キリトたちが血盟騎士団を脱退してから、私はいつものように始まりの街の教会へと足を運んでいた。もともと、私はここに、狩りや傭兵業で得た収入の一部を寄付していた。サーシャさん―――教会の代表者のような人だが―――はいつも遠慮するのだが、私が好きでやっているのだからと毎回受け取ってもらっている。それに、私としてもここに来るのは楽しみの一つでもあった。
最近は、アスナも手伝ったりしてくれていたのだが、アスナは今血盟騎士団を脱退して新婚生活なので、流石に巻き込めない。というか私より年下で結婚生活とか何それけしか・・・うらやましい。あんまり変わってないって?やかましわ。
教会の扉を開けると、その音に気付いたのか、まずサーシャさんがこちらを見て一つ会釈した。それで気付いたのか、子供たちの目がこちらに向く。
「あ、エリー
トトトトといった感じに突撃してきた子たちを優しく受け止め、あやす。
「うん、元気そうで何より」
「そりゃそうだよ」
元気そうな子供たちを見て安心する一方で、私は周囲をざっと見ていた。まだこの建物の中まで影響はされていないようだ。とりあえずサーシャさんに挨拶を使用とした矢先に、ノックの音が聞こえた。子供に気付かれない範囲で集中力を高める。得物に関しては自衛の意味も込めて装備したままにしてあるため、問題はない。サーシャさんとアイコンタクトをして、サーシャさんが扉を開ける。そこから覗いた姿に、私は警戒を解いた。
「なんだ、レインちゃんか」
「ええ。それと、扉越しにもある程度察せられるほどに練られていたら、流石に気づくと思いますよ」
「あっちゃー、そんなにわかりやすかった?」
「ええ」
そんな会話をしていると、彼女の下には女の子が何人か寄ってきた。ここも全体のご多分に漏れず、比率としては男の子のほうが圧倒的に多いのだが、女の子もいる。だがなぜか、女の子の大半はレインのほうに行ってしまう。ちくしょう、お前らまで若いほうがいいって言うのか。
「レインお姉ちゃん!久しぶり!」
「うん!最近ちょっと来れなくてね」
「良いよ!元気そうだから許す!」
「何それ」
笑いながら会話する私たちに、サーシャさんが近付いてきた。
「お二人とも、いつもありがとうございます」
「いえいえ、私もこの子たちには元気をもらってますから」
「そう、ですか・・・。何せやんちゃな子たちばかりなので、迷惑をおかけしていなければと思いましたが・・・」
「むしろこのくらいの子たちは迷惑かけてなんぼなところはあるでしょう」
毒ともつかないレインの言葉に、二人はほぼ同時に噴き出した。
「言い得て妙ね」
「全くです」
そんな会話をしていると、もう一度ドアがノックされた。静かに集中して、サーシャさんがゆっくりとドアを開ける。そこには、
「キリト君!?」
「アスナ!?」
絶賛新婚生活満喫中なはずの二人がいた。
二人から子供―――ユイについての事情を聞くと、三人とも唸った。
「ごめんなさい、私、そのような子供はわからないです・・・」
「私も分からないわ」
「私も知らない・・・。ごめんね、力になれなくて」
「いいよ、それくらい。ここにいると限ったわけではないしな」
レインちゃんの言葉に、キリト君はあっさりとそれだけ言った。その時、バタンと音を立ててドアが開いた。
「サーシャさん、大変だ!」
私が入ってきた子をジロリと睨む。その目に気付いたのか、その子の目がこっちに向く。
「それどころじゃないんだよエリー姉!ギン兄たちが、軍の徴税に引っかかって!」
「ッ・・・!」「えっ!?」「何!?」
その言葉を聞いた瞬間に、私とレインちゃんとサーシャさんは立ち上がっていた。
「軍って、あの軍?」
「それに、徴税って・・・?」
「話はあと!場所は」
「35番路地!ブロックされて、俺だけ逃げれたんだ!」
こういうときやどこかで迷子になった時に備え、あらかじめそれぞれの路地に番号を付けていた。記憶が正しければ、35番路地は行き止まりだったはずだ。
「分かった。ごめんねアスナ、―――」
「私たちも行くわ」
私が言い切る前に、アスナは返答していた。
「なら俺たちもいく!」
「それはダメ」
追従するように声を上げた子供には、睨みと強い口調で止めた。この子たちまでついていくと、事態がこじれる可能性がある。
「このお姉さんたちは、私よりよっぽど強いから大丈夫。だけど、君たちまで来たら危ないから」
それだけ言うと、サーシャさんがキリトたちに向けて言った。
「それでは、申し訳ないですが走ります!」
「レインちゃんはここに!万が一のことがあったら、防衛を最優先!」
それだけ言い残すと、私たちは走り出した。
35番と名前を付けた路地に入ってすぐ見えたのは、深緑の装備の集団だった。言い争う声を聞くに、おそらく向こうには3人いる。狭い路地を集団でふさぐことで脱出を難しくする、“ブロック”と呼ばれる行為だ。それで子供たちは完全に退路を断たれてしまっている。
私たちが近づくと、一人がこちらに気付いて振り向いた。
「おっと、保母さんの登場だ」
「ギン、ケイン、ミナ!そこにいるの!?」
軍の誰かが呟いた、嘲るようなセリフを聞き流してサーシャさんは言った。
「サーシャ先生!」
「こいつら、僕たちがとってきたものを出せって!」
その言葉を聞いて、サーシャさんはほんの少し考えて言った。
「それだけなら渡してしまいなさい!」
「それだけじゃ足りないんだよなぁ」
軍のメンバーの誰かがその言葉を聞いて。こちらに高圧的に迫ってきた。
「あんたらは随分と税を滞納しているからなぁ。装備も含めて文字通り、全部寄越してくれてようやく、ってところなんだよなぁ」
この軍の連中の向こうには女の子もいる。装備を解除するということは、裸になるということと同義だ。明らかに下心があるというのが見え見えだった。
(下種が・・・)
それだけ思ってからは早かった。少しだけ下がって、何度か小さくジャンプする。サーシャさんだと少し厳しいところはあるが、私からしたらこのくらいは余裕だ。そのまま助走をつけると、強く地面を蹴って飛び越した。その後から、ユイちゃんを背負ったアスナと、キリトも飛んできた。
「もう大丈夫。装備を戻して」
努めて優しく言うと、子供たちは安心したのか、微かに目を潤ませながら装備を戻した。
「おいおいおい、何してんだぁ?」
軍の集団の中でも、幹部と思われる人物がこちらに歩いてきた。その手には、抜剣された両手剣と思われる剣。
「この町で俺たち軍に逆らうってことがどういうことかわかってんのかぁ・・・?」
どうやら威圧させて税とやらを取ろうという魂胆らしい。だが、こちらとしては怯える理由など一つもなかった。それは、装備を見た瞬間に分かる。使い込まれ、強化された装備や、明らかな業物にはそれ相応の輝きというものが宿るものなのだ。そして、目の前の相手の装備にはそれが一切ない。怯えるはずもなかった。
怯えない理由はもう一つある。アスナとは、何回か一緒に会ってお茶をしたりしているから、大体雰囲気で相手の心理状態を読めるのだ。そこから察するに、この副団長様はたいそうお怒りになっている。それがかえって冷静にさせていた。
「エリーゼ。キリト君」
「はいよ。引き受けた」
「やりすぎるなよ」
必要最低限のやり取りと、ユイを預けた後、アスナはいつの間にか実体化したランベントライトを引き抜く。しゃらんと抜剣音が清廉に響いた。
「おぉ?一戦交えるかぁ?何なら圏外行ってもいいんだぞ圏外にぃ、ああぁ?」
目の前の男は、その抜剣が処刑開始の合図であることに気付いていない様子だ。いつもの柔和な雰囲気から、得物を狙う狩人が如き目つきに変えたアスナは、手始めにソードスキルなしで突きを放った。私たちからしたら目で追うことくらい余裕だが、相手の男からしたらあまりにも一瞬すぎて何が起こったのかわからないほどだったに違いない。突きの位置は眉間に寸止め。お見事と拍手したくなるほどのコントロールだった。
「圏外に行く必要なんてないわ。それと、圏内での戦闘でHPが減ることはないから安心して。その代り―――」
続いてレイピアが輝き、繰り出されるのは彼女の代名詞となった“リニアー”。今度は寸止めではなく、きっちりと胸の中央に当てた。その衝撃フィードバックで相手が吹っ飛ぶ。当然だ、圏内でHPが減るなどということはありえない。それは、彼女らは誰よりも知っていた。
「圏内戦闘は、その体に恐怖の何たるかを刻み込む。骨の髄までわかるまで、いつまでもね」
アスナはもう剣を構えておらず、ぶらんと下げていた。だが、不思議なほどに隙がなかった。そこまで来てようやく、男は自分が圧倒的な格上に喧嘩を売ったということに気がついた。
「お、お前らぁ!見てないで手伝えぇ!」
そこでとった手段は、数による押しつぶし。だが、利口なやつなら、アスナが圧倒的な格上であることは明らか。だがそれでも、全員が形だけとは言っても抜剣した。どうやら、それほどまでに軍のメンバーにとって上官の命令は絶対のものらしい。
「あら、そっちがそのつもりならこっちも考えがあるけど?」
そう言って、私もハイオプティマスを抜剣する。これは一応片手剣に分類されるらしいのだが、リーチは片手剣にしてはかなり長く、その割には刀身が細いからか軽量、しかもリズが認めるほどの業物だ。それに、それを扱う私も、それなりには腕に覚えがある。さらには、攻略組でも最強クラスであるキリトが奥に控えている。キリトはユイちゃんを負ぶった状態だが、この程度の相手に後れを取るほど落ちぶれてなどいるはずがない。だが、それでも軍の奴らは打ちかかってきた。それに、私たちは応える形で打ち合った。
2分後。軍の連中は尽く伸びており、その前には私たち三人が余裕綽々といった様子で立っていた。
「まだやるってんなら相手になるけど、どうする?」
脅しではなく本気を多分に含んだ口調で言う。すると、残ったメンバーは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。そこで、私たちはゆっくりと剣をしまった。
「さっすがエリー姉!」
「ありがと。でもま、ほとんどアスナのおかげだけどね」
アスナの武器は刺突を主攻撃とするレイピアだから、一対多だとどうしても不利になりやすい。だが、それをものともしない戦闘は、圧巻としか言えないものがあった。その様、さながら狂戦士がごとく。その戦いっぷりを見て、子供たちは目をらんらんと輝かせていた。
「お姉ちゃん、めちゃ強!」
「そりゃそうよ。私よりよっぽど強いもん」
「エリー姉より!?」
私の言葉に、ギンが目を剥く。この子たちに狩りの手ほどきをしたのは私だ。この子たちにとって、私はおそらく目指すべき目標。その人物より強いということが信じられないのだろう。
「うん。こっちのお兄さんもあっちのお姉さんも、私が戦ったらたぶん3分クッキングされるからねー」
「さすがにそれはないと思うけど」
こちらに自身の得物をしまいながら歩いてくるアスナは、先ほど暴れてすっきりしたのか、いつもの柔和な雰囲気に戻っていた。
「どーだか。少なくとも、私より強いのは確定でしょ。それに、旦那の戦闘狂気質が少し移ってるみたいだし」
「そ、そんなこと、ないと、思う・・・」
「そこは言い切りなさいよ」
思わず苦笑する。こんな美人で年頃の女子が大量の怪物相手にヒャッハーしている様子など誰得としか言いようがない。その手の筋には受けるかもしれないが、大抵の人物はドン引きだろう。
「ま、とにかく教会に戻りましょ」
その言葉に、私たちは来た道を戻ろうとしたとき、ユイちゃんが何もない所じっと見つめた。
「どうしたの、ユイちゃん」
アスナが問いかける。だが、まるでユイちゃんはその声が聞こえていないようだ。
「みんなの、心が・・・!」
「どうしたユイ!?」
「しっかりして、どうしたの!?」
「ううぅぅぅ・・・うわああぁぁぁぁっ!!!」
慌ててとにかく状況を確認しようとする二人の声もまったく聞こえていないようだ。やがてユイちゃんは苦しそうにうめいて、それから大きな悲鳴を上げてから、気を失ってしまった。
「とにかく、一回教会に」
その言葉に、一行は逸る気持ちを押さえて教会へと向かった。
結局、その日のうちにユイちゃんの意識が戻ることはなく、全員はサーシャさんの好意も相まって協会に一泊することになった。曰く、「そういう場所を選んだことも相まって、部屋はかなり余っているんです」とのこと。そして、翌朝。
「ああ、それ俺のハンバーグ!」
「代わりに人参やっただろ!」
「それただ単にお前が食べたくないだけだろ!好き嫌いすんなよ!」
こんな感じでやいのやいのとおかずの取り合いをしている子供たちに、レインと私はどこか暖かそうな、残りの三人は困ったような笑みを浮かべていた。
「騒がしくてごめんなさい」
「いえいえ」
「最初は私も注意してたんだけどさ、一向に収まんなくて。もうほったらかした結果がこれ」
「むしろ、子供らしくていいと思う、って、私も言ってるんですけどねぇ・・・」
「ある程度の節度は必要だと思うけど?」
「まあ確かにそうかもしれないが・・・」
そんな会話をしながら、一同はお茶を飲んでいた。ちなみに、料理は子供のそれをサーシャが、大人分はアスナが、それぞれのサポートとしてレインとエリーゼが手伝ったため、かなりてきぱきと短時間で出来上がっていた。ちなみにキリトはその間、朝方に目が覚めたユイちゃんの相手をしていたそうだ。もう立派な親御さんである。
「で、昨日はユイのことで手いっぱいになっちゃってお流れになっちゃいましたけど、あの徴税って言うのはいったいどういうことなんですか?」
「俺からも聞きたいな。俺の知っている軍は、統一のとれた集団で、高圧的ではあるがあんなことをするほど腐ってはなかったはずだ」
アスナとキリトが連続で尋ねた。軍が攻略を離れたのは25層の時。今からすれば大昔に等しい。だが、私たちからしたらある程度このようなことにはなれていた。
「こんな状態になったのは、キバオウ派が台頭してきてから、かな」
「キバオウ、って、あのキバオウか?」
「そ。あのイガグリ頭の関西弁野郎。それまでは、シンカーってプレイヤーがトップを張ってたんだけど、途中からキバオウと双璧をなすようになってきてたの。そのくらいかな。その頃はまだましだったけど、特に最近はひどい。シンカーさんを支持する人が、軒並み軍を去るか、力を失ってしまったから」
「そうだったんですか?」
「それに関しては私も初耳です」
私の言葉に、サーシャさんも微かに驚いた顔をした。まあ、この辺の情報はもっぱら私が集めてきているから、大抵の情報は私からもたらされる。だから、レインもサーシャさんも驚かないけど、二人はその情報の詳しさに大いに驚いたようだ。
「どちらにせよ、キバオウ派が台頭するようになってから、軍は今までの治安維持だけでなく、一種の支配とも取れる真似を始めました
最初は、それで治安が良くなっていったところもあったのでよかったんです。何せここは広いし、必然的といってもいいほど人も多いですから。でも、やがてそれが行き過ぎになりだしたんです」
「狩場の独占くらいならまだいいほう。横取りとかは日常茶飯事。それによって抗議が出たら武力威圧。加えて徴税と称したカツアゲ。これだけならまだよかった。けど、そればっかりになって、攻略がないがしろになりだした。それで末端プレイヤーはおろか、軍内部でも不満が噴出してね。ならばと今度はレベルの高いプレイヤーをまとめて前線に放り込んだ。フロアボスを狩ってこい、なんていう馬鹿げた指令と共にね」
その言葉に、ふたりの表情が暗くなる。
「・・・コーバッツ・・・」
キリトが微かにつぶやく。その言葉に、私は一つ頷いた。
「あの人も随分と丸くなったよ。“あの少年少女と、姿は見えないが助太刀してくれた奴のおかげで命拾いできた。ただ突っ込むだけが能じゃないと、身を持って自覚できた”って。おかげで、軍内部の情報もつかめるようになったんだけど」
「情報ソースはそこだったんですか。道理で耳が早いわけです」
「ちょっと脱線したね。とにかく、それが失敗したおかげで、キバオウ派は失脚しかけたらしい」
「ちょっと待て、
「そ、し
一つ指を鳴らして私はさらに言葉を継ごうとして、キリトの目が入り口に向いた。
「誰か来るぞ。一人」
はい、というわけで。
今回は朝露の少女編ですね。ここまで2巻の内容をこれでもかというほどカットしてきたので、たまにはまじめに書こうかと思った次第です。あと、この後女の子目線で書いていくので、その訓練の一環でもあります。
女の子二人、ひと暴れするの巻。いやはや、この子たちは怒らせたらいけない。というか、このエピソードを書くにあたって、改めてSAO2巻を読み返していたわけなのですが、このころからアスナさん、バーサーカーの片鱗ありますよね。ってわけで、思いっきりやってみた結果がこれだよ(悟り。ちなみに、エリーゼちゃんもその片鱗は、ない、と思いたいなぁ。
コーバッツに関しては、まあこのくらい丸くしても罰は当たらないかなー、と。
まあそれはさておいて。
今後しばらく、更新は月曜日になりそうです。というのも、また例によって考えなしな筆者が月曜日に2コマ連続で空きにしたことで暇な時間が生まれたもので。更新速度は今のところ未定です。
ではまた次回。