ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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30.決戦前夜

 俺が最後のメッセージを送ってから少しして、クラディールから不穏な一報が入ってきた。それは、幹部陣の間に瞬く間に広がり、その晩に会議が開かれた。

 

「少し厄介なことになった。ここは攻められる」

 

「マジすか!?」

 

 即座にジョニーが声を上げた。ザザも顔をしかめた。表情を変えなかったのは俺と、連絡を受けて発表したPoHくらいのものだ。

 

「驚かないんだな、ロータス」

 

「ああ。一応約束はしたけど、いずれこうなることは予見してたからな。ま、少し遅すぎた感はあるけど」

 

 俺の淡々としたコメントにはもうツッコミは入らない。俺がこんなコメントをするということはもう珍しくないからだ。その手の印象操作も含めて、俺の思った通りにことが進みだしていた。

 

「で、だ。今日こうして集まってもらったのは他でもない。その襲撃に際して、どうするかということだ」

 

「逃げた、ほうが、いい。やつらは、ここの地形を、知らないだろうからな」

 

「セオリーで行けば、な」

 

 俺の一言に、ザザがこちらを向いた。その顔にあるのは純粋な疑問。

 

「確かに向こうのステータスとこっちのステータス、どっちが高いかなんて考えるまでもない。だけどよザザ、お前も言った通り、向こうはこっちの地形を知らない。ならば、計略で返り討ちにできる手段などいくらでもあると思わないか?」

 

「でもよロータス、相手は数もそこそこ動員してくるぜ?」

 

「だろうな」

 

 俺のその言葉に、全員の目がこちらに向く。それを軽く手で制して、俺はさらに続けた。

 

「だがな、過去の歴史が証明しているように、計略を練れば数の有利なんざ簡単にひっくり返る。ましてや、相手は殺すことをためらう腑抜けどもばかりだ。そんなのに、よりによって俺たちが後れを取ると思うか?」

 

「その計略はどうするんだ?」

 

 PoHの至極まっとうな質問に、俺は片頬を上げた。

 

「こういうときのための、グリーンの内通者だろうが」

 

「なるほど。クラディールにresearchさせて、それをもとに作戦を練るか」

 

「そゆこと。最低限、いつ攻めて来るのかくらいはわかるだろう」

 

 その言葉に、残りの三人も獰猛に嗤った。

 

「それじゃ、行動開始と行くか」

 

「そうっすね。決戦前夜ってなんかテンション上がるぅ!」

 

「落ち着け。冷静に、ならないと、やれるものも、やれない」

 

 四者四色な反応で、その場はお流れとなった。俺としては、かなり理想に近い形で持って行けたことになる。

 

(あとは、俺次第、か)

 

 自身の得物に目を落としつつ、俺は内心でひとりごちた。

 

 

 

 

 あの喫茶店での話し合いから数日、攻略組の全員が集合していた。その中には、もちろんエリーゼとレインも入っていた。全体を見てほとんど全員が揃っていることを確認したアスナは、話を切り出した。

 

「今日皆に集合してもらったのは、ある事案についてです。

 先日、ラフィン・コフィン、通称ラフコフのアジトの正確な場所が分かりました。つきましては、ラフィン・コフィン討伐戦の企画をここで行います」

 

 その言葉に、全員がざわめいた。それを制するようにアスナがそのよく通る声で言った。

 

「ラフィン・コフィンの活動は、もはや無視できるものではありません。ですがこれには、おそらくボス戦に比べ、より大きな危険が伴います。降りるという人は今のうちにお願いします」

 

 その声に、何人かが席を立った。それにつられる形で、さらに何人かが席を立つ。それもそうだ。命がけの戦いになると分かっていて挑むようなもの好きなどそうはいない。それも、相手はボスのように決まった行動しかしないのではなく、常に学習し新たな動きをする可能性のある敵なのだ。危険度など比べるまでもないだろう。だがそんな悪条件下でも、大半のメンバーは残っていた。

 

「ありがとうございます。あなたたちに、私は最大の敬意を表します。では、こちらで得た情報を、あなたたちに開示します。ですが、その前に、改めるまでもありませんが一つ言わせていただきます。この情報をもし外部に漏らした場合、その漏らされた人物をも危険にさらされる可能性があります。無理に漏らさないようにお願いします」

 

 それだけ言うと、あらかじめ用意してあったミラージュスフィアを起動させた。

 

「ラフコフのアジトの位置はここ、10層にある隠しダンジョン、“忌呪(きじゅ)の洞”内にあります。このダンジョンは、NPCによるマップなども確認されていません。また、ダンジョンらしく回り道抜け道がたくさんあるという情報もあります。つまり、殲滅戦が開始したら、いつの間にか回り込まれていたということまで気を配る必要があるということです」

 

 その言葉に、さらにざわつく。さすがに何も情報なしで殴り込めなど無茶にもほどがある。

 

「ですが、彼らの主力であるPoH、ザザ、ジョニーブラック、そしてロータスの情報はこちらにあります。他のメンバーについても、一角が死亡しているという情報も上がっています。

 今から、彼らの情報を開示するとともに、対策を立てていこうと思います」

 

 それだけ言うと、アスナは記録結晶を取り出し、近くの壁に投影した。そこに映ったのは、ゲイザーから渡された、例の情報本に書かれている情報だった。アスナは、それを事前に撮影することで今回の説明としたのだ。

 

「これは、事前に内部から寄せられた情報です」

 

「嘘だろ!そんなのありえない!」

 

「いいえ、嘘ではありません。ゲイザーという名前をご存知の方も多いと思いますが、かの情報屋から、私が買ったものです。彼も、これは信頼できる情報だといっていました」

 

 その言葉に、全体がざわついた。それを睥睨することで黙らせ、話をつづけた。―――そもそも女性としてその方法はいかがなものかというところはあるが。

 

 

 

 

 それと同時刻ごろ、俺は自分の部屋となった一室で武器の手入れをしていた。その武器はいつもPKのときに使っている暗い刀身の刀ではなく鬼斬破だ。本来対人戦で使うつもりはなかったのだが、偶にはストレージから出して手入れをしてやる必要があった。まあシステム的にそんなの必要ない、と言ってしまえばそれまでなのだが、気分だ。それに、

 

(アスナは決戦だ。あのアスナが、ゆっくり手をこまねいているとは思えない。会議が開かれた時点で、速攻を仕掛けて来ると読むべきだろ)

 

 連絡はクラディールからもうすでに受け取っていた。怪しまれる心配の無いよう、メールで届いた連絡は瞬く間に広まった。俺のあの一言で、ラフコフは完全に迎撃ムードに入っている。もうすでにメンテナンスが終わった二本を腰に差し、俺はゆっくりと目を閉じた。こういうときの休息以上に必要なものなどない。その冷たい集中とも取れる状態に、誰も話しかけることはなかった。

 

 

 

 

 会議が終わってから、レインはリズベットの工房を訪ねていた。理由は武器のメンテナンス。今まではNPCの鍛冶屋で済ませていたが、こういうときは念を入れて腕のいい人間に頼むのが一番だと感じたのだ。

 

「それにしても、いい場所に立てたわねー、この工房」

 

「いち早く目を付けて、他の人に買われる前に買っちゃったそうです」

 

「なるほどなるほどー。さて、どんな女の子なのかなー?」

 

 横で少々テンション高めに歩くのはエリーゼだ。レインが顔なじみの鍛冶屋に行くと言ったら、ぜひ紹介してくれと言われ、半ばなし崩し的にこうなった。

 

「エリーゼさんって、女の人が大好きな人なんですか?」

 

「違うよー、私はバイだからねー」

 

 少々遠回りな質問にドがつくほどの直球で返され、一瞬顔を赤くした。

 

「お、なかなかに初心ですなー」

 

 面白そうに言うと、エリーゼは素早くレインの前に回り、下あごをくいと持ち上げて目を半ば強制的に合わせさせた。レインはその突拍子もない行動に、思わず固まってしまった。

 

「私、そういうの好みだったりするんだけど」

 

 追い打ちをかけるように、突然我に返ったような真面目口調。カスタムされたのか、微かに青みが入った藍色と黒の中間のような色合いの瞳は、まるで吸い込まれそうな色合いを帯びていた。暫くの間、そうして呆けていると、エリーゼが笑いだした。

 

「ほんっとうにからかい甲斐がある子。ちなみに今のは半分冗談ね」

 

 それだけ言うと、顎の手を放して再び横に並んだ。

 

「さて、んじゃま改めて、そのリズベットちゃんのところに案内して?」

 

「あ、はい」

 

 そうして歩き出した時に、ひとつあることに気付いた。

 

「ちょっと待ってください、()()冗談ってどういうことですか!?」

 

「ん?別段深い意味はないけど?」

 

 口の端を上げて笑うエリーゼからは何も読み取れない。それを悟って、レインは一つため息をついた。どうやら、この女性の真意を読み取るのは至難の業らしい。

 

 

 水車の回るリズベット武具店を訪れると、エリーゼは店内をくまなく見渡した。傭兵という職業柄、こういったところを訪れるということは枚挙に暇がないのだろう。一つ一つの商品を見ると、その見た目をしげしげと見ていた。

 

「リズベット武具店へよう・・・こそ・・・」

 

 いつも通り―――といってもほぼ初対面なので何とも言えないのだが―――の営業スマイルで出迎えようとしたリズベットは、来店者が誰なのかを察すると、そのスマイルがそのまま固まった。言葉も尻すぼみになっている。少々ぎこちなく手を上げるレインに、文字通りリズベットは飛びかかって抱き着いた。

 

「わ、ちょっと!」

 

 さすがに鬼のようなレベリングを繰り返してきただけあり、リズベット渾身の飛びかかり抱き着きでも倒れるようなことはなかったが、それでも肝をつぶしたレインは完全に反応に困っていた。

 

「生きてるわよね!?亡霊なんかじゃないわよね!?てかいままでどうしてたのよ!?心配したのよ!連絡の一つも寄越さないで、しかもこっちから連絡してもなしのつぶてだし!得物を欠損とかさせてないでしょうね!させてたらこの場でぶっ飛ばす!」

 

「だ、大丈夫だって、だからその、落ち着いてもらえると助かるかなー、みたいな・・・」

 

「黙らっしゃい!これが落ち着いていられるか!まったくもうまったくもう、本当に、あーもう・・・言葉が出てこないー・・・!とにかく本当に―――」

 

 マシンガンどころかガトリング並みの言葉の嵐に、思わずレインは怯んでしまった。しかも、その嵐が距離30cmそこそこの距離から放たれるのだ。怯むなという方が無理だ。だが、それだけ心配させたということだ。

 

「・・・ごめん」

 

 一言だけ謝ると、リズはゆっくりとため息をついた。

 

「・・・はあ、まったく。もういいわよ。で、今回は何?手入れ?」

 

「あ、うん。これお願い」

 

「はいはい。んじゃその辺で待ってて、すぐ終わらせるから」

 

 レインから得物を受け取ると、リズベットは奥の作業場に入って行った。その光景を横から見ていたエリーゼはただ一言、

 

「来てよかったね。いろんな意味で」

 

 とだけ、呟くように言った。

 

「はい」

 

 少し目を閉じて、レインも一言答えた。すると、リズベットが出てきた。

 

「わ、本当にすぐだね」

 

「そりゃまあね。ほら、耐久値回復。ついでに見た目もちょっと手入れしておいたから」

 

「ありがと」

 

 この辺の細やかさが、リズベット武具店に客足が途絶えない理由の一つなのだろうな、とエリーゼは考えていた。そんな時に、リズベットはようやくエリーゼに気付いた。

 

「で、そちらの人は?」

 

「あ、初めまして、エリーゼです。傭兵やってます」

 

「店主のリズベットです。噂はしばしば耳にしてます。何かいい品があればどうぞ言ってください」

 

「なら、これをもらおうかしら」

 

 そう言って指差したのは少し長めの、レイピアに近いような細身の剣。名前を“ハイオプティマス”というものだ。

 

「分かりました。お代は最初なのでサービスってことで、23000コルです」

 

「あら格安。これでいい?」

 

「えっと、はい丁度ですねー。どうぞ」

 

「ありがと」

 

 正直なところ、ハイオプティマスは傑作品といってもいい。だがいかんせん、蓄積ではなく確率で睡眠にさせるという少々トリッキーな性質からなかなか買い手が見つからなかったのが泣き所だった。それをあんな格安で売るというのは少々気後れするところがあったのだが、値を釣り上げて売れないのならばもっと意味がない。そう判断した結果だった。

 

「うん、やっぱりいい剣だわ。大切に使うね」

 

「そうしてあげてください」

 

 リズベットは、ふたりの雰囲気がどこか違うことを感じ取っていた。だが、それは長くレインと会っていなかったことによる違和感だろうと決めつけてしまった。―――本来はもう少し意味が違ったことに気付くのは、もっと後のこと。

 

「では、またお越しください!」

 

「うん、またね。その時はご飯でも奢るから」

 

「そんなの必要ないって言ってるでしょ」

 

 その言葉に答えることはなく、二人は店を出ていった。工房に戻りながら、リズベットはまるで今の言葉が一種のフラグのようだとぼんやりと思っていた。

 

 

 

 

 レインとエリーゼがリズベット武具店を訪れていたころ、アスナとキリトは誰もいなくなった会議室に二人きりになっていた。

 

「とうとうこの時が来たわね・・・」

 

「・・・ああ」

 

 何せ、この二人はこの剣に関して、最も深い位置から関わっていたのだ。ここまで来た、その事実だけでも()()()()というものだ。

 

「もろもろ片付いたら、あの馬鹿をぶっ飛ばさないとな」

 

「そうね。さすがに、今回のことはいろいろと看過できないわ」

 

 特に、ギルメンを丸ごと売春ギルドへと売り払った、“ハーブティーの悲劇”は、同じ女性としてアスナは強い憤りを感じていた。最初はロータスがほぼ一人でしたと知って、ある種の戸惑いも感じていたようだが、追加で行われてきた所業の数々から嘘でないと判断して、だんだんと強い怒りに変化していたということを、キリトは痛いほどわかっていた。

 

「なあ、アスナ」

 

「なあに、キリト君。改まって」

 

 ちょっとおどけ気味に答えるが、いまだに深く沈んだキリトの横顔を見て改めた。

 

「俺たちは、ロータスをどうすればいいのかな」

 

 その言葉に、すぐに答えることができなかった。ロータスとは、アインクラッド第一層のフロアボス戦からの付き合いだ。50層は経験しなかったが、25層のボス戦は彼なしには成り立たなかっただろう。そんな、ある種戦友とも呼べる相手に形だけとはいえど刃を向け、ことが収まったら。それでも、ロータスを斬るべきなのだろうか。だが、

 

「それは、キリト君が決めるべきことだと思うよ。私も、そうするつもりだし」

 

「アスナは、どうするんだ?」

 

 その問いにすぐ答えることはできなかった。アスナにとっても、彼の存在というのは案外大きかったのだということを、ここで初めて実感した。

 

「そうね、私は―――」

 

 その続きは、キリトだけに耳打ちした。その答えを聞いて、細かい理由を聞きだすことはしなかった。

 

「・・・毅いな、アスナは」

 

「そんなに強くないよ。まだまだ弱いわ」

 

 それだけ言うと、アスナはキリトの手に自分の手を触れさせた。その時になって初めて、目の前の想い人が抱く感情に気付いた。あまりにもいつも通り過ぎて気付かなかった、ある感情。

 

「分かるでしょ?」

 

「・・・ああ」

 

 手から伝わる、微かだが確実な震え。それを少しでもと思って、キリトはその手を両手で握った。

 

「大丈夫だ」

 

 本音を言ってしまえば、キリトだって怖い。ロータスは斬ることにためらいを覚えるなといった。だがそれは、どうもできそうにない。

 何とか震えさせずに言ったその一言に、アスナは安心したように頭を最愛の少年の肩に預けた。

 

「信じてる」

 

 ただ一言。ふたりの間にはそれだけで十分だった。

 

 

 

 

 

 それから数時間後。

 

 

 

「・・・いよいよね・・・」

 

「・・・ええ」

 

 少女と、それより少し年上の女性が、覚悟を新たにする。

 

 

「行きましょう」

 

「ああ・・・!」

 

 少年と少女が、戦場へと向かう。

 

 

「・・・行くか」

 

 懐かしい血色の外套を着た少年が一人、自身の得物を持って立ち上がり、所定の場所につくために動く。

 

 

 

 形は違えど、全員のその思いは一つ。

 

「決戦の時だ」

 




 はい、というわけで。

 今回は決戦前夜のお話でした。前半のシリアス大目に比べて後半のシリアス少な目がかなり対比になった・・・ようななってないような。

 エリーゼの女の子の扱いのうまさといいますか、その辺は部活がかなり影響しているという裏設定。もう本当にね、高校の吹部とかは女子同士でハグとかしょっちゅうでしたから。ソース俺。

 リズの反応は至極まっとうなものだったと思います。そりゃね、流石に彼女のような人間ならレインが死んだらそれ相応にショックだと思うんですよ。生きてることを知ったというのもそれはそれでショックでしょうから、こんな感じに。
 んでもって閃光&黒ずくめ夫婦。お前ら末永く爆発しろ。

 最後の下りはペア二つに対する主人公一人という対比の構図を作ったつもりなのですが、お分かりいただけたでしょうか。

 まあそんなこんなで、次回、SAO中章最終回です。
 リアルの都合から、次々回、つまりは終章から月一更新に変更します。大体目安として第一月曜日位を目標としていますが、その辺は少しまだふわふわしてます。とにかく、今まで通りとはいかないです。やはりどうあがいてもリアル>こっちなので・・・。申し訳ないです。

 では次回、SAO中章最終回「決戦」にてお会いしましょう。

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