ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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40.Yui

「誰か来るぞ。一人」

 

 キリトの言葉を聞いて、私はハイオプティマスを装備しながら立ち上がった。ほぼ同時に立ち上がったサーシャさんを手で押さえ、私が入り口に向かう。昨日の今日だ、報復くらいはありえる。だが、私が軍のプレイヤーごときに後れを取ることなどない。だが、私の心配は、扉を開けた瞬間に消えた。

 

「あら、エリーゼさん」

 

「ユリエールさんでしたか。連絡をくだされば迎えの一つくらいはいたしましたのに。まあとにかく中へ」

 

 凛とした美人であるユリエールは、グリームアイズの一件を機に、キバオウ派とシンカー派の懸け橋となろうとしているコーバッツから紹介された人物だ。シンカーの副官も務める才色兼備な姿は、軍のプレイヤーの羨望の対象の一つなのだとか。

 中に入ると、キリトとアスナは露骨に警戒の色を浮かべた。それもそうだろう、彼女はどうあがいても軍の人間だ。服も軍のそれである。

 

「心配しないで、この人はその手の人じゃないから。彼女はユリエールさん。見ての通りギルドALFの一員で、シンカーさんの副官である人よ」

 

「ALF?」

 

 その言葉を聞いて、私は少し意外な一面を見た気分になった。このくらいの言葉は知っていてもいいかと思ったのだが。

 

「Aincrad Liberation Force―――アインクラッド解放軍の略よ。あんまりこの呼称を好まない人もいてね、ユリエールさんもそうなのよ」

 

「はい・・・」

 

 そのくらいにして、ユリエールさんは席についた。そこで、私が話を切り出した。

 

「それで、話とは」

 

 その言葉で、ユリエールは顔を引き締めた。

 

「はい。今の軍の内情はご存知でしょうか」

 

「キバオウ派が失脚仕掛けていてるけど、リーダーであるシンカーさんが行方不明で、他に指導者もいないから完全失脚には至っていない。だよね?」

 

「・・・相変わらずお耳が早いことで・・・」

 

 私の言葉に、ユリエールさんは驚いたようだった。

 

「問題は、そのシンカーのことなんです」

 

「まさか、そのシンカーさんに何かあった・・・?でも一応ALFのリーダーなわけですし、確か碑に名前残ってましたよね」

 

 その言葉に、ユリエールさんの表情に影が差した。それを見て、エリーゼはまさかと思った。

 

「何があったのですか」

 

 短く問いかける。その声は、かなり抑えられていたにもかかわらずよく通った。

 

「知っての通り、キバオウは失脚しかけました。そこで、キバオウは強硬手段に乗り出しました。・・・シンカーは優しすぎたのです。丸腰で話し合おうというキバオウの言葉を鵜呑みにして・・・。転移結晶も持っていかなかったんです」

 

(・・・ポータルPK・・・。キバオウめ、そこまで堕ちたか)「・・・で、シンカーさんは今どうなっているんです?」

 

 ポータルPKとは、高難易度ダンジョンやMobの群れに置き去りにする、一種のMPKだ。少なくとも、一つの大ギルドの幹部たる人間がとる手法ではない。

 

「今、彼は高難易度ダンジョンの最奥にある安全圏内に取り残されている・・・と思います」

 

「その状態で、どのくらい・・・?」

 

「もう・・・三日ほどになりますか。私が助けに行こうにも、難易度が高すぎて助けに行けず・・・。そんな折、鬼のような強さで徴税部隊を撃退したという三人の噂を聞きまして。徴税部隊はあまりにもいきすぎなところがありましたし、本来私たちがやるべきことをやってくださったお礼と、依頼をするためにここへ参りました」

 

 そこまで話を聞いて、私は一つため息をついた。

 

「私は傭兵よ。依頼としてなら、基本的に対価をいただくことになるわ」

 

 その言葉に、ユリエールさんは困ったような顔をする。だが、そのくらいは想定内だ。

 

「でもさ、たまたま私がダンジョンに潜り込んで、たまたまそこにいた人を助ける分には全く問題ない、って決めてるわけ。OK?」

 

 その言葉に、ユリエールさんの表情が一転して明るくなった。

 

「で、では・・・!」

 

「あくまでたまたまよ。それに、あくまで傭兵なのは私だけ。そのほかの人間については、個別での相談次第、ってとこじゃない?」

 

「私は行きます」

 

 私の言葉に、レインは即答で言った。にやりと一つ笑って、横目でキリトとアスナを見る。だが、その顔ははっきり言って、

 

(信用してない、って顔してるわね・・・。ま、無理ないか)

 

 私からしたら、ユリエールさんがこんな嘘をつく理由もないだろうというのは簡単に推測がつく。彼女の人柄がそうさせているのだ。だが、ふたりからすればユリエールさんとは初対面といって差支えないはず。さすがに今さっき会った相手を信用しろというのは無理のある話だ。

 その不信を打ち払ったのは二人の間にいた少女だった。

 

「大丈夫だよ、パパ、ママ。この人、うそついてないよ」

 

 その言葉に、一時的とは言っても親代わりの二人が驚いた。

 

「分かるの?ユイちゃん」

 

「うん、なんとなくだけど、わかる!」

 

 その無邪気な笑顔にこそ、嘘は見られない。

 

「・・・行きます」

 

 小さいが確かな声でアスナが言った。その言葉に、キリトも頷く。夫婦そろって話し合いもなしに同意できるとは、本当に似た者同士な夫婦だった。

 

「ユイはここでお留守番な?」

 

「やだ!」

 

 キリトの言葉に、ユイちゃんは即答で拒否した。

 

「ユイちゃん、今から行く場所はとっても危ないから、お留守番していて?」

 

「やだやだ!ママたちと一緒に行く!」

 

「そうはいってもねぇ・・・。お留守番していたほうがいいでしょ?」

 

「やだ!!」

 

「おお・・・これが反抗期というやつか」

 

「キリト君も説得する!」

 

 キリトのどこか感慨深げな台詞に、すぐアスナが反論した。

 結局、ユイちゃんはまったく折れず、キリトたちと一緒に行くことになった。

 

 

 

 

「それで、そのダンジョンというのはどこにあるんです?」

 

 私たちが移動していると、アスナが切り出した。キリトが黙っているのは、こういったことはアスナのほうが向いているという認識の結果だろう。

 

「ここです」

 

「「は?」」「「え?」」

 

 ユリエールさんの下を指差しながらの答えに、私たちはそろって間の抜けた声を出してしまった。ここは最下層、下はない。つまり、

 

「街中の地下にダンジョンがある、ということですか?」

 

 私の答えに、ユリエールさんは頷いた。俄かには信じがたいが、それしか可能性がない。

 

「最初発見した時、キバオウは独占しようとしたそうなのですが、存外に難易度が高かったらしく、消費したアイテムの補充で赤字になってしまい、断念したそうです」

 

「・・・攻略の進行度合いに応じて解放されるタイプのダンジョンかな・・・」

 

「可能性はあります。開始当初は発見されていませんでしたから。我々なら難易度が高すぎますが、―――」

 

「この三人なら、最前線レベルがじゃんじゃん湧いてもある程度ならどうにかなりますね」

 

 レインの答えはもっともである。攻略組の中でもトップクラスの腕前を持つ閃光&黒の剣士に、レベルもさることながら実力も一級品の剣姫(ヴァルキリー)ことレイン。そして、三人には一歩劣るものの、準攻略組レベルの実力はあると自負する、実力があっての傭兵である私。よっぽど強いボスか、無限湧きレベルの雑魚が出てこない限りは大丈夫だろう。

 

「はい。頼りにさせてもらいます」

 

 それだけ言うと、私たち6人は始まりの街の隠しダンジョンに潜り込んだ。

 

 

 さて、ダンジョン攻略なわけだが。

 

「おりゃああああっ!!!」

 

 端的に言おう。もうあいつ(キリト)一人でいいんじゃないかな。だって、前線でひたすらバーサクしているし、本人めっちゃ楽しそうだし、私たち出る幕一切ないし。ユリエールさんとか引き気味の苦笑い。唯一ユイちゃんだけはめっちゃ楽しそうに顔輝かせているけど、それ以外は呆れの一言だ。

 

「すみません、完全にお任せしてしまって・・・」

 

「いいんですよ、本人好きでやってるんですから」

 

「というか、あれは一種の病気」

 

 さすがに少しは手伝おうと思っていたのだろう、ユリエールさんが申し訳なさそうに言う。だが、キリトはそんなのどこ吹く風と言わんばかりにバーサクを続けていた。そしてレイン、それは思っても口に出さないべき。

 

「ふーすっきりした」

 

 一通りポップしてきた敵を薙ぎ払ってキリトは言う。その顔がつやつやしているように見えるのは気のせいではないだろう。

 

「キリト、ちなみにさ、あのカエル何か落とすの?」

 

「ん?ああ、これを」

 

 私の問いかけに、キリトがアイテムストレージから取り出したのは、さっきのカエルの足のような形の肉。

 

「・・・なにそれ」

 

 アスナがかなり引き気味に問いかける。そういえばアスナはゲテモノとかお化けとか、所謂“気味の悪いもの”全般が嫌いという、女の子らしい一面もあったなぁなどと、完全に他人事のように思い出した。

 

「ああ、さっきのMobスカペンジトートの肉だよ。見た目はこんなのでも、結構いけるらしい。今度料理してくれよ」

 

「絶!対!嫌!」

 

 そう言うと、アスナはその肉を素早さパラメータを全開にして一瞬でひっつかむと、筋力パラメータ全開でスローアウェイ。この間一秒足らずにして、投げた肉は軽く50mは飛んで行った。何というステータスの無駄遣い。

 

「うわもったいない!それなら・・・!」

 

 というと、今度実体化したのは、―――そのスカペンジトートの肉山盛り。

 

「いやあああああぁぁぁ!!!!」

 

 絶叫しながらアスナはスカペンジトートの肉を次から次へと後ろに放っていく。ついでに私とレインもそれに協力する。この嫌がり方は結構全力の嫌悪だと同性の直感で理解した。その光景を見て、ユリエールさんはほほえまし気に笑った。

 

「あ、おねーさん、初めて笑った」

 

 ユイちゃんが無邪気にそれを指摘する。と、そこで私も初めてユリエールさんの顔を見た。正直に言って、この女性がここまで柔らかい表情を浮かべるのを見たのは初めてだった。

 

「いえ・・・。とても仲がいいのだな、と」

 

「ええ。・・・過去にいろいろありまして」

 

 意図してかせずしてかその懸け橋となった青年は、ここにはいない。というより、もう表舞台に出て来るつもりもないようだが、あの青年のおかげでこのような仲になったのもまた事実だった。

 

「そうですか・・・。うらやましいです。そういった仲は、もう軍の内部にはありませんから」

 

「無理のない話ではあると思いますけどね」

 

 私は直接その光景を見たわけではない。が、軍の内部に潜んでいたジョニーブラックの仕業で、当時攻略組のレイドリーダーが死亡し、軍も大幅な痛手を負ったというのは有名な話だ。だからこそ、軍は“常に隣人を疑う覚悟を持て”というような風潮が強い傾向にある。

 

「先に進みましょう。シンカーさんはこの先にいるのでしょう?」

 

「・・・ええ」

 

 それだけ言うと、私たちはさらに歩を進めた。

 

 

 

 しばらく進むと、Mobのポップがやけに少なくなった。いやな予感を覚えて、警戒のレベルをはね上げつつ進むと、キリトが一つ呟いた。

 

「少し先にプレイヤーが一人。・・・シンカーかもな」

 

 その言葉に、私たちの警戒は跳ね上がる。シンカーがいるということは、ダンジョンの最奥が近いということと同義だ。そして、―――

 

 やがて、私の索敵スキルにもプレイヤーの反応が引っかかった。目を凝らすと、かなり先に人が一人いる。それに気付いたのだろう、ユリエールさんが駆け出した。追随する形で私が駆け出す。

 

「シンカーーー!」

 

 やはりシンカーさんだったようだ。だが、当のシンカーの顔には焦り。

 

「ユリエール来ちゃだめだ!その通路には―――!」

(まずい・・・!)「ユリエールさんごめんなさい!」

 

 シンカーさんの言葉が終わる前に気付いた私は、ユリエールさんを全力で安全圏に向かって放り投げた。その勢いのまま一回転して抜剣する。シンカーがいたということは、やはりここが最奥なのだろう。そして―――

 

「は、はは・・・ちょっとこいつは・・・やばいかな・・・?」

 

 この手のダンジョンはお約束のように、最奥にボスが控えていることが多い。今目の前にいる、鎌を持った死神のように。

 頬から冷や汗が流れるのが分かる。識別スキルとか、実際に刃を交えなくとも分かる。こいつは、今まで出会った中でも規格外だ。

 

「アスナ、エリーゼ、ユイを連れて逃げろ」

 

「冗談。こんな強敵目の前にして逃げれるかっての」

 

 すぐ意図を察して、私は即断即決でその言葉を却下した。

 

「どうしてよ、キリト君」

 

「俺の識別スキルでもほとんど何もわからない。間違いなく80層、もしかしたらもっと上のボスだ。今の時点で勝てるとは思えない。―――逃げてくれ、アスナ」

 

「無理だよキリト君!君を―――」

「頼むから!」

 

 なおも言葉をつづけようとするアスナの言葉をぶった切って、キリトは続けた。

 

「逃げてくれ。俺もあとで行く」

 

 その言葉を聞いて、アスナは腹をくくったようだ。私たちがにらみ合いを続けている間に安全圏に脱していたユリエールとユイ、そしてシンカーに向かって一言、

 

「ユイちゃんを頼みます!」

 

 それだけ言うと、アスナもランベントライトの切っ先を向けた。その隣で、おそらく二人を送り届けた帰りであろうレインも得物を抜いている。それを見て、キリトは一言、

 

「死ぬなよ」

 

「互いにね」

 

「まったく。こんなところで死んでたまるもんですか」

 

 キリトの警告に、私とレインちゃんはそろって挑発的に答えた。まったくこの手の性分は死ななければ治らないらしい。

 死神が鎌を振り上げる。二人が揃って防御の体勢を取る―――が、二人はあっさりと弾き飛ばされた。直後に私が前に出た。それを見て、横薙ぎが来る。上に向かってパリィしにかかる。片手剣を両手で支えてようやく何とかパリィに成功したが、

 

(なにこれバッカじゃないの!?)

 

 想像をはるかに超える衝撃に驚愕を隠しきれないでいた。これは明らかに90層クラスだ。下手したら95より上かもしれない。どちらにせよ、こんなところで4人で相手取る相手ではない。

 

(でもま、)「ここまで来ておめおめと引き下がれるもんですか」

 

 改めて切っ先を前に向ける。まっとうに戦える相手ではない。なら話は簡単。まっとうに戦わなければいい。

 ゆっくり腰を落とす。さてこの均衡どう崩そうか、と考えている時、

 

「ユイちゃん!?」「ユイ!?」

 

 後ろからキリトとアスナの声が聞こえた。驚きつつ精神力で振り向かず、均衡を保つ。直後に繰り出された振り下ろしを、私はバックステップで回避した・・・直後に、

 

(しまった!)

 

 そこに黒髪の少女がいることに気付いた。死神の鎌は少女に向かう。斬り裂かれると思った瞬間に、その前に小さなシステムメッセージで“Immortal Object”と表示された。

 

(え・・・!?)

 

 その表示を見て、私は驚愕した。イモータルオブジェクト、つまり非破壊物質。プレイヤーには絶対に付与されない性質の一つだ。これがもしプレイヤーに装備されるようなことがあれば、間違いなくそのプレイヤーは不死身となる。そんなゲームの公平性を著しく欠くことはまずしないはずだ。なら、今目の前で起こっている事象はいったい何なのか。そんなことを考えていると、ユイちゃんはさらに虚空から燃え盛る大剣を取り出した。明らかに自分のSTR要求を超えているだろうそれを、ユイちゃんは軽々と振るって大上段から死神に振り下ろした。そのまま一刀両断にすると、死神はまるで最初からいなかったように掻き消えた。

 

「パパ、ママ・・・。全部、思い出したよ」

 

 そこには、今までの幼児のようなユイちゃんはいなかった。ただ、静かで理知的な女の子がいるだけだ。

 

 

 

 

 安全圏内には、他のそれとは一線を画すものが置いてあった。それは見た目には大きな石だ。そこにちょこんと腰掛ける形で、ユイちゃんは座っていた。シンカーとユリエールには一足先に離脱してもらって、軍のごたごたを収めてもらうように頼んだので、ここにいるのは5人だけだ。

 

「それで、思い出した、って、記憶をってこと?」

 

「はい。すべてお話します。キリトさん、アスナさん、レインさん、エリーゼさん」

 

 先ほどとは打って変わった冷静な言葉に、キリトたちの目に軽いショックが生まれたのを私は見た。

 

「この、ソードアートオンラインは、カーディナルという一つの巨大なシステムで運営されています。通貨、モンスターのポップなど、文字通りすべてをカーディナルが担っています。その中には、プレイヤーの精神状態の監視というものもありました。異常をきたした場合はその除去の努力も。そのためのプログラム、M(メンタル)H(ヘルス)C(カウンセリング)P(プログラム)01、コードネーム《Yui》。それが私です」

 

 淡々とユイちゃんは話した。その言葉に、私たちは大いに驚いた。

 

「プログラム・・・ってことは・・・」

 

「AIなの!?」

 

 こうして明かされなければ、私はユイちゃんをプレイヤーだと思い続けていたに違いない。どこから見ても、悲しみや喜びといった“感情”がユイちゃんには備わっていた。

 

「私たちには、プレイヤーと話して不自然でないように、感情模倣機能が搭載されています。―――偽物なんですよ、全部」

 

 いまだに驚愕が冷めきらなかった。よもや、こんなものまであったとは。

 

「なんであんな森の中にいたの?ユイちゃんの役割から考えれば、あの時あんな状態だったのは普通じゃないと思うのだけど」

 

 一つ軽く頷くと、ユイちゃんはゆっくりと語りだした。

 

「先ほども言ったように、私の役目はカウンセリングです。ですが、ゲームが始まってすぐに、おそらくはゲームマスターの手によって私たちはプレイヤーとの接触を禁止させられてしまいました。いつ解除されるかもわからないまま、私たちはずっとプレイヤーの監視を続けていました。その間、プレイヤーは負の感情をどんどん蓄積させていき、そこに行かなくてはならないという義務感と、いけないという閉塞感で板挟みとなった私たちは、エラーを蓄積させていきました。そんなときに、イレギュラーとも取れるプレイヤーを見つけました。悲愴でも絶望でもない、温かい感情。それを持った二人。そして、どんな状況であっても、自身の根幹となる感情パラメータをほとんど変動させない一人のプレイヤー。私は、その三人を重点的に監視し続けました」

 

 根幹となる感情パラメータ、おそらくそれは覚悟と同質の物だろう。それがほとんど変化しないというのは、ほぼ間違いなく()だろうと私は思った。

 

「その三人のプレイヤーを重点的に監視していると、私たちの一人が閉塞を打ち破ったんです。β時代に使われていて、本サービスで使われなかったアカウントを、半ば以上に乗っ取る形で無理矢理外に出たんです。それを見て、私はMHCPとしての姿を使って、ふたりのプレイヤーに近い場所のシステムコンソールから外に出ました」

 

「で、それがキリトたちの住んでいた森の近くだった、と」

 

 私の言葉に、ユイちゃんはこくりと頷いた。

 

「偶然ではないんです。何を隠そう、私がパラメータを重点的に監視していた二人とは、他ならぬキリトさんとアスナさんだったのですから。そして、そこからは、皆さんも知っての通りです」

 

 俄かには信じがたい。だが、気になるのは、

 

「ねえ。プレイヤーとの接触を禁止させられた、って言ったよね?ということは・・・」

 

 レインはあえてみなまで言わなかった。だが、その後に続くのがどのような言葉のなのかわからないほど、二人が馬鹿ではないと知っていた。

 

「あのままなら、問題なかったと思います。ですが、私は先ほどのボスモンスターを、システム権限の一部であるオブジェクトイレイザーを使って消去しました。それも、この石―――システムコントロールに触れたうえで、です。今、カーディナルが私を調べています。いずれ私は、プログラム側からエラー認定を受けて削除されるでしょう」

 

 その言葉が何を意味するのかなど言わなくとも分かる。プログラムの削除、つまりはこの世界から消えるということだ。

 

「嫌だよ!ユイちゃんがいないと私・・・!」

 

 アスナは、子供のように泣きじゃくった。だが、私は違った。

 

「昔のゲームの話だけどね、AIに自我が生まれるのは、AIのプログラム過程のバグによるものなんだって。もしそうだとしたら、エラーによるものだとしても、バグを生じて自分の意志があるのなら、プログラムじゃないよ。

 言ってごらん、ユイちゃん。君は何がしたい?」

 

 私の言葉に、ユイちゃんは一つうなだれて、ゆっくりと顔を上げて言った。

 

「私は、皆さんと一緒にいたいです・・・!」

 

 その顔は涙にぬれていたが、純粋な願いの込められた笑顔だった。

 

「私もだよ。大事な娘だもん・・・!」

 

「ああ。ユイは、俺たちの愛娘だ」

 

 そうして、三人は抱き合った。その光景を見ながら、私は一つの可能性に行きついた。

 

「ユイちゃん、これはシステムコンソールなんだよね?」

 

 私は、ユイちゃんが座る黒い石を指差しながら言った。ユイちゃんはそれに一つ頷いた。

 

「なら、可能性があるかもしれない。―――ちょっとごめんね」

 

 それだけ言うと、私は黒い石をペタペタと触りだした。ある一点でキーボードが表示された瞬間に、私は高速ブラインドタッチでコンソールの操作を始めた。その時に、後ろから声が聞こえた。

 

「どうやら、お別れのようです。・・・どうかお元気で、パパ、ママ」

 

 その言葉と共に、ユイちゃんは消えた。すぐにキリトが隣に来て一言、

 

「手伝う」

 

 とだけ言った。キリトが石に手をかざすと、もう一つキーボードが出てきた。不思議なほど息の合ったタイプが終わった時、私たちはそろって吹っ飛ばされた。

 

「大丈夫!?」

 

 その言葉に、私は手を上げて答えた。そして、キリトの手の中には雫型のペンダントがあった。

 

「これって・・・」

 

「ユイちゃんを消す時に、まず実体化を解除して、ってプロセスがあったのね。で、そこには少なからず運営側―――つまりGM(ゲームマスター)権限が入り込む。そこに、疑似GM権限とでも呼ぶべきもので無理矢理割り込みをかけて、削除される寸前のユイちゃんをシステムからパージ、簡易だけどオブジェクト化したの」

 

「・・・よくわからないけど、」

「つまり、これは・・・」

 

「ユイの、心とも呼べるものだ」

 

 ゆっくりとキリトが言うと、アスナはペンダントを抱えて泣き崩れた。

 

 

 

 私は、キリトたちを見送っていた。シンカーを救出できた時点でキリトたちの目的は達している。いったんホームに戻るという意見を、少なくともあの二人は認めてくれるだろう。まったく末永く爆散しやがれ。

 最初は同行を断った。誰があんなバカップル新婚夫婦の空間に入りたいと思うのか。邪魔しようとするやつはマジで死ねばいい、というかあまりにひどかったら私が殺す。だが、アスナに押し切られてしまって、半ば強制的に、表向きは護衛として同行している。レインは教会のほうに、一応お守りの手伝いも兼ねて置いてきていた。

 そんなこんなで、キリトたちのホームへ向かっていたアスナが、思い出したようにふといった。

 

「そういえばあの時、ユイちゃんをシステムからパージしたって言ったよね?ユイちゃんのデータってどこに保存されているの?」

 

「保存先は、キリトのナーヴギアのローカルメモリに設定したよ。最初はアスナとキリトどっちにしようか、ってなったんだけど、キリトが自発的に自分のほうを指定してたから、そのままにしちゃった」

 

「圧縮してもかなり容量がいっぱいになっちゃったし、もともとSAO内で活動すること前提のプログラムデータだ。そのまま現実世界で会えるのはかなり先になりそうだが・・・絶対会わせて見せる」

 

 そこには、確かな覚悟があった。それを見て、私は年下の成長に一種の感動を覚えていた。

 

 




 はい、というわけで。

 これにて、朝露の少女編、簡潔でございます。というか、まともに描いたサイドエピソードってこれが最初で最後な気が・・・。まあ仕方ないね。主人公のポジションがポジションだからね。
 自分はあまり原作改変したくない人なので、ユイちゃんに関しても処遇は同じということで。まあ、一人変わる子もいるわけですが、そのあたりはまた。

 次は本編です。なんとカウントしてみたら後2話でSAO編が終わります。びっくり。ンでもってダイジェスト極まりない。ifルートで反省ですね。
 この後はALOまでいったんやった後、SAOifルートをたどったうえでGGOに入る予定です。

 ではまた次回。

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