないといけませんし」
「その代り、魔法とか弓はあるから、遠距離でちまちまやるっていうのもできるけど。まあその場合はそれに応じた立ち回りしてやんないと悲惨なことになるけどね」
SAOでも、かなり男性向けの、人を選ぶジャンルだっただけに、それをさらにハードな内容にしてしまった、というのは間違いではないらしい。
「でも、それじゃ人気は出ないんじゃないですか・・・?」
「いやー、そうでもないのよね、これが。飛べるからっていう理由から遊んでる人は結構多いみたい」
「飛べる・・・って、飛行機みたいにですか?」
「飛行機っていうより、鳥に近いかなー。アルヴヘイムが妖精の国って話はしたでしょ?」
「あ、はい」
「あれ、プレイヤー自身が妖精になるのよ。つまり、プレイヤーの背中に羽が生えて、それでパタパタ飛べる、っていうからくりみたい。飛行機とは別物だから、これはこれで人気があるみたいでね。あと、世界がリアル、って結構評判。まるでSAOみたいだ、って、自称本サービスでログインできなかった元SAOβテスターが言ってた」
「SAOみたい・・・」
SAOサーバー管理を引き継いだ会社のゲームが、まるでSAOのようだと言われる。それは、決して偶然ではない気がした。
「ま、偶然じゃないだろうね。SAOのサーバーからスキミングするくらいなら、ちょっと詳しい人間なら誰でもできるだろうし」
「ということは、SAOの根幹プログラム、えっと、ユイちゃんが確か言ってたやつ、だよね?」
「そ。それに、何人かSAO帰還者がALOをプレイしてるんだけど、SAOのデータの一部がALOにそっくりそのまま引き継がれてた、って言ってるんだよね」
「偶然、で片づけれる話ではないよね」
「そういうこと。で、百聞は一見に如かず」
そう言って手渡されたのは、明らかに新しいソフト。その表紙には、“ALfheim Online”の文字。
「私のサブ垢があるけど、どうする?自分のアカウントで行く?それともそもそもいかない?あ、ナーヴギアで動くから、ハードは心配しなくて大丈夫」
自分は止めない。その顔に書いてあった。だが、そんな顔をされなくとも、答えは決まっていた。
「私のアカウントを使う。ないのなら作る。そのまま、私はアルヴヘイムに行く」
迷いなど、あるわけがなかった。
はい、というわけで。
あけましておめでとうございます(今更杉)。まあ、ほんの少し前にサブの作品を上げたときにも言ってますが、そこはそれ。
新年からキリよく、ALO編の始まりです。といっても、ALO編、めちゃ短いです。幕間レベルで短いです。5話ぐらいで終わります。
分かるとは思いますが、ALO編は主にレインちゃん視点でお送りします。たまーに別人の視点になりますが、その辺は今まで通りということで。
はてさて、今回でとりあえずのオリキャラと主要キャラの本名が出たかなーって印象です。まだキーマンとなるべき人物の本名が出ていませんが、原作と同じなので省略します。まあ、少なくとも一人の出番は当分ありませんが。下手したら永遠にありませんが。
実を言うと、永璃ちゃんは本名ではなくキャラ名が先に決まったキャラです。というか、書いてから設定で考えていた名前と苗字が違っていた問題。大した問題じゃないのでスルーしますが。←
キャラ名の由来は、まあ、分かる人はわかると思います。今後、その由来がはっきりとわかるような言葉を出す予定です。
次から本格的に、ALOでの冒険が始まります。GGOのほうからキャラを輸入する予定ですので、よろしければそちらも見るとより楽しめるかなー、といった印象です。
ではまた次回。