ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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17.幕引き―第二十五層フロアボス攻略戦後―

 

「ほんまに、おおきにな」

 

 回想にふけっていると、近くから声がした。ふと顔を向けると、そこには安堵、自罰、罪悪、混乱、おそらくその他諸々の感情がない交ぜになって、得も言われぬ表情のキバオウがいた。

 

「いや、いいよ。俺が好き勝手暴れただけだし。むしろ、フォロー助かった」

 

「そんくらい当然やっちゅーの。あんさんのおかげで、ここのボスを倒せたんや。もとはといえば、わいらの不始末が大本や。それで、攻略レイドが総崩れになってしもた。ほんまに、ほんまに、なんちゅーてええか・・・。ディアベルはんにも・・・」

 

 微かに声が湿ってくる。あちこちからねぎらいの声が聞こえるが、どれも活力があるとは言い難かった。俺もその例外ではない。だが、そんな状態でも思考する能力くらいは残っていた。

 

「そう、だな・・・」

 

 一度そこで声を区切る。ゆっくりと立ち上がると、俺は二つ手を叩いた。

 

「皆、ちょっと聞いてくれ!」

 

 こういう時に、声の響かせ方というのを心得ているというのは役に立つ。高校や中学時代に吹部だった俺にとってみれば、楽器を響かせる延長というだけだ。その声は、はっきりとボス部屋に響いた。

 

「今後のALSの件なんだが、ここでは何も言わずに、また機会を改めないか?」

 

「どうしてだ!今ここでそれを決めるべきだ!ALS側が逃げる可能性もある!」

 

 即座に噛みついた声はリンドか。確かに、彼の言うことにも一理ある。だが、俺には俺なりの考え方もある。

 

「俺がこういうことを言うのは、皆疲れていて、話し合いにならない可能性を危惧しているからだ。疲れていれば、理性も働かない。効くべきブレーキも効かなくなる。そうなれば、ヒートアップしていくばかりだろう」

 

「でもそれで!話し合いの場そのものが奪われたら!」

 

 確かにリンドの危惧はもっともだ。だが、俺にはもう一つの理由があった。

 

「リンド、あんた、PAのサブリーダーだろ?なら、PoHって名前に心当たりがあるはずだ」

 

「・・・誰だそれ。俺は知らないぞ」

 

「オレンジの黒ポンチョ男、っていえば分かるか?」

 

 俺の言葉に周囲がはっきりとざわついた。随分と前に当時の最前線近くで起こった強化詐欺に関して、その行った側に手口を教えた、と思われるのが、そのPoHなのだ。そして、俺はストレージから例の情報書を取り出す。

 

「ここに、俺がゲイザーに調査させた、PoHに関する情報がある。それ以外にも俺が私的に頼んだ情報もあるから、一概にはいどうぞって訳にはいかないが、ここにはっきりと書いてあるぜ。“取り巻きのプレイヤーにジョニーブラック、モルテというプレイヤーあり。また、最近彼らの一味に入った、刺剣(エストック)使いのザザはやたら腕が立つから注意”ってな」

 

 その言葉に、今度はPAがざわつく。PAがまだDKBと名乗っていたころ、そのモルテというプレイヤーはALS、DKB両ギルドに所属して、今日までの二大ギルドの対立要因を作り出した。ジョニーブラックについては言うまでもない。今回の騒動の火種だ。

 

「と、いうことは、だ。動機とかは一切わからないが、奴らはおそらくここで全員が潰し合うことを望んでる。もっとありていに言ってしまえば、殺し合いを望んでいる可能性があるわけだ」

 

 俺のあまりに飛躍した可能性を荒唐無稽だと笑う人間はいなかった。誰かが、このようなことをPK教唆の一種として、煽動PKと呼んだ。今回も、その手口である可能性は高い。それに、

 

「ブレイブスのときから、手口の本質は変わっちゃいない。だからこそ、一回クーリングが必要だ。違うか?」

 

 あの時もそうだった。もしあの時、ブレイブスの面々が揃って土下座による謝罪をしなければ、あの場で多数の合意の下、“処刑”という名目でPKが行われていただろう。

 

「・・・私は、その意見を支持しよう。私たちはブレイブスの一件、というやつを知らないが、彼の言っていることは至極まっとうだ。ここで疲れ果てた状態で何を言っても、感情論に終始するのが関の山だろう」

 

 少々劣勢かと思われていた状況下で、思いもよらぬ援護射撃が来た。声で分かってはいたが、ヒースクリフだ。だが、この状況を好転できるのなら―――

 

「だけど、そいつが何か企んでるとも限らないだろう!ここで裁決をとるべきだ!」

 

「あなたねえ―――」

 

「アスナ」

 

 ―――というのは、問屋が卸さないようだ。誰の声かはわからない。だが、その声にすぐさま反論しようとしたアスナを、俺が静かに声をかけて押しとどめた。このあたりは、理性的な彼女に感謝だ。

 

「確かに、俺が何か企んでいるかもしれないって疑うのは至極もっともだと思う。だけどさ、ここで俺が理性の判断を求めることに、何のメリットがある?むしろ、PKを止める側なんだぞ?」

 

「だからこそだ!暗躍する可能性もあるかもしれないだろう!」

 

 あー、その線があったか。すっかり失念していた。ならば、

 

「ならさ、キバオウさん。この件が一件落着するまで、俺があんたの傍にいる、ってのは?たくらみが成功しなかったことを知った奴らからの、直接の攻撃を防ぐ、って目的でな」

 

「なっ・・・!」

 

 気炎を上げていた張本人が、俺のその発言に絶句した。

 

「なんでだ?もし俺が何か企んでいるのなら、そういう状況で何も起きないほうがおかしい。違うか?」

 

 微かに微笑みすら浮かべる俺に、その男がさらに気炎を上げようとした矢先、

 

「落ち着きなさい、ご両人」

 

 これまた思わぬ援護射撃。

 

「ならば、第三者から護衛を受け持てばいいだろう。そして、それが必要ならば、その役目は我々ブラッドアライアンスが引き受ける。血の同盟の名に懸け、誠実を誓おう」

 

 その言葉に、俺は内心ヒヤヒヤしていた。そんなこと言っていいのかヒースクリフ。下手したらあんたまで疑われるぞ。と、内心ひやひやしているところに、別の声が上がった。

 

「ええわ。もう、ええ。ロータスが人柱まがいのことをするんも、BAの協力を仰ぐンもなしや。気持ちだけ、受け取っとくわ」

 

「キバオウさん!」

 

「ええんや。もともと、組織の腐敗と暴走を止められず、結果的にディアベルはんを死なせる原因を作ったのはわいや。その責から逃げるなんちゅう真似はせん。ここで、誓わせてもらうわ。もし破ったら、ギルドのストレージを公で可視化させて、すっからかんにする。これでどうや」

 

 ・・・キバオウ。あんた、すげえな。その覚悟、きっとみんなに伝わったぜ。

 もはや俺が声をかける必要はない。そこまで言われて反論する人間などいなかった。

 

「決まり、だな。なら、キバオウ、時が来たらあんたに通達する。それでいいか?」

 

「ええで。せやけど、事態把握のために、最低でも半月は欲しい」

 

「ま、妥当だな。よし、じゃあそうしよう。リンドさん、そういうことでいいか?」

 

「ここまで言われちゃ、何も言うことはねえよ。そして、仲介人の第三者は、あんたが担ってくれ」

 

「・・・了解した」

 

 なんで俺なんだよと叫びたいところではあったのだが、そんなことをしている場合ではないということくらいはわかっていた。キバオウとリンドに連絡のためのフレンド申請を行い、その場はお開きとなった。

 

「さて、と。それは置いといて、ボスドロップのことなんだが」

 

 その声に、全員の顔が怪訝なものになる。大抵、ボスドロップはワンオフものの高性能品で、暫くの間は十二分に活躍してくれる代物だ。だが、今回に限っては例外だった。

 

「使えるものもたくさんあるから、使えるものは俺がありがたく使わせてもらう。けど、問題は他にあってな。LAボーナスドロップが片手直剣と槍なんだ。俺はスキル取ってないし、今後使う予定もないから、誰かに譲りたい。どういう案がいいと思うか、みんなの力を借りたい」

 

 ボスドロップはLAじゃなくても十二分に使えるものばかりだった。どれもステータスが高いものばかりではあるが、装備できるものばかり。刀も曲刀もドロップした。両方とも相当に消耗して、メインアームの切り替え時はおそらくすぐ来る。それまでは、鬼斬破に頑張ってもらうしかない。しかしまあ、

 

(こりゃ後でリズにどやされるなぁ・・・)

 

 刀は両手武器である分丈夫ではある。アスナの細剣に比べればそれは確かだ。刀や細剣は、その刀身の細さから耐久値はお世辞にも高いとは言えない。耐久値の減りは両方ともほぼ同等である、というのは、情報で出回っている。というのも、誰かがまったく同じ金属から作った同じようなプロパティの武器を使用し耐久値テストなるものを行った結果である。とにかく、耐久値の減りがほぼ同等ということは、この後武器の整備に持っていったときに、アスナと俺の耐久値の減り方の違いが明白になるわけで。鍛冶屋である以上、その辺はしっかりしているわけで、小言の一つや二つくらいは仕方ないというところはある。

 

「ま、その辺も含めて考えておいてくれ。これに関しては、情報屋に掛け合って、ドロップした本人である俺を頭としたネットワークを構築してもらうことにするから、みんなの知恵を貸してくれ」

 

 そう言って俺は頭を下げる。その声に周囲がざわついたが、関係はない。

 

「頼む」

 

 静かな声。だが、その声にはしっかりと力が入っていた。これは心からの頼みだ。だが、もし仮に演技でも、このくらいは造作もない。

 

「むしろ逆に聞きたいね。そう言われて、ここにいるメンツが断ると思ってんのか、あんた」

 

 この声は、さっき気炎を上げていた男か。そしてそれに続くように、

 

「そーそー」「それな」「ほんとだよ」

 

「ロータス。俺はあんたとパーティを組んだこともある。だから、ある程度人柄も分かっているつもりだ。だからこそ言わせてもらう。―――その程度、屁でもねえよ」

 

 その言葉に、俺は改めて頭を一つ下げ、くるりと踵を返した。

 

「俺はまだ耐久値に余裕がある。次の層の有効化(アクティベート)に行ってくる」

 

「いーや、その役目はPAが担う。特にあんたはダメだ。疲れもたまってるだろうし」

 

「それには同意するで。さすがに、あんさんが行くンは反対や」

 

 二大ギルマス―――片方は仮だが―――に止められては、頷くしかなかった。歩き出した歩みを止め、再び攻略レイドに向き直る。

 

「でも、あんたをこのままにしておくのも忍びない。ここは、俺の指揮下で元ディアベル班があんたを護衛し、主街区まで送り届ける。何かあったら、俺が全責任を持つ。・・・それでいいか?」

 

「構わないよ。こちらから歓迎したいくらいだ」

 

「こちらとしても問題はない。が、こちらからアスナ君とレイン君を派遣しよう。彼女らは、ロータス君と懇意のようだからね。友人がいたほうが気が休まるだろう」

 

「・・・それもそうだな。じゃあ、行けるのなら声をかけてくれ」

 

「かけてくれも何も、俺は今すぐでも大丈夫だぞ」

 

「なら、少し待ってくれ。こっちも状況の確認をする。すぐに終わる」

 

 その後、本当に少しの確認の後、俺たちは出立した。螺旋階段を上がって、上がりきったところの扉を開ける。そこで、アスナたちがこちらに来た。

 

「お疲れ」

 

「おう、お疲れ」

 

「まったくもう、最後のはヒヤヒヤしたよ。確率低いんじゃなかったの?」

 

「確かにそうよね。一回当たり成功率三割だったら、四回だと9%、つまり0.09の二乗だから、1%を切る計算になるわね」

 

「そーだな」

 

「そーだな、って・・・。無茶苦茶だよ!?」

 

「でもさ、うまくいく気がしたんだよ。あそこで攻め切れる気がな。それに、ディアベルの顔が浮かんでな」

 

 会話で出たディアベルの名前に、周囲の雰囲気が変わる。

 

「さて、しんみりするのはいいが、今は目の前に集中だ」

 

 その俺の声に、幾分か吹っ切れた雰囲気にはなったものの、やはりしんみりした空気は変わらなかった。この雰囲気は、時間が解決するのを待つしかないようだ。

 

 

 

 第二十五層フロアボス攻略戦は、こうして波乱の火種を多数生み落としながら、ここに幕を閉じた。

 




 はい、どうも。お久しぶり、なのですかね。

 パソコンがようやく直ったのでリハビリ投稿です。といっても、本当に最低限しか直していない状態なので、バイトして新しいパソコン買おうかななんて考えている今日この頃。

 これにて第25層ボス戦、終了でございます。思いのほか前の話が熱血な感じで終わったので、文字数少な目でもこっちは別にすべきかなーと思ってこういう形にしました。前も一緒だったとかそういうことは言わない。

 この後はオリジナル展開を挟んで、今度こそ説明文詐欺にならない展開に持っていく予定です。

 ではまた次回。

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