ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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16.終幕―第二十五層フロアボス攻略戦、4―

 俺が再びボスに突撃していった頃、その他のボス攻略隊は大混乱に陥っていた。全体のパーティーリーダーがPKされた、とあれば無理もない話ではある。みんなが茫然とした混乱の中にいる状況で、ただ一人立ち上がった人間がいた。

 

「お前らぁ!萎えとる場合かあぁ!」

 

 それは、2隊の、ALS主体のレイドリーダーであったキバオウだ。

 

「ディアベルはんのPKも含めた、ALSメンバーの暴走に関しては、後で()()がいかようにも責任をとる!これはここではっきりと()うておく!せやけどな!今わいらがすべきはなんや!」

 

 そう言って、今もボスの攻撃を見切り、たまに攻撃したり叫んだりしてボスのタゲを一手に引き受ける俺を指差した。

 

「あのアホウを援護して、ボスを倒すことや!それがディアベルはんの望みでもあるはずや!違うか!

 なら、ここで今俺らが萎えとるっちゅーのは、それに対する反逆とちゃうんか!」

 

 そう言って、自身の剣を真上につき上げた。

 

「僭越ながら、こっからの指揮は()()がとらせてもらう!議論している暇などあらせん!この意に従うのなら、わいに続け!!」

 

 その声に、ばらばらになりかけていた集団はまとめ上げられた。大きな鬨の声にキバオウが安心したような笑みを浮かべる。

 

「よし!ほんならまずA隊は前進!あのアホウと代わってき!」

 

「「「了解!!」」」

 

「B隊、C隊、カバーできるよう用意しときや!」

 

「「「了解!!」」」

 

「隊を二つに分けて、それぞれが剣のほうと槍のほうの防御に徹せい!受け損ねて味方に貰わせるっちゅー間抜けをすなよ!」

 

「「「イエス、ボス!!」」」

 

 こうして、おそらく誰もが思わない速度で、ボス攻略レイドは一瞬で立て直された。

 

 

 その頃、俺もかなり限界に近付いてきていた。何せ、一発直撃を食らったら即行危険、二発食らったらおそらく死亡、しかもそれを二頭分続ける必要があるという、難易度エクストリームもいいところの無茶苦茶をやっているのだ。俺が好きでやっているからまだ救われているが、そうでなければまず間違いなく罰ゲームだ。その思考すらも歯切れになり、すぐに散らばる。この頭が真っ白になっていく感覚が俺は好きだ。そんな人間はこの世界にもなかなかいないだろう。特に、平和を保ってきたこの国に、その手の人物は危険とみなされ、すぐに排斥される。そう、丁度俺のように。

 最小限の動きで攻撃を避け続けていた時だった。突然ボスが二頭ほぼ同時によろけた。それは明らかに行動遅延(ディレイ)のそれ。誰がやったのかは知らないが、数少ない好機を逃すことはしない。もうすでに完全に動きを見切れる段になっていた剣のほうに飛びあがりつつバックキックを叩き込む。仕切りなおそうとしたときに、後ろからALSのタンク隊が突っ込んできた。統制のとれた動きを見て、俺はボス攻略レイドが立て直したことを察した。何度か後ろに飛び安全圏まで離脱すると、今度はハイポーションを飲み干した。ハイポーションは今のところ高額なアイテムだが、仕方ない。ちらりとHPバーを見ると、そこに残ったHPバーはすでに三角形になっていた。間違いなく、後一発貰っていたらここにはいないだろう。クリーンヒットをもらわなかったといってもこの減りというのは、相手の攻撃力の証左だ。

 空になったポーションの瓶を投げ捨てると、肩を叩かれた。そこにはキバオウがいた。

 

「お疲れさん。めっちゃ助かった。おおきに」

 

「おう。・・・次のパーティーリーダーは、あんたが?」

 

「せや。言いたいことは後にしてくれんか」

 

「ここであれこれ言うほど、俺もあほじゃねえよ」

 

「感謝。ほんまに」

 

「礼も謝罪もあとだ。今は、ここにいる相手をぶっ倒す。それだけだ」

 

「せやな。とにかく、あんさんはゆっくり回復しとき」

 

 そう言うと、俺は目線を前に向けた。キバオウのビルトもダメージディーラータイプだったはずだ。ということは、キバオウは危険を承知の上で、前線指揮の役割を担っていることになる。この様子では、立て直したのも彼だろう。どうやら、俺は彼のことを正しく評価できていなかったらしい、とキバオウの評価を改めた。

 

「お手柄だったね、ロータス君」

 

 次のポーション―――こちらは普通のそれだ―――を飲んでいると、今度はヒースクリフ以下B隊の面々がこちらに来ていた。

 

「いや、なんつーか・・・。体が勝手に動いてた、ってやつだ。

 ごめんな、レイン。やっぱりこの性は直せないみたいだ」

 

 最後の一言は、しばしば相棒として共に戦ってきた少女に向けての言葉。おそらく彼女は激怒しているだろう。この言葉をかけたところで焼け石に水だろうが、やらないよりはまし、と、そう考えていた。が、返ってきたのは長い溜息だった。

 

「いいよ、もう。なんていうか、慣れてきたし。ただし、」

 

―――死なないこと。これが条件。―――

 

 レインの一言は厳しく、それでいて正しかった。当たり前だ、死んでしまったら何にもならない。

 

「―――おう」

 

 俺も、それに微笑んで返した。が、それで終わり、というわけではなかった。HPバーは同一パーティにならば参照可能なのだ。レインからこの言葉が出てきたのは、信じていたからこそである。だが、

 

「本当にそうよ。あなたの回復する前のHP量、100切ってたのよ?まったく、そこまでギリギリの戦いを続けてたら、いずれ死んじゃうわよ」

 

 パーティーリーダーでもあるアスナもHPバーは見ることができるわけで、しかもアスナにはそこまで信頼されていないと来た。それならば、叱られるのは当然だ。

 

「死にゃしねえよ。俺にはまだ、やるべきこともやりたいことも残ってるからな」

 

「それなら、もっと安全な戦い方をしなさい。見ていられないわよ、まったく」

 

 柔らかく微笑むレインも、そっぽを向くアスナも、どちらも本気で心配してくれたのだろう。

 

「・・・サンキュな、ふたりとも」

 

 ぼそりとつぶやく。二人が怪訝な表情をするが、それを「何でもない」とやり過ごす。今はこのボスを攻略することだけを考えればいい。それ以外は何も考える必要はない。軍のことも、ジョニーブラックのことも、そして今回も背後にいるであろうPoHというプレイヤーのことも。

 

 そして、今回死亡した、ディアベルのことも。

 

 何もかも捨て去って、今は目の前の強敵に集中しろ。それが今やるべきすべてのことだ。自分を一振りの刃と化し、目の前の敵を斬ることだけを考えろ。そう自分に言い聞かせる。幸いなことに、こんな状況でも頭に血が上ることはない。頭はいたって冷えている。

 

 

 そのままどれだけ時間がたっただろうか。冷静に見つめていると、前線でタンクのバランスが崩れた。片方の剣を受け止めている間に、別方向から来たもう一方の剣を受け止めて、二人がもつれ合う形で崩れたのだ。一点が崩れたことで、後も連鎖的に崩れていく。

 

 考えている暇などなかった。幸いなことに、剣の動きはもうすでに頭に入っている。ましてや、今の状況ならば、攻撃に入るのは容易い。

 

「ぜやああぁぁっ!」

 

 気合と共に、途中からここまで封印して、携帯砥石で切れ味と耐久値を復活させた鬼斬破を使い、刀系空中ソードスキル“韋駄天”を繰り出す。空中で縦に回転しつつ加速しながら前進し斬るというこのソードスキルは、終端部になればなるほど攻撃力が上がるが、空中でしか発動できないというトリッキーなスキルだ。だが、韋駄天の名前を冠するだけあって、移動能力は高い。なので、移動用ソードスキルとして割り切って使っているプレイヤーもいるほどだ。縦の傷を付けられたことにより、ボスが技後硬直(ポストモーション)の俺に攻撃しようとする。だが、それは強烈なウェポンバッシュによって防がれた。

 

「ラストおぉ!あんさんに任したあぁ!」

 

 大きなだみ声が俺にはっきりと届いた。一つ頷くと、俺は集中した。確かに、相手のHPゲージはもはやラスト1ドット。だが、相手はフロアボスだ。一撃で削りきれる保証はない。ならば、取れるソードスキルはただ一つ。確実に屠れる威力、今持てる最大威力をクリーンヒットさせることのみだった。

 呼吸を整え刀を頭の前に水平に掲げ、左手で峰を支えるように持つ。襲い来るはこれで終わらせると言わんばかりのボスの上段斬り。それを俺は刀で受け止めた。瞬間、ボスがその動きを止め、ポリゴンとなって消えた。あとに残ったのは、地面に叩き付けるように刀を振り切った体勢の俺だけ。

 

「刀系反撃ソードスキル、“鏡花”」

 

 このソードスキルの特徴は、反撃というその名の通り、構えの状態で攻撃を受けると発動するという点にある。が、この受けるというのは、文字通り刀身に受けなくてはならない。しかも、構えの位置から大きく刀の位置がずれていると発動しない。つまり、受けられる攻撃が極端に限られるのだ。だが、俺はこのボスに対し、暫くの間攻撃を見切り続けていたのだ。そのくらいは余裕というものだ。そして、このソードスキル最大の特徴、それは“相手の攻撃の攻撃力の一部を基礎威力に上乗せする”という特徴にある。つまり、今回のように異常なほどの攻撃力を持つボスの攻撃に対してこれを繰り出そうものなら、一撃の威力は途方もないものとなりえるのだ。先ほどのように、ごく少人数でこのボスを相手取る必要がある状況下では、技後硬直の間に切り刻まれるのは明白だったから使えなかったが、片方を大集団で食い止めている今なら可能だ。硬直が解けるや否や、後ろを振り返る。そこには、A隊が必死の防御を繰り広げていた。と、ボスが突然こちらと距離をとった。すると、手に持っていた槍のうち一本をこちらに投げてきた。

 

「うわっ!」「ありかそれ!」「ぐうっ!」「くそっ!」

 

 さすがにこの蛮行にはボスレイド全体が狼狽えた。よもや、自分が今まで戦いを共にしてきた相棒とも呼べる武器を、そのまま投げるとは考えづらい。俺が先ほどやったのは、耐久値の危ない予備の武器だったからこそできたことであって、あんな明らかメインアームの武器を投げるなどというのは、まず考え付かない。そして、その一瞬の隙をついて、ボスは地面に突き刺さっていた長槍を抜いた。しかも、その短槍はやはり相応の威力があったようで、受け止めた人間もまとめて吹き飛ばされた。

 長短二本の槍による、二刀流ならぬ二槍流。お前はどこのフィオナ騎士団一番槍かと内心でツッコミを入れながら、俺は再び状況を見守った。タンク隊は応急でD、F

隊のメンバーが入ったことで持ちこたえていた。

 先ほどのカウンターでわずかにHPを減らされていたので、改めてポーションで回復しようとした―――時に、ポーチにポーションが入っていないことに気付いた。どうやら、先ほど回復に使った分が最後だったらしい。急いでメニューを開いてストレージからポーションを取り出そうとしたところで、そこにポーションが一つも入っていないことに気付いた。回復結晶ならいくつか持ってきているが、結晶系アイテムは高額だから、あまり消費したくない。つまりこれは、

 

(後がなくなった、か)

 

 まさに背水の陣というやつだ。下がれば今までの努力は水泡と化し、攻めすぎればその命はない。攻めなくても、その命は怪しい。追い込まれたならば、鼠の意地というやつを見せてやるだけだ。

 

「C隊、スイッチ準備!全員、一斉攻撃準備!!」

 

「「「了解!!」」」

 

 一斉攻撃。つまりキバオウは、これで終わらせる腹積もりか。ならば、こちらも相応の対応というやつをする必要がありそうだ。

 

「さーて、と」

 

 抜き放ち、構えて呼吸を整える。一種の精神統一だ。これにより威力を上乗せするとか、そう言ったことはないが、自身の集中力を一時的に引き上げることによるラッシュ力は何物にも代えがたい。

 

「スイッチ!」

 

 前方から声が聞こえる。瞬間に、全体が突っ込んでいく。色とりどりの光が舞い踊るようにボスを切り刻む。一歩遅れる形で、俺は韋駄天を繰り出した。着地してそのまま剣技連携(スキルコネクト)で体術系ソードスキル“列破掌”につなげる。前に出した手に熱が集まり、炸裂する。その直後、刀系四連撃ソードスキル“爪竜連牙斬”につなげる。それを出しながら、俺の頭に不安がよぎった。

 

(ここから先は、成功率が著しく落ちる。・・・どうする?ここで止めるか、一気に押し切るか・・・?)

 

 一回当たりの成功率が三割と仮定すると、四回目は0.81%、五回目の成功率は0.243%だ。お世辞にも高いとは言えない数値。普通で考えれば、その危険を冒すべきではない。だが、瞬間に俺の脳裏によぎる一つの表情。

 

『頼む』

 

 ディアベルは、俺に託した。ならば、俺が今するべきことは一つだ。

 

「・・・まだまだああぁぁっ!!」

 

 不安をかき消すように叫ぶ。左手に光がともる。あえて行動遅延重視の剛直拳ではなく、威力重視の咢を繰り出す。そして、低い位置に持っていった刀を大きく円を描くようにして振りかぶった。その構えから繰り出される技を分かってか、ボスが最後の一突き、いや二突きを繰り出しにかかるが、わずかにこちらのほうが早いことを俺は直感した。

 

「これで・・・」

 

 ボスの切っ先がこちらに来る。硬直が襲い来る一瞬手前に、強く踏み込み鬼斬破が光に包まれた。

 

「・・・終われえええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

俺の全身全霊ブーストが乗った刀系単発ソードスキル“気刃斬”がボスに炸裂した。本来、気刃斬はさらに“気刃連斬”に、そしてそこからさらにシビアなタイミングで“気刃斬・三連”につながるのだが、そんなの関係なかった。間違いなく、外したりしようものなら確実にこの槍に俺は貫かれるだろう。そんな周囲の不安をよそに、鬼斬破の切っ先は吸い込まれるようにボスに直撃し、長槍はわずかに前進した俺の顔の左を通り背中側に抜け、短槍は俺の目の前で止まった。長槍と短槍の持ち手が逆だったならば、間違いなく死んでいた間合いだ。だが、その運にも恵まれたのか、お互いに硬直したまま、―――ボスはその体を膨大なポリゴンに変えた。壮大なポリゴンの炸裂する音が鳴り響き、ボス部屋が静まり返る。

 

「―――終わった、のか・・・?」

 

 誰かが小さく呟いた。呟いたという表現が適切なほどに静かで、低い声だったにもかかわらず、その声はボス部屋に反響した。そして、それに答えるように、先ほどまでボスが立っていたところに“Congratulation!”の表示が浮かび上がった。

 

「終わった、か・・・」

 

 俺も呟くと、どうと後ろに倒れ込んだ。カランと鬼斬破が俺の隣に転がる。鞘にしまうこともおっくうで、ブラインドタッチで鬼斬破をストレージに直接放り込む。大の字で見上げながら、俺は静かに拳を突き上げた。・・・仮想世界ではなく、現実世界の空の向こうにいるであろう、戦友に向かって。

 

(勝ったぜ、ディアベル。あんたのおかげで、な)

 

 いつも先頭に立って、フロアボスの攻略を共にしてきた。指揮官でありながら、全体の危機と知ったら迷いなく自ら突撃してかばう場面もあった。だからこそ、彼の下に集まる人間は絶えなかった。そんな彼はもういない。おそらくここにいる全員が、その空虚さを噛みしめていた。




 はい、どうも。
 大変長らくお待たせいたしました。

 活動報告にも書きましたが、パソコンを今修理に出しておりまして。親と資金面で交渉していたりなんやりでかなり遅れてしまいました。ちなみにまだパソコン治っておりません。今は学校のPCより投稿しております。One Drive万歳。家にあるPCで自分が使えるのが軒並みXPなもので、レポートも満足にかけないという。涙目。

 ま、とにかく、一回ボス戦だけでも完結させておこうと思いまして、こういう形での投稿となりました。

 次の投稿は未定です。

 それでは長い前置きとなりましたが、ネタ解説。

韋駄天
 GE2ロングソード系BA。空中でまっすぐ回転しながら移動するという技。わかりやすく言えば加速していきながら高さ落ちない裂空斬。ここでの性能は終端部の威力こそ高いもののあてづらい、もっぱら移動用ソードスキル。

鏡花
 モンハン太刀狩技。本家と構えが違うようだが、気にしない。実はもう一つ反撃系ソードスキルはあるのだが、基礎威力のみの比較でもこちらのほうが高い。

烈破掌
 テイルズシリーズ術技、使用者:ジュード・マティス(TOX,TOX2)、ユーリ。ローウェル(TOV)、ルーク・フォン・ファブレ、アッシュ(TOA)
 敵をつかんだ拳をそのまま炸裂させる技。それどういう原理なんだとかなんでこっちにダメージないんだという話はしない。

爪竜連牙斬
 テイルズシリーズ術技、使用者:スタン・エルロン(TOD)、フレン・シーフォ(TOV)、ガイアス(TOX、TOX2)他
 言わずと知れた四連撃。ここで想定しているのはガイアスのそれを少しだけ動く速度を落としたもの。

気刃斬、気刃連斬、気刃斬・三連
 モンハンシリーズより。太刀の気刃斬りの動きそのまま。ここではその直前に与えたダメージにより攻撃力が上昇していくという性能。今回、初段のみだったので本来はそこまで威力はないのだが、直前にソードスキル4連発という大盤振る舞いをしていたことにより、威力が上がっていた。


 とにかく、これにて第25層フロアボス戦、終了です。いろいろ波乱もありましたが、このストーリーは書いている途中に思いついて書きました。というより、SAOP4を読んで思いつきました。

 さて、この後はまた戦いの後を書いて、オリジナルストーリーに突入します。パソコンうんぬん以前にほとんどストーリーが書けないので更新速度は異常なレベルでガタ落ちになります。なにとぞご容赦ください。

 ではまた次回。

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