20.5.暗雲
それからというものの、俺は前線で戦い続けていた。時間は流れて、もう25層を攻略してから2ヶ月が経過していた。
「そい、そい、そおぉい!」
自分でも奇妙だと思う掛け声と共に
例のPoHの“お誘い”の後、俺は短剣を使いだしていた。確かに、刀というのもそれはそれでよかったが、いかんせん少々重たいというのがネックでもあった。重量による威力と長い刀身のリーチを捨てて、軽量による手数の多さと素早さに欠けたほうがいいときも、少なからずとして存在する。それは、俺も経験則で分かっていた。
(何より、あいつを倒すのなら、刀を使うのは愚策だ)
直接対峙して分かった。確かに、あれだったら元米軍兵と言われても納得がいく。口調はふざけていたが、纏っている雰囲気は一流と呼んで差支えないものだった。そして、あいつの得物は短剣。こっちの一撃必殺など、すべて躱されたうえでちまちまと削り飛ばされるか、その短いリーチを最大限に生かして腕を飛ばされるに違いない。あの手のやつは、その手の行動に躊躇など1ミクロンたりとも持たない。そういうものだ。
(最大多数の最大幸福。そんなの、いつも変わらないはずなんだがな)
俺はまだ、PoHの“お誘い”に対して答えを出していなかった。内心苦笑しながら、少しずつ上がってきた短剣の熟練度を見ていた。今現時点で俺のレベルはすでに大台の50まで乗っかっており、その時にとった新規スキルが短剣だった。それまでにとったスキルはどれも廃棄することができず、結局こうなった。最近はフロアボス攻略戦にも参加せずに、ひたすら短剣の熟練度上げとレベリングに徹していた。幸いなことに、人型を好んで戦っていた影響か、短剣はドロップ品の中に大量にあった。無論、そのまま最前線で使うにはいささか物足りないものばかりだが、ならば最前線で使わないか、強化して使えばいいだけのこと。リズには大量の短剣の強化を依頼した時に露骨に嫌な顔をされたが、そんなのは些末なことだった。
今現在、短剣の熟練度はようやく300に乗ったところだ。餌となる生肉を置いて敵をおびき寄せるという形でレベリングを行ってはいるが、その生肉もそろそろ在庫切れだ。倒したモンスターの肉を置いたこともあったが、見事にほとんど食いつかず、あっさりとあきらめざるを得なかったのだ。
(えっと、誘いの液薬は・・・そこそこ、か。しゃーね、いったん帰るか)
誘いの液薬、というのは、自分に少量振りかけると敵をおびき寄せやすくなるというものだ。簡単に言ってしまうと、周囲のポップ率の上昇と、使用者のみへの敵の索敵強化といったところだ。餌を置いていたほうが確実性があるのでそうしていたのだが、こうなってしまっては仕方ない。液薬の効果と残りの道を考え、ルートを決定すると、俺はそちらに足を向けた。瞬間だった。
一瞬で声を押し殺し、近くの茂みに身をひそめる。ついでに、茂みの色によく似た深い緑色のコートを素早く呼び出して、ハイディングをする。
(誰だ・・・!)
俺がとっさに隠れたのは、人の声と音がしたからだ。この辺は人型モンスターがポップすることはなかったはず。ということは、ほぼ間違いなくプレイヤー。
やがて聞こえてきたやりとりと、見えてきた顔立ちですぐに相手が分かった。何しろ、俺が情報を集めさせた、まさにその集団だったからだ。
「いやー、今回の相手は貧弱だったねぇ」
「そうね。最初は女だと思って強気に出てたのに、最後になったらみっともなく命乞いとか。貧弱な上にビンボーだし、ある意味最悪」
「でも何もないよりましじゃない?」
「それもそうね」
「ま、でも、次は実入りのよさそうなの選ぼうよ。それこそ、攻略組とか。あたしらからしたら敵じゃないでしょ」
「でもそうねぇ・・・、対人戦闘っていう点なら勝てるかも。デュエル祭りみたけど、そんなにレベル高くなかったし。剣のほうの決勝に進んだ二人は群を抜いてたけど」
「というか、ジャスミンだったら楽勝じゃない?碌に反撃させてないわけだし」
「簡単に言うわね、ヴァイオレット」
「だってみんな信頼してるし。ねえ?」
その声に、そのほかのメンバーも同意する。が、近くの茂みに隠れている身としては、
(ねえ、じゃねえよクソボケ。・・・何はともあれ、間違いないな)
攻略組はここ一発の度胸ということにかけては一級品の奴らばかりだ。舐めるな、というのが本音だ。
正直なところ、こんなところで会うとは思ってもみなかった、というのは確かにあった。いくら調べてあったとはいえ、確認のために、一度直接言葉を聞く必要があった。それを、こうしてこんなところで達成できるとも思っていなかった。だが、その偶然のおかげで、今回確認がとれた。
(逃がさねえぞ、“女狐”どもが)
だが、今回は間が悪い。一切、何も準備ができていない状況で飛び出すのは、どう贔屓目に見ても得策ではない。ここは退くのがベターだった。
物音を立てないように、立ち上がらずに移動する。かなり距離の取れたところで、かなり適当に作ったワイヤー付きピックを投げる。それは十分に効力を発揮したようで、突然飛んできたピックに泡を食っている間に俺は全力ダッシュを持ってあっさりと離脱した。
あのプレイヤーたちは、“ハーブティー”という名前の小規模ギルドだ。構成員に女性が多いことで知られている。そして、そのプレイヤーにしばしば植物の名前が付けられている。例えば、先ほど出たジャスミンは言うまでもなく、ヴァイオレットというのは英語で
(どこに行っても、多分どれだけ時間が流れても、あの手の輩のやることってのは変わらねえのな)
そして、俺にとっては少なからず因縁のある相手でもある。相手にとっては些末なことかもしれないが、俺からしたらかなり恨んでもいいはずだ。たとえ、それが些末な、他人から見たら笑い飛ばせることの一つだとしても。
そして、彼女らを見て、俺の中ではっきりと一つの結論が出た。いや、自覚した。
(まったく、)「とんだ道化だな、俺も」
そう思いつつ、俺は思い浮かんだ相手に連絡をとった。
返信はすぐに来た。ふたりともすぐに来てくれるとのことだったので、すぐに打ち合わせをすることにした。
すぐに目的地である、第一層ボス部屋に向かう。すぐにアルゴが来て、ゲイザーが来た。結論から言えば、俺の望んでいた情報と要求を二人は呑んでくれた。流石はアインクラッドでも大手の情報屋二人だ。
そして、俺は久しぶりに、フロアボス攻略戦に参加した。その時のことが語られないのは、あまりにも終了後におこったことが衝撃的だったからだろう。
ボス戦終了後、全体が疲れ果てている時に、ボス部屋に三人のプレイヤーが入ってきた。その一人が誰かというのを認識した瞬間、全体に再び緊張が走った。
「PoH・・・!」
どこからか上がったその声に、PoHは片手を軽く上げた。
「おっとstopだ、お歴々。今俺たちがここに来たのは、返事を聞きに来た、ってだけだ」
「返事、だと」
唸るようにリンドが言う。それを腕で軽く抑えて、俺は立ち上がった。
「俺に、だよ」
決して声を張ったわけではない。が、その声は静かな部屋に、やけに大きく響いた。
「PoH。理由とか喋ってたら長いから結論だけにしてやる。
誘いは受ける。ただし、条件がある」
開口一番の俺の発言に、PoHは面白そうに目を細めた。
「なるほど。聞こう」
「前線でのPK、具体的には最前線の層を含めて上三層―――つまり、最前線とその一個下、さらにその下の層だが―――での、少なくともPoH集団によるPKの禁止。これを守る約束がなされない場合、誘いを受けるわけにはいかない」
その俺の発言に、さらにPoHは口角を上げた。
「I’ve got it. お安い御用というやつだよ」
「そうか」
それを受けて、俺は立ち上がる。もうすでに、刀は鞘に収まっていた。
「待てよ、いったい何が何だか」
慌てたようにかかる声は、最近攻略組入りしたクラインか。新参者とはいえど、その度胸と技量は尊敬に値するものがあった。あのレインと張り合っただけはある。
「俺は、
それだけ言い残すと、俺はPoHのほうに歩いていった。その姿に、その場にいた攻略組全員が言葉を失っていた。
「そういうことだ。よろしく頼む」
「歓迎するぜ、lotus君よぉ」
完全なる静寂の中、俺とPoH、そして取り巻きたちはボス部屋を後にした。
はい、というわけで。
これよりSAO編、中章です。この話は中章プロローグということで20.5話としました。
ここではまだありませんが、これ以降胸糞シーンが見られることがあります。ご注意を。一応あまりに胸糞悪い話だと前書きで警告をするようにはします。
これを書く前から、こういう風なキャラがいてもいいんじゃないか、と思っていて、それをある程度練ったうえで投稿を始めたのがこの作品です。なので、これは決して思い付きではありません。
これから先の話でも、基本的には主人公からの目線で書いていくつもりですが、ちょくちょく目線が変わります。でも、誰からの目線からというのを書いていると、区切りとかが自分でわからなくなりそうなので書きません。その辺はご了承ください。
といっても、誰目線で書いているのかというのがわかるようにはしますが。
ではまた次回。