ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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19.幕間、デュエル大会、前編

 大会当日。俺は本部にて警備の指揮をしていた。これは俺本人の希望だ。主催者である以上、大会に出場するわけにもいかない。かといって何もしないのは性に合わない。ならばということで、こうしてここで警備の指揮をしている、というわけだ。いつぞや読んだ本に、警備は予測不能のパズルのようなもので、頭を隅々まで使えるから楽しい、なんて一文があったが、今ならその事がよく分かる。確かにこれはこれでなかなか楽しいものだ。

 

「各箇所、異常はないか」

 

 開きっぱなしのボイスチャットに声をかける。そこかしきら異常なしの返答が聞こえてきたところで、俺は改めて警備の配置を睨んだ。

 ボイスチャットは電話のようなものだ。少し前のマイナーアップデートで導入された。俺たちのような若者はメールでも全く問題ないのだが、年寄りからしたらメールより電話、という人種もいる。そういう人間にとってはこれは楽だ。そして、これはグループチャットということもできるため、素早く多数と連絡を取りたいというときには本当に便利だ。

 

(あっちはどうなってるかねぇ・・・)

 

 そんなことを思いつつ、メインイベントが催されている方へ目をやる。何かとペアを組むあの少女も、今回の戦いに参加しているはずだ。彼女ほどの腕前であっさり負けるというのは考えづらいが、どれほど盛り上がることかと楽しみでもあった。

 改めて目を全体図に向ける。軍の面々には、たとえ子供のちょっとした万引き1つでも見逃さないようにして欲しいと言ってある。その辺は問題ないだろう。オレンジの襲撃も、追い返せるだろう。その辺り抜かるキバオウではない。

 

(ま、俺は俺のやるべきことってやつをやりますか)

 

 そう思い、再び意識を警備に向けた。

 

 

 

 時々遠くから歓声が上がる。今回は開催者側が親となって賭けも行われている。それも活気付けに一役買っているようだ。今回はキリトやレイン、アスナなど、攻略組プレイヤーや準攻略組といえる実力者が多数出場していた。それも大きいのだろう。

 今のところ、警備に異常はない。何もないのはある意味ではいいことなのだが、どこか薄気味悪いのもまた事実だった。まるでこれは、

 

(嵐の前の静けさ、ってか・・・?)

 

 だとすれば、連中の狙いはなんだ?そもそも、なぜこんなに静かでいる?そんなことを考えていると、部屋を誰かがノックした。

 

「はい」

 

 いつも通りに返事をする。が、念のためにと右手は装備している鬼斬破にかかっていた。

 

「わいや、キバオウや。そろそろ本戦やからな、迎えと交代に来たで」

 

 慎重にドアを開け、周りを警戒する。キバオウとその側近の二名のみであることを確認すると、俺は警戒をわずかに解いた。

 

「あと任した」

 

「おう、任された」

 

 参加者が思いの外多かったこともあり、デュエル大会は予選と本戦に分けて行われていた。そして、例のフロアボスLAドロップ品は盗難防止目的で俺のストレージに放り込んだままだ。つまり、景品の手渡しには俺が必要不可欠となる。その間、当然俺は警備の指揮などできないわけで、一番に言い出した人間がメインイベントを何も見ていないなどというのはさすがにかわいそう、ということもあり、本戦の開始から最後まではキバオウが警備の指揮をすることになっていた。

 

 正直に言って、俺もこの大会の本戦がどうなるのか、興味津々だった。

 

「大会の方は順調?」

 

「ええ。予選の方にも白熱した試合はたくさんありましたよ。しばしば番狂わせも起こって、賭けの方で財政も潤いそうです」

 

「そいつはよかった」

 

 半分ほど本音で言いつつ、俺は口の端で笑った。俺としても、大会を間近で見られるのは楽しみだったのだ。

 

 

 行く道すがら、屋台でつまみ食いをしつつ(もちろんお代は自腹で払っている)、本戦出場者の名簿を見ていた。そこにはアスナ、レインなど、攻略組の名だたる面々の名前が連なっていた。ときどき新興ギルドなのかソロなのか、とにかく聞きなれない名前もあったが、ここまで勝ち上がってくるということは実力者なのだろう。そして、もう一つ気になる事実も分かった。

 

「PKO集団と思われる連中の本戦出場は一切なし、か」

 

 隣にいる軍とDBの護衛に、どちらともなく話しかける。PKOとは、PKをするOrange(オレンジ)の集団、という意味だ。現実でのPKOとは平和維持活動のことを表す、ということを考えると、これはとてつもない皮肉だ、と俺は名付け親ながらにして思ったものだ。

 

「はい。そもそも、参加希望すら来なかったと聞きました」

 

「そう、か・・・」

 

 つくづく不気味だ。何もアクションを起こさないなど、俺なら考えない。こんな場なのだ、煙幕の一つでも焚くとか、参加してPKを狙うとか、やりようはいくらでもあるはず。

 

(ま、起こってねえことを気にしても始まらないか)「まあとにかく、ここにいるみんなは幸せそうだからな。それが安心の種だ」

 

「そうですね。皆さん本当に楽しそうです」

 

 その言葉に、もう一人の護衛も頷く。貼り付けたような笑顔を浮かべながら、俺はその光景をゆったりと眺めていた。

 

 

 

 会場は凄まじい熱気に包まれていた。今までこういうことが行われなかったということ、またプレイヤー主体のお祭りというのが久しぶりであることが重なって、ここにはすさまじい熱気が集まっているのだろう。

 

「ロータスさんはこちらへ」

 

 護衛に案内される形でついていくと、つれてこられた場所は他より少し高く、全体が俯瞰でき、席もゆったりしている場所だった。どこからどう見ても、特等席といって差し支えないものだった。

 

「・・・本当にこの席で間違ってないのか?」

 

「ええ。合っていますよ」

 

 開催者側だからというのはあるのかもしれないが・・・さすがに少し気が引けるレベルの席に内心戦きつつ腰を下ろした。

 

(いやま、確かにゆっくり静かに観戦できる場所にしてくれとは言ったけどさ・・・)

 

 席の希望を聞かれて“ゆっくり静かに見れるとこならどこでもいい”とは言ったが、まさかこんな席が来るとは思ってもみなかった。

 席に座って改めてゆっくりと本選出場者の名簿をみる。今回のこれは、欠員が出た攻略組参加者のある種スカウト的な意味合いもある。集まっているのはどれも実力者のみだ。それと、これを仕組んだのはもう一つの意味合いもあるのだが、これはいうべきではないだろう。

 

 ちょうど一通り目を通し終わったころに、大きな声が鳴り響いた。

 

「さあお待たせいたしました!ただいまより、第25層フロアボスLAドロップ争奪デュエル大会を再開いたします!」

 

 司会の声に会場は大いに沸く。というか、バトルシャウトか何かの応用か?・・・うまいこと考えるやつもいたものだ。

 

「まずは第一回戦、赤コーナー、ギルドBA所属、攻略組数少ない女性プレイヤーの一人、“閃光”、アスナ!」

 

「アスナ様ー!」「頑張ってー!」

 

 その声にアスナが応える。会場は沸きに沸いた。何せあのルックスに加えて剣の腕は最高と来た。こうもなるだろう。

 

「続きまして青コーナー、第一層からの攻略戦士ながら、今は商人もやっております!常にタンクを支える文字通り“大黒柱”、エギル!」

 

 こちらも歓声は上がる、が、どうしてもアスナには劣る。というか、むしろところどころブーイング、というより、ヤジが起こっている。その内容が「ぼったくり商人ー!」だとか、「も少し値切らせろー!」という内容であることから、どういう店であるかはお察しだ。ついでに言うと、この組み合わせの時点で結果は、というか過程までもう大体見えている。哀れ、エギル。

 

「それでは両者、デュエル申請!くれぐれも初撃決着にしてくださいよー!?」

 

 アスナとエギルがデュエルを申請する。二言三言交わして軽く握手すると、そのまま少し離れたところにお互い構えをとった。エギルは重そうな両手斧を下に、剣道でいう脇構えに構えた。対するアスナはレイピアの剣先をわずかに垂直上へ向ける、フェンシングのような構え。

 システムウィンドウに“DUEL!!”の文字が躍る。瞬間、アスナが一気に突っ込む。エギルが逆袈裟で迎え撃ちにかかるが、アスナはそれを難なく躱す。だが、その動きを読んでいたかのように、両手斧の重量を生かして横に躱す。アスナも横に斬撃をお見舞いしようとするが、その切っ先の先にエギルの両手斧があることに気付いてすぐに剣をひっこめる。直後にエギルが今度はスタンプを繰り出す。が、これは完全に見切って飛びのいた。そのあとの痛烈そうな突きは足で蹴り飛ばそうとする。が、アスナはそれをあっさりとバックステップで回避し、着地した瞬間に代名詞たる“リニアー”を繰り出し、それをきっちりと肩口に当てた。ウィナー表示を確認すると、ひゅんと軽く血振りをするような動きをしてから剣を仕舞った。

 

「さっすが、アスナだな」

 

 と、口では言いつつ、心の中ではやっぱりと思っていた。STR型のエギルに対して、AGI型のアスナ。アスナがスピードと見切りで翻弄して決めるというのは俺の想像通りだった。

 

「勝者、アスナ!」

 

 簡素であるがゆえにわかりやすい勝者コールに、会場がまたどっと沸いた。この組み合わせになった時点で勝敗が見えていた人間も少なからずいたというような感じの歓声の沸き方のように感じた。哀れ、エギル。

 

 

 

「続く試合は実力派同士の対決!赤コーナー、攻略組ソロプレイヤーの紅一点!“剣姫(けんひめ)”レイン!」

 

「かわいー!」「がんばれー!」

 

 黄色い歓声にこたえつつ、レインの顔は少々複雑そうだ。アスナは立場上広報のような役目を負うこともあるだろうからか完璧な愛想笑いだったが、レインは照れと苦笑と愛想笑いの混ざったような、まさに“複雑”としか言えないような笑い方をしていた。

 

「対する青コーナー、最近急成長中のギルド、風林火山がリーダー!“野武士”、クライン!」

 

 その声にこちらも歓声が上がる。が、こちらはやはりレインに比べれば見劣りするところはあった。だが、一般的に知られないギルドのメンバーであることを考えれば、この歓声は十分だろう。おそらく、全体的なプレイヤーの割合を考えれば、攻略組がかなりの少数派であることも影響しているのだろう。

 

 やがて、デュエル申請が終わり、カウントが尽きる。瞬間に、クラインが一気に踏み込む。レインはそれを鎬と体を最小限に動かして受け流す。背中越しに刃を返して背中に反撃をお見舞いするが、それは予測していたようにクラインも刀を立てて受ける。そのままレインが回転しつつ横に薙ぐ。クラインはそれを後ろに回避して反撃に備えた。瞬間に、レインが一筋の光となって突っ込んでいく。辛くもそれを防いだクラインだが、その顔は驚きと危機を乗り切った安心に染まっていた。

 

「なーるへそ。クライン、って言ったっけ。面白くなるかも」

 

「・・・え、今の攻防で、ですか?」

 

「うむうむ。今の中で、いくつか駆け引きがあったからね。まず、最初のクラインはソードスキルを使わなかった。初っ端だからこそ景気付けに突進系をかますかな、と思ったんだけど。んでもって、それをさばいたレインはしっかり攻撃を見切って、最小限の動きでカウンターまで繰り出した。クラインも、あの様子から察するに反撃がどこに来るのか読んでたっぽいしな。あの体勢で、殺さないのならば背中が一番確実だ。でも、PK覚悟でほぼ確実にクリーンになる首とか頭を狙ってくる可能性もあった。だから刀をあえて立てて受けた。そこからの回転しながらの薙ぎでクラインが下がったのは多分ホリゾンタル・スクエアの後の硬直狙いだったんだろうけど、あえてレインは普通の攻撃を出して、それを布石にしてソニックリープで勝負しにかかった。

 玄人受けする、駆け引きの多い戦闘だ。こりゃ面白くなるぞぉ」

 

 正直に言おう。組み合わせを見た瞬間に、ここも即効で終わりそうと思った。だが、こんな面白い番狂わせがあるとは。

 

「頑張れー、レイン」

 

 個人的にはレインを応援したい。たまにとはいえパーティを組んでいる身なのだ。

 

「あの少女に何か思うところでもあるのですか?」

 

「え?あー、まあ、ちょっとね。どうして?」

 

「いえ、今まで試合を見てきて、どちらかに肩入れするということがなかったので」

 

「あー、そういうこと。ま、一応攻略中にパーティを組むこともある仲だし、個人的には勝ってほしいってこと。それだけ」

 

 後ろから突然かけられた声に驚きつつ答える。これでも俺は攻略組の中でデュエルした時に確実に高い勝率を誇る人間だ。俺に安定して勝てるのは、アスナと、今は長期離脱しているキリトくらいのものだろう。それ以外の相手には、レインやリンドなども含めてかなり安定して少なくない勝ち星を積んでいる。

 

 戦いは完全に膠着状態にあった。お互い大体手の内が読めてきたのか、攻撃も防ぐより躱すことが多くなっている。だが、仕切り直しから仕掛けるのはクラインのほうが圧倒的に多くなってきていた。ここまでそう長い時間がたったわけではないが、会場の盛り上がりもここまでで一番のものになってきていた。

 

(さて、と。そろそろかましたれ、レイン)

 

 俺のその思いが伝わったのか、一度仕切り直しとなった戦いは焦れたように踏み出してきたクラインによって再開される。懐まで一気に飛び込み、なかなか勝負が決まらないことに焦って攻撃を繰り出したクラインに対し、レインは冷静だった。クラインの攻撃は単純な上段。それをあっさりと後ろに回避すると、レインは一歩踏み込んだ。その隙に斬り上げソードスキル“浮舟”を繰り出す。大抵の人間はレインが斬られる光景を予測した。が、

 

「勝負あったな」

 

 ぼそりと呟く。レインは、クラインの必殺の一撃すらも一歩引いて躱した。会場がどよめき、短いながらも確かな硬直に陥ったクラインに、レインは一発瞬迅剣を叩き込んだ。クラインのHPバーがきっかりイエローまで落ち、デュエルのウィナー表示が空に現れた。

 割れんばかりの拍手を送る観客に手を振って応えつつ、レインはこちらに向けてピースをした。それを見て、俺もサムアップで返す。

 

「ナイス、レイン」

 

 小声で小さく呟く。その声を聞いたのか、護衛の一人が不思議そうに聞いてきた。

 

「レインさんが勝つことを予見していたので?」

 

「戦ってる途中から、だけどな。

 あの二人、確かに技量としては互角といって問題ないだろうよ。おそらく、レベルもそう大差ないだろう。準攻略組っていっても問題ないレベルだ。近いうちに共闘するかもしれないくらいに、な。で、技量が互角ならどこで勝負が決まると思う?」

 

 突然話を振られ、ふたりの護衛は顔を見合わせた。

 

「武器の相性ですか」

 

「うんにゃ、それだったらもっと早々に決着がつくだろうし、技量が互角って時点でそんなのはほぼないと考えていい。第一、飛び道具が実質無いといってもいいSAOで、相性なんかないに等しい」

 

「・・・ならば、気合、でしょうか」

 

「惜しい、っちゃー惜しいか。

 正解は精神状態。いかに冷静でいられるか。平常心でいられるか。この手の戦いってのはその辺がキモ。戦いの最後らへん、明らかにクラインは焦れて攻撃が単調になっていた。だから、レインも自分から積極的に仕掛けることはなかった。相手のほころびをつこうとしてたんだろう。けど、なかなかボロを出さない。だったら、ブレイクポイントを作るまで、ってわけだ。最初ならともかくとして、焦れた状態ならばフェイントの一つ、引っかかってもおかしくないと踏んだんだろうよ」

 

「ならば、戦いの序盤であのフェイントは」

 

「効果なかっただろうね。よく見れば、あの踏み込みが浅いってことに気付いただろうし。その辺は、レインの読み勝ちだな」

 

 この手の化かし合いは俺もしばしばやるが、レインはそれをかなり直系で受け継いできている。例えば、視線を読むこととか。今でこそモンスターも視線で攻撃する場所を見て来るのでこの技術はかなり有用だが、俺は最初からそれを見抜いていたから、その精度は俺に次ぐレベルでレインは高い。読み合いならレインに勝てるのは俺くらいのものだろう。

 

「さて、と。残りの戦いはどうなるかねぇ」

 

 興味津々といった様子で俺は残りの試合を楽しみにした。




 はい、どうも。

 章をあえて区切りました。ここで区切ったほうがいいかなー、と。
 何度も言っているように、ここが終わると一気に雰囲気が変わります。できれば主人公の過去辺とか、その辺も書ければなぁ、と思っています。これ何回目だというツッコミは受け付けます。

 戦いの描写って案外難しいものですねぇ・・・。でも、この後PvPは大量に書く必要があるんだよなぁ・・・。どうしてこんな展開にしたんだ俺。後悔はしていない。

 今回の話はあくまで幕間、箸休め的なものですので、特に深い意味はないです。あとから読み直すのであれば、最悪この章は飛ばしてくださっても構いません。

 ではまた次回。

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