0.プロローグ
2022年11月6日、昼前。少し早い昼食を済ませた俺は、バタバタとしていた。両親からしたら、「なんでお前はそんなにバタバタしてるんだ」、などと言いそうだが、俺にとっては大事なことだった。何せ、今日はソードアートオンライン、通称SAOのサービス開始日だからだ。そんなときに寝坊するのは・・・まあ、ある意味俺らしいというか、呆れた話である。
今まであまたのゲームを買ってプレイしてきたが、これまでで一番ワクワクしている。自分も、本来狩猟や純粋なRPGが好きなのだが、こういうMMORPGはほとんどやってこなかった。しいて言えば、ずいぶんと前に動物―――空を飛べるものも含んで―――を乗って様々な土地を走っていけるというものがあったが、やはりそこまでやり込めずにすぐやめてしまった。だが、これは違った。誰もが夢見たであろう、画面越しのキャラクターに自分がなりきることができるというのは、食指を動かすには十分だった。
ハードとソフトを買った直後にキャリブレーションを済ませ、あとはサービス開始と同時にログインするだけ・・・だったのだが、俺が今日起きたのは12時ジャスト。素早く着替えて食事をとって、そして今に至るというわけである。
一応念のため書置きを横に置く。ゲームなどには疎い両親のことだ、万が一ログインしている最中に無理矢理落とすために外そうものならいったいどうなることか・・・想像したくもない。いろいろと考えて文面を書き終えてペンを置くと、すでにサービス開始まで5分を切っていた。携帯の電源を切る。どうせダイブ中は操作することなど、土台不可能なのだ。
ナーヴギアの電源を入れて被る。あまり人が入らない場所だが、念のため邪魔にならない場所に寝転ぶ。
ソフトの挿入を確認し、Wi-Fiの接続を確認する。電源が刺さっているかを確認してから、時計を確認する。現時刻は12:58。案外時間がかかったなと思いながら、俺はその辺の床に、邪魔にならないように横になった。この手のやつは座っていてもある程度大丈夫だが、案外ナーヴギアは重たい。
やがて時間が来る。体内時計には昔から自信があった。だが念のため、残り20秒を切ってから目を閉じる。はやる心を押さえてカウントを終えると、その言葉をつぶやいた。
「リンク・スタート」
―――それが、自分を長い間囚われさせる、魔の言葉であるとも知らずに。
ダイブした直後に俺が見たのは、大きな広間だった。駅前のロータリーのような近代的なつくりではなく、まるで中世ヨーロッパにでもタイムスリップしたかのような趣のある街だった。
「すっげえな、こりゃ」
正直に言えば想像以上の一言に尽きる。これほどまでとは思ってもいなかった。一応書置きには夜には戻ると書いたものの、これでは下手したら一日くらいはダイブしっぱなしになっていそうだ。
何はともあれまずは武器だろう。初期装備すらもアイテムストレージにないというザル度合いだが、裏を返せば様々な武器を扱えるということでもある。そう思い、とりあえず街を散策することにした。
今の自分は、事前に作ったアバターになっている。背も少々高めに設定したからか、視線が慣れない。が、こんなのは時間が解決するだろう。それに、この手のアバターは大量に見かける。アバターの自由度が高いゲームだと顔面偏差値が異常な高さになるのは、ある意味必然といえよう。
「んー・・・」
ちなみに、今俺は絶賛悩み中である。シンプルなロングソードである片手用直剣は扱いやすさに定評があるが、それではつまらなさそう。短剣は取り回しがいいが、いかんせん至近距離での戦いには慣れていない。どちらかといえば柔道より剣道のほうが得意なのだ。槍はタンクが装備するイメージだし、何より狩猟ゲームでも槍系はほとんど使わないから論外。となると・・・
「これかなー・・・」
そう言ってディスプレイしてある曲刀・・・所謂シミターを手に取る。リーチでは片手用直剣にわずかに劣り、刃も片側にしかついていない。
「でもこっちも捨てがたいよなー・・・」
そう言いつつもう片手で今度は棍棒を手に取る。刃をいちいち意識しなくていい代わりに、ただ単純に重い。まあそれが取り柄でもあるのだが。
暫く悩んだ末に、NPCにふと問いかけた。
「すんません、これって試し振りってできます?」
「おうできるよ。店ン中にスペースあるから使ってくれや」
気前のいいNPCに感謝しながら入っていく。確かに、店の奥にはちゃんとそのようなスペースが用意されていた。
「・・・用意周到なことで」
呟きながら、まず曲刀を手に取る。踏み込みながら基本的な振り方をして、感触を確かめる。直後に棍棒を取り、何度か振る。すぐに心は決まった。初期金額から勘案しても、かなりリーズナブルなお値段であることも確認し、試し振りスペースから出るや否や言った。
「おっちゃん、こいつくれ」
「おう毎度!気ィ付けてな!」
「ありがと」
そう言うと、改めて相棒となった曲刀を鞘にしまう。どうやら店売りのアイテムは鞘もセットになっているようだ。それからいくつか店を回って回復薬を入手すると、俺は意気揚々と町の門をくぐった。
「さてと、んじゃま早速狩りに行きますか!」
記念すべき初狩ということで、俺は本当に楽しんでいた。
それから数時間後、俺は順調に戦っていた。最初こそ少々感覚がつかめなかったが、慣れてくると簡単だった。
このゲームには、所謂魔法の類は一切存在しない。その代りに存在するのはソードスキルといわれるものだ。特定の体勢をプレイヤー側が意図して作ってやることで、それをシステムが認識、結果、誰でも簡単に強い攻撃が放てるという仕組みだ。それに、ソードスキルには様々なバフやデバフ付与効果があるとも聞いている。
「なーる。こいつは確かに楽だな」
もっとも、俺の選んだ武器、曲刀だと“リーバー”という、突進系の技しか使えないようだが、何もないよりはよっぽどマシだ。
「ま、でも楽だな、これ」
このあたりに湧くのは“フレンジーボア”という青色の猪だ。猪系の相手のセオリー通り、突進を躱して後ろから攻撃で大抵は対処が可能。実際、これまでだってそれ一辺倒で簡単に対処できた。が、これにはちょっとした面白いギミックもあった。というのも、脊椎動物というのは絶対に脳が存在する。そこを潰してしまえば簡単に倒せる。つまりだ、相手から真っ直ぐこちらに向かってくるのなら、わざわざよけて攻撃するより、その場で待ち構えて頭を一突きするとか、飛んで上から頭を裂くとか、はたまたその得物を投げるとかというのも有効なわけだ。実際どれでも有効で、クリティカル扱いになってその猪は例外なく死んでいった。哀れ猪。
「さてと、マップを見てみますか」
如何せんこの第一層は広いと、マップを見て改めて思う。確かパッケージのイラストでは、この“浮遊城アインクラッド”は円錐形になっているようだから、事実上ここが一番広い層ということになるのだろう。が、これは広い。
「えっと、ここから一番近いのは・・・こっちか」
大体の方向を覚えて、俺は歩き出した。
暫く歩き、道中で出てきたモンスターを片っ端からぶっ倒しながら、俺は地図にあった村にたどり着いた。
「あ、そういえば」
本当にふと思い出して、俺は剣を一回鞘から抜いた。軽く指でタップしてウィンドウを表示させ、その数値を見て顔をしかめる。
「うっわー、やっぱ耐久値結構やばいなー」
耐久値、というのは、ざっくり説明すると“物の寿命”である。これがゼロになった瞬間、食物だろうと武器だろうと、ポリゴンのかけらとなって利用不可となってしまう。それが結構危ないということは、最悪この剣はなくなっていたということだ。
「よかった気付いて。さてと、んじゃま武器屋を探しますか」
一言呟いて武器屋を探す。案外すぐそこにあった武器屋には、流石に最初期の街とは違い品ぞろえがよかった。それに、これまでさんざんモンスターをぶっ倒してきただけあり、コル―――この世界での通貨だが―――もそれなりにたまっている。何本か買うくらいは造作もなかった。
「さーてと、行くか」
一言呟いて一歩を踏み出した瞬間に、鐘の音が鳴り響いた。リンゴーン、リンゴーンと響くその音に、言いようのない不穏な予感を覚えた。瞬間、自身を光が包む。それが収まったとき、俺は広場にいた。
(ここって、ログインしたときの・・・)
よく空を見ると、幾何学模様のようになった空に何か書いてある。さらに注視すると、それが“Warning”“System Announcement”と書いてある。運営から何か通知があるのかとただぼんやりと考えた。
そうこうしていると、空から何か液体が垂れてくる。明らかに粘性がありそうな赤いそれは、空中に巨大なローブのアバターを形作った。何人かが引き攣った悲鳴をあげたが、まあ無理ないだろう。当の俺は「わー悪趣味(棒)」という、超がつくほど味気ない反応だったが。だがそれはやがてひそひそとした話し声に変わった。
「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ。私は茅場晶彦、今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ」
未だにざわつきが収まらない広場に―――より正確にはそこにいるプレイヤーに向け、そのアバターは話しかけた。
私の世界、なんていった瞬間にそうかなと思ったが、まさか開発者直々にとは。こりゃ驚いた。
「プレイヤー諸君は、もうすでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合などではない。繰り返す。これは不具合などではなく、ソードアートオンライン本来の仕様である」
・・・え、俺気付いてなかったんですけど。というか、今こいつはナントイッタ?ログアウト不可が仕様だと?欠陥ってレベルじゃねえぞ、おい。
「諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない」
要するに、出たかったらクリアしろと。単純明快で結構。ってあれ、待てよ、ナーヴギアが外れたらどうなる?
「また、外部の人間によるナーヴギアの取り外し、あるいは破壊や停止が行われた場合、諸君らの脳はナーヴギアが発する高出力マイクロウェーブによって破壊される。
正確には10分間の外部電源切断、2時間のネットワーク回路切断、ナーヴギア本体のロック解除、または分解、破壊のいずれかによって脳破壊シークエンスが実行される。
現時点で、警告を無視して現実世界の人間がナ―ヴギアの強制除装を試みた結果、すでに、213名のプレイヤーがアインクラッドおよび現実世界から永久退場している」
用意周到だなクソッタレが。てか213人って、マジかよ。
「だが安心して欲しい。この事に関しては各種メディアおよび政府に通達済みだ。以降、これによる退場はないと言っていいだろう」
安心できる訳ねーだろコラ。今更何言っても無駄だけど。
「また、ソードアートオンラインはただのゲームではない。もうひとつの現実だ。
そのため、ゲームクリアされるまで、ありとあらゆる蘇生手段は用いられない。HPがゼロになった瞬間、アバターは永久に消滅し、諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される」
・・・もはや驚く気にもならない。つまり、こっちで死ねばあっちでも死ぬっつーことか。
「ここがもう一つの現実であることをここに証明しよう。今、君たちにプレゼントを贈った。アイテムストレージを確認してくれたまえ」
あちらこちらで鈴を振ったような音がする。その音の一つを出しながら、アイテムストレージを確認した。確かに、見覚えのないアイテムが一つ混じっている。アイテム名は“手鏡”。とりあえず出現させると、そこにあったのは何の変哲もないただの手鏡だった。と思ったら、自分の体が光に包まれる。またどっかに飛ばされるのかと思っていると、景色は変わっていなかった。だがどこかおかしい。
少々周りを見渡してすぐに気づいた。まず、女性が極端に少なくなっている。そして、美男美女ばかりだったのがありふれた顔も多くみられるようになっていた。ということは、
「やっぱりな」
鏡に映るのは、先ほどまでの切れ長い目のイケメンではなく、現実世界での自分の顔だった。先ほどのアバターと似通っているところといえば、目が少し切れ長なことくらいか。細めの釣り目に怒り眉、少々鼻が高く、少し厚めな唇という、平凡なただの青年の顔だった。改めて顔を上げると目線も若干落ちて―――いや、戻っている。つまり、アバターを現実世界の体に置き換えたということか。キャリブレーションとヘルメット型というところがまさかこんな意味合いを持っているとは考えもしなかった。
「おそらく諸君は、なぜ私はこんなことをしたのか、と考えているのだろう。何故ナーヴギアの開発者たる茅場晶彦は、このようなことをしたのかと。その目的はすでに達成されている。
この状況を作り出し、鑑賞する。そのためだけに、私はSAOというものを作った。そして、その目的はすでに達成せしめられた。
――――以上でソードアートオンライン、正式サービスチュートリアルを終了する。健闘してくれたまえ」
そう言うと、そのローブは虚空へと消えていった。空の幾何学模様もなくなっていく。と同時に、怒号がその場を覆い尽くした。それもそうだろう、普通のゲームだと思っていたら、何の予告もなくデスゲームと化したのだから。
だが、そんなことを俺はどこか他人事のように思っていた。こういったことが起こった瞬間、大抵の人間は安全なところに閉じこもるか、集団を組むことで安全性を高めるはず。だがもとより俺は集団に溶け込めるような性格ではない。なら、この先に取るべき行動は―――
そこまで考えた瞬間に俺は走り出していた。広間からフィールドに出て、そのまま先ほどまでいた町まで走る。
(どっかで聞いたな、この手のゲームはリソースの奪い合いだって。だったら、おそらく始まりの街周辺のMobはさっさと狩り尽くされる。なら、この状況ですべきは一刻も早く違う街にとりあえずの拠点を置いてレベリングをすること)
基本的にレベリングなどはしない主義だが仕方ない。今回の場合は死んだら終わりなのだ。死なないために一番簡単なのはレベルを上げることだろう。と思っていると、目の前に狼が
はい、というわけで。
あれ、結局どこかで見たような話になってしまった。創作力のなさが痛感されます。
次はすぐに投稿します。ではまた次回。