ロータスが店を出た後、リズベット武具店の空気は妙なものになっていた。レインは行き場を失った言葉を何とか飲み込んだ。リズベットはそんなレインにかける言葉が見つからなかった。
そんなときに、店のベルが鳴る。そちらへ目をやると、そこにはエリーゼがいた。
「もしかしなくとも一足遅かった?」
「まあ、ね」
空気を察してそれだけで黙り込んだエリーゼは、レインの肩を一回だけ叩いた。
「ありがとね、リズちゃん」
「いえいえ、このくらいは。それより・・・」
そう言って、リズはレインに目をやる。そこには完全に肩を落としたレインがいた。
「ほんっとうにこの大好き娘を泣かせるとか、どういう了見してんだか」
「それ、一部ブーメランですよ」
「自覚あるから大丈夫」
それ果たして大丈夫なのだろうか。というか、
「自覚、あったんですね」
「随分前からね。リズちゃん、奥借りれる?」
「ええ。どうぞ。
店番お願い。一番奥にいるから、もし対応できなくなったり、私が呼ばれたりしたら呼んで」
「かしこまりました」
リズの言葉に反応したNPCが恭しく言葉を返したことを見て、リズは奥の扉を開けた。
奥はまさに工房で、武器作成のための炉や鉄を打つ台、あとは強化素材のストックなどがあった。そんなところを抜けると、良くも悪くも女の子らしいが小ざっぱりとしたインテリアのところに出た。
「どうぞ。狭いし特に何もないけど」
それだけ言うと、リズは奥のほうへと小走りで行って、帰ってきたときにはその手にティーセットを持っていた。気兼ねなくできる状況と分かったからか、レインは唇をかんでうつむいて、その目からは光るものが落ちていた。それを見て、エリーゼが優しく抱きしめ、ゆっくり優しく背中を叩いた。それがきっかけとなって、レインは静かに泣き出した。
泣いているレインをあやしながら、エリーゼは事の一部始終をリズから聞いた。それが終わったころに、レインもひとしきり泣き止んだ。
「ほんっとうに、馬鹿な人」
誰がとも言わなかったが、誰のことを指すのかなど明白だった。そこで、いったん言葉が消える。
「あの人は・・・」
そんなときに、ぽつりとレインが漏らした。
「本当に、一人で落ちて行くつもりなんだと思う。たとえその底で朽ち果てることになっても」
「・・・そうね。そうなる前に止めないと」
どうあっても止まらない。それをリズベットは改めて察した。
「あたしにできることがあれば手伝いますよ」
「ありがとうね、リズちゃん。でも、無理しなくていいよ」
「そんな、無理なんて・・・」
するつもりはないし、そもそもがこの二人に比べれば自分の力なんて微々たるものだ。無理などできるはずがない。
「でも、本当に今日はありがとうね」
「おかげでロータス君の今も見れたし万々歳」
「そういう顔してないけど」
「それはそれよ」
軽いリズの茶化しにもきっちりと反応してくるところを見るに、もうほぼほぼ復活したようだ。
「とにかく、今はやれることをやる!」
「ただ、無茶して得物折ったら今度こそぶっ叩くからね」
「なんか、リズが言うと迫力が・・・ナ、ナンデモナイデス」
途中で言葉を一旦切ってどこか片言で言いなおす。どうしてそんなことになったのかは、言わないほうが本人のためというものだろう。
「とにかく、今日はありがと。もう行くね」
「無理はしないように・・・って、もう行っちゃったか」
出されたお茶を飲んで飛び出すレインにリズが言葉をかけたが、彼女はすでに部屋の外にいた。
「まったくもう・・・」
言葉とは裏腹な、穏やかな表情で自分もお茶に口を付けた。そこに、エリーゼが年長者らしい笑みで言った。
「思い立ったらすぐ行動、って子だもの。それに、恋する乙女は強いのよ」
「あー、それは間近で見ました」
その強さを見ると同時に、彼女の場合は失恋もしたわけなのだから、よく覚えている。今でもたまに夫婦そろってこの店を訪れるが、あの間に割って入る勇気はない。
「あ、そっか。そういえばアスナちゃんのあのレイピアはリズベットちゃんの作品だっけ」
「そうなんですよ。あんな業物は何本に一本あるかわからないくらい」
「私も、この子は結構重宝させてもらってるしねー」
そう言って腰の得物を一つ叩く。そこには、リズの打った業物で、確率で相手に睡眠のデバフを与えるハイオプティマスが入っていた。パーティとして考えるのなら、いきなり眠られたら、その次の攻撃のタイミングなどが計り辛くなる。が、ソロの彼女にそんなことはあまり関係なく、その業物度合いも相まって、現時点でのエリーゼ最大戦力となっていた。
「まあ、あいつの持ってきた武器はプロパティ見た瞬間にびっくりしましたけど」
「え、どんな武器持ってきたの?」
そのまま二人はロータスの衝撃をまるでなかったことのように雑談に花を咲かせた。もっとも、話している内容が日常でよくある様な事ではなく、少々物騒な話になっているのはご愛嬌だろう。
その頃、ロータスは複数回の転移の後に、目的地へとたどり着いていた。
「まったく、こんなことがあるとはな」
正直言って予想外のエンカウントである。リアルで寿命が縮んだような心地だった。そのままの足で他の補給を終えてフィールドに出る。今いるこの林と森の間くらいの小さな森林地帯は、事前に得た情報をもとに来たものだ。今の俺は、ウィッグと眼鏡、それから服装で完全に変装しているうえに、装備しているのは妖刀オニビカリ。傍から見て、今の俺を見て誰かわかる人間はいないだろう。
カサリと小さな音を俺の耳が捉える。気づきながらも歩調も表情も変えずに歩いていく俺の後ろで、ダン!という大きな音がした。
(足音と踏み込みの音、後は気配からして)「そこか」
そのまま振り向きざまに居合を放ち、文字通り飛びかかってきた相手をはじき返す。相手が着地するかしないかくらいのタイミングで、俺は空いているほうを上に掲げた。
「今の、気付いてたのか・・・!?」
「ああ。ついでに言うと、あの茂みから出てきたあたりから気付いてたぜ」
後ろの茂みを親指で指しながら言う。
「それだけの実力者なら楽しめそうだ」
「それはどうかな」
その俺の一言に怪訝な顔をした襲撃者だったが、すぐに意味が分かることになった。俺が手を上げたのはしっかりと意味があってのことなのだ。襲撃者は突然襲った麻痺の感覚に、なす術なく崩れ落ちるしかなかった。
「俺はどんな装備でも、投剣の類を少なくとも20は仕込んであるようにしてるからね。その中には、麻痺属性のものもたくさんある」
「だが、今お前はまったく動いていなかったはず・・・」
「そうだね。だから、最初の会話の時点で仕込みを終わらせていたわけ」
俺の言葉がいまいちわからなかった襲撃者だったが、すぐに一つの可能性に思い至った。
「まさか、上に放り投げたとでも言うのか・・・!?」
「そゆこと。襲う相手を間違えたね、ナイファー」
ナイファーとは本来、FPSにおいてナイフしか使わない、ないしはナイフの技量が卓越したプレイヤーに与えられる、ある種の称号である。だが、このSAOにおいては使われない。短剣使いがすべてナイファーの圏内にあてはまってしまう可能性があるからだ。だが、俺の発言は間違っていない。何故なら、
「まさか、ロータスさん・・・?」
「そうだよ、ナイファー」
こいつのプレイヤーネームがナイファーだからだ。大方、ここに来る前はFPS厨だったのだろう。
「てか、この状況でいまだに
そういいつつ、得物を一振り。それだけで、相手の片足が消えた。
「甘ちゃんすぎて反吐が出る」
そこに至って、ようやく俺の目的が分かったのか、必死に体を動かそうとする。が、
「無駄だ。俺の麻痺ナイフは、すべて現状最高ランクに近いものしか使ってない。少なくとも、10分は動けんよ」
その言葉に、ナイファーは不可解そうな表情を浮かべた。
「どうして・・・?」
「どうしても何も、最初から俺の目的は変わっちゃいねえよ」
それだけ言うと、俺は頭と中心から少し左の胸を突き刺し、HPを全損させた。その場に落ちたスローイングタガーとピックを拾って装備ホルスターに戻すと、また再び歩き出した。
「この世界から
もうすでに消えつつあるポリゴンに向かって、俺はそう呟いた。
ラフィン・コフィンの壊滅。あれから俺は、こうしてラフコフの残党狩りに回っていた。情報を頼りにひたすらに殺して回る。それが、今の俺の生きる目的であり、行動原理だった。空振りすることも多かったが、それはそれ。とにかく、今の俺は
(さて、この辺での発生件数を見るに、もう一つあると考えてまず間違いないはずなんだが・・・)
このあたりには、ナイファーともう一つ、別件で物取り目当ての辻斬りが出没するという噂があった。だからこそ、滅多なことがない限りこのあたりを主戦場とする奴はここを通りたがらなくなったのだが、時たまそこそこ上の層のやつが素材集めの帰りにここを使ったり、下から来る奴がこの辺を通ったりしていたので、減らなかったのだ。今いる場所と街、それから狩場を結んだ時に、ここより少し狩場に近い所にそれがあったはずなのだが、
「・・・帰るか」
それだけ呟くと街へと足を向け―――ようとして、懐に手を忍ばせた。このあたりの地形を考えると、考えられる可能性。
(ちっ、遮蔽物が多すぎる!)
このフィールドの特性を軽く恨みながら、周辺を見渡して気を配る。すると、視界の端、右上くらいで何かが光った。
「そこか!」
言いつつ、往復ビンタの要領で手を往復させる。パパシャンという連続した二つの小さなポリゴン炸裂音に続いて、どさりと何かが落ちる大きな音がした。大きな音のしたほうへ歩いていくと、その相手を見下ろした。
「考えてみりゃ不自然だったんだ。なんで人斬りが出るところの近くに物取りが出るんだって。だってそもそも、人斬りが出るって分かってんのに近づく馬鹿はいない。物取りでも似たり寄ったりだ。ならなんで、それでもある程度うまくいってたか。答えは簡単だ。―――お前ら、グルだったな?」
俺の考えているシナリオは、まず片方が斥候となって張り込み、得物を見つける。見つけると、その後をつけ、もう片方がまず狩る。こちらは物取りだ。で、もう片方はその先で待ち構え、PKを行うという二段構えだ。これなら、ある程度ルートを変えられても対応ができる。そのためのタッグだったのだ。そして、もう一人の襲撃者の顔を見て、それを確信した。
「お前ら昔っから仲良かったしなぁ、クレイモア?」
その俺の言葉に、襲撃者がゆっくりとこちらを見上げ、その顔が驚愕に染まった。
「ロータス、さん」
「よ、久しぶり」
相手の驚きなどどこ吹く風と言わんばかりに、俺は声をかけた。あまりにも気安いその声は、相手にとっては絶望の対象らしく、驚愕に微かな恐怖が混じった。
「ま、ここで会ったっていう不運を呪いながら死んでくれや」
首を一閃。少し遅れて体全体がポリゴンとなった。ゆっくりと刀を納めて、俺はくるりと踵を返した。
俺の最後の言葉に嘘はない。これだけ殺すのだ。恨みの一つや二つ、増えたところで背負うものが少し増えた程度だ。こんな怨嗟の道に、あの少女たちを巻き込むわけにはいかない。それがどこまでも俺のエゴだとしてもだ。
とにかく、今日の仕事はとりあえず終わりだ。ここから向かうとしても間に合わないだろう。となれば、ゆっくりと今日は体を休めるべきだろう。と思ってから、鏡で自分の顔を映して、一つの事実に気付く。それは、今のプレイヤーカーソルがオレンジになっていることだ。大方、あの二人のどちらかがカーソルの色を戻していたのだろう。こんなことは俺にとっては覚悟していたことだ。カルマのクエスト分でタイムロスが発生するが、それは避けて通れない道だから諦める他ない。こんな時にも俺一人というのは気楽でいい。
こんなこともあろうかと、カルマのクエスト発生場所はすべての層で覚えている。その方向へ向かって歩き出した。
はい、というわけで。
6/18に更新するといったな、あれは嘘だ。
・・・という冗談はさておいて。いやー、なんでか知らないんですが、6/18(Fri)と思ってたんですよねー。なんでやねんっていう。
今回は完全オリジナルなお話ですね。今まであとがきで軽く触れた程度でしたが、本文で触れたのは初めてな、二人のロータス君への思い公開ですね。
PKerの名前に関しては完全に適当です。思いついた名前を適当に放り込みました。ちなみに、クレイモアというのはクレイモア地雷からとってます。
これから更新はたぶん金曜の19:30前後になると思います。日としては、第一金曜日と、10を過ぎて最初の金曜日を目指します。なので、次の更新は7/1、その次の更新は7/15です。
ではまた次回。