俺は、アジトの最前線と言っていい位置で待ち構えていた。ジョニーやザザ、PoHは追撃部隊の指揮に回っていた。やがて、ぞろぞろと多くの足音が聞こえてきた。
「来たか」
それだけ呟くと、俺はゆっくりと立ち上がった。得物はもうすでに両腰に構えられており、いつでも抜刀できるようにしてある。そのままの体勢で、俺は来るべき来客を待った。
待つ必要などほとんどなかった。戦闘は、俺の想像していた通り、リンドとアスナだった。見たところ、ヒースクリフはいない。その事実に俺はひとまず安堵した。あのおっさんとはタイマンでもやりたくない。
「ロータスだけなのか?」
「まさか」
リンドの言葉に、ただ一言だけで答える。右手で音高く抜刀すると、その刀を高く掲げた。瞬間に、それなりの量のラフコフメンバーがわらわらと湧いて出てきた。
「馬鹿な、どこからこれだけ!?」
「忘れたか、ここは、
マッピングのされていないダンジョンの最大の特徴は、隠し通路の類が一切ないことだ。そして、ここは俺たちにとっては文字通り家だ。隠し通路など、少なくともこちらで調べた分は調べ尽くしたといってもいい。ラフコフメンバー以上に、ここを知り尽くしている人間などいない。
「野郎ども、血祭りにしてやれ!」
その声と共に、刀を真っ直ぐに突きつけた。瞬間、十人ほどが一気に飛び出す。それに合わせて、攻略組側が剣を抜いた。
俺は動かない。もとよりそういう作戦だからだ。それに気づいた人間が、少人数で飛び出した。おそらくこの集団の将たる俺を獲ろうという腹だろうが、そうはいかない。今までずっとフリーにしていたの片手で小太刀を音高く抜刀し、掲げる。瞬間に、集団の両側面と後方からの強襲が攻略組を襲った。
索敵スキルと単独戦闘能力が高い俺が小規模集団と共に待ち構え、機を見計らって残りの三幹部の指揮する待機部隊が強襲、勝負を決めるというのものだ。実際に、かなりこれはうまく行った。
「くそっ」
誰かが毒づく。それは完全な全面戦闘への移行を示す合図だった。同時に、俺も両手の刀を構えて集団に突入していった。
戦闘はすでに乱戦模様を呈していた。斬り込んでいる俺もそれは感じていた。といっても、悠長に思考などしていたら殺されることはもうすでにわかりきっていた。
「っと、危ね」
今も、こうして考えている間に二人がかわるがわる斬り込んできた。ふたつの剣戟を両方の手でそれぞれ捌いて、最後の本命と思われる剣筋をがっちりと受け止める。
「どうしてだ、ロータス!」
打ってきたリンドの、そのままでは何も伝わらない言葉。だが、俺にとってはそれだけで十分だった。
「言ったはずだ、故あってのことだと」
「それがたとえ、お前の手を血で汚すことになってもか!?」
「ああそうだ」
受け止める刀に力を籠める。そのままはじき返すと、俺は右から斬りかかってきた相手を一発パリィする。その反対側から丁度のタイミングで飛んできた突きは小太刀で逸らして蹴り飛ばす。前後から同時に来た攻撃はジャンプして躱し、空中で納刀して体術スキル“衝波魔神拳”を発動させる。拳を地面に叩き付けることで発生する衝撃波で攻撃する技だ。その衝撃で周囲がよろける。俺にも硬直が入るが、至近距離で衝撃波を食らった相手はそれより若干ではあるが硬直が長い。その隙を逃さず、俺は小太刀を抜き放ち片手剣系汎用ソードスキル“ラウンドフォース”を発動する。使い込んだそれは周囲を巻き上げ、囲んでいたプレイヤーをまとめて吹き飛ばした。時間差で両側から斬りかかってきた相手を二本の剣で受け止め、はじき返す。もっとも、はじき返せるとは思っていなかったから、少々これには驚いた。
「その程度で、俺を殺せると?」
俺のメッセージが全員に共有されている様子がないことは、ここまでの戦闘で分かりきっていた。だからこそ、俺も全力で攻撃する。
その時、視界の端で何かがポリゴンとなって散っていった。細かい状況はわからない。が、その近くにはキリトがいた。
(くそったれ・・・!)
見た目以上にナーバスで自罰的意識が強いあいつを、人斬りにするわけにはいかない。そうなれば、攻略ペースは大きく落ち込むことになる。何より、アスナのブレーキ役がいなくなるのだ。一時期といえど、行動を共にしていた俺だからわかる。あいつには、いや
過ぎたことを悔やんでも仕方がない。せめて、今だけでもこのことを考えないようしてやらなければ。柄にもない正義感と共に、俺は一気に踏み込んでキリトに斬りかかった。案の定、キリトは反応してこちらの攻撃を防御した。だが、その目にはいまだ迷いが若干あることを俺は一瞬で見抜いた。
「どうしたキリト、もう色は関係ない。躊躇う理由などないだろう」
「だけど・・・!」
「躊躇うな。じゃねえと、殺されるぞ」
それだけ言うと、俺は弾き飛ばしながら飛び退った。すぐに飛び込んでもう一度、右で袈裟に斬りかかる。キリトはそれを剣でパリィして回避する。だが、俺は二本剣を持っている。そのまま左手でもう一度薙ぐ。これには回避が先立ったようで、キリトが飛び退る。そこを俺が追撃した。
「今更躊躇うな。俺たちは殺人者だ。殺すんだから、殺される覚悟もある」
俺の構えは、構えとすら呼べない、ただぶら下げているだけのものだ。だがそれでも、どこに打ち込んでも確実に反撃されるような、えもいわれぬ隙のなさがあった。
「来ないのなら、こっちから行かせてもらう」
一気に踏み込む。神速とも取れるその踏み込みは、キリトにとって見れば十分に反応できる範囲内で、即座に放ったガードは十分に間に合った。打ち合って、すぐに俺は力の加え方を変えてキリトの体を横にはじいた。直後の間合いで斬りかかってきたラフコフメンバーの足を刈った。タイミングからして狙いはキリトだったのだろうが、もう遅い。倒れたラフコフメンバーの頭を何度か突き刺し、HPを全損させる。アスナのほうを見ると、彼女は躊躇いなくラフコフの相手を戦闘不能にさせている。こういうときは女のほうが強い。
「さて、と。もう演技の意味もないかな」
それだけ呟くと、俺は手始めに、アスナと対峙するジョニーブラックの背後に一瞬で回り込み、小太刀をしまったことでフリーになった左手でスローイングパラライタガーを抜いて一閃した。ジョニーが崩れ落ちたことに寄り硬直したアスナの背後に、別のラフコフメンバーが襲い掛かるが、それは俺の弧月閃で両断された。近くのラフコフメンバーが気付いて俺に向かって斬りかかるが、その程度、今更苦にする俺ではない。刀と小太刀で一気に切り刻みにかかる。まず一人目の胴を薙いで、二人目は足首を切り落とす。三人目は得物を持つ腕を切り落とした。だが、四人目は完全な死角からの襲撃で、反応することができなかった。
(しまった・・・!)
気づいたときにはすでに遅い。その瞬間、横から誰かが飛び出し、その四人目の腹に剣を突き刺した。相手が崩れ落ち、それに驚いて刺された相手を見ると、どうやら寝ているようだ。それを確認して、その相手はこちらを振り返った。その時に、俺はようやくその相手が誰なのかに気付いた。
「エリちゃん・・・」
思わずリアルネームで呼んでしまうほどに、その時は動揺していた。彼女は仮にも中層プレイヤー、こんなところに出張ってくるとは思ってもみなかった。それに、正直彼女はこんなことに関わってほしくなかった。なにより、その空洞のような瞳に、俺は動揺していることに気がついた。
(何を勝手なことを・・・)
そもそも、こんなことを俺がしなければ、彼女がこうしてここにいることはなかったのだ。だが、そんなことは今言っても仕方のないことだ。と、ここまで来て、あることに気がついた。
(そう言えば、PoHの野郎はどこに行きやがった・・・?)
追撃部隊の指揮に当たっていたはずのPoHの姿が見えない。てっきり俺はザザやジョニーたちが殴りこんできた段階で一緒にいるものだと思っていたのだが、落ち着いて周囲を見渡すと、あの黒ポンチョと中華包丁のようなタガーはない。そこまで考えて、俺はある可能性に思い至った。
(クソが、馬鹿か俺は・・・!)
それだけ思うと、俺はエリーゼを睨みながらスローイングタガーを彼女の背後に投げ、すぐにPoHが指揮していたはずの追撃部隊の位置へと向かった。俺の索敵スキルはそこに敵が潜んでいることを伝えていた。
追撃部隊がいた位置に、PoHはそのままいた。まるでそれは、何か見世物でも見ているかのようだった。いや、実際にこいつにとっては見世物なのだろう。
「趣味が悪いぜ、PoH」
「そっちもな。最初からどこかきな臭いとは思っていたが、まさかこんなことを企んでるとはな」
「ああ。お前たちに潜り込んでからここまで、この時を今か今かと待っていた・・・!」
お互いに、もうすでに得物は抜いてある。
「さあ行くぞ、PoH。てめえの罪を数えろ」
「そっくりそのままお前に返すぜ」
それだけで、俺たちは踏み込んだ。まず繰り出した俺の右下からの斜めの斬撃はきれいにパリィされ、そのままこちらに、向かって右下からカウンターの斬り上げが襲う。それを小太刀で防いで、勢いそのまま手首を返して左から薙ぎ払う。飛び退ろうとした瞬間を逃がさずに、俺は踏み込んで追撃にかかった。さらに飛び退ることで回避されたことにより、半身で俺は右手を正眼に、左手を体の後ろに構えた。
少し呼吸を整えて、もう一度踏み込む。俺の小太刀と刀の二刀流は、あいつの短剣より手数で勝る。俺にとって小太刀は防御するためのものにあらず、二本の剣で完全に攻め込んでいた。だが、その分相手は体術とスピードで勝る。それでも、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。こちらの猛攻は殆ど躱し、いなされている。もっとも、相手の攻撃の殆どが有効打になっていない。だが、
(ちいっ、このままじゃジリ貧だ・・・!)
それは、戦っている当事者である俺が一番よくわかって居た。このまま戦いを続ければ、間違いなくあいつのタガーは俺を斬り裂くだろう。だが、もう止めることはできない。こうなっては、もうなりふりなど構っていられない。
無言でもう一度踏み込む。俺は小太刀を右腰に、刀を上段に振りかぶり、PoHも短剣を振りかぶった。ギリギリまで引き付け、俺は刀を
「ぜやあぁっ!!」
裂帛の気合と共に、まず、小太刀の“浮舟”が襲い、無造作な薙ぎ払いの刀系ソードスキル“
「Damm it!」
PoHも攻撃が途切れたところを見計らった横薙ぎを繰り出してくるが、
(かかった!)
これは俺のトラップだ。もっとも、ある意味では賭けに近かったのだが、今回はきっちりとうまくいった。立てて構えた刀に、PoHの友切包丁が当たった瞬間に、俺の体が一瞬で横移動しながら右からの横薙ぎの斬撃を繰り出し、移動が終わると唐竹割りのような上段斬りを繰り出した。刀系反撃ソードスキル“
「ククク・・・。すげえなぁこいつは。まさかソードスキルを連続で発動させるとは、そんな発想すらなかったぜ」
こちらは
「もっと楽しみたいのはやまやまだが、これでThe endだ。苦しまないように、一撃で決めてやるよ」
PoHの友切包丁がゆっくりと上がる。構えで、何が来るか一発で分かった。短剣の最上位ソードスキルが一つ、“斬”。手数に重きを置く短剣にあるまじき、単発技。だが、その威力は凄まじい。加えて、あいつの武器は魔剣クラスの代物だ。あいつの宣言通り、俺の体は一撃で両断されるだろう。
(ここまで、か)
目的のために何もかも捨てて、最低限光の中で生きていてほしかった人物ですら闇に堕とした。そんなどうしようもなく愚かな俺は、こうして目的を果たせずに終わるのがふさわしい。そう思って、軽く目を閉じた。
「やああぁっ!!」
直後、その場に似合わない、高めの気合と共に、何か剣が振るわれる音がした。それを防いだと思われる甲高い音。ゆっくりと目を開けると、そこにはPoHと鍔迫り合いを繰り広げる姿があった。その後ろ姿を見た瞬間に、俺はもう一度ゆっくりと目を閉じた。
(ああ、本当に俺は、愚かだ)
いくら懺悔しようとも足りない。そんなことはよくわかっていたつもりだった。だが、自分の業はもっと深かったことにようやく気付いた。
「なかなかにいい踏み込みをしてくれるな、嬢ちゃん」
そのPoHの呟きには答えず、剣士は開いた左手でストレートを放った。それに対し、PoHは後ろに下がる。その頃にようやく俺の硬直が切れて、小太刀スキル“
「また会おうぜ、ロータス君よ」
その中でも俺は直感で動いた。こういう事態を想定して、ある程度目をつむって動けるくらいにはしてある。加えて、大体逃げるルートは推測がつく。
「逃がすか・・・っ!」
即座に追いかける。だが、そうしようとした直後に、俺の首筋に刃が当てられた。
「意味は、分かるわよね」
言われなくとも分かっている。俺は得物をしまうと、ゆっくりともろ手を挙げた。
「随分と早い到着だな、アスナ」
そのまま振り返らずに俺は言った。どこか悪役のような口調の俺とアスナの会話は、盗み聞きされたところでその真意まで測れる人間は少ないだろう。
「レインちゃんのおかげでね。真っ先にどっか行っちゃうんだもの、その後を追ってきてみれば、ってとこよ」
「攻略の鬼恐るべし、だな。で、俺をどうするつもりだ」
俺は一番尋ねたい部分を直球で問いかけた。
はい、というわけで。
少し久々の解説。今回は多いです。
衝波魔神拳
テイルズシリーズ、使用者:ジュード・マティス(TOX、TOX2)
拳を地面にたたきつけるだけという無造作な技。だが、周囲の衝撃波の範囲がそこそこ広いため、かなり優秀。原作だと威力もかなり高いので、術技引き継いで二週目開始の時はこれを使うと雑魚は面白いように倒れていくという便利技。その代わりTP消費も激しい。
こちらではTP消費ではなく硬直が長い。上に、使用にはSTR条件があり、使い手は限られる。
ラウンドフォース
モンハン片手剣系狩技
一回転して切りつけるだけというシンプルイズベストなもの。Ⅲまで鍛えると打ち上げ効果があるため、今回はそれをそのまま応用したもの。本家だと切りつけている間は無敵だが、こっちではそんなことはない。硬直は短め。
吹柳
テイルズシリーズ、使用者:ガイアス(TOX2)
左から右への無造作な薙ぎ払い。少し横に移動しながら薙ぎ払うだけという単純な技。
転身脚
テイルズシリーズ、使用者:ガイアス(TOX2)
こちらも無造作な蹴り。おなかくらいの高さに二連発で繰り出すだけ。元ネタの使用者は長身な身の丈ほどの刀を使うため、この技はリーチが短すぎるのだが、こっちではそんなことはないため使いやすいソードスキルの一種になっている。
断禍消穢
テイルズシリーズ、使用者:ガイアス(TOX2)
刀を水平に寝かせて構える鏡花に対し、こちらは柄を上に立てた刀に攻撃を受けることによって発動する反撃系ソードスキル。鏡花ほどの威力はないが、その代わりに連撃なことと移動すること、また鏡花より若干ながらも硬直が短いことから使い分けは十分に可能。誤発動が多いスキルではあるが、そこに目をつむれば使いやすいソードスキル。
斬
テイルズシリーズ、元技名:斬!(斬!!)、使用者:マリー・エージェント(TOD、TOD2)、ラピード(TOV)
マリーさんは強烈な四連撃を繰り出すもの。ラピ公は切り抜けてそのあと一閃というもの。両方とも秘奥義。
ここでは名前だけ借りているようなもので、腰だめで短剣を長いこと構えたうえで薙ぎ払いで両断するというもの。ソードスキルの発動準備段階(剣だけ光って動かない状態)が長い上に単発である代わりに、その威力は短剣はおろかちょっとした両手剣のスキルにも匹敵する凶悪極まりないもの。
舞斑雪
テイルズシリーズ、使用者:ルドガー・ウィル・クルスニク、ユリウス・ウィル・クルスニク、ヴィクトル(TOX2)
逆手に持った小太刀で素早い切り抜けを行う技。本文にもあるように、リーチと速さが優秀なことからかなり使いやすい術技の一つ。単発技にしては硬直が長いが、全体的に見れば十分に短い。
TOX2大好きすぎ問題。
前にも言いましたが、これで中章の幕引きとさせてもらいます。これとこの次回のどちらを境にしようか迷いましたが、この次で分岐があるのでここでいったん切ります。
ようやくロータス君がおおっぴろげに行動する回でした。これの前のお話でわざわざ血色の外套を着ていたのはただ単に目印です。性能がいいとかそういうわけではありません。ただ単純に攻略組にとって、血色の外套を着た刀を使う強敵=ロータスという、わかりやすい構図を狙った結果です。直接書くことをしなかったので、あえてここで少し解説させてもらいました。
最初は乱戦の中でPoHvsロータスを書こうかとも思っていたのですが、最新刊を読んで気が変わってこういう結末です。原作に沿った形にするのであれば、こっちが適切かな、と。ジョニーはこのまま投獄です。ザザに関しては、彼がいないとデスガン関連が発生しないので、原作通り捕縛して投獄です。
と、ここまでは今回のお話にまつわることでした。ここからはこれからにまつわることです。
ここまで、何とか週一ペースでの投稿ができる状況でしたが、少しリアルのほうが忙しくなったので、月一か月二くらいに変更します。できるだけ月の最初の月曜日あたりと、時間見つけて同じ月にもう一話投稿するとは思いますが、そのあたりはまだふわふわしてます。書き溜めにまた余裕ができてきたらまた週一に戻すつもりです。
こちらの都合でご迷惑をおかけします。
では、ここからはSAO、終章に入ります。果たしてロータス君はどうなるのか。
ではまた来月。