ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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 明けましておめでとうございます。
 本年も本作を宜しくお願いいたします。


15.喪失―第二十五層フロアボス攻略戦、3―

 いよいよその瞬間がやってきた。HPバーも、残り一本と少し。ここまでに掛けた時間など図りたくもない。全員、もうそろそろ限界が近づいてきているはずだ。現に俺も、予備の曲刀を一本、この戦いだけで無くしている。メンテはきっちりとしていた。でもこうなるということは、それだけ相手が固いということだ。

 

「ようやく、か」

 

 HPバーが一本消える。その瞬間に、異変は起こった。

 

「うおおおぉぉぉぉおお!!!」「突っ込めーー!!」「倒せーーー!」

 

 突然、ALSの多くのプレイヤーがボスに突っ込んでいったのだ。

 

「ま、待てやお前ら!戻ってこい!」「危険だ!!下がれ!!」

 

 キバオウとディアベルの必死の号令もむなしく、レイドの実に半分近くが一気にボスに突っ込んでいった。隣でアスナがカバーに走ろうとするが、それを俺は制した。

 

「ここで俺たちが突っ込んでいったら、最悪二次災害が起こる」

 

「だったらどうしろっていうの!?このままここで、指咥えて見てろとでも言うの!?」

 

「そっちのほうが合理的だ。今は、より多くを生かす可能性より、少なくとも確実に生かしたほうが合理的だ」

 

「だからって!」

 

 なおも反駁しようとするアスナの目を、俺は真正面から射抜いた。その眼つきに、アスナが押し黙る。

 すぐにボスのほうに目線を移すと、ボスは頭を互いに反らし、その体を横に膨らませていた。考えられる可能性を即座に頭に思い浮かべる。四本ある足、片方の頭に対して、片方しか反応しなかったこと。そして、この行動。

 

「・・・まさか!」

 

 思いついた瞬間に、俺は敵の頭に向けて並列投擲。すべて吸い込まれるように片方の頭に当たるが、それで行動が止まるわけではない。そして、ボスは俺の恐れていた行動を実際にやってのけた。

 

 ボスの体が二つに裂ける。そして、片や片手剣二本が、もう片方は槍二本が、それぞれ両手に握られていた。

 連続でかわるがわるソードスキルを発動させていたALSの連中は、的がいきなり増えたことに驚き、一瞬動きを止めてしまった。その一瞬は、どう考えても致命傷だった。

 まず、前面に技後硬直(ポストモーション)で突っ立っていたアタッカーを蹴り上げる。まるで何かのボールのように高く蹴り上げられたプレイヤーは、ボス部屋の壁に叩き付けられ、そのままポリゴン片となった。

 

「防御ができなかったとはいえ・・・」

「・・・一撃死、だと・・・」

 

 いかに無抵抗なダメージディーラーが、壁に叩き付けられたことによるダメージ込みだといっても、現時点でトップクラスの集団に属する人間が一撃死。その事実は、十二分にレイドを揺るがした。そして、硬直をしていなかったALSのメンバーから、その恐怖は一気に伝染していった。

 

「う、うわああぁあぁあ!」「く、くるなああぁぁぁ!」「こっちくんなあぁぁ!」

 

 それはまさしく阿鼻叫喚。しかも、ボスが二体いるからそう簡単にも逃げられない。そんな中で、あるプレイヤーが不文律で禁じ手となっていた手を使った。使ってしまった。

 

「て、転移いぃ!始まりの街いぃ!」

 

 ところどころ裏返った声ははっきりと俺の耳に届いた。そして、おそらく前線で逃げ惑うALSの人間にも。

 

「て、てめえ!ずりいぞ!」「やってられるかぁ!転移、ロービア!」「転移、タフト!」

 

「ふざけんなやお前ら!てめえの後始末くらいしてけや!」「逃げちゃだめだ!ここに留まってくれ!」

 

 二人の制止もむなしく、次々にあちらこちらから「転移!」の声がしてきた。現時点で安くない転移結晶を使って、だ。そちらを止めるのも重要だが、今必要なことはもう一つある。

 

「クソが・・・!」

 

 予備の曲刀を持って一気に飛び出す。ボスに近いところまで来てから、俺は一気に息を吸いこんで、声を張り上げた。

 

「かかってこいやああ!!」

 

 今できる、俺の全力シャウト。バトルシャウトなどは取っていないが、この局面での俺の大声は十二分に代用になった。ボスのタゲが俺に向いたことを確認してから、俺はちらりとディアベルのほうを見た。一瞬ではあるが、確かに目が合う。瞬間に、俺はボスに対して正対した。

 圧倒的不利など百も承知。それでも、俺はこの役を買って出た。誰かが渡る必要のある橋ならば、俺が渡る。この世界に来てからできた、俺の信念だ。なすり付け合ってはどうしようもならない。

 

 一瞬で極限まで高めた集中力で剣を次々に見切っていく。何とか攻撃の合間に一太刀入れられるかと思っていた俺の予想は相当以上に甘かった。一撃の重みをある程度捨て、手数で勝負することによって得られる息つく間無い連撃は、少しずつでも確かに俺のHPを削っていった。完全に躱すことは不可能だというのはこの行動を起こした時から覚悟していた。だが、一発当たりで減っていくHP量が想像以上に多い。これでは最悪、時間稼ぎにもならない。そう思った直後だった。

 ガキイィィンという金属の音を立てて、横合いから迫ってきた槍が逸らされる。続いて飛んできた剣は俺がいなし、お互いにボスに一太刀入れる。手をしっかりと握り、接近してきた誰かと肩を合わせる。

 

「考えてみると、こうして君と戦うのは初めてだね」

 

「そういやそうだな」

 

 気を回す余裕などなかったが、どうやら援軍はディアベルだったらしい。ディアベルは普段レイドリーダーとして指揮役に回ることが多い。なので、こうして肩を並べて二人で戦うというのは、思い起こしてみると初めてのことだった。

 

「まさかこんな状況だとは思ってもみなかったけど」

 

「俺だってそうだっての。もう少し穏便に行きたかったってのが本音だがな」

 

 だが、事ここに至ってはもはや是非もない。目の前の敵に全力で立ち向かうまでだ。その覚悟を新たに、俺たちは再び踏み込んだ。

 

 戦いだしてすぐに分かった。やはり、このような手練れがいるというのは、とても頼もしい。特に、レインの場合は、攻撃重視で盾を持たない。それは俺にも言えることだ。だが、ディアベルは盾で防いできっちりとカウンターを返す堅実なスタイル。その戦術の違いが、俺にさらなる安心感を与えていた。だがそれでも、相手の手数の多さが、その安心感などほとんどないかのように感じさせていた。それほどまでに、ボスの二刀流、そして二槍流―――便宜上こう呼ぶが―――は脅威だった。

 

「くっ・・・!」

 

 時折、ディアベルからもうめくような声が漏れる。手数重視といってもそれだけ攻撃が重いということだ。こちらが受け持っているのは剣のほうだ。槍のほうが受け流すのが容易であることが多い。フロントヘビーであるからこそ、真っ向勝負ではなく、横の力に弱い。盾があるなら、真正面から受け止める結果になっても受け流すことができる。剣に比べて突きが多くリーチのある槍に剣はいささか相性が悪い。今のように懐に飛び込むことを許さない状況ならなおさらだ。そして、ディアベルなら受け止めて流すということはできるプレイヤーだ。それを絶え間なく続けるディアベルがいるからこそ、俺も奮い立ち剣を一発も逃さずに受け流すことができるのだ。

 

(不思議だ・・・)

 

 今まで、こんな風に背中を完全に預けることなどなかった。レインはどちらかというと俺が守るという意識があった。レベルは俺のほうが上だというのもあるが、何よりあいつは普通だ。いくら度胸があるといっても、度を過ぎた恐怖の前には竦んでしまう。が、俺はそういう状況で冷静になり、奮い立つ。だから、あいつがストッパーであり、俺の理性となりえた。だからこそ、守る必要があった。

 だが、今は違う。度を過ぎた危機だからといって竦んでいる暇などない。敵は待ってなどくれない。他の誰もが、おそらく今背中を預けているディアベルがその義務感や勇気で律している恐怖を強く感じる状況下でも、俺は冷静でいられる。それこそが重要なのだ。人は俺を異常という。そんな環境下で、どうしてそこまで冷静でいられるのか、と。だが、俺にとってはこれが普通なのだ。

 完全に背中を預けて、自分の全うすべきことをなす。それが、ここまで心地の良いことだとは思わなかった。その得も言われぬ快感が、俺を今駆け巡っている。それが原動力の一部となっていることは間違いない。二本の剣のうち、一本を手首への強打で叩き落す。続いて襲ってきたもう一本の叩き付けをパリングし、ボスが下がりながら得物を拾ったことを確認して、俺は横目で復活しつつあるボス攻略レイドの様子を見た。さすがはキバオウ、伊達に一つのギルドをまとめているわけではない。

 

 その直後だった。

 

「くっ・・・!?」

 

 突然後ろから聞こえた呻きが変化した。思わず後ろを振り返ると、そこには膝から崩れるディアベルの姿。

 

「ディアベル!?」

 

 同様の声が俺の口から洩れた。ボスの攻撃を受けていた時間は長くはないが、決して短くはない。攻撃パターンも、ある程度出し尽くされたはずだ。小細工なしの正面突破型、それがこいつらのはずだ。ならば、なぜ今更になって、こんなことが。

 その疑問は、すぐに解決した。浅くだが確実に刺さっていた、()()()()()()()()()()を見たことによって。

 

(麻痺ナイフ!?いったいどこから!?)

 

 その思考はボスの攻撃によって強制的に中断させられた。槍の軌道を逸らし、剣を受け流す。その中で、俺の耳が一つの怒号を捉えた。

 

「おいテメ、ジョー!いったいなんのつもりやワレェ!ここで答えェ!」

 

 それはまさに怒号だった。攻略方針で袂を分かったとはいえ、キバオウはずっと頭であったディアベルに彼は心酔している節があった。その彼が、俺と孤軍奮闘している中で、寄りにもよって自分の仲間によって一気に窮地に立たされた。それに対する怒号だった。

 俺の意識が一瞬でも逸れたその瞬間に、ディアベルはボスの足に蹴られ、一気にボスとの距離を離された。壁に叩き付けられなかった分だけ一撃死は免れたようだが、長期離脱になることは間違いない。

 

「・・・ちっ、くそっ」

 

 舌打ち一つと共にスイッチを切り替える。会話の内容を聞きたいところだが、今はそっちに集中力を割けるほど余裕がない。吹き飛ばされたディアベルへと視点を移すボスに向かい、俺はもう一発吠えた。

 

「よそ見してんじゃねえぞこのクソボケぇ!!」

 

 その大声に、もう一度ボスのタゲがこちらへ向く。俺に向かってくる刃を冷静に俺は見切りにかかっていた。

 

 

 

「おいテメ、ジョー!いったいなんのつもりやワレェ!ここで答えェ!」

 

 キバオウは理解ができなかった。何故ずっとここまで攻略集団の一員として戦ってきた、自分のギルドのメンバーがこんな凶行に及んだのか。理由が知りたいとかそれ以前に、目の前の人物が突然得体の知れない誰か、いや何者かになったかのような空恐ろしさを感じていた。

 

「なんで、って、決まってるじゃないっスか。楽しいから、ですよ」

 

「なんやとぉ!」

 

 キバオウが激昂する。対するジョーはへらへらと笑っていた。

 

「だって楽しいじゃないスか。見ました?ディアベルの、麻痺った時の、あの焦りと恐怖と不信が思いっきり前に出た顔!傑作だった!」

 

 その笑みを狂気に染める。そのまま発せられた高笑いは、哄笑と呼ぶにふさわしいものだった。その様に、あたりは静けさに呑まれた。そんな中、誰かが呟いた。

 

「狂ってやがる・・・」

 

 その呟きは、攻略組の総意といってもいいものだった。

 

「狂ってる?違うっしょ。こんな環境だからこそやれることを楽しんでるだけ。それだけだって」

 

「それがこの場にいる全員を危険に巻き込む、っちゅうことを承知の上で、それでもなおそういうことを()うとるんやな、ジョー」

 

 狂ったように嗤うジョーとは対照的に、先ほどまで激昂していたキバオウがひどく静かに言った。その静けさに、ALSのメンバーは一様に押し黙り、中には軽く震えるものもいた。というのも、

 

(((リーダー、めっっちゃ怒ってる・・・!)))

 

 この男、普段こそ熱血漢なのだが、怒ると一気に冷静になるのだ。

 

「ジョー、いや、ジョニーブラック。ここから今すぐ出ていけ。そして、二度とワイらに関わるな」

 

 それだけ絞り出すように言われると、ジョー、いや、ジョニーブラックはあきらめたように両手を広げた。

 

「へーへー、分かりました、よっと!」

 

 だが、置き土産としてナイフを投げていった。そのナイフは、見事にディアベルに突き刺さった。瞬間、キバオウたちが飛びかかる。が、直前でジョニーブラックは転移結晶を持ち出した。

 

「転移、―――」

 

 どこへ転移したのか、そこまでを知るすべはなかった。その声は無声音で、彼は口元を覆う装備を使っていたからだ。転移結晶を持ち出した瞬間にキバオウが飛びかかったが、それは間に合わなかった。

 

 いつの間に傍に来たのか、ディアベルの傍らにはロータスがいた。そして、ディアベルが何か呟いたその時に、蒼い髪の騎士はその体をポリゴン片と化した。

 歴代のフロアボス、レイドリーダー。その人がボス攻略中にPKされた、という事実に、周囲は茫然とした。その中で、彼が、ロータスだけが、その身すらも一振りの刃と化したかのような、冷たい顔でボスへと突っ込んでいった。

 

 

 

 

 ボスの攻撃を、俺は正直自分でも驚くほど冷静に見切ることができていた。それはいったいどういうわけか、俺自身にも理解はできなかった。とにかく一つ確実なのは、このボスの攻撃パターンがある程度読めてきたという事実だ。だが。

 

「ぐうっ・・・!」

 

 思わず呻いてしまう。槍を防いだことによる一瞬の俺の硬直を、もう一頭が逃がさなかったのだ。そのまま、剣を振り上げる。何とか直前でガードに成功するも、下からの振り上げに俺の体は横に大きく吹っ飛ばされた。直後、隣から、何かが刺さったような音がした。何とかそちらを見ると、そこには二本目のナイフを突き立てられたディアベルがいた。

 

「ディアベル・・・!」

 

 即座に結晶を取り出す。時間回復のポーションではなく、瞬間回復の結晶を今使えばまだ間に合うかもしれない。が、その行為をディアベルは押しとどめた。

 

「ディアベル・・・?」

 

 彼も、もうわかっているのだ。自分がどういう状態なのか。

 

「頼む。ボスを・・・倒してくれ。願わくは、これからも」

 

 麻痺でしゃべりにくいだろうに、ディアベルはその言葉を押し出した。

 

「ああ。任せておけ」

 

 ならせめて、笑え。最後の最後で、安らかにこいつが逝けるように。その思いと共に、精一杯力強く笑う。その俺の顔を見てか、ディアベルは俺の手を取って、一つにこりと微笑むと、―――その体を、ポリゴンのかけらとした。その場に落ちた遺品を素早く回収すると、俺は体制の整っていないタンク隊に向かい攻撃を繰り出そうとするボスに向かい突撃した。

 

「何度も言わせんなぁ!!俺を倒してからそっちに行けぇ!!」

 

 もう何度目かもわからない、全力のシャウト。再び俺に向いたタゲを、もう耐久値が危ないであろう今の予備曲刀を放り投げることで確固たるものとする。想定していた通り、投げた曲刀は砕け、もう一本の予備を取り出しながら、俺は再び突撃していった。

 




 はい、というわけで。
 まずはネタ解説。前話で解説し忘れがありました。申し訳ない。

顎刈り
ゴッドイーター、ヴァリアントサイズ系BA
 大きく踏み込んでからの切り上げ。元はヴァリアント"サイズ"、つまり鎌なのだが、ここでは曲刀ソードスキル扱い。使い込むことによる強化は威力の上昇くらいで特になし。

飛燕連脚
テイルズシリーズ、使用者:ジュード・マティス(TOX)他
 蹴り上げからの空中で繰り出す足の連撃。ここで想定しているのはジュード君のそれ。数少ない空中で得物を持った状態で出すことのできる体術技。


 ディアベルさん、ここで離脱です。
 正直に言って、ここから先のロータス君の行動原理が思い付かなかったということで、ならちょうどいいキャラが残っているじゃないということになりました。

 あと、勘のいい人はどこが歪んでいるのかというのが分かったかもしれませんね。その辺は軍の暴走も含め、後できっちりと説明するつもりなのでご安心を。

 ボス戦もいよいよ佳境、迫り来る得物は合計4つ、1つでもクリーンヒット貰おうものなら即アウト、というハードモード。自分でも書いてて主人公無双になったかな、と反省しております。さて、この後どうなるのか。


 それではまた次回。

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