ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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 今回、かなり胸糞シーンと外道シーンがあります。


22.狩り

 俺が初めてPKしてからすぐ、俺は服装を変えていた。表向きは隠蔽だ。俺のことは俺自身がばらまいたから、今までと同じような恰好をしていたら、間違いなく一発で気づかれて逃げられる。特に、俺は何の因果か、この世界に来てからというもの、ほとんど臙脂というか、所謂暗い赤色系統の恰好ばかりしていたから、姿を変えるのは楽だった。

 今の俺の服装は、黒のインナーにそれより若干色の明るい外套を羽織って、それを革の色に近いベルトで前を留め、ダークグレーのズボン。かつてのイメージカラーである臙脂は口元を覆うマフラー状の布にのみ残ることになった。・・・結果的にどこかで見たような感じになってしまったが気にしない。

 そして、今俺は暗闇に紛れて待ち伏せをしていた。俺が初めてのPKを成功させてからもう1か月になる。その間に何人か殺し、完全に殺す感覚に慣れてしまった。今回は、完全に俺のみでの、完全に俺しか知らないPKを行うことになっていた。

 

「んー、なんでだろ、最近実入り薄くない?」

 

「そうだねー。なんでだろ?」

 

「それを聞いてんじゃん・・・」

 

「大方皆ビビってんでしょ。最近出てきたPKO集団とか言うのに」

 

「あーそうかもねー」

 

 いつものジャスミンとヴァイオレットのやり取りに加わって平坦に答えたのは古参メンバーの一人のウェスティリアか。他にも何人か見える。全員ではないが、そこそこの人数が集まっているようだ。―――そう、今回のターゲットはハーブティーだ。

 

(まあ、あとでまとめて壊滅させるから、俺としてはどうでもいいけど)

 

 そう思うと、集団と音をたてずに並走する。そのまま無音で愛用の少し大振りの短剣を抜き、もう片方の手で普通の投げナイフを抜く。普通の、といっても刃も含めて黒塗りである上に、俺の服装もほぼ黒ずくめなのでまず見えない。それを音も動きも悟られずに上に投げた。直後に対象にも投げる。

 まっすぐ投げたナイフは先頭を歩いていたジャスミンの膝にきれいに突き刺さった。突然襲った感覚に平衡感覚を崩したのか、あっさりとジャスミンが倒れる。そこに、あっさりと上から投げナイフが防具ともなっている衣服をきれいに縫い付けた。

 

「ジャスミン!?」

 

「おや、気付かなかったのですかな」

 

 うっすらと片頬に笑みを浮かべ低い声で語りかけながら、俺は奴らの前に出た。もっとも、そのあたりまで完全に覆われていたので、相手がこちらの笑みに気付いていたかどうかはわからない。

 

「あんた、何者よ!?」

 

「はてさて、こちらに名乗る義理などありますまい」

 

 言い切るが早いか、俺は一瞬で踏み込み、集団の後ろに抜けた。何も起こらないと思い、軽く笑いすら浮かべたメンバーもいる中で、ヴァイオレットだけが驚きに顔を染めていた。その理由は、―――俺が向き直る寸前にヴァイオレットの頭部から発生した炸裂音ですぐに分かった。

 笑いがすぐさま凍り付き、恐怖の悲鳴が喉をつき上げる。何人かは我慢できずに漏れたが、大半がこらえたのは意地か誇りか。

 

「リカバー、ヴァイオレット」

 

「なっ!?」

 

 俺の手の中にいつの間にか握られていたピンク色のクリスタル―――状態異常回復結晶、通称リカバークリスタルが砕ける。瞬間に、ヴァイオレットの首はもと通りとなった。

 

「この通り、首チョンパされても救済手段として、直後にリカバークリスタルを使えばHP減少も止まるし、死ぬことも避けられる。腕でも似たようなもんだけど、ま、HP減少がない分まだましかなー」

 

「何が言いたいの」

 

 相変わらず平坦な声でウェスティリアが問いかける。それに対して俺は笑みを深めて言い放った。

 

「ゲームを始めようってことだよ。あ、逃げようとしたら問答無用で殺すから」

 

 にっこりと擬音がつきそうな、柔らかいとしか言えない口調で言い放った。それは得体の知れない恐怖を内包した反感となって帰ってきた。

 

 まず飛びかかってきたのはウェスティリアだ。武器は短槍。無造作な突きをあっさりと躱し、首を狙う短剣は躱された。続いて飛んできた短剣数本はすべていなし、躱し、受け止めた。

 

「なっ・・・!?」

 

「甘い」

 

 一瞬で間合いを詰めると、俺はあっさりと投げた張本人であるヴァイオレットの首を飛ばした。

 

「リカバーヴァイオレット!」

 

 すぐに叫ばれる結晶の使用コマンド。その首が治るや否や、すぐにもう一度ヴァイオレットの首を飛ばした。振り返りざま、数本の投げナイフを一気に放り投げ、何人かの動きを止める。

 

「投げナイフを使うんなら、これくらいの技術は身に着けておけよ」

 

 ヴァイオレットに向かって不敵に笑いながら言い放つ。当のヴァイオレットは連続で首を飛ばされたことによる戦意喪失により、腰を抜かしてぺたんと座り込んでいた。

 

「や・・・」

 

 その顔は完全に恐怖に染まり、よく見ると微かに震えているようにも見える。

 

「なんだよ、口だけかよ。拍子抜けだな」

 

 これは本心からだった。あれだけ大口を叩いていたから、少なくとも、もう少しは度胸があると思っていたのだが、これではあまりにも拍子抜けだ。

 

「さて、次はどいつだ?」

 

 手の中で短剣をくるくると回して遊びながら、相手の様子を見た。各々自分の武器を構えてこちらに向けてはいるが、人によってわずかに差があるが、目には躊躇が微かに見える。やはり、人殺しというのは忌避感が強いのだろう。

 

「上等。全員まとめてかかってきな」

 

 右手で短剣を逆手で握ると、胸の中央の周辺で、空いた左手は左の一番下の肋骨のあたりに構えた。俺の返答を売り言葉に買い言葉と見たか、全員がまとめてかかってきた。だが、俺からすれば、その攻撃は連携こそできていたが、その太刀筋は甘いとしか言いようのないものだった。

 

「握りが甘い」

 

 まず袈裟に打ちかかってきた相手の手首を強打し、武器落とし(ディスアーム)を誘発すると、相手の右から首を半ば力任せに落とす。背中から迫る刃にはギリギリまで引き付けて躱すことで、同士討ちを恐れて硬直したところを素早く刃を振るって両腕を落とし、とどめとして仕込み靴の刃で足を落とした。

 

「ワーンダーウン」

 

 笑いながら語りかける。その様はさぞかし狂気に映っただろう。

 

「ああああぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」

 

 後ろから女性にあるまじき咆哮を上げながら、隠すということを一切せずに全力で打ちかかってきた刃を受け止める。

 

「よくも、よくも、ヴァイオレットを・・・ッ!」

 

「おやおや、うら若き乙女とは思えぬ振る舞いですなぁ」

 

「うるせえぇ!!」

 

 完全にそれ女性としてどうだよ?と思うような声と態度を表に出しながら、打ちかかってきた当人―――ジャスミンはさらに刃に力を籠める。

 

「てめえは、ここで、絶対に、殺す!」

 

「やれるもんならやってみな、腰抜けお譲さん」

 

 軽い挑発と共に、俺は力を受け流して相手と立ち位置を変える。ヴァイオレットは依然として戦力外、ウェスティリアはヴァイオレットを何とか再起させようとしているが、ほとんど効果がないようだ。他のメンバーも、臆したのか仕掛けてくる気配はない。その中の一人が、こちらに背を向けて走り出した。が、

 

「言ったよね?逃げようとしたら―――」

 

 そう言って、一瞬で回り込んで、胸にその刃を突き立てる。と同時に、もう片方の手で今度は黒に近い紫色の刃をしたピックと、黄緑色のピックを一種類ずつ抜いて突き刺した。

 

「問答無用で、殺すって」

 

 同時に点灯するのは、最高レベルの麻痺と毒を示すアイコン。胸でクリティカルヒット扱いになったHPに、その麻痺と毒が完全に追い打ちになった。俺がその体を無理矢理ぶん投げ、相手はなす術なく地面に叩き付けられた。そのダメージは残り僅かなHPを食らいつくし、体を爆散させた。それを追う形で、優雅とも取れる足取りで元の場所へと戻りながら、俺は言った。

 

「君ら程度のレベルで俺から逃げれるとは思わないことね。攻略組に匹敵するレベリングでもしてなけりゃ、俺のレベルには追い付いていないと考えて問題ないだろうし」

 

 俺が攻略組から抜けてからまだ二か月しか経ってない。加えて、ペースは落ちているとはいっても俺はレベリングを続けている。あれから10層以上攻略は進んだが、その間に俺のレベルも8ほど上がっている。攻略組の中でも俺はかなり高いレベルの部類に属していたため、こいつらが攻略組レベルのステータスと経験値を持っていない限り、俺がステータス負けすることはない。といっても、慢心などするはずもないが。

 

「まさか、ブラッディ・ロータス・・・!?」

 

「あれま、いつの間にか俺もずいぶんと有名人になったもんだな」

 

 攻略組からPKO集団の一員へと堕ちた俺は、攻略組に所属していたころからずっと暗い赤色の服を着ていたことから、今では血まみれの蓮、鮮血の蓮、という意味からブラッディ・ロータスと呼ばれるようになっていた。

 それほどまでに名前が売れていても、彼女らが気付かなかったということを責める理由にはならないだろう。基本的に俺たちは姿を悟られた相手は尽く葬るか“お話”の上での説得をしているのだから。しかも、ここまで俺は意図してキャラを思い切り変えているどころか、声域が狭いため若干止まりだが声の高さも普通とは変えている。むしろこの状態で気づくのは顔なじみの連中くらいだろう。

 

「てことは、こいつ、PKO集団の・・・?」

 

「そゆこと。ついでに言うと、あんたらは蜘蛛の巣にかかった蝶同然だと自覚して?」

 

 蜘蛛の巣に運悪く捕まった蝶は、やがてそれを知った蜘蛛に食われるだけ。逃げることも許されず、ただその身を食われる。ようやく女たちは、自分が狩る側から狩られる側へと回っていることに気がついた。

 

「さて、と。かなり興が削がれた感はあるけど、改めて、ゲーム再開と行こうか」

 

 相変わらず笑みを絶やさずに俺は語りかける。その直後、俺を囲んでいた雰囲気が明らかに変わった。今までの、強い反感や反発をはらんだものから、恐怖と、微かな覚悟をはらんだそれへと。

 

「んー、悪くない。やっぱり得物は活きがよくないとね」

 

 言いつつ、俺は改めてアプローチを考える。その時に、一人が突然叫びだした。

 

「わああぁぁぁ!!」

 

 駆け引きのかけらもない、ただ恐怖にかられただけの突進。稚拙以外の何物でもないその攻撃を、俺はあっさりと回避して、すれ違いざまに首をあっさりと飛ばした。

 

「リ、リカバークリサンセマム」

 

 ところどころ裏返ったコール。その結晶が砕けるのとほぼ同時に、もう一つの炸裂音が重なった。首が飛んですぐにもう一つコールが入る。

 

「リカバーアマリリス!」

 

 今度ははっきりとしたコール。だが、こちらも、今度は複数の炸裂音が重なった。そのコールした張本人の手足と首が一瞬で飛んだのだ。次のコールはなかった。

 

「まさかとは思うけど、もう在庫切れ?さすがに早すぎない?それとも、仲間を見捨てたの?」

 

 そう言いつつ、周りを見渡す。背後からする、人一人分のポリゴン炸裂音を聞きながら、試しに周囲に刃を向けてみるが、返ってきたのは腰が引けてただ自分の得物を握っているだけの、完全に恐怖に染まったそれだけ。

 

「・・・マジかよ。も少し粘ってくれるかなと思ってたのに、これでもう完っっ全に興が冷めたわ」

 

 本当に落胆した()()()()()()俺は短剣を納めた。それにより安心したのか、今まで張りつめていた空気が一気に緩んだ。それこそが、俺の狙いだった。いったん上着の中に手を入れて、腕を出しざまに振る。瞬間に、その場で俺に一番近いプレイヤーがその場に崩れ落ちた。

 

「え・・・?」

 

 その後も、次々とプレイヤーが崩れ落ちていく。やがて、ジャスミンが不思議そうにつぶやいた。

 

「どうして・・・?」

 

「どうしてってそりゃ、麻痺ったら倒れるに決まってんだろ。身動き取れないんだから」

 

 俺が行ったのはひどく単純な行為だ。上着に仕込んであった大量の麻痺投げナイフを、次々に投擲しただけだ。もっとも、投げる順番やタイミング、目標を間違えたりすると面倒なことにもなりかねないのだが、うまくいったのでそのあたりは考えないこととする。

 

「なんで、麻痺状態なんか・・・。Mobの気配もないのに」

 

「はぁ・・・恐怖で頭までおかしくなったか?Mobしか麻痺攻撃使わないって根拠はいったいどこから湧いて出てきた?」

 

 ため息をついて、俺はもう一本あった麻痺ナイフを見せる。

 

「で、あたしたちをどうするつもり?あんたは男だから、どうしようもならないわよ」

 

「そうだなぁ、面倒なことにもなりかねないし。でもな、()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言うと、俺は軽く右手を掲げて指を動かした。瞬間に、完全に見えない位置から深緑の迷彩ポンチョを着たプレイヤーが出てきた。

 

「ようやくお仕事ぉ?どれだけお預けにしてるのよ?」

 

「ほらほら、グダグダ言ってねえでやれ、エリーゼ。麻痺はさっきかけたばっかだし、何よりこの腰抜けどもなら大丈夫だろう。報酬はきっちり払うし、後はこっちで処理する」

 

「はいはい分かりましたよー」

 

 そう言うと、そのプレイヤー、もといエリーゼは麻痺で倒れているハーブティーのメンバーの右腕を操作し、メニューウィンドウを操作していく。一般的には他のプレイヤーには詳細を見ることはできないが、それはオプションで変更することができる。それはこの手の犯罪ギルドにとっては公然の秘密だ。もっとも、普通なら使う機会などほとんどないが。

 やがて、エリーゼがあるタブを見つける。それを、

 

「やめ―――」

「イ、エース」

 

 どこかあけすけすぎるほど陽気にタップする。警告ログとそのプレイヤーから上がる声を無視して、もう一度タップ。

 

「やだ、やだやだやだやだ・・・!」

 

 当の操作されたプレイヤーは、先ほどの怯えた表情のほうがまだましなのではないかと言うほどに泣き崩れ、絶望していた。明らかに一変したその様子に、ジャスミンがこちらに向かって強烈に睨む。

 

「何をした・・・!?」

 

「なあに、とあるタブを解除しただけだ。いずれあんたにもわかるだろうから、何を操作したのかはその時までのお楽しみ、ってことで

 悪いエリーゼ、急で悪いが一つ追加注文頼む」

 

「何よ?」

 

「あいつを最後にしてくれ。後は任せる」

 

「了解。そのくらいなら追加料金は1000でいいわよ」

 

「さんきゅ、じゃあ頼んだ」

 

 片頬のみをつり上げ、不敵に、邪悪に嗤った。

 次々とエリーゼが、ハーブティーのプレイヤーのメニューを操作し、操作されたプレイヤーは次々に絶望していく。泣き崩れるもの、声もないもの、唇を噛みしめるもの、様々なものがいた。

 やがて、ジャスミンの順番が来た。それまでも、まだ強気な態度を崩さない。

 

「いいねえ、そう言う表情のやつが絶望する瞬間が見られるっていうのは!いやはや、ここまで嬲った甲斐もあったというものだ!」

 

 今度こそ、俺は大口を開けて哄笑する。俺のその顔が不愉快極まりないのだろう、ジャスミンはこちらをさらに強くにらんだ。

 

「もうやっていいの?」

 

「ああ、やっちまえ。あ、そうだ。何なら、読み上げながら操作ってので」

 

「・・・5000。さっきとは別で」

 

「合計で追加6000ね、承知」

 

 そのやり取りを終えると、エリーゼはジャスミンの右手をとった。手始めにメニューを開く。

 

「さて、まずは可視状態に変更して」

 

 まず一回タップ。

 

「オプションタグを開いて、スクロール」

 

 さらにタブを送っていく。

 

「倫理コード解除設定、っと」

 

「え・・・!?」

 

 そこまでいって、ようやく何をされるのかを悟り、怯えたように声を上げる。だが、もう遅い。

 

「やめて・・・」

 

「全解除を選んで、警告なんて無視してイエスをタップっと」

「やめてえええぇぇぇぇ!!!」

 

 か細い声の抗議など耳を貸さず、あっさりと作業を続ける。絶叫とも取れる抗議すらもどこ吹く風で、無慈悲な処刑宣告が行われた。瞬間、ジャスミンの表情が絶望に染まる。

 

 倫理コード設定。それは、SAOの中において、所謂セクハラ、痴漢行為全般を防止するために設けられたものだ。具体的に言うと、異性のプレイヤー―――どちらからでもだが―――の一定以上の接触を続けると、まず軽く弾かれるような不快感が発生し、やがて強く弾かれ、最終的には強制的に牢獄送りになる。解除にはある程度段階があり、全解除をすればセクハラ行為で牢獄送りはなくなる。つまり、普通はシステム上不可能な性行為も可能となる。加えて、ステータスは俺のほうが圧倒的に上。これが何を意味するのか分からないほど馬鹿じゃないだろうとは思っていたし、実際そうだった。

 

「昔のアニメの台詞にこんなものがある。

『恐怖というものには鮮度があります。怯えれば怯えるほどに感情というものは死んでいくものなのです。真の意味での恐怖とは、静的な状態ではなく、変化の動態。希望が絶望へと切り替わる、その瞬間のことを言う』

 なるほど、実際に体感してみると優れた比喩だな。さて、その瑞々しく新鮮な恐怖の味はどうだ?殺されないと思ったら、一方的に、女としても凌辱されながら死んでいくかもしれない・・・。その感想は?」

 

 完全に恐怖に染まったその顔に、俺は傍から見れば穏やかそのものの口調で語りかける。だが、その顔は泣き崩れ、筆舌に尽くしがたい恐怖しか感じ取れなかった。

 

「ところでさ、もし俺は今後あんたらに何もせず、もちろんメンバーを殺すこともないって選択肢があるっていったら、どうする?あ、無論あんたも込みでね」

 

 一瞬表情を消してから、にこやかに再び笑った。だが、それは今までの嘲笑ではなく、本当に柔らかな笑みだった。だが、それだけで安心するほど相手も馬鹿ではなかった。だがそれは、平常時ならばの話だ。

 

「本当?」

 

「ああ、本当だ。俺は、()()()()()()()()

 

 さっきまで自分を殺そうとしていた人間の言葉だ。それでも辱めの限りを尽くしたうえで殺されるのと、何もせずに生きられるもののどちらがいいか、というのは選ぶまでもなかった。溺れる者は藁をもつかむ、という言葉の典型だった。

 

「よし、それじゃまず―――」

 

 そうして俺は笑みを崩さずに、その計画の一端を少しずつ話していく。こうなってしまったら後はマリオネットだ。こちらの掌の上で踊るしかない。内心ではこの上なく昏い笑みを浮かべていた。

 だが、1ミリでも考える余裕がこいつにあるのであれば、そして先ほどの言葉を覚えているのならば、俺が何もしないなどということがあるなど、果たして思っただろうか。もっとも、その精神的余裕を潰すことがこんなあまりにも回りくどい手段の一つでもあったのだが。

 

「さてと、あんたはもう帰ってもいいぞ。報酬の件はまた追って連絡する」

 

「ん、分かった。もし払わなかったら本気で殺しにかかるからそこんとこよろしく」

 

「分かってるっての。約束は守る。契約の類ならなおさらだ」

 

 そういうと、エリーゼは去っていった。ジャスミンが俺の指示した行動をするその隣で、俺は得意技でもある高速タイピングで、あるプレイヤーに連絡を取っていた。

 

 

 

 その後、俺はジャスミンの案内である場所に向かっていた。その後ろにはまるで葬式にでも行くような生き残りのハーブティーの面々。

 どこか暗く、絶望している。だがそれでもついてきているという奇妙な状況。その原因はほんの1時間ほど前にさかのぼる。

 

 

「じゃあまずは、君たちの本拠地の場所教えて?」

 

「知ってどうするの?」

 

「まあいいから。逆らったらどうなるか、分かるよね?あ、それも、矛先は君とは限らないわけだし?」

 

 その瞬間に、俺の“にっこり”の意味が分かったらしい。だが、脅しがまやかしでも何でもないと分かっている以上、選択肢はなかった。

 

「・・・第13層の圏外村、ネモスにあるわ」

 

「もっと具体的には?」

 

「大きな、洋館のようなプレイヤーハウス。そこが私たちのアジト」

 

「そっか。なら、今からみんなで向かおうか、そのアジトに。あ、待ち伏せとかは、少なくとも俺ら側はしないから安心して。

 あ、言い忘れてたけど、妙な行動起こすとか、可視モードの解除と倫理コードの再設定はしないでね。した瞬間に、気分で誰か選んで、インナー以外すべて装備全解除の上、フィールドに麻痺らせたまま放置するから」

 

 背中の気配を敏感に感じ取り、思い出したように言う。その言葉で、何人かがすぐにメニューを閉じる。それができないのならば、メニューウィンドウに意味はない。

 

「いい子だねー。

 それと、ギルメンを全員本拠地に集合させといて。いいね?」

 

 疑問とささやかな希望が混じった表情で、こくりとまるで人形のように頷いた。

 

「さて、行こうか。そろそろ麻痺も治ってるでしょ?ま、治ってなかったら引きずってでも連れていくけど」

 

 そう言うと、俺は立ち上がった。直後、他のメンバーものろのろと立ち上がった。

 

「えっと、ここが14層だから、一個下か。迷宮区抜けることになるけど、問題ないね?ある程度は、俺も護衛するし」

 

「信用できない」

 

「だろうね。でもまあついてきてよ。生きたいんでしょ?」

 

 生きたい。その言葉を出された瞬間に、少女たちは退路などなかったことに気付いた。

 

「・・・分かった」

 

「ん、よろしい」

 

 にこりと微笑んでこちらを振り返る青年からは何も読み取れず、それが空恐ろしさを加速させていた。

 

 

 やがて、彼女らのアジトに到着した。攻略組であった俺からしたらこのあたりになど敵はいない。遭遇した敵を片っ端から倒していっても、特に問題はなかった。見たところ周囲には誰もおらず、彼の言葉が正確であることを明確に物語っていた。

 

「中に入ったら、ギルメンを外に連れ出して」

 

「全員?」

 

「もちろん。あんまりにも出てこないようだったら中に乗り込んで血吹雪舞わすから」

 

 耳打ちでの会話を終えると、俺はジャスミンの背中を軽く押した。

 

 やがて間もなくして全員のギルメンが出てきた。

 

「で、次は何をすればいいの?」

 

「次が最後で、一番簡単。ここに署名して」

 

 そう言って取り出したのは一枚の紙。だが、その上には青白い炎がともっていた。

 

「こうすれば、俺という脅威から、君たちの命は保護される。システム的に、ね」

 

 そのアイテムは、一般にはなじみの薄いもの。だが、オレンジギルドの面々にとってはとてもポピュラーなものだった。

 

「ギアススクロール・・・!」

 

「そ。口約束だけじゃ信用されないだろうからね」

 

 正式名称、“誓約の巻物”。これに署名したプレイヤーは、システム的にその条文において制限されている行動の逸脱が不可能となるというアイテムだ。これは、このアイテムが損傷―――破られる、燃やされるなど―――しても、効力は持続する。その性質から、某英霊や魔術師が出て来る作品から、ギアススクロールと言われている。そして、この書物にはすでにlotusという名前が署名され、あと一つ署名欄が空いていた。

 

「条文を確認しても?」

 

「どうぞどうぞ。っていっても、本当に確認にしかならないだろうけど」

 

 そう言われ、紙を手に取り読んでいく。そこに書かれた内容はこうだ。

 

 lotusは、以降ギルド・ハーブティーに対し、傷害行為を働くことはできない。この契約は、このプレイヤーとギルドリーダー、双方のサインがなされた瞬間から効力を発揮する。

 

「・・・分かったわ」

 

 そう言って、ストレージからペンを取り出して署名する。jasmineという名前が署名されたものを、俺はそのまま差し出した。

 

「これにて契約は成立だ。現に、ほら」

 

 そう言って俺は手近なメンバーにスローイングタガーを突き立てようとする。が、それは、ここが圏外であるにもかかわらず反発のフィードバックと共に弾かれる。もちろん、HPは1も減っていない。

 

「そう。ならよかった」

 

 そう言って安心しようとした。だが、ジャスミンが背中を向けたときに、異変は起こった。俺が片手を上げ、その瞬間に無数の麻痺武器が周囲に降り注いだのだ。次々とハーブティーのメンバーが倒れていく。

 

「どう・・・して・・・?契約はちゃんと発動しているはず・・・」

 

「ああ。俺にあんたらを傷つけることはできない。()()()()()

 

 わらわらと出てきたプレイヤー。だがそれは、すべてPKO集団ではなかった。

 

「いやー、急用っていうから飛んできちゃいましたー」

 

「おう、無理言って悪かったな」

 

「いえいえ。むしろ、この状況ならおつりが来ますよぉ」

 

 そう言って話しかけてきたのはそのプレイヤーの頭だ。

 

「にしても、評判通りの上玉揃い。意外だな」

 

「ええ。いろいろと意外ですが・・・まあ、上玉であることに損などありませんしねぇ」

 

「それもそうだ」

 

 そう言って、俺は口の端で笑った。

 

「上玉・・・?どういうことよ・・・!?」

 

「ま、それはいずれわかるさ。んじゃ、後任した」

 

 そう言って、俺は頭の肩を一つ叩いてその場を去った。

 

「ふざけんな、この、クソ野郎、外道!地に堕ちろ!!」

 

 後ろから聞こえて来る叫びに、俺は一度だけ振り返った。そして、静かながらもよく通る声で言った。

 

「悪いがこちとらもうすでに堕ちてるんでな。あと、俺が外道でないといつから錯覚していた?」

 

 不敵に嗤い、俺はその場を去っていった。その心は、不思議とあまり晴れていなかった。

 




 はい、ということで。

 今回は大規模なPK(?)なんですが、かなり他作品成分が入っております。以下に少し解説を。
 まず、ロータス君の服装。これはTOVのユーリ・ローウェルの黒衣の断罪者をイメージしてもらえば大体あってます。
 台詞の引用(『恐怖というものには~その瞬間を言う』)はFate/Zeroのキャスターの台詞です。アニメだと2話ですね。
 ギアススクロールからの下りは同じくFate/Zero、アニメだと16話よりの下りのアレンジです。今回は殺しではありませんので、完全なコピーとはなりませんでしたが。

 今回、おそらくこの作品屈指の胸糞シーンと相成りました。しかも、文字数なんと10000字オーバー。いつの間にかこんな文字数になってました。何故。
 しかも我ながら不思議なのは、こういう胸糞シーンとかPKシーンとか、そう言うシーンのほうが筆が進みやすい不思議。普通は逆の人も少なくないだろうに。何故。

 実はこのシーン、設定時点でもうすでに書くことが決定していたシーンです。彼女らがこの後どうなるか、というのはまたのちに書きます。
 次の話で、主人公の過去話を書く予定です。その過程で、彼がどうしてこういうことをしたのか、というのもわかるようにするつもりです。


 ではまた次回。 

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