ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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42.そして―――

 ボス討伐後というのに、歓喜の声は一切なかった。周囲の様子はひたすらにぐったりしていて、それがこのボス戦がいかに過酷なものであったかを物語っていた。

 

「聞きたいことは山ほどあるが、後にしてやる」

 

「そいつはありがたい。そのまま忘れてくれるともっとありがたい」

 

「そいつぁ無理な相談だ」

 

「そうかい」

 

 誰とともない軽口のような問答に力はない。というか、入れる力もないというのが適切か。

 

「何人やられたんだ・・・?」

 

 誰かが呟く。それに、視界の端でキリトがメニューを開いてカウントしているのが見えた。

 

「10人、やられた」

 

 力なくキリトが言う。それに、周囲が絶望した。

 

「10人、だって・・・?」

「嘘・・・だろ・・・?」

「おいおいマジかよ・・・」

 

 それもそうだ。今回はフルレイドではなく、40名前後のレイド。しかも、俺が裏最上位ソードスキルと射撃スキルを使用して、それでもなお四分の一がやられたということだ。

 

「俺たち、このゲームをクリアできるのか・・・?」

 

 力ないバリトンでエギルが呟くように言った。それは、おそらくこの場全員の代弁だった。

 

「クリアするしかない。たとえ全滅することになっても、その最後まであがくしか方法はない。世界ってのは得てしてクソッタレなもんだ」

 

 俺はそれだけ言った。それに、周囲の雰囲気に意志が少しずつ戻った。そんな中、俺の瞳にある人間が映った。そこには、“どんな状況下でもHPゲージをイエロー以下まで落としたことがない”という、絶対神話を持つ聖騎士がいた。その目を見て、俺は気がついた。あの目は、ただレイドリーダーとして仲間をいたわる目ではない。そこにあるのは、冷徹といってもいいほどの観察だ。研究者か医者がレポートや論文を見るような、まったく感情のこもっていない目だ。

 周囲を見る。視界の端で、キリトが剣を握りなおしたのが見えた。その顔を見るに、キリトも同じ結論に至ったらしいというのはすぐに分かった。だから、俺は素早く武器を弓へと変更し、キリトのタイミングに合わせる形で、矢をつがえた。

 直後に、キリトがヒースクリフへ突進する。それを防御しようとしたヒースクリフだったが、ガードする前に俺の剣が盾を持つ手を貫いた。いや、()()()()()()、というほうが正確か。そのままの体勢でキリトと俺の刃を受けたヒースクリフの前に、ある文字が浮かび上がった。それを見て、

 

「“Immortal Object”・・・。やっぱりそういうことか」

 

 俺は当たってほしくない予想が的中していることに気がついた。

 

「キリト君何を・・・ッ!?不死属性・・・?どういうことですか、団長」

 

 キリトの突拍子もない行動をとがめようとしたアスナが、その表示を見て硬直しながら問いかけた。それに、俺は大体状況が読めた。

 

「簡単な話だ。どんなゲームでもGMはいる。このゲームならGMは茅場ただ一人だ。だとすれば、奴さんは今どこで俺らを監視してるんだろうな?」

 

 その言葉に、キリトも頷いた。

 

「そうだ。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう考える人種も少なからずいる」

 

「ましてや、それが自分の開発したゲームであるならなおさらだろうな。だが、このゲームはHP全損が死だ。ならば、何かしらの工夫をするはず」

 

「ああ。だから、不死属性をかけたうえで自分もプレイヤーとして潜り込んだ。―――そうだろう、茅場晶彦」

 

 最後の一言に、周囲がざわめいた。若干ではあるが、眉がピクリと動いたのが俺の目に映った。

 

「・・・参考までにどうしてそう思ったのか、聞かせてもらえるかな」

 

「最初におかしいと思ったのはデュエルの時だ。最後の一瞬、あんたあまりにも速過ぎたよ」

 

「俺のほうは大体一緒。でも、決定的となったのはあんたの目だ。思えば今までずっと、あんたの目はプレイヤーがプレイヤーを見る目じゃなかった。それこそ神様が見下すような目だったんでな」

 

 俺の言葉に、ヒースクリフはかなり露骨に驚きを浮かべた。・・・そんなに驚くほどのことか?これ。

 

「それだけでわかるものなのかい?」

 

「ああ分かるとも。この世界は精巧にできているんでな、そのくらいは再現できる。それに、俺がこの世界でこれまで、どれだけの人間の表情を見てきたと思ってる」

 

「分かるのかい?」

 

「ああ。少なくとも、ボス戦が終わった時のあんたの顔は、プレイヤーがプレイヤーに向ける目にしては情ってやつがあまりにも欠けていた。それだけで十分ってもんだ」

 

 俺の言葉に、ヒースクリフは呆れ友驚きともつかない表情を浮かべた。

 

「慧眼恐れ入るな・・・。

 いかにも私は茅場晶彦だ。さらに付け加えるなら、君たちを第100層にて待ち受けるはずだった最終ボスでもある」

 

 そのカミングアウトに、周囲が完全に動揺したのがはっきりと分かった。それもそうだろう。まさかこんなところに、自分たちを閉じ込めたその元凶がいようとは思うまい。その上、

 

「最高のプレイヤーが最悪のラスボスに、か。趣味がいいとは言えないぜ」

 

「なかなか洒落たシナリオだと思ったのだがね」

 

 キリトの言葉にそれだけ言うと、微かだがヒースクリフは苦笑を浮かべた。

 

「キリト君のデュエルの時は痛恨事だった。不死属性を解除し忘れていた私の抜かりというのもあったが、思わずシステムのオーバーアシストを使ってしまった。

 “魔王”に対する、いわば“勇者”ともいえる立ち位置のキリト君はもちろん、いかな逆境の中でも己を曲げないロータス君も不確定因子で、特異点ともいってもいいような存在ではあると思っていたが、想像以上だよ。予定では攻略が95層、せめて90層に到達するまでは明かさないつもりだったのだが・・・こうなってしまっては致し方ない」

 

「ここで全員殺して口封じ、とか?」

 

「合理的ならばいかなる犠牲も払う君らしい発言だね。だが、そんなことはしない。第一、ここで君たちを殺してしまっては攻略が進まないし、流石にこれだけ苦楽を共にすれば情も湧く。それに、そんなことをしてはあまりに理不尽だろう」

 

 淡々と語るその言葉に嘘はなさそうだ。だからこそ、俺も斬りかからずにそのままだった。だが、

 

「貴様、今まで、私たちの忠誠を、よくも―――!」

 

 我慢できないやつもいた。そいつは己の得物である斧槍を振りかぶり、振り下ろそうとした。だが、それは左手を少し操作したヒースクリフによって阻まれた。その体は、独特の黄緑色に包まれていた。

 

「麻痺か・・・?」

 

 俺が呟く間に、周りのボスレイドの面々がこぞって崩れ落ちていく。その誰もが麻痺を起こしていた。その例外は、俺とキリトのみ。

 

「最速の反応速度を持つキリト君はもちろん、最高の投擲能力を誇り、遠距離からの暗殺に優れるロータス君は、最終的に私の最後の壁であり不確定要素になるえると思っていた。キリト君が魔王に対する勇者なら、魔王に対する、いわばジョーカーがロータス君、といったところか。その予感は、幸か不幸か合っていたことになるがね」

 

「そうかい。で、あんたはどうするんだ?」

 

「私は一足先に、100層のボス部屋―――紅玉宮にて君たちを待つことにするよ。ここまで手塩にかけて育ててきた諸君を放り出すのは忍びないが・・・君たちならきっと私の下にたどり着けるだろう。その前に、キリト君とロータス君には報酬をやらねばな」

 

「報酬、だと?」

 

 キリトの言葉と同時に、俺の目が極端といってもいいほどに細くなる。なんとなくだが、うさん臭さを感じたのだ。

 

「私と勝負するチャンスを与えよう。無論、不死属性は解除する」

 

「てか、解除しなきゃだめだろ」

 

「そうだね、それもそうだ。勝てると分かっている勝負など退屈以外の何物でもない。そして、君たちのいずれかが勝利を収めた場合、このゲームのクリアとみなし、全プレイヤーを開放する。どうかね?」

 

 その言葉を聞いて、俺は戦いを求める本能を制御した。隣の少年の雰囲気を見て、というのもあるが。

 

「キリト」

 

 肩を一つ叩いて、静かに首を振る。それだけで十分なはずだ。

 

「キリト君だめだよ・・・!ここで、君を排除するつもりだよきっと・・・!」

 

 痺れに似た不快なフィードバックの中で、アスナが必死に訴えかける。正直俺も同意見だ。魔王に対する勇者がキリトで、ジョーカーが俺だとあいつは言った。なら、排除したいと思うのは当然とすらいっていい。だが、俺はその横で、この少年の意志が固いことを悟った。なら、俺は俺の信条に従う。ここではなく、先を見据えた選択肢だ。そのために、俺は一歩下がった。

 

「俺は降りる」

 

「ほう、ここでゲームクリアのチャンスだというのに?」

 

「そうかもしれないがな。長い目で見たとき、ゲームクリアを目的とするのならば、あんたと戦うのは合理的じゃないと判断したまでだ。その代り、でかい貸し1ってことにしておく」

 

 俺のその言葉に、ヒースクリフは面白そうに笑った。このでかい貸し、というのがどこで使えるかというのはあるが、切り札の一つとして手元に置けるのは事実だ。

 

「よかろう。で、キリト君はどうするのだね?」

 

 その言葉に、キリトはまるで未練を絶つようにアスナを見た。

 

「いいだろう。決着をつけてやる」

 

「キリト君・・・!」

 

「ごめんな、アスナ。ここで退くわけにはいかないんだ」

 

「死ぬつもりじゃ、ないんだよね・・・?」

 

「ああ。勝ってこの世界を終わらせる」

 

 その言葉には強い意志が込められていた。そのことははっきりと分かった。ゆっくりと腕に抱えていたアスナを下ろすと、キリトは静かに二本の剣を抜いた、

 

「キリト!」「キリトー!」

 

 クラインとエギルが大声を出す。だが、その程度でキリトは止まらない。

 

「エギル。今まで、中層クラスの剣士のサポート、サンキュな。知ってたぜ、お前が儲けのほとんど、そっちにつぎ込んでたってこと」

 

 その言葉に、エギルは驚いたように目を見開いた。大方知っているとは思っていなかったのだろう。ゆっくりとキリトはエギルに笑いかけ、キリトはクラインに目を向けた。

 

「クライン、・・・あの時、お前を置いていって悪かった」

 

 その言葉に込められた意味を、俺ははっきりと理解した。

 

「て、めえ・・・キリト!今謝ってんじゃねえよ!向こうで飯の一つでも奢って、それでようやくチャラにしてやる!」

 

「ああ。向こうで、な」

 

 なんだかんだで攻略組でも年長組の一人であり、粒ぞろいの実力主義な小ギルドの長であるクラインもそれを察したのだろう。俺が思っていたことをそのまま言ってくれた。

 

「ロータス。ここで全滅して終わるかもしれない、土壇場で駆けつけてくれてありがとう。お前のこと、ようやくわかった気がする。それにレインも、そんなこいつを支えてくれて、感謝してる」

 

「そうかよ。でもな、短い付き合いで勝手に分かったつもりになってんじゃねえ。人ってのは表層で語れないからな」

 

「だから面白いんだよ。付き合っていくうちに、いろんな面が見れるんだから。だからさ、これからも、みんなのいろんなとこを見てこ?」

 

 俺たちの言葉は、偶然か必然か同じといっていいものになっていた。

 

「死ぬんじゃねえぞ」

 

「ああ」

 

 俺の低い声に、キリトは頷いた。最後にキリトは、アスナに一つ微笑みかけて、ヒースクリフ(魔王)の前に立った。

 

「悪いが、一つ頼みがある」

 

「何かな?」

 

「簡単に負けるつもりはない。が、もし俺が死んだら。―――少しの間でいい。アスナが自殺できないよう、計らってほしい」

 

 その言葉に、ヒースクリフは少し片方の眉を動かした。それは驚きのようだが、微かに別の感情も交じっているように見えた。そして、軽く目を閉じながら言った。

 

「・・・よかろう。彼女は、圏外に出られないような設定にしておく」

 

「キリト君、そんなのだめだよ!そんなのってないよーーーッ!!」

 

 アスナの嗚咽交じりの絶叫が響く。が、キリトは振り返らなかった。ゆっくりと二本の剣が戦闘態勢に構えられる。その中で、ヒースクリフのHPバーがキリトとほぼ同値―――いや、実際同値なのだろう―――に変わる。そして、changed into mortal object(不死属性解除)の表示と共に、ヒースクリフは抜剣した。大きな盾を前に、剣を後ろにした、攻撃より守備を重視する、SAOではよく見られる構え。冷静で冷え切ったヒースクリフとは対照的に、キリトは冷えてはいるものの激情をたぎらせているのが後ろ姿でもはっきり分かった。

 

「殺す・・・!」

 

 一言、鋭く呟くと、キリトは低い姿勢で疾駆した。その剣に輝きはない。それもそうだろう。考えればすぐに分かることだ。この世界を一から作った張本人相手に、システムの補助を完全ともいっていいほどに受ける型―――ソードスキルを使おうものなら、攻撃はすべて読まれる。しかも、このあたりの練度になってくればコンボから締めでソードスキルは半ば定石だ。加えて、情報によればキリトは剣技連携(スキルコネクト)すらも使えるようになっているらしいが、それも所詮はソードスキル。つまり、キリトの勝利条件はただ単純に、その反応速度をフル活用し、しかもスタイルに合わない戦闘方法で無理矢理突破口を開き、ヒースクリフの絶対防御を括り抜けて剣を突き立てることなのだ。そしてヒースクリフはただ、相手が焦れてソードスキルを使ってくるまで防げるかどうかだ。加えて、ヒースクリフの盾は防御性能に優れたタワーシールドに近い大楯。その難易度の差は推して知るべしだ。

 お互い、先のデュエルで手のうちは明かし合っている。息つく暇も隙もないキリトの連撃は、正確無比なヒースクリフの盾さばきで尽く叩き落された。加えて、少しでもキリトが隙を見せようものなら容赦なく攻撃を仕掛けて来る。その瞳は、どこまでも冷静で冷徹だった。

 

(すげえな・・・)

 

 息つく間の無い連撃。しかも、それを一発クリーンヒットで即終了のHPで繰り広げる。それがどれほどの集中力を要するか。キリトはどうやらモチベーションを集中力に変換するタイプのようだから、ある程度熱くなってもある意味仕方ない。だが、ヒースクリフ―――茅場は対照的だ。静かに、集中力を高める。そのため、あいつの場合、極限まで集中すると逆に静かになる。その対比がはっきりすればするほど、お互いの集中力が増しているということになる。が、

 

(気づけよキリト、相手も決めどころがなくて困ってるはずだ・・・!)

 

 二刀流が最強の矛なら、神聖剣は最強の盾だ。なら、後は使い手次第。それにキリトが気付いているかいないか、そこが大きな分かれ目となる。が、俺は嫌な予感がしていた。というより、はっきりと予感していた。

 やがて、ヒースクリフの的確な反撃がキリトの頬を掠めた。それに、一瞬だがキリトの表情に焦りが見られた。

 

「いかん!」

 

 思わず声を上げるが遅かった。キリトの二本の剣がまばゆい輝きを放つ。それは、まぎれもなくソードスキルの輝き。その瞬間に、ヒースクリフが両頬を歪めた。それは、確信の笑み。それが何を意味するのかをすぐに理解したキリトは、しまったという顔をしていた。

 先も言った通り、製作者たる茅場、ひいてはヒースクリフにソードスキルの動きは通用しない。完全に読み切られる上に、あいつはその硬直を狙えばいいだけの話なのだから。

 完全にキリトの攻撃が防ぎきられ、その途中でキリトの左手の剣の先がぽっきりと折れた。最上位技の長い硬直に入ったキリトに、ヒースクリフはゆっくりと剣を掲げた。

 

「さらばだ、キリト君」

 

 だが奴は、一つ致命的なミスを犯していることに気付かなかった。俺は静かに身動きをとった。ヒースクリフにとって、この一太刀は外してはならない一太刀だ。だから、そこに集中する。そう、俺が何をしているのか、あいつの目には入っていない。それが、俺にはわかった。

 

「ぬかったな、ヒースクリフ」

 

 それだけ呟くと、俺は右手を静かに離した。直後、ヒースクリフの手から彼の剣が離れる。

 

「ぬうっ・・・!?」

 

 何が起こったのかわからないという顔で、ヒースクリフが手を押さえる。あいつが見た俺はいったいどういう顔をしていたのかはわからないが、第二射の準備をしている俺を見たというのははっきりと分かった。地面に落ちた自分の剣を構え、こちらを見据えた直後、

 

「「はあああぁぁぁぁっ!!!」」

 

 二つの少年少女の声と共に、その体に二本の剣が突き刺さった。その時、若干だがヒースクリフ―――茅場は笑ったように見えた。一泊遅れてヒースクリフの体がポリゴンになり、その場が静寂に包まれた。

 

―――ゲームはクリアされました―――

 

 無機質なシステムの声が、やけに大きくボス部屋に響いた。そして、俺たちの意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 次に俺が目を覚ますと、そこは夕焼け空だった。そういえば、ボスをクリアした時間を見ていなかったが、始まったのが昼過ぎで、あれだけの激闘があり、しかも今の季節が昼の短い冬であるということを考えるとこの空も納得だった。だが、まるで空に浮いているようだとはこれいかに。

 

 最後の瞬間、俺は、あいつが麻痺をかけ忘れていたことをいいことに、狙い定めたスナイピングをしたのだ。最後の一番いいところをかっさらっていくようでシャクだったが、まあもともと俺はこんな役回りだ。

 

 俺が疑問を浮かべる視線の先には黒白夫婦がいた。あそこに割ってはいる気はない。これが最後の光景だということは、俺にもおぼろげではあるが分かった。なら、最後の瞬間くらいお互いの想い人と二人きりにさせてやるのが人情というものだろう。

 

「君は最後まで、そのような考えを貫くのだな」

 

 やけに落ち着いた声が俺にかけられる。その口調は、声こそ違えどそのままだった。

 

「それが俺だからな。それに、最後くらい水入らずでいさせてやったほうがいいだろう。違うか?茅場晶彦」

 

 ゆっくり振り返って俺は言った。

 

「そう、だな。そういうものだな」

 

 その目がどこか遠くを見つめていることを俺はとっさに見抜いていた。

 

「あんた、恋人でもいるのか」

 

「―――ああ。明確な告白をしてもされていないし、どうしようもない人だが、―――私はあの人に心を許している」

 

 こいつにしては珍しく、かなり考えながらの回答だった。

 

「なら、傍にいてやれよ」

 

「それができるのならしている。だが、―――私にその資格はない」

 

 その言葉に、俺は微かに笑ってしまった。

 

「あんた、本当に荒野と崖のようなすさんだやつなんだな。少し驚いたよ。もう少し愛憎に狂って初恋相手とのその子供殺す、くらいのことはしてもおかしくないと思ったんだが。名前的に」

 

「私としてはそのようなマイナーなネタを君のような若者がいうことが驚きだがな」

 

 その言葉に俺は、微かに笑った。

 

「人は見かけによらないってことだよ。あんな細っぽっちの、幼さすら残る少年少女が勇者になっちまうようにな」

 

「―――そうだな。では、その勇者たちに声をかけることにするよ」

 

 それだけ言うと、茅場は俺の隣を通り抜け、キリトたちの下に向かった。

 

「おい、()()()()()()。俺がお前に貸しがあったこと、忘れてないよな?」

 

「ああ。忘れなどしないさ」

 

「ならその貸しをここで清算させてもらう。

―――MHCP02、あれをもらい受けたい」

 

 その言葉に、茅場は片眉を上げた。

 

「あれを、か。確かに、バグも大方消去されてきているようだ」

 

「ああ。いいか?」

 

「お安い御用だよ。アーガス本社サーバー内のデータはオールデリートするつもりだからな。ついでのついで、というやつだ。彼女のデータは、君のローカルメモリに保存されるようにしておこう」

 

「そうか。感謝する。

 ところで茅場、何人助かったんだ?」

 

「6508人、といったところだ」

 

「そうか」

 

 俺が助けられたのが何人なのか、助かるはずだったのに摘み取った命が何人なのか、そこまではわからない。だが、この場合は6500人が生きて帰ることができた、ということに感謝すべきなのだろう。

 

「それと、これで清算できたと思わなくてもいい。何か要求があれば言ってくれ。もっとも、叶えられるのなら、だが」

 

「覚えておこう」

 

 それだけ答えると、茅場は今度こそ黒と白の勇者たちの下へと向かった。その背中を見て、俺はゆっくりと空を見上げた。真っ赤な空は普通には綺麗と感じるのだろう。だが、俺には幾度となく見てきた傷跡のポリゴンの色を連想していた。時々見える黒っぽい赤い雲は、まるでそこから血が自分に滴ってくるのではないかと錯覚するほどだ。

 

「ロータス、君、なんだよね?」

 

 その声に、俺はゆっくりと目を閉じた。顔を一度下げ、もう一度ゆっくり上げながら目を開ける。そこに映ったのは、プラチナブロンドの長い髪に、可愛らしく端正な顔立ちの少女―――レインが、こちらに歩いてくるところだった。

 

「・・・こうしてゆっくり話すのはいつ以来だろうな、レイン」

 

「そうだね」

 

 それだけ言うと、レインは俺に倒れこむように抱き着いた。

 

「会いたかった・・・」

 

 それだけ、ぽつりと漏らした。

 

「そう、か」

 

 ここまで来て、ようやく俺はこの少女が自分に抱いていたであろう感情の正体に気付いた。いや、気付いていたことに気付いた、というべきか。

 

「心配、してくれてたんだな」

 

「当たり前だよ。あんなに、考えるまでもないほど重たいものを背負って、それで心配にならないほうがおかしいよ」

 

「そう、か・・・。サンキュな」

 

 そう言って、ぽんぽんと柔らかく背を叩いた。両肩を掴んで顔を見る。

 

「そんな優しい顔、初めて見た」

 

「そうか?」

 

「うん。でもそれで安心した」

 

 それだけ言うと、もう一度レインはゆっくりと俺の体に顔をうずめた。

 

「なあ、レイン。お前、名前はなんていうんだ?」

 

 その言葉の真意に、レインはすぐに気づいたのだろう。少しの間があってからゆっくり言った。

 

枳殻虹架(からたちにじか)。植物の枳殻に、虹が架かるって書いて、虹架」

 

「にじか、か。いい名前だな」

 

「ロータス君は?名前」

 

天川蓮(あまかわれん)、だ。天の川に、蓮」

 

 自分でも驚くほどあっさりと、その名前は出てきた。いつも自己紹介など、苦手の最右翼だというのに。

 

「れん、か・・・。それでロータスだったんだね」

 

「ああ。そう言うお前は、虹でレイン、か」

 

「うん」

 

 それだけ言うと、レインは真正面から俺の目を見た。

 

「またね」

 

「ああ。またな」

 

 それだけ言うと、甘えるようにレインはまた顔をうずめた。その背中に、俺はゆっくりと手を回した。

 

 ―――そして、世界は真っ白になった。

 

 

 

 

 

 次に目を開けたとき、見えたものはなかった。そこはただ真っ暗だった。

 

「いやー驚いたね。門番程度に使えるやつがつれれば儲けものと思っていたが、まさかこんな良い駒がとれるとは」

 

 どこからか、粘性すら感じる声が聞こえる。

 

「でもまあ、使える駒がとれたんだ。ちょうどいいし使わせてもらおうか」

 

 それだけ聞こえると、再び俺の意識は闇に沈んだ。

 

 

 

 

 再び少年が目を開けたとき、その部屋にいるのは下卑た表情を浮かべた金髪の美男子。だが、その表情がすべてを台無しにしていた。

 

「さて、と。私が誰かわかるか?」

 

「はい、妖精王オベイロン様」

 

「よろしい。ならば君は?」

 

「ホロウと申します。以後何なりとお申し付けください」

 

「よしよし」

 

 満足げに金髪の美男子―――オベイロンが嗤う。

 

「なら手始めに、アイフリードの狩場のサラマンダーを滅ぼしてこい。それだけの力は与えるし、技量も問題ないだろう」

 

「御意」

 

 それだけ言うと、青年はその場から掻き消えた。

 

 

 

 そんな会話をした直後、ネームドとの対戦に戦に備えていたサラマンダーの軍勢は、突然目の前に現れた、プレイヤーともNPCともつかぬ赤い外套の青年を見定めていた。

 

「あぁ?誰だあんた」

 

「私が誰など、関係はない」

 

 それだけ言うと、ゆっくりと剣を抜き放った。そこからは余裕以外に何も感じなかった。

 

「調子こいてんじゃねえぞ、クソ野郎」

 

 その様子に集団が次々に得物を抜いた。直後、その青年の姿が掻き消えた。訳の分からないといった様子の集団が、一人、また一人と消えていく。

 

「貴様・・・、何者だ!」

 

「言ったはずだ。私が何者かなど関係ないと」

 

 すぐに手首を返し、首を刎ねる。

 

「さて、次は誰だ」

 

 ゆっくりと振り返ると、そこには蜘蛛の子を散らすように逃げるサラマンダーの群れ。見逃してもいいが、俺が主から受けた命は「滅ぼすこと」。つまり、殲滅以外の選択肢はない。圧倒的ステータスで一気に踏み込むと、俺は次から次へとその刃を振るってリメインライトに変えていく。だが、俺にはリメインライトなどわからず、炎を斬っても変化がないことから、ようやくそれが、HPがなくなった証であると分かった。

 

「私の名はホロウ。王の影として裁きを下すもの。覚えておきなさい」

 

 それだけ言うと、ホロウは再び消えた。

 




 はい、というわけで。

 これにて、プロローグ込みで全44話にわたって続いてきたSAO編が終了でございます。前回書いていた長い奴が全56話を一年四か月くらいかかって、これがここまで一年とひと月くらいなので、まあ間違いなく俺の書きたいところまで書くと今まで最長になりますね。少なくともif編込みでGGOあたりまでは書くつもりなので。
 というか、一年以上たっていたことに結構自分でびっくりしてます。考えてみれば、車校通っていた時に書いていたのでそんなものですが。

 ヒースクリフ戦はこういう結末に。正直、ここはどうしようかかなり迷いましたが、こういう結末に。ま、最後にこういう風にかっさらっていくのがこの人なので、まあ仕方ないかな。

 ようやく、二人でゆっくりとさせてあげられました。察しがいい、大人のような、みたいな感じがコンセプトだったので、こういうところは目ざといんですよねぇ。
 はたして、これがどうなっていくのか。\ワカリマセェン!!/
 わからんのかい!ってツッコミが聞こえてきそうですが、本当にわからないんですよね。こうして書こう、っていう案はあるんですが、何せこの子たち自由に動くので。

 さて、幕切れが示す通り、ALO編はロータス君が敵サイドでお送りします。このシナリオ自体はかなり前から頭の中にありました。
 ALO編はレインたちからの目線でお送りします。姉が二人いる上に、小中高と音楽系の部活ということで、女性は結構見慣れているというか、思考回路がある程度読めるというか、というところはあるんですが、いまいちよくわかりません。はい。なので、違和感満載だと思います。その辺はご愛嬌ということで。

 今後ともよろしくお願いします。

 では、また次回。

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