ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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38.表の剣士、裏の弓兵

 それから少しして、俺は興味深い情報を掴んだ。何でも、キリトとヒースクリフがデュエルするとか。片やHPバーをイエロー以下に落としたことのない、鉄壁の聖騎士。片や、二本の剣で圧倒する、黒衣の剣士。どこか魔王と勇者のような構図に思えたのは俺だけか。とにかく、そういう場なら、犯罪プレイヤーの一人や二人釣れてもおかしくない。まあ純粋に戦いが見たいというのもあるが、俺はそんな考えから見に行くことにした。

 

 舞台となる第75層主街区のコロセオは凄まじい熱気に包まれていた。商人プレイヤーはこぞって出店を開いているし、トトカルチョ―――要するに博打だが―――もきっちりと商売になっているようだ。加えて、ここはもともとそういう目的のためだったのだろう、兵庫県にある某有名屋外野球場の中のようになっていたから、やりやすそうだった。もっとも、俺もあそこには一回しか行ったことがないからよく覚えていないが。俺としては、これだけ人がいるというのはかえってありがたかった。中途半端に多いと目が多いだけになるが、これだけ多いと目が分散する。木を隠すなら何とやらというやつだ。加えて、俺は変装をしている。そうそう簡単にばれることはないだろう。

 案の定、誰にも気付かれないよう、俺は観客席についた。鏡をうまく使って、周囲を見渡しても、見知った顔はなかった。中央には、今日の主役たる二人が上がった。二言三言交わしたのち、デュエルの開始申請を行う。

 カウントがつき、まず挨拶代わりにキリトがソードスキルを放つ。両方が光っているところを見るに、二刀流のソードスキルか。二発ともきっちり防御するあたりさすがだな。立ち位置を変え、キリトがヒースクリフの盾側に回り込みつつ攻撃を仕掛ける。

 

(盾は基本的に攻撃には使えない。だから、盾のほうに回れば少なくとも攻撃が飛んでくることはない。ま、定石だわな)

 

 俺もそう思ったからこそ、次のヒースクリフの行動は驚いた。何と、ヒースクリフは向かってくるキリトに向かって盾をつきだしたのだ。よく見ると、盾が微かな燐光を放っている。つまりは、神聖剣のソードスキルに盾を使った攻撃があり、それを使っただけということだろう。

 

(鉄壁の防御に加えて、攻撃も辛口か。無茶苦茶もいいとこだな)

 

 現時点での最強プレイヤーと名高いだけはある。キリトも確かにやり手なのだが、こいつ相手では分が悪い。戦いを見ている限り、普通に戦ったらキリトの勝ち目は薄い。が、可能性があるとすれば、あいつが剣を二本持っていることだろう。とことんえげつなく、そしてあいつが自身の限界ギリギリの力を使えばあるいは。だが、果たしてキリトがそこまで()()()()()()()()()

 

(あいつがとことん非情になり切れれば、勝機はある。果たしてできるかねぇ、あの鉄壁相手に、豆腐メンタルのキリトが)

 

 俺ならやり切れる自信がある。だが、それでも成功するかは五分。あいつなら、おそらく成功する。俺の記憶にあるあいつは、そういうやつだ。

 戦いも最終幕、キリトがソードスキルを発動させた。構えなどから見て、おそらく第74層フロアボスに向けて放ったあれと同一の物。

 

(となると、超連撃の大技か。・・・決めにかかったな)

 

 確かに、連撃のソードスキルは息が吐けないだけでなく、その速さも大きな武器の一つだ。加えて、キリトはSTR型だが、反応速度が異常といってもいいほど早い。限界を突破することができれば、あの鉄壁もひとたまりもないだろう。

 連撃がヒースクリフを襲う。キリト自身がブーストしていることも相まって、かなりの速度の連撃となって襲ったそれは、終盤になってついにその防御を突破した。即座に盾を引き戻そうとするヒースクリフだが、その寸前でキリトの剣が顔を掠め、動きをそちらの回避に割いてしまう。加えて、キリトは最後の一撃を残している。

 

(抜いた!)

 

 大抵の常識通り、初撃決着モードになっているはずだ。次の一撃が首から上に決まれば、間違いなくキリトの勝利。勝負あったと思った瞬間、妙なことが起こった。

 一瞬だが、ヒースクリフの盾が瞬間移動したかのごときスピードで戻ったのだ。その盾は、本来クリティカルが決まるはずだったキリトの剣を受けた。直後、隙だらけとなったキリトにヒースクリフが一発浴びせ、それでデュエルは幕を閉じた。

 

(今のは・・・?)

 

 様子を見るに、気がついた人間は一握りどころか、居るかどうかも分からないほどにのようだ。とにかく、俺からしたらもう用はない。今は、ここを一刻も早く立ち去るほうがいいだろう。そう思った俺は、人目につかないようにひっそりとその場を去った。

 

 

 

 

 それから少しして、クラディールの謹慎が解かれ、団員と一緒に訓練に出掛けるという情報を掴んだ。場所に関して詳しいことはわからなかったが、そのあたりはクラディールの間抜けがフレンド登録を解除していなかった時点で筒抜けだ。それに、訓練というからにはフィールドを使うのだろうが、大きな街から発つことは容易に想像ができる。ここまで条件が揃えば追跡は容易だった。

 その訓練の日、俺はクラディールを追ってフィールドにいた。昼日中だから難しいところはあるが、こんなこともあろうかと俺は多彩な色のポンチョを用意している。その一つをかぶって、隠蔽ボーナスを付けたうえで隠れていた。一般的に考えれば距離が離れすぎているのだが、アイテム作成スキルで双眼鏡をを持っている俺からしたら何ら問題の無い距離だ。だからこそ、俺は驚きの光景を目にした。

 

(キリト・・・!?)

 

 それは、血盟騎士団の制服に身を包んだキリトだった。

 少し前に、キリトとクラディールはいざこざを起こしている。しかも、かなり面倒そうな。確かに、同じ組織に所属することになったらある程度の関係修復は必要だろうが、それはもう少し時が解決してからのほうがいい。少なくとも今は時期尚早だ。

 

(いやな予感しかしない・・・)

 

 クラディールは、曲りなりとも俺たちから殺しの技能を習得した人間の一人だ。もし、今回の水分などを、()()()()調()()()()()()()()。最悪のケースも免れない。俺はあいつらの後をつけることにした。

 

 一行は順調に戦闘を重ね、休憩に入った。場所も、決して見通しがいいとは言えないが、悪いともいえない場所だ。ただ一つ難点を挙げるとすれば、峡谷のような地形なのに上からの襲撃をほとんど警戒していない点だ。ロッククライミングがある程度できたり、あとは普通に上に乗ることのできる地形だったりする場合、上からの襲撃は可能なのだから、こういう地形は常に上から襲撃される可能性を加味しておく必要がある。そういう点からすれば、俺に言わせれば落第点もいいところだ。

 渡された食料と水分を、まず隊長格と思われる存在と、もう一人が口に含む。キリトは一口だけ口にしたところで、水の入った水筒を投げた。だが、すでに遅かったようだ。麻痺のエフェクトが全員を襲い、隊長格が結晶を使おうとするも、それは唯一麻痺していなかったクラディールによって蹴飛ばされた。

 

(クソが・・・!)

 

 即座に手に持った弓に手をかける。つがえてあるのは麻痺を付与する矢だ。そのまますぐに狙いをつけて放つ。まず一人を手にかけようとしたクラディールにその矢は突き刺さった。何が起こったかわからないような表情で崩れ落ちるクラディールを、そのほかのパーティメンバーもわけが分からないといった表情で見ていた。第二射で確実に仕留めようとした矢先、俺の索敵スキルが超高速といってもいいほどの速度で接近するプレイヤーを捉えた。この速度だと、俺が放って殺すより先に、この目標が到達する。あらかじめオブジェクト化してあった、変装用の深緑で迷彩柄のフーデットポンチョを着ているから、こちらを見られてもばれる心配はまずない。ちなみに、先ほどはなった矢は耐久値ギリギリの設定であったため、当たって効果が発生した瞬間に消滅している。が、用心に越したことはない。俺はいったん射撃を中断して、様子を見ることにした。

 接近してきたのはアスナだった。俺からしたら十二分に予想の範囲内な相手だ。そもそも、あれほどまでの速度で移動できるプレイヤーが早々いてたまるかという話である。アスナはキリトのみの麻痺を真っ先に解除すると、その体を抱きしめた。だが、その後ろでゆっくりと立ち上がる一つの影。

 

(クソッタレが、麻痺耐性付けてやがったか!)

 

 各種デバフには、対抗するバフがある場合が多い。おそらくあいつは、カウンターで状態異常を食らう可能性も見越して、対麻痺を自身に付与していたのだ。アイテムの効果なのか、何らかのエクストラスキルなのか、そのあたりはどうでもいい。とにかく、今重要なのは、クラディールが立ち上がってアスナもろともキリトを殺そうとしていることだ。即座にもう一度狙いをつけるが、手を弦から離す必要はなかった。

 背後に迫ったクラディールの両手剣を、アスナが振り向きざまに打ち払ったのだ。細剣の数少ない打ち上げ系のソードスキル“ディライトロール”が決まり、クラディールは吹っ飛ばされた。が、器用にも空中で受け身を取り、もう一度相対する。

 

「あ、アスナ様、これは、その、訓練・・・そう!訓練の一環で―――」

「問答無用」

 

 クラディールの弁明は、アスナの低いながらもよく通る声でぶった切られた。冷徹な光を以って繰り出されるのは、片手剣系汎用ソードスキルが一つ“散紗雨(ちりさざめ)”。素早い6連撃の刺突を見舞うソードスキルだ。もともと攻撃速度では神速ともいっていい彼女が出すそれは、まるで同時にいくつもの刺突が襲ってくるような錯覚を覚えるほどだった。

 

「ひいいいぃぃぃっ、もうやめてくれぇ!もうあんたたちには会わない!KoBもやめる!だからせめて命だけはぁ!」

 

 蹲ってみっともなく命乞いをするクラディールに、アスナのとどめの一撃が鈍った。突き刺さんとしていた剣を寸止めして、そのままゆっくりと後ろに下がろうとする。が、俺からしたらそれは悪手だ。それをするには、最低限相手の武装を解除しなければならない。そうしなければ―――

 と、考えているそばから、クラディールが直前で立ち上がり、アスナの細剣を叩いた。クラディールの得物は重量のある両手剣で、アスナの得物はスピード重視で軽いレイピアだ。いくらレベル差があっても、それが不意打ちに近い形で叩かれればひとたまりもない。現にアスナのレイピアは、宙を舞って離れたところに落ちた。

 

「アアアア甘エエェェェンだよォォ、副団長サァァァアン!!」

 

 狂っているとしか表現できない表情で、クラディールは両手剣を上段に掲げ、振り下ろそうとした。が、流石にそこまでは問屋が卸さない。番えたまま構えていた俺の手が離れ、クラディールの剣を叩き落とした。

 

(ちいっ、外した!)

 

 舌打ちを一つして、俺は第二射をすぐに番える。狙うは眉間ただ一つ。心臓でもいいが、ヘッドショットは一撃と相場が決まっている。だがその前に、キリトが自身の左手でソードスキルを発動させた。躱すことなど到底できない距離で放たれた、体術系ソードスキル“エンブレイザー”は、ピンポイントでクラディールの心臓を貫き、HPを刈り取った。

 後は俺のあずかり知らないところだ。そう考えた俺は踵を返して、カルマのクエストの発生場所へと向かった。




 はい、というわけで。

 なんだかんだでヒースクリフさんのチートアシストをきっちり看破してしまう主人公。まあ所詮は公式チートだからね、見る人が見ればね。

 今回、本当に表舞台には立ってないです。アスナさんも、どこぞの誰かさんがトンでも投擲能力&隠蔽スキルで援護してくれたようだ、くらいには思っているかもしれませんが、誰がしたのかというのはわかっていないです。

 次の更新はわかりません。本当にこれはわかりません。というのもですね、今ALO編を書き溜めだしているのですが、あまりに筆が遅々としてなかなか進まず、授業は果たしてどうなるのか分からず、加えてバイトがあるというトリプルコンボ。加えてさらに新しいやつ書き出すっていうとどめ。馬鹿ですね。
 そんなわけでこっちも不定期になりつつありますが、最低限月一は更新します。それは約束します。

 ではまた次回。

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