ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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25.暗示

 それから少しして、俺はある情報を耳にした。何でも、銀のなんたらとか言うギルドのほとんどのギルメンがPKにあったらしい。それだけならまだいいのだが、もしそれが使える人材だったらリクルートする必要がある。そう思った俺は、PoHにもその旨を承諾させたうえで暫く単独行動に出た。

 フレンド登録を解除していないものの、それはこちら側だけであって相手が解除していないとは限らない。が、あいつなら。そう思って送ったメールはすぐに返ってきた。それを見ると、俺は指定された場所へと向かった。

 

 指定された場所へと向かうと、すでに相手はそこにいた。俺はまだ覆面を付けているのでもしものことがあってもごまかしがきく。そのくらいは相手も判断で来たのだろう。もともと、金になるのなら相手は選ばないタイプだ。

 

「よう。久しぶりだな、ゲイザー」

 

「ああ。・・・まさか本当にこんな形になってしまうとは・・・」

 

「なんだよ、俺が冗談か何かであんなことを口走ったとでも思ってるのか?」

 

「・・・そう、だな。君はそういう人間だ」

 

 そう言うと、ゲイザーは一つため息をついて近くの壁に寄りかかった。

 

「で、今回こうして、ということは、情報かい?」

 

「ああ。てか、お前に頼むことで情報以外って考えられるか?」

 

「違いない」

 

 笑いながら言うと、ゲイザーはメニューを開いた。

 

「どのような情報をご所望かな?」

 

「最近、中層であったっていうPKについてだ。銀のなんたらだかってギルドがかかわったってやつ」

 

「銀の・・・?ああ、シルバーフラグスのことだね」

 

「あー、そう言えばそんな名前だったな」

 

「でもどうして?」

 

「有用な人材ならリクルートして来い、だと」

 

「なるほどね」

 

 そう言うと、ゲイザーはそのメニューを見ながら情報を言いだした。

 

「PKを行ったのは、タイタンズハンドっていうギルドだ。リーダーはロザリアという女ランサー」

 

 タイタンズハンドという名前になら聞き覚えがあった。俺が攻略組であったころから活動していた犯罪(オレンジ)ギルドの一つだったはずだ。だが、

 

「タイタンズハンドって・・・確か、下層から中層のこそ泥ギルドじゃなかったっけ?」

 

「稼ぎが少なくなってきたからなのかな、最近PKも行うようになったらしい。グリーンであるロザリアがターゲットの目星をつけて、“狩り頃”になったら追い込んで殺す、という手法を取っている」

 

「うっわー、古典的。までもいいや、次の狙いの情報は?」

 

「・・・すまない、そこまでは。ただ、迷いの森あたりを主にうろついている姿が目撃されている」

 

「いや、十分だ。しっかし、迷いの森か・・・」

 

 迷いの森は、森の中がある一定の範囲―――体感で十数メートル四方くらい―――で区切られていて、その区画から出るときに飛ぶ場所がランダムになるというマップだ。通常なら地図を持っていれば問題ない。俺もソロでやっていたから、地図はまだ持っている。出て来るモンスターは今となっては下層のモンスターばかりだから問題はないはずだ。・・・ってちょっと待て、

 

「ゲイザー、差支えなければなんでそんな正確な情報を持ってるか聞かせてもらっていいか?誰か買いに来たとか?」

 

「いや、実はな。そのシルバーフラグスのPKは完全じゃなかった。リーダーだけ残って、そのリーダーが最前線で毎日タイタンズハンドを牢獄に送ってくれと頼んでいるそうなのだよ」

 

「牢獄送り、って・・・どうやって?」

 

「全財産をはたいて回廊結晶を購入したらしい」

 

「なーるほどなぁ」

 

 回廊結晶は、集団で使える転移結晶のようなものだ。とても便利な代物ではあるのだが、レア度も恐ろしく高く、それに応じて値段もかなり高い。全財産をはたいたというのも嘘ではないだろう。

 とにかく、情報を持っていたのは、買われる可能性が高く、しかもそこそこ大口の客が見込める情報だから持ってたってだけか。しっかし、仕事はちゃんとしておかないと、こういう面倒なことになる。殺すのなら正確に、一人残らず最低限で、だな。・・・腕次第、か。

 

「とにかくサンキュ。いくら?」

 

「50000」

 

「・・・値上げしてね?」

 

「ある種の口止め料込だと思えば安いほうだろう」

 

 どちらにせよ、こちらはあまり金を使わなくなったので余っている。問題はないのだが、手痛い出費であることに変わりはない。

 

「ほいよ」

 

 きっかり50000コルを実体化して渡す。

 

「また頼むな」

 

「ああ」

 

 その短いやり取りを終えると、俺は歩き出した。ここからではいくつか迷宮区を駆け上がることになるが、まあ仕方がない。元よりそのあたりは覚悟の上だ。

 

 

 

フィールドを一気に駆け抜け、迷宮区をいくつか突破して迷いの森にたどり着いた頃には、もうすでにどっぷりと日が暮れていた。俺は地図を持っているから、どこをどういうふうにワープすればどのような場所に出るかというのがわかるからまだいい。だが、今重要なのは“どこにタイタンズハンド、ないしはタイタンズハンドの次のターゲットがいるか”である。ここまで調べさせるつもりはもとよりなかったし、あの様子だとその情報も持っていないだろう。

 

「・・・しらみつぶしに探すか」

 

 一番面倒だが、それくらいしか方法がないだろう。一つため息をつくと、俺は腹をくくって迷いの森の中へと入っていった。

 

 

 

 暫く狩りをしながら迷いの森を突き進む。もとより、俺からしたらこんな下層に敵などいない。もう何回目かもわからないワープで、俺の耳が人の声を聞きつけた。反射で隠蔽スキルを使うと、その近くまで物音を立てないように歩いた。

 

「君の友達を、生き返らせてあげることができるかもしれない」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ。第47層にある、思い出の丘っていうところに咲く、プウネマの花っていうアイテムがあれば、心アイテムになったモンスターを蘇生させることができるらしい」

 

(この声・・・キリトか?あと一人の子は、女の子っぽいってことしかわからんかな。声は幼い感じがするけど、果たしてどうだか)

 

 とにかく、キリトがいる状況で出ていくのはまずい。ここは暫く様子を見ることにして、俺は音を立てないようにその場に隠れ続けた。

 

 

 

 その夜、適当なところで圏外村を見つけて、一夜の寝床にしようと準備をしているときに、メールが届いた。差出人はゲイザー。ということは、

 

「・・・新情報かな」

 

 そう思いつつ見ると、そこにあったのはやはり新情報。次のターゲットが分かったらしい。

 

「ビーストテイマーが取りに行ったプウネマの花を強奪する、か。・・・プウネマの花!?」

 

 小さい声で驚く。ビーストテイマーというのならば、心アイテムを落としたというあの少女に条件が合致する。

 

「もしかして、そのビーストテイマーってロリっ子系の女の子か?っと」

 

 軽くふざけたが、このくらいのノリのほうがいいだろう。ゲイザーだって疲れているだろうし、このくらいのジョークは許してほしいものだ。

 返事はすぐに返ってきた。そこに書いてあったのは、俺の予想が当たっていたことと、ビーストテイマーの少女の名前がシリカで、その愛らしいルックスも相まって―――その手の趣味のやつも含めて―――ある種のアイドル的な人気を持つ“竜使いシリカ”であるということだった。

 

「て、ことは・・・」

 

 アスナの好意をいまだに気付いていないであろうことも含めて、恋心にはとことん疎いあいつでも、他のことは案外鋭かったりする。ゲイザーの情報も照らし合わせて考えれば、おそらくキリトはタイタンズハンド捕獲任務を受けたということになる。ということは、

 

(最悪、あいつとやり合うことになる、か・・・)

 

 あまり戦いたくない相手ではある。が、必要であるというのであれば仕方がない。手元に置いてある、短剣にも刀にも見える武器の刃に自分の顔を移した。冷静になれないときは、こうすると不思議と心が落ち着いた。

 

 この武器は“小太刀”だ。名を、“闇牙”という。あんが、とでも読めばいいのだろうか。とにかく、この剣が今の相棒だった。

 小太刀スキルは、短剣の上位スキルだ。曲刀を使いこめば刀が使えるように、短剣を使いこむと小太刀が使える。それだけならまだいいのだが、この小太刀スキル、刀と短剣、そして曲刀スキルを入れたまま使うと、曲刀、短剣、刀、小太刀という四種類のスキルがこれ一本で使えてしまうという、一種のバランスブレイカーでもある武器だ。だが、この隠し性能は、何を隠そう、俺が暴いたものだ。そもそも、武器の種類をそんなに変えまくる人間など、SAOにおいては存在しないといってもいい。つまり、片手直剣と両手剣や曲刀と刀のような、両手変化―――と俺は勝手に呼んでいるが―――の組み合わせでいれてあるのならともかくとして、短剣と曲刀と刀など取る人間がいなかったのだ。俺も、訓練も兼ねての戯れで、小太刀で刀の辻風やら旋車やらが発動できたときは肝をつぶしたものだ。それまでは、短剣より重たくなったことで、短剣の良さである取り回しの良さと手数の多さがなくなってしまい、完全な不人気武器であった。この隠し性能が分かった後も、スキルを取り熟練度を上げる手間から、挑む人間はほとんどいなかった。

 

「さて、と」

 

 今のうちに移動をしておく必要がある。休息は軽くしか取れていないが、仕方がない。それに、流石の俺でも一気に10層以上も上り詰めるというのはハードというものだ。確か、あの層にも圏外村はあったはずだから、最悪そこで休めばいい。

 

「転移、フローリア」

 

 ひっそりと転移結晶を握って呟く。瞬間に、俺の体は光に包まれ、第47層の主街区へと飛んだ。

 

 

 

 

 転移した直後の追っかけっこを終えて、圏外村にて俺はひっそりと息をひそめていた。ここに来た回数などたかが知れているから、この層に関しては“花たくさんのきれいな層”としか覚えていなかった。所謂観光スポットやデートスポットの類というのは、アインクラッドにおいて大量にあったから、そんなに印象深い所でもなかった。

 自力でマッピングした地図を見て、俺は考えていた。もともと、深く短く眠るタイプだから、そんなに睡眠時間は長くなくて大丈夫だ。

 

(狙いはプウネマの花。だけど、あれは確か、ビーストテイマーか近づかないと花が咲かない。ということは、取る方法はおそらく待ち伏せ。しかも帰り道だ。人を排除しやすく、しかもほぼ確実に回り込めるルート、となると・・・ここだな)

 

 思い出の丘から、最短経路。その中にある橋の前後。そのあたりだろう。おそらくそのあたりを待ち伏せするはずだ。そのあたりを狙って、

 

「殺す」

 

 もとより、こそ泥のギルメンなのだ。そうと分かれば生かしておく意味などない。これ以上殺しをする可能性がある以上、牢獄送りなどという程度で許すつもりはない。俺としては、そんなに恨みもないのだ。

 念のために索敵スキルを発動させる。周囲に誰もいないことを確認すると、俺は録音結晶を取り出した。メッセージを聞き、俺の思っていた通りの文言が録音されていることを確認すると、俺はそれをもう一度戻して、明日の予定を頭の中でシミュレーションしていた。

 

 

 

 

 

 朝、シリカを連れて思い出の丘へ行ったキリトは、帰り道に思いもよらぬ光景を目にする。

 

「何、あんた・・・!なんで、そんな・・・!」

 

「しいて言えば、慣れだな」

 

 その人物は、次から次へと打ちかかってくる相手を払って、次々に屠っていく。そして、その牙はあっさりと後方にいた女に向いた。

 

「ロザリアさん・・・!?」

 

 小声で、シリカが呟く。

 

「ね、ねえ・・・、あなた、私と組まない?」

 

 ちらりと後ろを向いた男だが、まったく歩調を変えずに、女―――ロザリアへと歩いていく。

 

「あ、あなたとなら、きっと、かなり稼げるわ!分け前は半々、いや、8割をあげるわ!だから―――」

「あいにくと」

 

 震えながら、己の得物である十字槍を握る手も、足どころか全身を震わせているロザリアとは対照的に、男は冷静に女の言葉を切った。

 

「俺はもとより、見返りを必要としない」

 

「じゃあ―――」

「その代わり、」

 

 そう言うと、その武器を自身の首の横に持ってきた。

 

「お前に要求するのは、死に際に俺を興じさせることだけだ」

 

 言いつつ、まず一閃。すると、女の両手首が落ちた。直後に、キリトは少女の耳をふさぎ、自分を壁として視界をふさいだ。いくら外道とはいっても、知り合いが自分の目の前で嬲り殺されるというのはあまり気分の良いものではない。

 

「え・・・!?いや・・・!!」

 

 得物を落としたことと、その一閃が見えなかったことに対する恐怖で、ロザリアはひどく怯えた。

 

「おいおい、そんなに怯えるなよ。()()()()()()()()()()()()

 

 そういって、その男は、また腕を何回か振った。すると、今度はロザリアの四肢が落ちた。その間に、キリトは静かにシリカを連れてその場を離れ、物陰に隠れた。

 

「ひっ・・・!」

 

 こうなってしまったら完全に怯えているだけの哀れな状態だ。しかも、救いなどそこにはない。

 

「うっわ、これだけでこの反応かよ。あの女狐たちのほうがまだましだったぞ」

 

 肩を自身の得物の峰でたたきながら、その男はその傍に立った。

 

「まあいいや。もう死ね」

 

 そう言うと、男は滑らかとも取れる手つきで、ロザリアの中央から少し左の胸―――心臓に突き立てた。直後に聞こえた、ポリゴンの炸裂音。それがいったい何を意味するのかなど、考える必要もなかった。

 

「ところでさ、いい加減出てきたらどうなんだ?言っとくけど、こっちはとっくの昔に気付いてたから」

 

 そう言うと、男はゆっくりとキリトたちのほうへ振り返った。その顔は、あまりにもいつも通り過ぎて、それがキリトには恐ろしかった。

 

「いったいどういうつもりだ、ロータス」

 

「どういうつもり、って言われてもなぁ・・・。俺が今どういう立場にあるかってことは、聞いてるんじゃないのか?」

 

 事情は聞いている。キリトが攻略組を離れている間に、ロータスが今のラフィン・コフィンに加入したことも。そして、今となってはラフィン・コフィンの古参メンバーの一人であるということも。だが、事情を聞くのと実際に目にするのとは違う。

 

「ああ、怯えなくても大丈夫だよ、お嬢さん。俺は君に危害を加えるつもりはない。少なくとも、今は、ね。それに、君のような子は、笑顔のほうがよく似合う。―――っていっても、効果ないかもしれないけど」

 

 苦笑を浮かべるロータスに裏は見えない。が、シリカはキリトのコートの裾をぎゅっとつかんでいた。

 

「まあ、俺はもう何もするつもりはない」

 

「信じろっていうのか」

 

「ああ。それと、あんたにちょっとした贈り物だ」

 

 そういって、ロータスはキリトにあるものを投げつけた。反射的につかむと、それは何かの結晶のようであった。

 

「ゆっくり考えてみな

 俺はもう行く。追ってくるのは構わんが―――その時は、決死の覚悟を抱いて来い」

 

 そう言うと、ロータスは道を迷宮区へ向かって走り出そうとした。ひとたびトップスピードに乗ってしまえば、もともとAGI-STR型だったあいつに、STR-AGI型のキリトが追い付ける道理はない。だから、すぐに声をかけた。

 

「なあ。どうして、お前はそっち側にいるんだ?」

 

 ずっと疑問に思っていた。ロータスという人間はこの程度で狂ってしまうほど弱くない。ならば、なぜこんなことをしているのか。それが気がかりだった。

 ロータスが振り返る。その顔には不敵な笑みが浮かべられていた。

 

「故あってのことだ。そこから先はneed not to know(知る必要のないこと)、ってやつだ」

 

 そういって。ロータスは振り返る気配もなく、走り去っていった。

 

「キリト、さん・・・?」

 

 声のほうを向くと、シリカが不安そうな顔でこちらを見上げていた。どうやら、無意識にきつい表情をしていたようだ。

 

「ああ、ごめん。大丈夫だ。ちょっと急ごうか。ピナも待ってるだろうし」

 

「はい」

 

 そう言うと、歩き出したキリトの横を、シリカが歩き出した。

 

「・・・あの、」

 

「ん?」

 

 突然、シリカが声をかけた。

 

「私に力になれることなら、何でも言ってくださいね!」

 

 そういって、天真爛漫な笑顔を見せた。キリトは優しく微笑んで、

 

「ありがとう、シリカ」

 

 言いつつ、頭を一つ撫でて、また再び街へと歩きだした。

 

 

 部屋に戻ってピナを生き返らせた後、キリトはさっそく先ほど貰った録音結晶を取り出した。そのまま再生ボタンを押すと、そこから流れてきたのは、意味不明とも取れるメッセージだった。

 

『それは木馬。大きな大きな木馬。木馬は大きすぎて街に入れない。だから人々は門を壊した。馬の中の虫に人は気づかず、虫たちに人々は食らいつくされた』

 

「・・・なんだこりゃ」

 

「さあ・・・?」

 

 さながら暗号だ。いや、意外に慎重なあの男だ、実際に暗号なのだろう。

 

「とにかく、俺はそろそろ前線に戻るよ」

 

「いろいろとありがとうございました」

 

「いいって。じゃあね」

 

 そう言うと、キリトは部屋を出た。

 

 

 出てからというものの、ずっとあのメッセージのことが気がかりだった。いったいどういう意図で、あんなメッセージを送りつけたのか。なんでわざわざ暗号にしたのか。わからないことだらけだった。

 そんな迷いを抱えながら、キリトは戦い続けていた。場所は最前線の迷宮区。最前線で少しよそ事を考えていても死ぬどころかイエローにすら落ちないのは、年末に行っていたあの異常なレベリングの成果だ。あれから、アスナにひっぱたかれて泣きながら説教され、ようやく攻略を続けていける精神状態までなった(それでも一番効いたのはサチからのクリスマスプレゼントだったが)。だからこそ、こうして攻略を続けている。

 よそ事をしていたのが祟ったのか、後ろに敵が来ていることに気付くのが遅れた。一発貰うことを覚悟の上のカウンターを出そうとしたとき、

 

「やああぁぁっ!!」

 

 後ろからまるで流星のような一筋の光が突っ込んできて、その敵を散らした。光を放った人物が誰かを悟った瞬間に横によけたキリトは、その風を肌に受けるだけで済んだ。今のソードスキル―――細剣の最上位ソードスキルであるフラッシング・ペネトレイターを放つことのできる人物など、両手で数えるほどしかいない。それに、この剣速と正確さなど、そう何人もいてたまるかという話である。

 

「横取りしちゃってごめんね」

 

「いや、今のは気づくのが遅れた俺が悪いんだし」

 

 鯉口を鳴らして振り返るアスナは、本気でキリトを心配していた。それもそうだろう。この男が戦闘において油断しているというだけでも珍しいのに、

 

「どうしたのキリト君?」

 

「ん?そんなに様子が変だったか?」

 

「だって、戦闘狂のキリト君が見える敵に飛びつかないなんてこと、珍しいから」

 

 普通の状態なら、見える範囲に敵がいるのに、バトルジャンキーであるこの男がほとんど反応しないなどということがあろうか。

 

「ちょっと、考え事をしててな・・・」

 

「何かあったの?」

 

「・・・ここじゃまずい。できれば、衆人環境の、しかもこんな音が響くようなところでは言わないほうがいいと思う」

 

「それは、どうして?」

 

「情報源と、後は何というか、予感?」

 

「どうして疑問形なのよ?

 まあいいわ。なら血盟騎士団の本部へ行きましょう。あそこの会議室は盗聴除けもしてあるし、大丈夫よ」

 

「そうだな。じゃあ、とりあえず一時的にパーティを組もうか」

 

「そうね。とりあえずよろしく」

 

 こうして、キリトとアスナは一時的にパーティを組んで、第55層主街区のグランザムにある血盟騎士団本部まで行くことになった。

 

 

 

「・・・なにこれ」

 

「それが分かってたら苦労はしてないさ」

 

 アスナに例の録音結晶を聞かせた最初の反応はこれだ。だが、キリトが気がかりなのはこの暗号が謎めいているというのと同時に、

 

「どっかで聞いたことあるんだよなあ、こんな話・・・」

 

「どこでよ?」

 

「それが思いだせていたら苦労はしてないよ」

 

 ため息交じりに呟く。そう、キリトはどこかで聞いたことがあったのだ。これと全く同一とはいかないが、これに似た話を、どこかで。どこで、どういう形で、の部分が思い出せないが。

 

「とにかく、これが気がかりだったんだ」

 

「そうね、確かにこれは謎めいているし・・・。でも、わからないことをうだうだ考えていても始まらないわ。いったん忘れましょ」

 

「そう、だな」

 

 こういうところは、アスナの強みだ。良くも悪くも真っ直ぐで、それに関係のないことならば、さっぱりと切って行動することができる。それは、自分にはないものだ。

 

「ところで、こんなものどこで手に入れたの?ロータス君の声が入っているようだったけど・・・」

 

「たまたまフィールドで行き会ってな。そしたら、こいつを寄越したんだ。そのまま当の本人は消えたが」

 

「・・・え・・・!?」

 

 椅子を蹴飛ばして立ち上がる。

 

「直接会った、って・・・どういうことよ!?」

 

「まあ落ち着け」

 

 キリトのその一言でようやく我に返って、今度はゆっくりと座った。

 

「・・・で、直接会った、っていうのは?」

 

 そう問われ、キリトは会うまでの経緯を話した。

 

 一通り話を聞き終えると、アスナは机の上で手を組んでゆっくりと息を吐いた。

 

「そう・・・。以前からロータス君のPKは何個か報告を受けてるけど、本当にやっているのね・・・」

 

「ああ。それに、最後に走っていったあの速さを考えると、少なくとも準攻略組と肩を並べる位のレベルはあると考えるべきだ」

 

「技量もレベルも高い水準で実現している、ということね・・・。かなり怖いわね」

 

 頭を軽く抑えて振るアスナに、軽く頷く。

 

「それに、あいつの去り際の言葉も気になるんだ」

 

「何、それ」

 

「なんでそっち側にいるんだ、って俺が聞いたら、故あってのことだ、ってあいつ答えたんだ」

 

「故あってのこと・・・?なんでわざわざそんな含みのある言い方をしたの?」

 

「俺に聞くなよ。

 とにかく、いろいろ謎めいているのは事実だ」

 

「でも、攻略をサボっていい理由にはならないからね」

 

「分かってるって」

 

 その会話だけで、今回はお開きとなった。だが、心に残ったしこりは消え切っていなかった。

 

 

 

 帰ってきた俺は、PoHたちに開口一番言い放った。

 

「使えなさそうだから殺してきた」

 

 それに対する反応はただ一言、

 

「そうか・・・」

 

 とだけだった。

 

「それにしても、少しいない間に随分人が増えたな」

 

「ああ。もっとも、これでも入試の段階で人を減らしたんですけどね」

 

「減ってこれかよ。おー怖」

 

「お前も、その、一人、だがな」

 

「いやまあ、その通りなんだけど」

 

 帰ってきたザザとジョニー、それからもともとこの場にいたモルテに、俺は軽口とも取れる口調で返す。これも、いつも通りの光景といっても差支えないものだった。だが、今までとは少し違っていたのは、この後のジョニーの言葉だった。

 

「そう言えばヘッド、殺しの依頼が来てるんですけど」

 

「ほう、どんなだ」

 

「それがー、グリムの旦那からなんですよー」

 

 俺たちは基本的に自発的に行動するから、依頼で殺すということは珍しい。グリムの旦那、というのは、どうやらこいつらの知り合いのようだが、比較的付き合いの長い俺ですら知らないというのは珍しい話だ。

 

「おっと、そうだった。お前さんはあの時まだmemberじゃなかったな」

 

「道理で知らない名前なわけだ。んで、誰なんだ、その、グリムっていうのは?」

 

「正確なplayer name はGrimlock。かつて俺たちに、自分のギルドリーダーの殺しを依頼してきた変わり種だ」

 

「ギルドリーダーを?クーデターの類か?」

 

I don’t give a damn.(知ったこっちゃないぜ) とにかく、そういう話があったってだけだ。

 で、あいつからどんな殺しの依頼だ?」

 

「えっと、何でも元ギルメンを殺してほしいとか。殺し方とかはこっちに任せる代わりに、知っている情報はすべて開示するそうです」

 

「へえ・・・」

 

 目的などどうでもいい。だが、

 

「つーことはさ、なんかほぼ確実に誘導できるような方法でもあるわけ?」

 

 それが問題だ。こいつらが殺しに飛びつかないということはないはずだから、この依頼は受けることになるだろう。ならば、その依頼が確実に成功できるような保証がなければ、受けるべきではない。

 

「それが、一つ事件を作って、そこにメンバーが集まるから、まとめてってことらしいです」

 

「どんな事件?」

 

「それがなかなか面白いんですよー」

 

 そういって、ジョニーは愉快そうに話しだした。

 

 

 のちに、“圏内事件”と呼ばれる、そのトリックを聞くと、

 

「Wow,It sounds so exciting!」

 

「同感。どこにもその手の頭が回る奴ってのはいるもんだな」

 

 楽し気なPoHのコメントと共に、俺は冷静に分析した。だが、

 

「それ、最初は滅茶苦茶な騒ぎになりそうだな。本来死なない圏内で死ぬ可能性が出て来るわけだから」

 

「それもそうですよねぇ。その辺、どうするつもりなんでしょうか」

 

「少なくとも、俺たちが、考えるような、ことじゃ、ない」

 

「そうだな。しかしまあ、二か月先かぁ。長いなぁ」

 

「案外あっという間だと思いますよ」

 

 俺の答えにモルテが突っ込み、その話はそこでなくなった。その後は無駄話に興じた。




 はい、どうも。

 主もまだ一応学生の身で、今日から丁度新学期でした。
 ここから、少なくとも夏ごろまでは月曜更新を目標にしていく所存です。

 まさかの二話連続の一万字オーバー。次からは字数が落ち着くので、ご安心ください。

 今回は本編で言う“黒の剣士”編の裏に当たる回でした。今更ですが、ここでは基本的に原作で起こったことで変化がない場合は説明しません。今回で言うと、ピナ死亡からプウネマの花獲得までの流れは一切変わらないので、そこまでの説明は完全に省きました。
 ロータス君が暗躍(?)し、タイタンズハンドは壊滅。ここではタイタンズハンドは壊滅としました。ここでしか役割ないんだし、因果応報ということで。
 録音結晶のメッセージは暗号です。暗号が何を意味するのか、というところは少しずつ明かしていくつもりです。

 アスナとキリトの関係は、今はこんなくらいかなー、という想像が多分に含まれています。この後に控える圏内事件の二人の思いを考えると、このころにある程度このくらいになっててもいいだろう、という判断です。

 小太刀スキルに関しては完全なオリジナルです。完全なバランスブレイカーですが、そんなスキル脳筋など滅多にいないのに加えて、多数のスキル発動の構えをすべてマスターする必要があるという難易度の高さがマイナーにさせていた、ということで。少々無理がある気はしますが気にしない。

 ちょくちょく伏線を入れていますが、もれなく回収するのでご安心を。
 ではまた次回。

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