俺たちは、いや、俺はフィールドに出てきていた。今日は俺の初めてのPKだ。不思議なほどに恐怖心はない。ターゲットが狩場としているあたりに身を潜めつつ、ターゲットが通りかかるのを待っていた。もうすでに、黄緑色の刃をした“パラライスローイングピック”を抜いてあった。
(もうそろそろ・・・)
今回は、こっちにターゲットを追い込んで、とどめを俺が刺す、というものだ。つまりは、お膳立てはするから後はしっかりやればよし、というわけだ。
そんなことを考えていると、ターゲットがこちらに走ってきた。
(・・・ここ!)
狙いを澄まして、シングルシュートを投げつける。ピンポイントで俺が投げつけたスローイングピックはきっちりと相手を捉え、相手は崩れ落ちた。
「・・・え・・・?」
何が起こったかわからない、という様子の相手の前に、俺は刀を―――鬼斬破ではなく、替えのきくドロップ品だが―――肩に担ぎながら、口元には微笑すら浮かべて前に出た。
「あんたは・・・!」
意外なことに、相手は俺が誰なのか知っているらしい。俺のカラーカーソルをはっきり見て、顔が驚愕に染まった。もうとうの昔に俺のカラーカーソルはオレンジになっていた。
「本当だったのか・・・」
「まあな。こういうことも、まあ悪くないって前から思っててな」
そこで、相手も俺の浮かべる笑みの意味に気付いたらしい。
「なぜ・・・なぜ、こんなことを!」
「言っただろ?こういうことも悪くないって」
言いつつ、刀をぶらりと振り下ろす。その刃は相手の右腕を、実にあっさりと斬り落とした。相手は一瞬何が起こったかわからなかったようだが、すぐにどういう状態になっているのかを悟って声を上げた。
「うわぁぁぁ!」
「んだよ、うっせーな。たかだか腕一本じゃねえか」
そう言いつつ、俺は移動する。体の反対側に移動した俺は、俺は刀を返すように斬り上げながら、もう片方の腕も切り落とした。もう相手は恐怖のあまり言葉もないらしい。
「ま、こうやって両腕チョンパされたら、怖いのも納得だけど」
そう言って、俺は足で無理矢理仰向けにした。こうすると、相手の表情がよくわかる。
「おーおー、いい感じに絶望してんなー」
相手の表情は絶望に染まっていた。絶望と恐怖、少なくとも俺にはそれだけしか感じられなかった。表向きでは変わらず冷笑とも取れる微笑のままで、それが余計に相手の恐怖を煽っているらしい。相手は完全に言葉を失っていた。
「抵抗されるのも面倒だし、足も切っちゃおうか」
「やめ・・・!」
ようやく怯えたように声を出すが、もう遅い。あっさりと両足を斬り捨てる。小さく確かなポリゴンの炸裂音と共に、あっさりと両方の足が消えた。
「んじゃま、あんたに恨みはないけど。俺らの標的になったことが最後だ。恨んでくれて構わないから死んでくれや」
そう言うと、俺はその胸に刀を突き立てる。ピックによる追加ダメージに加え、先ほど両足を斬り捨てたことによってクリティカルダメージが入ったことで、かなりの深いダメージが入ったことでレッド一歩手前のイエローまで落ちていた相手のHPは、それで全損となった。人一人分のポリゴンが炸裂し、そのプレイヤーがそこから消える。完全にポリゴンのかけらが消えたところで、俺は刀を振って、静かに鞘に納めた。直後に、パチパチと静かな拍手が鳴り響いた。
「excellent! やっぱりお前は俺の見込んだ通りの男だよ」
「そりゃどうも。お眼鏡にかなったようで何よりだよ」
暗闇から出てきたのはPoHだった。今までなら警戒するところだが、もうその必要もない。というか、同じギルドに入った以上、警戒したほうがかえって不自然だ。
「いやはや、ここまで躊躇がないとはな。正直、想像以上だったよ」
「そりゃ何よりだ」
そう言いつつ、俺たちは同じ方向へと歩き出す。攻略した階層が増えたことで、拠点にできる村の数も必然的に増えた。その中で、最近発見されたのが通称“圏外村”だ。これは、
不幸中の幸いなのは、PoHたちが行うのはあくまで快楽殺人のみということだ。つまり、狩りを行うのはフィールドのみということで、補給をしているプレイヤーからの簒奪は一切しない。つまり、運営が本来想定した目的である、たまたま事故でオレンジになってしまったプレイヤーが補給に立ち寄っても、少なくともPoH一派には殺される心配はないわけだ。もっとも、そこで目を付けられて勧誘も兼ねた対象に挙がってしまう可能性は否定できないが。
圏外村を経由してとあるダンジョンへとたどり着いた。経由してきた圏外村はあくまでダミーだ。このダンジョンこそ、俺たちの本来のアジトだった。
「おー、ヘッド、お帰りなさい」
「その、様子では、大丈夫、だったようだな」
迎えたのは細い目のジョニーブラックと、赤い目のザザがいた。この二人は大抵セットで動いているので、片割れだけいないということはほとんどない。
「Yeah、俺が思っていた以上にamazingだったぜ。お前らにも見せてやりたかった」
「それは、確かに、見てみたかったな。だが、こいつが、堪えられたかどうか」
「なんだよ、人をこらえ性がないみたいに」
「実際、そういった、節は、あるだろう」
「Haha、それは確かにな。お前さんはamuseを求めるあまりがっつく節があるからなあ」
ザザの的確な指摘には軽くふてくされたが、PoHの同意には納得いかなさそうながらも声を押さえた。もっとも、表情はまだ不満が残っていたが。
「ま、とにかく、だ。これで本当の意味で仲間だな。改めてよろしく」
「ああ」
そう言って、俺たちは手を取り合った。
元攻略組で、現PoH一派のロータスが、中層においてついにPKを行った、という情報は、その日のうちに回った。ロータスがPKO集団側についてからもう2か月になる。そろそろ動きを見せてもおかしくないとみられていた矢先のこれだ。攻略組のみならず、普通のプレイヤーもこぞってこの情報に飛びついた。が、
(本当に何を考えてるんだ、ロータス・・・)
このプレイヤーだけは違った。名前はアルゴ。アインクラッド1の情報屋で、その速度と正確さには定評がありお得意様も多いプレイヤーだ。
彼女の武器はなんといっても嗅覚だ。といっても、五感の一つであるそれではなく、第六感的なものだ。要するに、“なんかここ怪しいぞ”というのをかぎつける能力の高さこそが彼女をアインクラッド1といわしめているものだ。だが、そんな彼女でも、彼の行動には謎が多すぎた。
ことは2か月前、丁度ロータスがお誘いを受ける前までさかのぼる。
突然、アルゴにメールが届いた。それ自体は珍しいことではない。が、件名はおろか、内容すらも珍しかった。
(できるだけ早く会って話しがしたい。都合のつく日を教えてくれ、って・・・。めっずらしーなー、あのハスボーが)
ロータスという人間は、基本的にこういった待ち合わせはしっかりと準備できる期間を置いて行動する人間だ。しかも、件名にはご丁寧に【火急】の文字。本当に急いでいるのだろう。
(こっちはいつでも大丈夫。何なら今でもいいゾ。っと)
思ったことをそのまま送る。返信は5分と経たずに帰ってきた。
「おいおい、マジかヨ・・・」
返信された内容は“おっけ、なら今から第一層ボス部屋に来てくれ”だったのだ。確かに、もぬけの殻となった第一層ボス部屋に行くもの好きなどそうそうはいないだろうが、何せ今からである。リアルと違ってあれこれ準備する必要はないが、心の準備というものは必要だった。必要最低限の準備をして、アルゴは拠点としている部屋を出た。
アルゴがボス部屋についたとき、もうすでにロータスはいた。だが、その表情はとても思いつめたようだった。向こうもこちらが入ってきてすぐに気づいたようで、
「悪いな、急に呼び出して」
とだけ言った。だがすぐに元の表情に戻った。
正直なところ、その時点でもうすでに意外だった。この男は、どんな状況にも飄々としてつかみどころのない、柔よく剛を制すという言葉を体現しているかのようなふるまいをすることが多かったからだ。それに不思議に思いながら考えていると、もう一人やってきた。そちらに目を向けると、アルゴにとっては商売敵のプレイヤーがいた。
「ゲイザーも悪いな、急に呼び出して」
「いいや、君がこんなことを言いだすなんて珍しいからね。
それで、話とは?」
表面上は本当に快く引き受けてはいるものの、ゲイザーもどこか訝しげだった。
「まず初めに言っておく。怒らずに最後まで聞いてくれ」
最初に切り出されたその言葉に、言い様のない不安感を感じた。
「今、俺はPoHからこっちの派閥に来ないか、とお誘いを受けてる。で、結論から言っちゃうと、俺はこのお誘いを受ける。おたくらには、この情報をばらまいてほしいんだ。タイミングとしては、俺がお誘いを受けたその日の日付が変わるとき。引き受けてもらえるか」
言っていることは無茶苦茶だ。それに、こんな情報を新聞に売ったらそれこそ想像を絶する価格で売れるだろう。だが、そもそも根本となる信憑性が怪しい。そのあたりまで考えていないこいつではないだろう。何より、
「・・・本気なんだな」
あえて、いつものちょっとおどけたような口調ではなく、真剣な口調でアルゴが尋ねた。正直、本人から直接、こうして聞かなければ眉唾として斬り捨てていただろう。
「ああ。この先どうなろうとも、後悔をするつもりはない」
一言に込められた、覚悟、決意、気迫。ただのデータの塊でしかないはずのそこに込められたものを感じ取り、アルゴの心は固まった。
「理由を聞いても?」
だが、隣のゲイザーはそういうわけにはいかないようだ。
「今は言えない。いつかきっと言える日が来ると思う。それまでは、リスク軽減のためにも、言わないほうがいいと思う。何より、これ以上、巻き込めねーよ」
ゆっくりと息をつきながらゲイザーは目を閉じた。そのまま暫く、まるで眠っているかのような沈黙を保っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「引き受けよう。そのお誘いを受ける日付というのはわかっているのかな?」
「ああ。今週、フロアボスの攻略が行われるのは知ってるよな?フロアボス攻略後、その返答を出す」
「攻略組全員の前で、ってことカ?」
「ああ。それなら、あいつらも余計なことはできないだろうし、こちらとしても手出しはできない。おそらくは、一番スムーズにことが進むはずだ」
それは確かにそうかもしれない。今の時点でPoH側と攻略組側が戦ったらどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。ならば、ことが起こることはないだろう。
「攻略組が帰ってくる、その前に情報を広めればいいんだナ?」
「ああ。できれば、攻略組が広める寸前に。新聞屋とかに売りつければ高値で売れるはずだし、後は勝手に広まるはずだ」
その理屈なら十分に理解できる。
「分かった。こっちとしても、十分に利益の見込める話だしね」
「“鼠”の名前にかけて、絶対にこの依頼は達成するヨ」
「・・・恩に着る」
一つ頭を下げて、ロータスはメニューウィンドウを表示させた。だが、その瞬間に、アルゴが止めた。
「おっと、今回のお代は要らないヨ」
「でも、あんまりにも無茶な依頼だ。少しでも払っておかないと」
「あんまりにも無茶だからこそ、だよ。それに、今回の件は十分以上に報酬が見込める。お代などもらわなくとも十分な収益を見込めるさ」
そう言うと、ゲイザーはアルゴの肩を軽く叩いた。
「さて、これからは打ち合わせだ。お互い情報の取引と、どちらがどこに売り込むかを決めなくてはならない」
「そーだナ。んじゃそーいうことだから、こっちは任せロ」
そう言うと、お互いに出口へ向かって歩き出した。その背中に向かって深く頭を下げると、ロータスは逆側の出口に向かって歩き出した。
それが、2か月前の出来事。
あれからアルゴはロータスの動きをできるだけ注意深く追うことにしていた。あれ以来、ゲイザーとは商売敵でありながら共闘関係でもあるという、複雑という人子に尽きる関係になっていた。だが、ふたりの間での共通認識は、当面の間のロータスの動きを共有するということについてはほぼ同一といってもいいほどに共通していた。だからこそ、今回別件で手が離せなかったアルゴに代わって、ゲイザーが何とか情報を収集して報告したことで、いち早くアルゴがこの情報を知ることができたのだ。
(たぶん、あの時濁した“理由”・・・。それが、今回の行動原理であり、これからの行動指針になってくる・・・。逐一分析しないと・・・)
暗く静かな部屋の中で、アルゴはずっとそれだけを考えていた。
はい、というわけで。
定例のペースからすると少し遅れました。
べ、別にゴッドイーターのアニメ再開を機にまとめて見直してたとかディバゲやってたとかそんなのはないからな!(震え声
今回はロータス君の初PKと、SAO中章のプロローグの裏話でした。
ロータス君、あんまりにも人殺しに忌避感なさすぎでしょ。確かにこれはゲームですけども。
プロローグ裏話は、これによって発生したことが後に響いてきます。中章は転換期ではありますが短めにまとめる予定ですので、頭の片隅で覚えておいてもらえるとあとで納得ということになると思います。
今回はあんまりにもあっさりだったため“少し”胸糞でした。が、次の話は、主も一気に書き上げないとやってられないくらいの話だったので、今のうちにある程度覚悟しておいてもらえるとこちらとしては助かります。
ではまた次回。