ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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20.幕間、デュエル大会、後編。そして―――

 その後の試合はたいしたものではなかった。レインやアスナも順当に勝っていったし、リンドやキバオウはそもそも大会運営側だったので不参加だったのだ。そんな強敵もいなかったので、危なげないのはある意味では予想通りだった。

 

「この組み合わせか、もうちょっと番狂わせとかあってもよかっただろうに」

 

「そうですね。やはり、一番盛り上がったのはレインさんのあの試合でしたが」

 

「だな」

 

 俺たちがそう言っているのは決勝の話だ。決勝の組み合わせはレイン対アスナとなった。俺からしたら意外性の欠片もない、よく言えば下馬評通りのマッチングとなった。

 

「まあ、あんだけ読み合いになるっていうのは珍しいしなあ。でもま、決勝はあの試合とは別の意味で盛り上がるだろうな」

 

「女性同士ですからね。しかも美少女同士」

 

「それな」

 

 アスナとレイン、両方とも見目麗しい女性だ。もっとも、二人ほど年をとっている印象はないので、美少女というべきなのだろう。

 

「それになにより、ふたりとも実力者だからな。あと、ああ見えて案外アスナは結構直情径行型だから、読み合い化かし合いっていうより、力と力の勝負になるんじゃねえかな」

 

「そうですかね?」

 

「ああ。最初にアスナと会ったときは、まあ、ある種諦めっていうか、思考停止っていうか、そういう状態にあったからかもしれないけど、基本的には戦いになったら自分の感覚を信じるタイプだ。きっちり思考して読みをするようになったレインとは年季が違う」

 

「その口ぶりから察するに、レインさんもそうだったのですか?」

 

「ああ。対人模擬戦で俺と何回もやり合って、その中で読み合いの技術をあいつは取得した。アスナも理論をある程度建てて、その上で戦いをコントロールしようとする。想定外のことが発生した場合、あいつは感覚を信じる。レインは、想定外のことしか起こらないという、極端な話、相手の動きを見て、その動きから相手の目的をある程度読むっていうことをする。だけど、アスナの速度と見切りの精度を考えると、そういうことをやすやすと許してくれる相手じゃない。そういうときは、あいつも感覚に頼らざるを得ない。あくまでクラインとの試合が読み合いになったのは相手がクラインだったからに過ぎない。ならば、最終的には感覚と感覚、力と力の勝負になる」

 

「よく読みますね・・・」

 

「まあな。戦いってのは実際に刃を交える前から始まってるんだよ」

 

 そんな会話を終えたころ、丁度二人は会場の中央でデュエル申請を終えていた。ほぼ同時に抜剣して、胸の中央あたりに手を置いて剣先を垂直に上に上げる。アスナは例によってフェンシングの構え。対するレインは、

 

「えっ!?」「そんな!?」「・・・ほう」

 

 二人が驚いたように声を出す。レインは左足を前に、左手を剣の下に添え、剣はまっすぐ水平正面に、その剣先はアスナの喉笛をしっかりと捉えている。それはかの有名なあの構えに酷似していた。もっとも、あちらは左手で剣、もとい刀を持つために左右反転しているが。

 

「あれって、あの構えですよね、あの、・・・なんでしたっけ」

 

 護衛の最後の言葉に思わずずっこける。知らないのかよ。

 

「“牙突”だよ、るろ剣の。確かに古い作品ではあるけど、有名な技だろ」

 

「あー、そうだそれだ!」

 

 名前を聞いてしっかり思い出したのか、大きな声を出す。その声を聞きながら、俺は前に顔を戻した。少しして“DUEL!!”の文字が現れる。瞬間、アスナが飛び出した。ソードスキルを使っていないにもかかわらずその速度は閃光の二つ名に恥じない速度だ。だがそれを、レインは右回りに一回転して躱しながら横薙ぎを放つ。だが、そのそれがアスナの胴を薙ぐより先に、アスナはそのままの勢いで駆け抜けることで攻撃を回避していた。即座にレインが追撃に入るが、それはあっさりと回避し、即座に高速の三連突きを見舞う。それは後ろに飛び退りながらの剣さばきでいなし、躱す。そのまま距離をとって、今度は半身気味に、腰のあたりに手を持ってきて、胸の中央あたりの高さに剣先を持ってくる。

 その光景を見ていて、俺は自身の口元がゆがむのを感じた。なるほど、構えを見て相手の最初の一手を読むことはしても、その先は感覚頼り、ってことか。あいつらしい突撃思考だ。っつっても、アスナも大概か。あいつもかなり感覚で動いてるみたいだし。明らかにあの回避とかたまたまだろ。

 

(ま、これはこれで面白い、か)

 

 そう言いつつ戦況を見守る。雰囲気からして、もう一度状況が動きだすまではそう遠くない。

 

 俺がもくろんだ通り、即座に状況は動いた。だが、傍目から見てアスナは劣勢だった。レインの攻撃は尽くクリーンヒット狙いなのに対し、アスナの攻撃は掠める程度に躱され、いなされている。これは観客の一部からもざわめきが起こっていた。だが、もっと頭の回る観客は即座に原因が分かったのか、冷静さを保っていた。

 

「なぜ、こうもレインさんが優勢に・・・」

 

「簡単な話。武器の相性を考えるのと、武器の特性を考えるのは別物ってこと。レイピアは基本的に“斬る”のではなく“突く”ものだ。斬ることもできるけど、最悪相手の鎧にクリーンヒットしたら折れたり曲がったりする可能性があるから、むやみに使えない。レインもそれを分かっている。だから時折繰り出される斬撃には、レインは刃をぶち当てることで処理している。親しい相手の武器をへし折るっていう罪悪感を抜きにすれば、相手の得物を奪うっていうのは有効な手段だからな」

 

「お言葉ですが、突きのほうが処理は難しいのでは」

 

「のんのん、そっちしか来ないって分かってるんなら話は別。突きっていうのはな、当てられる側からしたら躱し辛いものだけど、当てる側からしたら正確に当てれるところに攻撃しないといけないっていうプレッシャーもあるわけよ。だって、外したらその時点でカウンターが来るわけだからな。となると、腕や足に攻撃してくる可能性は低い。ってことは、武器落とし(ディスアーム)を狙ってくる可能性はほぼ切っていいわけだ。んでもって、相手の攻撃はおそらくほとんど当てやすい胴に集中するってことも併せて読める」

 

「体術による攻撃、というのは」

 

「あいつらもすぐに分かるだろうし、あのスタイルなんだから体術スキルにはかなり精通してるだろ。なら、まずその手のだまし討ちは意味がないって考えてるだろうな」

 

 その言葉に、少し考えてから護衛のうちの一人が呟いた。

 

「ならば、ミスディレクションを誘えばあるいは、ということですか」

 

「そだな」

 

 もう一人の護衛がぽかんとした表情を浮かべたのを見て、俺は解説に入った。

 

「ミスディレクションってのは、あえて間違った認識を与えることによる効果のこと。ここでレインはアスナからの武器落としはないって読んでるわけだ。アスナも、おそらく相手は体術と片手剣の複合で戦ってくると読んでる。ならば、その既成概念を崩しちまえばいい。・・・ってことまで頭が回るかねえ、あの猪娘二人に」

 

 見てわかるほどに、今の二人はヒートアップして固定概念に縛り付けられている。こうなってしまったら、天秤を傾けるのは意地とか気合とか、その手の“熱さ”か、いかに冷静でいられるかという“冷たさ”のどちらかだ。どちらになるかというのは状況にもよるが、今回の取り合わせからして、なんとなくだが“冷たさ”がキーになると踏んでいた。

 

「頑張れー、レイン」

 

 小声で声援を送る。柄じゃないとわかっていても、俺にできることはそれだけだった。

 

 

 その頃、レインとしてはかなりギリギリの状態になっていた。正直に言って、アスナの攻撃の苛烈さというのは想定していたそれよりさらに上をいくものがあった。

 

(これ、は・・・!想像、以上、に、キッツイ・・・!)

 

 もう少しまともに思考する暇でもあると思っていたが、そんなことを許してくれるほどアスナの連撃は甘くなかった。ある程度飛んでくるコースが読めているにもかかわらず、その攻撃は早く、正確だった。お互い、ソードスキルを使ったらいなされて、硬直の間に切り刻まれることなど百も承知だから、リスクを承知でソードスキル抜きの組み立てをする必要があった。硬直がないことをいいことに攻めに攻めるアスナの攻撃を防ぐだけでも手一杯だ。

 

「やあっ!」

「はっ!」

 

 気合と共に放たれる両者の攻撃。もはやそこにはPK覚悟の上の攻撃があった。現に、相手の突きははっきりと胸の中央から少し左寄りのところを狙ってきたし、こちらのカウンターも首を狙った。どちらもクリーンヒットしてしまえば急所一撃判定であっという間にHPバーが消し飛ぶ。だからこそ、この戦いはもはや死闘に近いものになっていた。

 

 何度目かの仕切り直し。最初は相手の突きの攻撃範囲を絞るために半身になっていたが、もはやそんな余裕すらない。相手も、ただこちらを倒すということのみに集中しているように感じた。

 

(あれ、ちょっと待っ・・・!)

 

 考えている暇などないと言わんばかりのアスナの攻撃。突きを防御しつつ、防御と回避、時折カウンターに徹しながら何とか思考する。

 

(アスナさん、もしかして、()()()()()()()・・・?)

 

 つまり、思い切って体術側の攻撃はないと踏んでいるわけだ。ならば、そこに突破口はある。

 

「やっ!せいっ!はっ!」

 

 迫りくる高速の三段突き。左右の布石からの正面の突きをすべて処理し、残心でレイピアを引いた瞬間に、少し大振り気味に右の剣を掲げる。瞬間、アスナの目に“獲った!”という色が浮かんだ。瞬間に、剣を持った右ではなく、左手を握りしめる。右手をコンパクトに畳んで突きを払い落とすと、左手で相手の右側の肋骨の下あたりをアッパー気味に振り抜いた。

 

「かっ・・・はっ・・・」

 

 思わずアスナの足が止まる。直後に、相手の首筋にこちらの刃を当てた。

 

「・・・参ったわ。降参」

 

 その言葉がアスナの口から洩れた瞬間に、デュエルのウィナー表示が、レインの勝利という形で表示された。

 

「・・・右の囮からのレバーブローとはね。完全にやられたわ。おめでとう、レインちゃん」

 

「いえいえ。アスナさんもさすがでした」

 

 そう言って二人は笑いあい、軽くハグをした。その光景を何人もの観客が記録結晶―――写真や動画、録音のできる結晶のことだが―――に納めていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

「今のは!?」「うっはー、えげつねえー」

 

 驚く護衛に対し、少々面白げな俺。もう一人の護衛は、少し考えた後に呟いた。

 

「・・・レバーブロー・・・?」

 

「たぶんね。なんでそんなところまでリアルに再現されているのか、というのはさておくとして。・・・さて、行くか」

 

 そう言いつつ腰を上げた。この後は表彰式に入る。ならば、俺がいなくては話にならないだろう。件のアイテムが盗まれていないことはもう既に確認済みだ。

 レバーブローというのは、レバー、つまり肝臓の上をしたたかに叩く、格闘技の有効打の一つだ。ここは筋肉で保護されることがなく、きっちりと入ってしまえばほぼ確実に相手を悶絶させることができる。だが、それを承知でやることも多い格闘戦ならまだしも、見知った、しかもそこそこ親しい相手とのデュエルでそれをやるとは。

 

(確かに何度か対人戦で俺もレバーブローかましたけどさ。それはあくまで手段を選ばない俺だからこそ、ということもあったわけで、あのレインがそんなことをするとはなあ・・・)

 

 一応、有効テクニックの一つとしてレインにも知識だけ教えてはいた。が、まさか実行するとは思ってもみなかった、というのが本音だ。

 

 

 

 

 槍のほうの争奪戦は、正直に言って知らない名前ばかりだった。たいていがタンクに近い人間ばかりだったのもあるのだろう。

 表彰式も終わり、俺はまた圏外で狩りをしていた。時刻はもう深夜どころか、下手したらもう少しで明朝になってしまうくらいだった。が、今まで狩れなかった分の鬱憤を晴らすかのように俺はひたすらMob相手にバーサクしていた。

 一区切りついたところで、軽く刀を左右に振る。血など付くはずもないが、その辺はご愛嬌というものだろう。刀を鞘にしまおうとした瞬間、俺の背筋に悪寒が走った。風邪だとかそういうものではなく、所謂いやな予感というやつだ。

 鬼斬破をしまわず、右手をただぶら下げる。左手でスローイングピックをすぐに投げられるように静かに抜く。すぐにどこにでも対応できるように警戒は全方向。それを悟ったのか、相手は暗闇の中から、俺の正面に姿を現した。その相手は、隠蔽スキルのブーストのためか、黒いフード付きのポンチョを着ていた。

 

「Oh、俺はhidingには自信があるんだが、そうも簡単に見破られちゃ形無しだな」

 

 相手の姿が見えたのならば世話はない。足と腕に力まない程度に力を籠め、いつでも飛び出せるようにする。幸いなことに、相手の名前も、得物も、もうすでに俺は知っている。

 

「・・・PoH」

 

「hmmm、どうやら俺も相当famousになったみたいだな」

 

 これまで、散々暗躍してアインクラッドを掻きまわしてきた問題プレイヤー。そして俺は、おそらくオレンジをたどれば大抵こいつにつながると思っている、わかりやすい“諸悪の根源”。

 

「しっかしまあ、いくら効率がいいからって、人型はすべて問答無用で首を飛ばすっていうのは、少々crazyだな」

 

「ちまちま削るほうが非効率だし、時間もかかる。これが俺のスタイルだ。悪いかよ」

 

「いやいや、悪くなんかない。むしろいい傾向だ。()()()()()()()()()()()()()()()だからな」

 

 その言葉に、俺は思わず黙り込む。この世界に来てからというもの、それは他ならぬ俺が実感していた。いくらMobといっても、相手は人によく似ている。それでも、俺は首を飛ばしたり、胸を貫いたり、両腕を斬り飛ばして倒していた。傍目から見たらそんな必要はなく、普通に隙を見つけてちまちまと攻撃を仕掛けて倒すのが普通だ。だが、俺は文字通り手段を選ばずに倒していた。

 

「それがどうした」

 

「それだけじゃない。お前さんはかなりbattle junkieのようだからなぁ。俺たちと一緒にamuseを追求できそうだ」

 

 その言葉を聞きながら、俺はもう一度周囲の警戒を厳にする。俺としたことが、こいつのみに注意を割きすぎた。今更だが、周囲の警戒も必要だというのに。

 

「そう警戒なさんなって。こちらとしても、危害を加える必要はないからな」

 

「逆の立場になれよ。そう言われて、はいそうですかって警戒解くか?」

 

「Hahaha、そりゃそうだ」

 

 笑いつつ、PoHは両手を広げた。敵意がないことのアピールだろうか。

 

「で、その口ぶりから察するに、お前が来たのはお誘い、ってことか?」

 

「Yeah」

 

 さっきから無駄に発音いいなこの野郎。なるほどこの発音ならネイティブだと言われても頷ける。

 

「そうだな、考えておく、と答えておくか。少なくとも、まだ時ではない」

 

「そう、か」

 

「ただし、もしかしたらあんたらの手を借りることがあるかもしれない」

 

「その時は喜んで手を貸すぜ。いい返事を待ってる」

 

「そうかよ」

 

 一応形式上とはいえフレンド登録を済ませると、俺はゆっくりと背中を向けた。納刀はしない。頭の中では、先ほどのお誘いを受けて浮かんだ一つの案を実行すべきかを練るということのみを考えていた。

 




 はい、どうも。

 デュエルの様子とか描くことにかなり四苦八苦した今作でした。アスナもなんだかんだでこんな思考回路かなー、というのは 想像です。
 SAOにレバーブローなどというものが実装されているというのはここだけなのであしからず。実装されてもおかしくないとは思いますが。

 槍のほうのデュエル大会がまるまるカットの理由はお察しください。槍使いって有名どころいないじゃん?つまりはそういうことだ。

 そして、最後の部分は今後に大きく響いてきます。この作品の紹介にもある“歪み”に関わってくることでもあります。この後は暫くオリストに入る予定です。


 どうでもいいですけど、SAO新刊が4月発売って本当ですか川原先生。今までの間はいったい何があったんですか。
 とにかく、少しピッチを上げないともしかしたら今後のプロットがまるまるそげぶされるのでどげんかせんといかん。まあその場合も強行するんですけどね。
 もっとも、どこをどういうふうにそげぶされるのかもうすでに察している人もいるかもしれませんが。

 ではまた次回。

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