ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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 少々外道シーンがあります。


24.Laughing Coffin

 2025年元日。そして、X-DAY当日。俺たちは息を潜めていた。周囲に人気がほとんどないというのがそれに拍車をかけていた。もっとも、こんな日までフィールドに出て狩りをしている人間などほとんどいなかった。だが、何事にも例外はあった。その数少ない例外が、今回目の前にあった。

 まずはPoHと俺が行く手をふさぐ。逃げ道はジョニー、ザザ、モルテがふさぐ。後はいつも通りの流れだ。俺とPoHがまず姿を現すのは、姿をさらしても問題ない実力者が俺たち二人であるという点に尽きる。ジョニーもザザも悪くはないが、俺たちからしたらまだ見劣りするところはある。

 手筈通り、俺とPoHがまず目の前に姿を現す。一瞬相手は怯むが、各々得物を抜く。あらかじめこうなった時のために打ち合わせしてあったのだろう、後ろが何人か踵を返すが、その先にはジョニー、ザザ、モルテがいた。

 

「逃げようったってそうはいかないってなぁ」

 

 ジョニーが麻痺属性の短剣を片手でもてあそぶ。それを見て覚悟を決めたのか、相手も得物を強く握りしめる。俺も自分の鞘から短剣を抜いた。まっすぐ正眼に構え、相手の動きをうかがう。

 

「来ないのなら、こっちから行かせてもらうぜ」

 

 一気に踏み込む。想像以上の速度に驚いたのか、相手が少し焦りながら防御をする。が、そんな防御は、今の俺の前には意味を果たさない。あっさりと回避すると、左手で顎に掌底を叩き込む。一瞬スタンが発生した瞬間を見計らって、腹を横に薙いだ。続いてかかってきた相手の剣戟を受け止め、手首を巧みに回して首を掻こうとするが、これは躱された。

 

「あっちゃー、あれ躱されちゃったかー」

 

 正直、モンスターはしてこない攻撃だから対応しきれないだろうと踏んでいたのだが、これは少し意外ではあった。相手の目の光はまだ恐怖に落ちたそれではなかった。

 

「いい目だ」

 

 片頬をつり上げながら、俺は言う。後退しようとした数人はジョニーたちが、そして前衛のもう一人の高位プレイヤーはPoHが相手しているようだ。ジョニーたちが中層プレイヤーごときに手こずるとは思えないし、PoHもかなりの手練れだから、それこそアスナ、ヒースクリフ、そして最近名前を聞かないがキリトあたりでなければあいつと渡り合うことなどできないだろう。駆け引きということも含めれば俺も入るかもしれない。それでも、

 

(もう一人くらい担当してくれてもよかっただろうに・・・)

 

 確かにバックアップのメンツは十分すぎる。だからといって、ふたりを食い止め続けるのはさすがに厳しいものもある。腕前を信頼されているというのはうれしいが、若干重荷でもあることも事実だ。そんなことを考えていると、一人がかかってきた。片手剣にしては少し遅めのスピードを見るに、一撃は重めか。ギリギリまで引き付けて躱すと、ほんの少しかがんで右の下から短剣で右足を薙いだ。完全に切断とはいかなかったが、動脈に触れたと判定されたのだろう、一気にHPが減る。もう一人もかかってくるが、それはあっさりと受け止める。

 

「背後から襲ってくるのはいいが、ならせめてもう少し気配をひそめろ。奇襲というのはそういうもんだ」

 

 くるりと身をひるがえすと、左手のボディーブローからの短剣の袈裟をお見舞いする。もう一人のほうのHPバーが()()()と減った。

 再びリラックスして構える。対する相手は、まだ力が抜けきっていない。

 

「少しは気持ちも分からんでもないが、もう少し力を抜かないととっさには動けないぞ、っと」

 

 最後の掛け声と共に横に踏み出す。そのまま直後に前へ踏み込んで回り込む。

 

「こういうときに、な!」

 

 相手が振り返る前に、その首を掻く。その相手は音もなく、首から上を無くして崩れ落ちた。ちらりと周囲を見渡すと、PoHはとうの昔に戦闘を終えて、こちらの様子を見ていた。ジョニーたちも、ザザがこちらの様子に気を配っているのが分かった。

 

「もしかして、最初のあの踏み込みが全力だと思った?駆け引きも勝負のうちだよ。それに、こんなのアスナの踏み込みに比べれば随分遅いはずだけど」

 

 その言葉に、正確には“アスナ”という単語に、相手の眉がピクリと動く。目の色も微かに変わったことを、俺は見逃すほど甘くない。

 

「それに、中層プレイヤーといっても、ここで俺らから生き抜けばそれこそ英雄だよねー。あのアスナ様にも、見込まれるかもよ?」

 

 にこにこと笑いながら、俺は心にもないことを、まことしやかに言う。その声は、相手からしたら毒と分かっていても手を伸ばしてしまうようなものだった。だが、このままではまだ精神的な敷居をまたがせることはできない。

 

「・・・本当、か?」

 

「さあ?確証はないよ。でも、そういう可能性もあるんじゃない?ってこと。少なくとも、あの副団長殿に見込まれるには、どっかで大きい実績をぶちあげる必要がある。なら、俺らがその一つを担ってあげよう、って話。

 そのかわり、こっちの言うことも少し聞いてもらうけど、邪魔者を排除できるような、それこそ独り占めすることも不可能じゃないような技も教えてあげる。悪い話ではないと思うけど?」

 

 毒だ。そうわかっていても、その毒を飲み干して得られるものが大きいと判断したものは手を伸ばす。特に、今の、そしておそらくこれからもアスナの傍にはキリトがいる。ならば、アスナを手中に収めるにはキリトをどうにかする必要がある。そのキリトを排除できるのならば、十分にそれはメリットたり得る。ましてや、相手は良くも悪くもプライドの高い攻略組ではなく、準攻略組ともいうべき中層プレイヤーだ。ならば、

 

「何をすればいい」

 

 やはりな。普通にやっても決して落ちないものが、自分の手に落ちる可能性を手に入れられる。それだけで、毒を飲み干す覚悟などあっさりするだろう。異常に崇め奉る狂信者の類ならなおさらだ。

 

「んー、その辺はちょっとこっちでも考えさせてもらおうかなー。そういうことでいいですよね、リーダー?」

 

「Yeah、off course」

 

「っつーわけで、こっちのリーダーの承諾もとれたし。君とフレンド登録させてちょ、っと」

 

 言いつつメニューを開いてフレンド登録の申請を送る。すぐにフレンド登録完了の通知が来た。

 

「ほんじゃまよろしく、えっと、これは、“クラディール”、であってるのかな」

 

「ああ、合っている」

 

 PoHと俺との握手を終えると、ちょうどジョニーたちも戻ってきていた。背丈上ザザの背が一番高いからか、ザザの背中には一人のプレイヤー。

 

「終わりましたぜ、ヘッドー」

 

「・・・その、プレイヤー、は?」

 

「ん?ああ、新たな緑のお仲間よ。見ての通りKoBのギルメンだから、正式なギルメンにはなれないけど」

 

 俺が端的に説明すると、後ろでモルテが口の端を釣り上げた。

 

「なーるほど、仲間は必要ですからねぇ」

 

「てかもともとこれも仲間集めのためだろうが。で、ザザが背負ってるそいつは麻痺ってるだけ?」

 

「ああ。一人くらい、生かして、おくべき、だろうと、考えたからな」

 

 その言葉に俺は一つ指を鳴らした。

 

「グッジョブ。演出要素がさらに増えた」

 

 そう言うと、俺はあえて短剣で浅く斬ってポーションを飲ませ、さらに猛毒ピックを使ってHPを調整しにかかった。こうすれば、圏内につくかつかないかでこのプレイヤーのHPは消えるだろう。

 

「よぉし、クラディール。君に記念すべきFirst orderを与えよう。俺たちはここに、殺人ギルド『Laughing Coffin』の結成を宣言する。君たちはそのtargetとなり、彼はその毒牙にかかりかけた」

 

「毒で死んじゃうかもしれないけどね」

 

 横から一言付け加えるも、PoHは構わず続けた。

 

「だが君は彼を助け、命からがら逃げのびた。そういうsituationを伝えるんだ。いいな?」

 

「ヘッドー、ならこいつのHP、もうちょっと減らしておいたほうがいいんじゃないですかぁー?」

 

 俺の作業を、手と足を押さえつけることでサポートするジョニーが軽口を叩くように言った。

 

「そうだなぁ・・・。だが、俺の得物じゃちと威力が高すぎる」

 

 そういうと、PoHは自分の得物に目を落とした。彼の得物は“友切包丁(メイトチョッパー)”という、今のところ発見されている中でも最高クラスの魔剣だ。掠めただけでもかなりの威力を持っていくだろう。だが、すぐにその心配はなくなった。

 

「使ってくれ」

 

 状態異常処理を終えた俺が、PoHにストレージに入っていた適当な短剣で、しかもATK値がそんなに高くないものをひょいと投げた。きっちりつかむと、PoHはプロパティを見ると、満足そうに目を細めた。

 

「OK、niceだ。じゃあ、少し我慢だぜ」

 

 そう言うと、PoHはその短剣で腕を切り落とした。基本的に部位欠損で継続ダメージが入ることはない。欠損部位は、結晶系アイテムを使うか一定時間経過、宿屋のベッドで寝るなどの行為で、トカゲのしっぽよろしく生えて来る。なので、このままでも特に問題はない。

 そのまま数か所に切り傷を付けると、PoHは再び満足そうに微笑んだ。

 

「よし、これでいい。じゃあ、お仲間―――っていっても元だが―――を連れていきな」

 

 その言葉で、クラディールはもう一人のプレイヤーを担いで最寄りの街のほうへ向かった。その姿を見送ってから、PoHは俺に向かって行った。

 

「なあ、毒で死んじゃうかもしれない、っていうやつ。It’s lie,isn’t it?」

 

「ちょっと違う。嘘じゃなくて、本当のことを言ってないだけ。俺が計算したのは、あくまで()()()()()()最寄りの圏内までどれくらいかかるか、っていうのが前提だからね。あの状態なら、どう考えても圏内にたどり着く前に死ぬでしょ。それに、俺、今回ちと意地悪したし」

 

「それってもしかして、あいつに飲ませてたあの液体?」

 

「そそ。ザザならわかるんじゃない?」

 

 指名を受けて少し考え込んだザザは、少しして答えを出した。

 

「・・・遅効性の、毒物、か」

 

「せいかーい。具体的には一分後、今の毒の効果に加えて、さらに同じ毒の効果が加わるって寸法。その頃にはポーションの効果も切れるから、一気にHPバーが減っていってジ・エンド、ってわけ」

 

 そんな会話をしていると、モルテが聞いてきた。

 

「そういえば、クラディールさんが我々を裏切るという可能性は捨てているんですね?」

 

「狂信者っていうのは、信じていたものが手に入ると分かれば手段なんて選ばないもんよー。それに、万が一裏切ったらこっちの位置追尾で追っかけてってフィールドで殺すだけだし」

 

 あっさりと言い切った俺に、モルテも黙った。

 

「さて、目的は果たした。帰るぞ」

 

 PoHの鶴の一声で、俺たちはアジトへと歩を進めた。

 

 

 

 

 PoH一派改め、殺人ギルド「ラフィン・コフィン」のKoBメンバー殺害事件という衝撃的な事件は、こぞって新聞が一面を飾ったことによってアインクラッド全土に広がった。

 こうして、ラフィン・コフィンは一躍その名を轟かし、その組織の拡大にも成功したのであった。




 はい、というわけで。

 なんか中章開始以降、毎回毎回前書きが注意になっているような・・・。ちゃんと外道成分も胸糞成分もほとんどない回もあります。

 今回はラフコフ結成宣言回でした。ラフコフ結成宣言事態はこの日と定められていたので、後はどうしようかと考えた結果でした。あと、クラディールさんの寝返りは本編でもこちらでも少々キーになってくる要素ではあったので、思い切ってこういう形にしました。何よりセンセーショナルになりますし。

 書くことが特にないのでこの辺で。ではまた次回。

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