ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

26 / 128
 今回も胸糞シーンが存在します。前回ほどじゃありませんが。


23.蓮の蕾

 それからというもの、俺はPKを続けていた。そのまま年月は流れ、気が付いたらデスゲームが始まって一年が経とうとしていた。

 例によっていつもアジトにしているダンジョンに、俺たちはいた。もっとも、リーダーであるPoHはいない。あいつは、オレンジからグリーンに戻ることのできる、通称“カルマのクエスト”に出掛けていた。なんであいつがわざわざそんなことをしているかというのは、補給のためというのもあるのだが、もう一つ目的があった。

 微かな物音で目が覚める。一応ここもダンジョンなので、人が来るときもある。その時は、“お話”の上で丁重にお帰りいただいている。いったいどういうことをしているかというのはお察しだ。だが今回は、

 

(この足音・・・)

 

 お話の必要はなさそうだった。

 

「リーダー、帰ってきたか」

 

「え、マジ!?」

 

 俺のぼそりとした小声の呟きにジョニーが即座に反応する。間もなくして黒いポンチョの男が入ってきた。

 

「おう、今帰った。よくわかったな、ロータス」

 

「あんた、リアルだと自衛官か警察か、それか兵役経験者じゃないか?足音がかっちり揃ってるから、特にわかりやすい」

 

「なーるほどなぁ。何というか、やっぱりお前さんはcleverだな」

 

「褒めても何もでないぜ?」

 

 軽く微笑む。そして、俺は静かに尋ねた。

 

「で、俺たちの名前は?」

 

 そう。何故、わざわざカーソルを戻してまでPoHが行動していたのかというのは、ここに起因する。もっと言えば、とあるクエストをこなすためだ。そのクエストとは、

 

「まあそう急ぐな。

 今日から俺たちは、『Laughing Coffin』だ」

 

「ラフィン・コフィン・・・?」

 

「笑う、棺桶、か」

 

「なるほど。なかなかいい名前だな」

 

 いまいち得心の言っていないジョニーだったが、続いたザザの言葉で俺と同じような感想を持ったらしい。ちなみに、モルテは“狩り”に行っていていない。

 そのクエストとは、ギルド結成のためのクエストだ。かなり下層において受注可能なこのクエストを受けないとギルドの作成はできない。無論、パーティとして活動する、という選択肢もあるが、作っておいて損のないものであることは間違いない。

 

「さすがっすねヘッド!ネーミングセンス抜群っすよ!」

 

「気に入ったのなら何よりだ」

 

 そう言うと、PoHはウィンドウを操作した。直後に、俺たち三人にギルドの加入申請ウィンドウが表示される。即座に俺たちは揃ってYESの方を押した。三人のHPバーの横に、ギルドのマークが表示される。

 

「このマークは誰がデザインしたんだ?」

 

「補給がてらpainterとお話してな。少し時間は食っちまったが、まあno problemだ」

 

 棺桶を象った黒い下地に、ニタリと笑った目元と口。そして、骨の腕が片手だけ出ている。一言で言おう、悪趣味だ。だが、不気味さというのは俺たちに必要不可欠な要素なので、そういう意味では十分な効果を発揮するロゴだ。

 

「そりゃいいデザイナーを発掘したな」

 

「どいつもこいつも褒めるなよ。何にもならないんだから」

 

 そこまで言って、近くにどっかりと腰を下ろした。

 

「そういやザザ、お前結構頭いいのな」

 

「別に。家柄上、英語や、ドイツ語には、親しみがある、というだけだ」

 

「ふーん、医者一家なのか?」

 

 俺のその返答にザザが驚いたような反応をする。それに俺は平然と答えた。

 

「英語だけならかなり職種が多いけど、ドイツ語って時点で大体絞れた。医療用語にはドイツ語って結構使われるからな」

 

「・・・慧眼、恐れ入るな。油断も、隙もない。敵にいなくて、本当によかった」

 

「褒め言葉として受け取っとくよ」

 

 軽く目を伏せながら言われた言葉に、軽く手をひらひらと振って答えた。

 

「で、次のターゲットは何なんですか?ヘッド」

 

 ジョニーがにやにやと笑いながら問いかける。それに対して、PoHは悩んだ。

 

「まだ決まってない。俺たちの存在はそれなりにはpopularにはなっている。が、いかんせん人数が少ないっていうのがいただけないよなぁ・・・」

 

 PoHの言う通り、俺たちは人数が少ない。水面下での活動に終始せざるを得ない以上、大っぴらにメンバーを集めることはできず、結果として少人数でのこまごまとした活動に終始することになっていた。

 

「ならさ、思い切って大胆に宣伝しちまえばいいんじゃねえか?」

 

 俺の発言に、その場にいた三人の目が向く。

 

「確かに、そうすれば面子を集めるのも楽になる。こっちの情報屋とかはall greenなわけだから、街への情報拡散もno problemだ」

 

「そうだが、あまりにも、リスクが大きい。集めすぎて、首が回らなくなったら、意味がない」

 

「その辺は入る時点でふるいにかければ問題ないだろ。少なくともある程度はぶっ飛んだやつじゃないと意味がないしな」

 

 俺がそういっても二人はまだ納得していないようだ。

 

「ま、その代りに、宣伝方法は飛び切りぶっ飛んだ方法にしようぜ」

 

 不敵ににやりと笑った俺に、他の三人も似たような笑みを浮かべた。

 

 

 

 それから時間は過ぎ、X-DAYの前夜となった。そのX-DAYにおける俺の担当は、PoH、ジョニー、ザザ、モルテと共にパーティ狩りだ。狙う相手はKoB(血盟騎士団)。ブラッドアライアンスが組織の巨大化と共にその名称と形を変えたもので、アスナはここの副団長をしているらしい。

 話を戻そう。KoBはその組織の巨大さから、新人の教育として中層においてプレイヤーの育成兼レベリングを行っている。そこを狙うのだ。無論、その中には高レベルプレイヤーも少なからずいる。が、そのあたりは駆け引き慣れしている面子ばかりというのもあるし、そもそも高レベルプレイヤーが何人もいるとは考えづらいので、そのあたりはそれなり以上にレベリングをしている俺がいる時点で問題ないとの判断だ。

 俺は自分の短剣の手入れをしていた。システム上、こうして得物を、スキルを使わずに手入れしたところで変わるのは見た目だけなのだ。それでも、気分的にはしておきたいものだ。

 

(目的の一つは達成した。あと一つの目的。それをなすためには、相手の意識を、こちらの意図を悟られずに誘導する必要がある。

 決して簡単じゃない。だが、それができなければ、俺が外道になった意味がない)

 

 俺がこうしてここに所属することになった、その意味。それは、俺がかつて録音したメッセージクリスタルの暗号を解けば、それは察せられる。が、まだそれを渡すには時期尚早だ。

 達成したもう一つの目的。だがそれでも、俺の心は晴れているとは言い難い。そして、なぜそんなことをすることに至ったのか、というのには、俺の過去が関わってくる。

 

(いい機会だ。少し、ゆっくりと思いだすか)

 

 達成したとはいえ、当初の目的を思い出すことで気分を紛らわすことくらいはしてもいいか。そう思った俺は、ゆっくりと過去を思い出していった。

 

 

 

 

 

 事の発端は小学校の頃だ。その時の俺は、とことん自己顕示欲の強い、所謂“むかつくガキ”だった。勉強はそんなに必死にやらない、でも、どんなに悪くても平均より上には絶対にいる。音楽系の部活をやっていたが、他人よりも正確に、上手に曲を演奏することができた。それまではいい。問題はその先だった。

 中学校の時の俺は、お世辞にも真面目とは言い難いものだった。授業は毎回のように寝ている。もちろんノートは常に真っ白。課題は必要最低限。それでも、その内申ではかなり厳しいという高校を当たり前のように狙えるくらいのテストの点数を出していた。部活でも、そんなに真面目というわけでも不真面目というわけでもないのに、パートの誰よりも上手だった。

 ここまで聞けば、一つの都道府県どころか、まわりに一人や二人くらいはいそうな人間だ。教師陣からも聞こえはよくなかった(これ自体は理由も含め自覚していたし、よくなるものではないとして半ば諦めていた)。だが、それがいけなかった。突出した力というのは疎まれたのだ。

 やがて、俺をピンポイントで狙ったいじめが横行した。最初は違和感程度だった。例えば、筆箱から鉛筆が一本無くなっているとか、グループに入れてもらえないとか、その程度だったのだ。だが、それがどんどんエスカレートしていった。筆箱を隠されるとか、そのくらいだったらまだいい。教科書がなくなっているなんてことは何回もあった。大抵後から、教卓やら教室にある先生の机やら、考えもつかないところから出てきた。部活を始めようとしたら自分のチューナー―――楽器の音を合わせるための機械のことだが―――がなくなっていたなんてことは、少なくとも片手では数えきれない。やがて、パート練習に参加もさせてもらえなくなった。OBの先輩に会うことも許されなかった。自分の自転車の鍵を盗まれ、そのまま自転車を奪われて、家までいつもの倍以上の時間をかけて帰ったこともあった。その陰にはずっと、とある女生徒の邪悪な笑みがあった。

 

 ここまでの話を聞けば、“そもそも親はどうしてそこまでなっても気づかない?気づいたとして、なぜ行動しない?”と思うだろう。そこは、うちの家庭環境による、という一言に尽きる。うちの家庭環境は、一言で言ってしまえば、“時代遅れなほどの亭主関白”だ。俺は長兄だから、家を継がなければならない、などというセリフを、生まれてこのかた何回聞いてきたか(ちなみに父親は普通のサラリーマンだ)。

 学校から歩いてきた日には、事情を一通り話し終える前に、父は俺に怒鳴った。

 

「そんなもの、取られるお前が悪いんだろうが!もう一台自転車を買うなどということはしないから、これからは歩いて学校まで行け!」

 

 母親が反論することなどできなかった。それほどまでの亭主関白なのだ。もし逆らったら、最悪では誰かれ構わず父の鉄拳が飛んできた。

 

 そして、そんな折に、極め付けの出来事が起こった。

 修学旅行の日のこと。電車で移動する道すがら、俺は近くの席のやつとトランプをしていた。何せ移動中なのだから暇で仕方がない。そんな折、荷物検査が行われた。俺は疚しいものなど一切持ってきていなかったから、普通に差し出した。そして、俺の手荷物から、出て来るはずのないものが出てきた。

 

「おい、これはどういうつもりだ」

 

 担任教師が俺に向かって怖い形相で言ってきた。その手にあったのは、携帯ゲーム機。一瞬で頭が真っ白になった。

 

「え、・・・」

 

 人って驚くと言葉も何もなくなるのだ、と、この時初めて思い知った。真っ白の頭のまま、状況を聞かれた。何も知らない、なぜこんなものが入っていたのかもわからない。そう繰り返すしかなかった。渋々ながらも、他の手荷物検査に戻っていく担任。そんなタイミングで、俺はトイレに立った。本当に何が起こったのか、俺にもさっぱりわからなかった。だが、今まで続いていたいじめの延長線にあるものだ、ということはぼんやりと分かった。

 何とか心を落ち着けて、席に戻った俺を待っていたのは、般若すら生ぬるいと思えるほどに激怒した学年主任と学年副主任、そして担任の三人だった。いや、むしろ担任は残り二人があまりにも激怒していたから止めるために冷静になっていたか。

 

「お前は、とことんまで、この場をどういう場なのか勘違いしているようだな」

 

 副主任の言葉に、俺は思わずげんなりしつつ、きょとんとした。先ほどしつこいほどに事情を聞かれたのにも関わらず、また叱られるのか。だが、担任から事情は行っているはず。厳重注意レベルならまだしも、目の前の雰囲気はどう考えてもそれを明らかに通り越している。

 

「取られたから取り返す、か。なるほど、わかりやすいな」

 

 学年主任の呟きに、何が起こったのかを察しがついた。何者かが俺の鞄の中にあのゲーム機を入れて、あまつさえ担任が他の手荷物検査かなんなりで席を立ち、俺がトイレに立った隙を狙ってもう一度鞄の中にぶちこんだのだ。

 

「とにかくこっちにこい。話はそれからだ」

 

 引きずられるようにして連れられる。その直前に見えた、ある女生徒の不気味なほどのにやりとした笑みは、おそらく一生脳裏にこびりついて離れないだろう。

 それが初日の、本当に初っ端の出来事だったので、修学旅行の思い出など俺にとって無に等しいものとなった。だが、一つだけ。

『お前の人生そんなもんだ』

 誰かに―――声からしてたぶん教師の誰か―――に言われたこの言葉だけは、ずっと俺の心を縛る鎖となった。

 

 帰ってきてからも悲惨だった。先にも述べたような家庭環境だったから、玄関を開けることさえしたくなかった。しかも、帰ってきたのが土曜日、つまり父親がいるということも、それに拍車をかけていた。だがそれでも、ずっと棒立ちしているわけにもいかない。

 扉を開けて、中に入る。

 

「ただい―――」

 

 顔を上げずにその言葉を紡ごうとした瞬間に、父親から遠慮なしの鉄拳と投げが飛んできた。あまりの衝撃に旅行カバンが手から離れ、俺の体は玄関の外まで飛ばされた。茫然とする俺を見下ろしながら、父は扉を閉め、鍵をかけた。もう中三の俺にとって、それが何を意味するのかはすぐに分かってしまった。かといって、行き場もない。どうしようかと完全に途方に暮れた。何とかその次の日から家に入れて貰えたが、家での俺との会話は一切なかったものになっていた。本当に、生活しているだけだった。

 修学旅行明けの学校は休み、その次の日から学校に通いだした。

 いじめは前よりエスカレートしていた。それも、教師の前でやっているにもかかわらず、教師もまともに止めに入らない。なので、エスカレートは留まるところを知らなかった。部活のほうは、パート練習はおろか、合奏の参加すらもできなくなり、やがて自分の楽器すら隠される始末。このままではいやだと思い、帰ってきて一月と経たずして、部活を辞めた。高校の見学などにも行こうにも、修学旅行の一件で禁止されてしまい、体験入学の類は一切できなかった。このころは、周りに味方などいなかった。

 そんな環境の中、俺はひたすらに耐えるしか手段がなかった。ゲームやネットにどっぷりとつかるようになったのはこのあたりの頃だ。ろくな娯楽も何もなく、俺はそのくらいでしか憂さを晴らすことができなかった。どんどんとのめり込み、いつの間にかなくてはならないものになっていた。

 高校は、思い切って周辺の生徒があまり選ばないところに進学したから、特に問題はなかった。幸いなことに、内申はいまいちでも、肝心となる学力だけ見れば選択肢は山ほどあった。だが、それまでの経験の内容が内容だけに、人を信じ切ることができずに、友人と呼べる存在は一人もできなかった。

 

 勘のいい人はもうすでに、達成したもう一つの目的の中身に気付いたかもしれない。

 

 俺の人生をここまでひたすらに狂わせた、その諸悪の根源。―――ジャスミンへの復讐だった。

 本名などとうの昔に忘れた。だが、それでも記憶は痛烈に残っている。小さいと思うかもしれない。矮小だと笑うかもしれない。だがそれでも、俺にとって、それほどまでに、彼女は憎かったのだ。何度も夢で斬り捨てた。だが足りなかった。斬り殺し、殴り殺し、嬲り殺し、絞殺した。一通りの殺し方はすでに夢に見た。だがそれでも、想像だけでは到底足りない。それが、まさかこんな風に、実現できる機会が来るとは思ってもみなかった。そして同時に考えた―――彼女の心を、もはや立ち上がることなど許さないと言わんばかりに砕いてやりたい。そう思ってしまったのだ。

 あの時から俺の心は晴れてなどいない。いくらPTSDが残る様なことをしたところで、俺の心が晴れるわけではない。それを分かっていてなお、やらなければ気が収まらなかった。

 

 

 

 

 そんなことを思いながら、刃に映る自分の顔を冷静に見つめる。その顔は、ひたすらに冷酷だった。

 レベリングは効率重視で刀を使って、普段のPKには短剣を使っていた。片刃と両刃の違いもあり、慣れないところもある。が、PKということのみを考えれば、一撃ダメージは下でも、それを上回る手数によって秒間ダメージ(DPS)がほとんど同等である短剣を使っていたほうが、圧倒的に楽だった。それにより、今の刀スキルの熟練度は800を突破していた。そして、短剣も500を突破したのがかなり前のことだ。

 

(いよいよだ・・・)

 

 あくまで、完全に大っぴらにするのは俺の目的の中では通過点にすぎない。どのように行動するかというのはもうすでにシミュレーション済みだ。問題は、いつ行動するか。そのタイミングをしっかりと見極める必要があった。

 

(腹は括ってある。あとは、どこまで思いきれるかだ。

・・・生半可じゃ呑まれるか消されるかだ。本格的に覚悟を決めろ、ロータス)

 

 覚悟を改めて、俺は短剣をしっかりと鞘にしまった。




 はい、というわけで。
 さすがに前回分だけだと、ロータス君がただの外道なので、ある種の救済といいますか、なぜあのようなことをしたのか、という部分になりました。

 今回のサブタイトルはあっさりと決まりました。蓮の花が咲く前、つまり蕾の状態、ということです。

 あと、過去辺がやけにリアリティがあると思った人がもしかしたらいるかもしれません。多分気のせいじゃないです。何せ、この主人公の過去というのは、大分盛ってはいますが、主の経験が混ざっています。大体3、4割くらいは間違っていないと考えてもらって構いません。あ、間違っても俺はこういうことしませんよ?

 次はラフコフ結成宣言です。また、ここで原作キャラが新たに登場します。原作で伏線回収するような形にはなりますが。
 ではまた次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。