ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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33.新たな相棒と

 カルマクエストを攻略した直後、俺は情報をもとにリンダースの外れに来ていた。服装は黒いインナーに空色に近い色合いの明るいトップス、下は紺色を少しだけ明るくしたような色のロングズボン、そしてフレームが細めの眼鏡というスタイルだ。以前の俺では考えられないようなスタイルなので、パッと見では誰かというのはわからないだろう。実際、何人かそれっぽい服装のやつは見かけたが、誰にも声をかけられなかった。

 リンダースの外れまで足を延ばしたのは、ある人物に会うためだ。その人物は、川の近くに自分の店を構えているとのことだったので、わざわざこうしてきたというわけだ。もっとも、あいつのことだから、誰かわかった瞬間にグーパンか張り手の一発くらいは飛んでくるかもしれないが、そのあたりは覚悟の上だ。

 

(ここか)

 

 水車の回る、静かで落ち着きのある店構え。案外いいセンスをしていると思いながら、俺はゆっくりとドアを開けた。そこに店主がいないことを確認すると、俺は店番のNPCに声をかけた。

 

「店主と話がしたい。呼んできてもらえないか」

 

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 それだけ言うと、NPCは奥に引っ込んだ。どうやら、奥に工房があるらしい。その間に俺は眼鏡をとった。

 

「お待たせし・・・!」

 

 用意していた台詞を最後まで言う前に、俺が誰なのか気付いたその店主は驚きで息を呑んだ。

 

「よう。久しぶりだな、リズベス」

 

「・・・リズベットだって言ってんでしょ」

 

 俺のいつもの―――といってもしばらくしていなかったわけだが―――のからかいに答える声に力はなかった。当然だろう、俺のことはもうアインクラッド全土に広がっているだろうから。

 

「無事そうで何よりだわ」

 

「おかげさまでな」

 

「そ。で、今日は何の用よ?」

 

「こいつを打ち直してほしい」

 

 そう言って、俺は腰に装備していた得物をリズに差し出した。

 

「鬼斬破・・・?これ、もう戦力外レベルの武器よね?」

 

「ああ。でもお気に入りなんだ。強化素材はたんまり持ってきたつもりだし、足りないのならまた出直す。それに、信じる信じないは勝手だけど、お前の作った武器で人斬りは()()()()()していない」

 

 なんとなく気分的に、リズの刀で人を殺すということには抵抗があったのだ。だから、ただの逃避と思っていてもずっと、鬼斬破は俺のストレージで眠っていたのだ。強化されることはおろか、鞘から抜かれることとして一度もなく。

 

「・・・ついてきて。店番お願い」

 

 俺とNPCに一言掛けると、リズベットは奥のほうに歩いていった。店の奥はやはり工房になっていた。

 

「あんた、レインに声かけたの?」

 

「いや、かけてない。というか、かけれない、かな」

 

「あっそ。あんたがどう思おうと勝手だけど、あの子の想いも酌んであげなよ」

 

 それだけ言うと、リズは溶鉱炉に向かいあった。強化素材を無言で出した俺に、リズは同じように無言で受け取って中身を確認する。と、すぐに驚きの声を上げた。

 

「あんた、これだけの量どこで・・・!?」

 

「最高層でレベリングしてて、その副産物でな」

 

 これは事実だ。もっとも攻略組が迷宮区に行きやすい時間帯をハイディングで調べ、その間にフィールドで素材集めに勤しんだのだ。加えて、俺は刀を片手で扱える程度にはSTRを鍛えてあるから、ストレージ容量が危なくなるということはあまりない。結果的に、俺のアイテムストレージには相当量の強化素材がため込まれることになった。

 

「最高層って、そんなところにいたら危ないんじゃないの?だってラフコフのPKの範囲は―――」

 

「攻略中の階層を含めて上三層、その通り。だけど、あくまで禁止しているのはPKだ。レベリングも含めた、侵入が禁止されているわけじゃない。それに、ここまで俺は特に誰にも気付かれずに来た。つまりはそういうことだ」

 

 その俺の理屈に、リズは呆れたようにこめかみを押さえた。実際呆れているのだろう。

 

「分かったわ。でも、これは時間がかかるわよ。今はそう大したことない刀だけど、仮にも当時の中では最高傑作の一つだったんだから」

 

「構わない。どのくらいかかる?」

 

「一週間あれば十分よ」

 

「そうか。なら頼む」

 

「はいはい。お代はふんだくるからねー」

 

「ぼったくり宣言かよ。まあ、俺も大して金は使わないから余ってるしな。じゃあ、一週間後にまた来る」

 

「ええ、待ってるわ」

 

 それだけで立ち去ろうとした俺を、リズベットは呼び止めた。

 

「ああ、それと。一つ約束して」

 

「何をだ」

 

「絶対もう一回、レインに会ってあげること。いい?」

 

 そこには、俺より年下とは思えないほどはっきりとした気迫があった。

 

「・・・分かった」

 

 少しため込んで答えた俺に、リズベットは表情を崩して一つ頷いた。

 

「じゃ、期限には絶対間に合わせるから」

 

「ああ。信頼してる」

 

 それだけ言うと、今度こそ俺は工房を出た。

 

 

 

 

 それからというもの、俺はひたすらに情報をかき集めていた。目標は、ラフコフの残党メンバー及びオレンジギルドのメンバーだ。ここまで来たらもう引き返せない。

 

「待たせて悪いな、アルゴ」

 

「そんなに待ってないから気にすんナ。で、今回はどんな危ない橋をおねーさんに渡らせる気ダ?」

 

「危ない橋前提かよ。そんなに信頼されてねえのか、俺」

 

「お前さんの依頼はあんまり碌なものがないって、もっぱらの噂だからナ」

 

「誰情報だ・・・いや、答えなくていい」

 

 この一年間でもっとも接触した情報屋など一人しかいない。あいつが拡散したのだろう。

 

(あんにゃろう・・・)「今欲しいのはオレンジプレイヤーの情報だ。ラフコフ残党の居場所が分かれば御の字なんだが・・・」

 

「ラフコフ残党はさすがにまだ情報が入ってないナ。でも、オレンジプレイヤーの情報なら分かるゾ」

 

「マジか!?」

 

 思わず身を乗り出してしまった。一瞬アルゴが引いてしまったところを見てすぐに頭を冷やして元に戻る。

 

「悪い」

 

「いや気にすんなっテ。で、オレンジプレイヤーの情報だナ」

 

「ああ」

 

「いったん場所を移そう。こんなところで話してたら明らかに怪しまれるしナ」

 

 その言葉に頷いて、俺はアルゴについてそこから離脱した。

 

 

 連れてこられた宿屋の一角で、俺はアルゴから話を聞いていた。

 

「・・・とまあ、今あるオレンジの情報はこんなもんだナ」

 

「サンキュ、アルゴ。お代は?」

 

「そーだな、このくらいだし、9000で手を打とウ」

 

「サンキュ。お前は良心的な値段なのな」

 

「それはまるで良心的じゃない値段の情報屋がいるように思えるナ」

 

「その辺は想像にお任せするよ」

 

 それだけ言うと、俺は部屋から出ていこうとした。その背中に、アルゴが声をかける。

 

「なあ、レインちゃんに声はかけたのか」

 

 いつものふざけたような口調ではなく、真面目な口調。それだけで、アルゴがどんな顔をしているのか大体想像がついた。

 

「これ以上あいつを巻き込めねえよ」

 

「本人がどんな形でも協力を望んでいるとしても?」

 

「ああ。あいつまで俺と同じになる必要はない」

 

 それだけ言うと、今度こそ部屋から出ていった。

 

 

「どうあっても一人で抱え込む気なんだな・・・」

 

 ロータスが去った部屋で、アルゴはひとりごちた。できるだけ力になりたかった。悔しいが、彼女の実力では彼と肩を並べて戦うことはできない。ならば、せめて彼を追いかけているあの少女ならばと思った。が、あの目を見た瞬間に、そんな説得も意味をなさないということを悟った。あの少女をこれ以上巻き込みたくないというは、嘘偽りない本音なのだろう。そこにあの少女の想いは考えられていない。いや、あえて考えていないのかもしれない。

 

(とんでもないエゴイストだな)

 

 それすらも本人は承知の上なのだろう。分かっているからこそ、一人を貫く。それがどれだけ孤独で辛くとも、曲がることはきっとない。

 自分の今持てるオレンジギルドの情報をほとんどすべて売ってしまったのは間違いなくミスだった。あの男が次に狙う相手が分からないからだ。それでも、何もないよりはマシだ。

 

(私には無理だ)

 

 そう思いながら、アルゴはある人物にメールを送信した。その中身はロータスに渡したものに、“この中のいずれか、ないしはすべてをロータスが標的にした”と加えたもの。それだけで十分なはずだ。

 

(だから頼んだよ。―――レインちゃん)

 

 年端もいかない少女にこんなことを頼むのは少し酷かもしれない。が、彼女以上の適任などなかなかいないだろう。だから、アルゴはレインに託すことにした。

 

 

 

 

 刀を鍛えて貰っている間、俺はクエスト巡りを続けていた。俺のレベリングはちょっとした攻略組に比肩するという自覚も自負もあった。なにせ、最前線が70層手前まで行っている状況で、俺のレベルはもうすでに80を超えている。よくアジトを抜け出してレベリングをしていた甲斐があったというものだ。

 俺が今来ているのは、鬼のように強いNPCがいるという噂のフィールドだった。何でも、そのNPCがクエスト開始フラグを持っているため何人もそいつに挑んでいるらしいが、尽く返り討ちらしい。そんな噂を聞いて、

 

「戦いたくなるあたり、俺も物好きだよなー・・・」

 

 軽く独り言ちつつ、俺は歩を進める。今は、その強さから断念する人物が多く、挑む人間は一握りなのだとか。そう聞いて、俺はPKの時によく使っていた二振りを携えて、NPCに向かって歩いていた。

 

 

「ふん、性懲りもなしにまた俺に挑むか」

 

 そのNPCの前にたどり着いて、ある程度近くまでよると、NPCはそう言った。それと同時に、手に持つ刀を八相で構える。要するに、

 

(問答無用、っつーことか。狂ってんなー)

 

 加えて、その刀はどこか禍々しさすらも感じられる紅色。見た瞬間に分かる。あれは妖刀の類だ。

 

「さあ行くぞ、精々楽しませろ」

 

「楽しむ余裕が果たしてあるかねぇ・・・!」

 

 ゆっくりと刀のみを抜く。台詞とは裏腹に、俺の口元は完全に歪んでいた。久しぶりにただ純粋に戦うことのみに集中できそうな、骨のありそうな相手だ。存分に楽しませてもらうとしよう。

 俺たちの踏み込みはほぼ同時。両方とも獲物は刀だから、本来は両方とも強く打ち合わずにパリィに入るところなのだが、俺たちは両方とも真正面から全力で打ち合っていた。向こうの目的はわからないが、こちらの目的はひとつ。打ち合ったときの力で、おおよその相手の実力を測ること。実際に、こうして打ち合ってみてひとつの事実に気づく。

 

「あんた、相当強いな・・・!」

 

「そういうお前も強いのだろう。気迫でわかる」

 

「あっそ、そいつは光栄だね!」

 

 それだけつぶやくと、俺は相手の力の向きを変えて、立ち位置を入れ替えた。そのまま片手で刀を持った状態で構える。小太刀は暫く使うべきではないと最初から俺の第六感が囁いていた。実際に、打ち合ったときの力の強さからして、うかうかしていると武器落とし(ディスアーム)を狙われかねない。いざとなれば小太刀のみでの応戦も視野に入れておくべきだろう。

 

(くそったれ、マジで厄介・・・!)

 

 これならある意味ラフコフメンバーのほうが戦いやすかったくらいだ。しかも、どこか自我が奪われているようでいて技量は高いというのだからなおのこと。某アニメに出てきた戦闘機をも自分の得物にしてしまうあの人と正面から渡り合うとこんな感じなのだろうなとぼんやりと思った。

 

(とりあえずは打ち合って、突破口を見つける!)

 

 それだけ考えると、俺は再び踏み込んだ。右上からの袈裟と見せかけ、右足で蹴りを繰り出す。それを相手は飛び退って避け、こちらに踏み込もうとするもそれは俺が放った複数の投剣が許さない。すべて弾かれたのは計算外だったが、そのくらいで怯む俺ではない。低い姿勢で飛び出すと、今度は右下から逆袈裟を放つ。これは剣先で防がれ、器用に剣先がくるりと上を向いて今度は上から斬撃が襲い掛かる。得物を素早く引き戻して右に打ち払うことでそれを回避すると、今度は左手でフックを顔面に叩き込もうとする。が、これは空いたほうの手で受け止められた。そこまで来て、相手の得物に見当がついた。

 

「あんたのそれ、小太刀か?」

 

「ほう、よくわかったな。だがそれが分かったところでどうにもなるまい」

 

「それはどうかな」

 

 それだけ言うと、膝にため込んでいた荷重を爆発させ飛びあがりながら膝蹴りを放った。着地と同時に放った上段は完全に読まれていただろうが、それでも飛びあがったこともあって威力が強かったのだろう、受けた相手を無理矢理下がらせた。

 

「何を言おうと同じこと。所詮はこの刀の錆になる一人にすぎん」

 

「そいつは困る。俺にはやるべきことってやつが残ってるんでね」

 

「ほざけ」

 

 ゆっくりと構えなおす。相手は再び八相に、俺は右手を鞘の近くに、左手は小太刀の柄に置いた。

 突破口は見えた。正面切った勝負では互角かこちらのほうが若干下。ならば、正面切った勝負をしなければいいだけだ。

 

「さて、行くぜ」

 

 一気に踏み込む。俺の下段を相手は上段で迎え撃つが、それが間違いだった。

 

(かかった)

 

 相手の一太刀は、俺が放った小太刀の居合で防がれ、届くことはなかった。直後に、俺は刀の柄頭でしたたかに相手の手を打つ。その強打にたまらず相手が得物を取り落とした。そのまま手首を返して袈裟を放とうとした瞬間に、

 

「ひいいぃぃっ!」

 

 相手が頭を抱えて蹲った。俺も呆気にとられて刀を止めてしまう。が、すぐに気を取り直して、首筋に刃を突き付けた。

 

「いったいどういうことか、説明してもらおうか?言っておくが、妙な真似したら速攻で首を飛ばす」

 

 ただの事実を淡々と述べると、その相手はぽつぽつと話し出した。

 

「私はしがない刀匠なんだ。ずっと自分の納得のいく刀を打つことは全くできなかった。だがある時、ようやく誰の目にも業物と映る刀を打つことができた。だが、それの試し斬りをしたとたんに、私は人を斬りたくて仕方ないような状態になってしまった。何とかその時は手放すことができたのだが、何人もの剣士がその剣の餌食となり、錆となった。恐れを覚えた私は、刀を取り戻すことにした。かつて衝動を制御で来た私ならと思ったからだ。何とかその刀を取り戻すことに成功したのだが、」

 

「今度は自分が呑まれた、か」

 

 俺の一言にうなだれた目の前の刀匠の言葉に嘘は見られない。が、一つ気になったことがある。

 

「解せんな。話を聞く限り、あんたはただの刀匠だろ?そんなに大した技術を持ってるとも思えないし。ならなんで俺と太刀打ちできたんだ?手前味噌になるけど、俺もそこそこ以上の実力者を自負してんだけど」

 

「あの刀には魔法をかけてある。使用者と対峙者の技術を吸収して刀に取り込み、それを使用者に反映するというものだ」

 

「てことは何か、あの刀には今、今までの持ち主と、今まで戦った人物の技術が宿ってるってことか?」

 

「そういうことになる。それに応じて、刀が血を求める力も強くなっていったようだが・・・」

 

「それで、最初に持った時は大丈夫だったのに今回は呑まれた、ってわけか。ざまあないな」

 

「返す言葉もない」

 

 その返答を聞きながら、俺は地面に転がっている刀をとった。こっちまでフィードバックがあったらどうしようかと思ったが、そういうことはないようだ。

 

「君、大丈夫なのか・・・?」

 

「みたいだな。俺も理由はわからんが」

 

 大方、その刀に関する設定が設定にすぎなかったことと、HP全損=死亡のSAOでそんなフィードバックを実際に与えたら、持ち主を止める=持ち主を殺すことになりかねないからという理由だろうなー、と俺は冷静に考えていた。

 

「なら、その刀は君に譲ろう」

 

「良いのかよ?」

 

「ああ、構わないさ。むしろ、私の刀でこれ以上人を虐殺されるというのは、作成者としては複雑な心地だからね」

 

「そうか。銘はなんていうんだ?」

 

「オニビカリだ」

 

「そうか。じゃあ、貰うぜ」

 

「ああ。ありがとう」

 

 視界の端に、クエストクリアを告げるシステムメッセージが表示されていることを確認して、俺はその刀、“妖刀オニビカリ”をアイテムストレージにしまった。とりあえずいったん圏内に戻ってプロパティの確認と、リズに鞘を見繕ってもらう必要がある。あいつには連続の依頼となってしまうが、彼女に依頼するのが確実だと判断した結果だった。

 

 

 

 

 

「な、んじゃこりゃ・・・!?」

 

 圏内に戻ってプロパティを見た瞬間に俺は思わず叫んでいた。何とこのオニビカリ、攻撃力が680-720という化け物剣であったのだ。ちらりと聞いた限りだと、魔剣クラスであるキリトの愛剣“エリュシデータ”のスペックが攻撃力700ちょいくらいらしいので、この剣は相当な化け物ということになる。それに、重さのほうはそこまで重たくなく、軽量片手剣と重量短剣の中間くらいだ。

 

「バランスブレイカーもいいとこだろ・・・」

 

 異常なスペックに軽く引きつつ、剣をアイテムストレージに入れて、俺は宿屋を出た。ここまでスペックが高いのであればなおのこと鞘は急務だ。

 

 

 

 翌日、リンダースの外れに、前と同じような変装で訪れた時に、俺以外に客はいなかった。そのままNPCに店主を呼んできてほしいと頼むと、リズは奥から出てきた。

 

「何よ、期限はまだでしょ?」

 

「まあな。今日は別件を頼みに来た」

 

 そう言うと、俺はアイテムストレージから妖刀オニビカリを取り出した。

 

「こいつの鞘を作ってほしい」

 

 オニビカリを見た瞬間に、リズの顔が目に見えて変わった。

 

「なにこれ」

 

「妖刀」

 

「いやそんなこと見ればわかるわよ」

 

 思わず漏れたコメントに短く返すと、リズはあっさりと突っ込んで、オニビカリのステータスを見た。瞬間、リズの表情が驚きに染まった。

 

「何このステータス!?化け物じゃないの!?」

 

「俺も思った。で、頼めるか?」

 

「お安い御用よ」

 

「OK、サンキュ」

 

「あ、ちょっと待ってなさいよ」

 

 それだけ言うと、リズはもう一度工房に戻った。すぐに戻ってきた手には、鞘に入った一振りの刀。

 

「銘は“鬼怨斬首刀(きえんざんしゅとう)”。あんた、武器の名前に呪われてるんじゃないの?」

 

 少しだけ鞘から引き抜いて刃を見る。その色と刃紋、そして手から伝わってくる感触で、俺はこれが間違いなく名刀であることを理解した。

 

「外で試し振りしていいか」

 

「もっちろん。というか、作成者として、使用者とのマッチングも気になるしね」

 

 その言葉を受けて、俺はリズベット武具店の前の道で鬼怨斬首刀を抜いた。ゆっくりと構え、素振りとソードスキル一発を放つ。やがてゆっくりと剣をしまうと、店の前で胸を張っている少女に振り返った。

 

「どうだった?」

 

「さすがはリズ、いい出来だ」

 

 そう言うと、俺は刀をストレージにしまった。本当にいい剣で、これなら命を預けられると掛け値なしで言えるものだった。

 

「料金はどれくらいだ?」

 

「それに関してね。実を言うと、あんたのもって来たあの素材、使いきらなかったのよ」

 

「マジで?」

 

「まあ、こっちも仕入れってものがあるし、ストックがある奴もあったからね。で、その素材をあんたが自分で引き取るかどうかで、値段も変わるんだけど」

 

「俺は要らない。俺の手元にあっても無用の長物だし、ストレージ整理の意味もあったからな」

 

「あけすけすぎるわよ。なら、そうね、大体74200コルってとこかしら」

 

「OK、了解」

 

 それだけ言うと、俺は皮袋に指定された金額をぴったり入れると、リズに渡した。

 

「ほらよ」

 

「えっと、はい確かに。店内適当に物色してて、鞘くらいは速攻で作るから」

 

「サンキュ」

 

 それだけ言うと、リズは店に戻った。俺が店に戻ると誰もいなかったので、奥の工房に潜っているのだろう。そのままそこで待つことにした。

 

 

 工房の奥に戻ったリズは、ゆっくりとシステムウィンドウを操作していた。そこで操作するのは、鞘を作るための素材を出すためでなく、あるメッセージを送るため。

 

(こういうことはしたくなかったんだけど・・・)

 

 状況が状況だ、仕方あるまい。それに、彼は根無し草だ。この機を逃せば、またどこぞへと去って行ってしまうのだろう。そうなっては、もうこちらに追いすがるすべはない。精々言って世間話で足止めするのが関の山だ。だが、ここにいるのなら話は早い。

 送信がされたことを確認して、リズは鞘の作成にかかった。彼女らなら、おそらく鞘を作っている間に来るだろう。

 

 

 どこかいやな予感がした俺は、店の中で改めて変装をしていた。軽いウィッグと眼鏡、それから服装も黄色系のインナーと暗い緑色の外套にオレンジ色系のボトムスという変装は、普段の俺からしたらまったく違う印象に変えていた。

 そのいやな予感は的中した。ドアベルがなったかと思いちらりとそちらを見やると、独特な色の髪を長く伸ばした美少女がそこにいた。その少女を俺が忘れるわけはない。ことこういう状況になってしまうと、周りに客がいないという状況が最悪のものに変わってしまう。

 

(ちっ、間の悪い・・・!)

 

 弁明などしようがない。わからないことを祈るだけだ。もっとも、そう簡単に見破れる変装であるとも思っていないが。

 その時に、奥の扉が開いた。

 

「できたわよ、ロータス」

 

 あえて少し強調するようにしてリズベットが言った。その手には、鞘に収まった妖刀オニビカリがあった。が、

 

(余計なことしてくれやがってこのド馬鹿)

 

 今の一言と、彼女の目で確信した。大方、こいつの連絡を受けてこっちに来たのだろう。

 つかつかと歩いて鞘を受け取ると、短く聞いた。

 

「代金は?」

 

「あの子としゃべることでチャラ。どう?」

 

 つくづくおせっかいなやつである。俺からしたら“物凄く有難迷惑なおせっかい”だが。

 

「分かったよ」

 

 それでタダになるのであれば安いものだ。振り返ると、そこには暗い表情の少女がいた。

 

「なんて表情してんだよ」

 

「だって、辛そうなんだもん」

 

「俺がか?まさか」

 

「本当だよ!」

 

 俺の自嘲を悲痛とも取れる声がかき消す。

 

「辛くないのなら、どうしてそんな暗い顔をしてるの?」

 

「暗い顔なんかしてねえよ」

 

「いいやしてる。それに、いつまで一人で抱え込むつもりなの?」

 

 その言葉に、俺はひとつため息をついた。どいつもこいつも同じようなことしか言わないのか。

 

「これ以上巻き込めるか」

 

「つまらない意地だね」

 

「つまらなくて結構だ」

 

 それだけ言うと、俺は店を出た。その背中に何か言おうとしていたようだが、わからないふりをした。

 




 はい、というわけで。今回はちと長め。

 今回は得物一新回でしたね。妖刀オニビカリはTOV(PS3版)において主人公の最強武器、鬼怨斬首刀はモンハンシリーズにおける斬破刀系の強化である武器です。画像がぱっと出てこないのが難点ですけど、両方ともかなり強力な武器です。

 後半のレインちゃんとの再会の下りは、ちょっと強引だったかなーと思ってます。が、ま、リズもなんだかんだでお節介焼きそうという作者の勝手なイメージで、こんなことを指せてみました。どちらにせよどっかでこの二人はエンカウントさせる必要がありましたしね。

 あ、次の更新は6/18を予定しております。以降更新は金曜日になるかと思われます。ころころ変わって申し訳ない。

 ではまた次回。

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