HPゲージの3本目が消える。
「パターン変わるかもしれない、いったん下がれ!」
すぐに聞こえたディアベルの号令により前線が数歩後ろに下がる。その瞬間に、ボスが得物を放り捨てた。その剣の落下点には、
「ディアベル、上だ!」
俺の咄嗟の叫びが功を奏し、ディアベルは振ってくる剣に貫かれるという間抜けを冒すことはなかった。槍もくるくると周りながら軍のほうに落ちる。こちらはあまり混乱が出なかったようだ。
「ありがとう、ロータス」
「気にすんな。・・・さて、」
その時の俺の目には、どこに刺さっていたのか、背中から剣と片手槍を二本ずつ取り出したボスがいた。
「どう攻めるかねぇ・・・」
今までは得物が大きいがゆえに助けられていたところもあった。得物が大きいということは、細かな操作がしづらいということでもあるからだ。これは俺自身が経験上でよくわかる。だが、今ボスが持っている剣は、サイズからしたら明らかに片手剣に近い。少なくとも、さっきの剣よりは小ぶりだ。それは槍に対しても言える。ということは、今までの守り方、攻め方は通用しないということに他ならない。
「全タンクプレイヤー、今後は危なくなったらすぐに下がれ!最終判断はこっちでする!そこまでは何とか持ちこたえてくれ!」
「「「了解」」」
そこかしこから返事が返ってくるが、力はない。それもそうだろう。最終判断までは、さっきより早く息がつけない剣戟を捌き続ける必要があるのだ。
俺の記憶が正しければ、今タンクを担っているのはエギルたちのE隊だ。だが、これでは長くはもたない。もともと、エギルたちは両手武器の使い手が多い。この攻撃を捌き続けるより、かえって一撃必殺を叩き込むダメージディーラーに回ったほうがいいかもしれない。
「A隊、行けるか!?」
「スマン、回復が終わっとらんのや!」
即座に帰ってきたキバオウの声。人数が多い分、回復にも時間がかかるのは容易に想像ができる。これは仕方がない。
「了解、そのまま回復していてくれ。B隊は!?」
「問題ない」
「よし。なら、B隊突撃準備!E隊はスイッチ準備!」
「「「了解!」」」
返答をしつつ、例によって俺は愉しそうに笑う。実際、このような相手は久しぶりで、楽しませてくれそうだ。そう思っていると、ちょうどいいタイミングでパリングとブレイクがかみ合った。
「スイッチ!」
その声に、後ろから俺とアスナが猛チャージをかける。
「やあぁっ!」
アスナは突っ込みながら、最初の初段が当たると同時に神速の3連撃を叩き込み切り抜ける、突進系連撃という珍しいカテゴリのソードスキル“フューアファルケ”をぶちかます。
「そらよ!」
その後ろから俺がソードスキル“カブトワリ”で追撃する。垂直に跳躍してそのまま振り下ろすだけの単純極まりないソードスキルだが、それゆえにコツを掴めばブーストもしやすいし、使い勝手のいいソードスキルの一つだ。長くない硬直を抜けた直後に、さらに体術系ソードスキル“バックキック”を叩き込み、後ろに下がる。バックキックは片足で蹴ってもう片足で後ろに下がるソードスキルだ。攻撃しつつ後退することができるが、ノックバックや
「アタッカー勢、ここからはきついと思うけど集中を切らさないように!積極的にフォローに入って!」
「「「了解!」」」「アイマム!」
そこかしこから返事が返ってくる。雰囲気を和らげようとせめてものユーモアを聞かせてみるが、
「ふざけている余裕があるのなら大丈夫そうね、ロータス君?」
「・・・へっ、このくらい問題ないっての」
この少女には効かなかったようだ。
「それより、肩の力抜いていけよ。メリハリが大切だ。いつも気を張ってると、最後まで持たない」
「余計なお世話よ。今までも大丈夫だったんだから」
「今回を今までと同じ物差しで測るべきじゃないと思うが?っと!」
議論しながらも状況はちゃんと見ている。タンクの一部が崩されるところを見逃す俺ではない。即座に地面を蹴飛ばすと、タンクに剣が降ろされる前に横合いからこちらの得物をぶつけ、軌道を逸らす。続いて飛んできた剣には懐に潜って拳を振り上げることで無理矢理逸らしにかかるが、
(くそったれ、想像以上に重たい・・・!)
手首を叩いて
「ぬうぅんっ!」
横合いからヒースクリフがタワーシールドによるシールドバッシュで吹き飛ばした。
「助かった」
「何、礼には及ばないさ」
それだけ言うと、それぞれ自分の立ち位置に戻る。隊列はもうすでに元に戻っていた。優秀な人材をかき集めて作り、それをまとめ上げる。そしてあの指揮能力。・・・天は二物を与えずというが、あの男はある意味では例外なのではなかろうか。そんなことを考えながら、俺はポーションの蓋を指ではじき、中身を一気に飲み干した。徐々に回復していくHPゲージを確認し、俺はその空き瓶を投擲スキルでボスに放り投げた。所詮は空き瓶に過ぎないので大したダメージは与えられないが、それはまっすぐにボスの片方の頭に直撃した。ボスの片方の頭がこちらを捉え、俺にターゲットが向く。
「よし、じゃあ行きますか!」
振りかざされる二本の剣。それに対し、右からの薙ぎをしゃがんで躱し、続く振り下ろしは一気に懐に入ることで躱す。そこから一気に踏み込み、次の一歩の着地と同時に振り返りつつ跳躍するために足に力を籠める。瞬間に剣に光がともる。そのまま空中で高速の連撃を叩き込む“飛燕瞬連斬”を発動する。攻撃が終わったところをボスが槍で串刺しにしようとするが、
「甘い!」
至近距離から剛直拳を繰り出し、無理矢理攻撃を止める。と同時に、相手の重量が異常に重たかったせいもあり、相手ではなくこちらが後ろに下がる。ソードスキル二つ分の硬直が体を襲う感覚を味わいながら、俺は着地した。膝で衝撃を吸収することもできなかったので、足にかなりの衝撃が来たが、その辺は妥協だ。
着地したときの足のしびれを何とか堪えた俺は、即座に横から声をかけられた。
「ちょっと、今の何よ!?」
あまりにも驚いているのだろう、口調が素に戻っている。
「ただ単に、ソードスキルの硬直を、別のソードスキルを発動することで上書きしただけ。俺は
きっかけとしては俺のバトルスタイルが影響している。片手がフリーとなっていることが多い俺にとって、もう一本の手の有効活用は目下大きな課題となっていた。もとより投剣スキルと体術スキルを手に入れたのはそれが理由だ。そこで、ソードスキルの硬直を、別のソードスキルで上書きするとどうなるのか、という半ば以上に無茶苦茶な発想から生まれたのがこれだ。この様子からすると、ほとんどのメンバーがその存在どころか、発想すらなかったらしい。
「それって誰にでもできるの?」
「ぶっちゃけ、よっぽど慣れないと安定して発動するのは不可能。さっきの俺も半分賭けだったからな。成功すれば儲けもの、ミスってもそんな大した被害にはならない。そういう判断だ」
あの状況なら、さらに一つ二つソードスキルを連続で叩き込むことで
「・・・凄まじいわね」
「言ったろ?慣れだって」
俺もここまで、何千回と反復練習を繰り返してようやく成功率を三割ほどまで伸ばすことに成功したのだ。慣れでタイミングをつかむくらいしか有効な方法は思いつかなかった。それでも、
「三割じゃ実戦だと成功率低すぎで、今のままじゃ到底使い物にはならんけどな」
「てことは、使い物になれば・・・」
「戦闘の幅がぐっと広がる。めっちゃ楽になるだろうな」
その呟きはかなりの説得力があった。確かに攻撃後はかなりの隙ができるが、倒しきってしまえば問題はない。連携を繋げるたびに全体的な成功率は一つの成功率の累乗という速度で一気に減っていくが、倒しきってしまえば問題ない。
「ねえねえ、ということは、今の場面では使う必要はなかったってことだよね」
「まあな。でもま、成功していたほうがより大きなブレイクポイントを作れたことも確かだ。現に、タンクがタゲを取り直すには十二分だっただろ」
「それはそうだけど・・・分かった。そういうことにしておく」
微かに口角を上げる。内心ではここで大目玉を食らったら面倒だと思ってはいたが、取り越し苦労だったようだ。
「とにかく今は目の前に集中するぞ。さっきより特に息がつけないんだ」
タンクの一人が背中に回り込み、一撃叩き込む。瞬間、信じられないような光景が飛び込んできた。何と、二本の剣に同時に光がともったのだ。
「なっ!?」「えっ!?」「嘘っ!」
近くに固まっていた俺たち三人の声が見事にシンクロする。だが、それほどまでに信じがたい光景だった。このSAOにおいて、両手に剣を握ってソードスキルを発動できる組み合わせは、今のところ細剣と短剣の組み合わせで細剣のソードスキルが発動できることしか確認されていない(そちらは短剣をわざわざ持つより、盾で防御したほうが効率がいいという理由からほとんど使われていない)。片手剣を両手に持った状態でソードスキルを発動するなど見たことも聞いたこともなかった。右の剣で右半分を薙ぎ払い、左の剣でもう半分を薙ぎ払う。ほとんど体の向きを変えないで行われた全範囲攻撃に、一同は目を向いた。反射的に俺はメニューを開き、一瞬で今行われたソードスキルの名前を探す。幸いなことに、それはすぐに見つかった。
「・・・二刀流全範囲ソードスキル、エンド・リボルバー・・・」
「全範囲!?ってことは、あれで全部の範囲を!?」
俺の言葉にレインが驚きの声を上げる。それはもはや悲鳴だった。
「そういうことだろうな。それに、あくまでスピードは片手剣程度。・・・厄介なものを実装してくれたなコンチクショウ」
最後の一言は怨嗟とも取れるものだった。タンクたちもあまりに突然の範囲攻撃に戸惑い、一様にうめいている。
「くっそ、厄介なもんを・・・」「片手剣なのになんでこんなに重いんだよ」「てか片手二本に範囲技とかもはや半分チートじゃねえか」
そこかしこから恨み節が聞こえて来る。続く形で、今度は残りの槍二本に光がともる。
「まずいっ・・・!」
アスナが思わず呻く。今の状況でさらに槍による追い打ちを食らったらひとたまりもない。
迷っている暇などなかった。というのは事実ではあるが、その後の行動は反射だった。ポーチに残っているポーションを一本適当に取り出し、一気に飲み干す。そのまま一気に突っ込んでいった。基本的にステータス強化ポーションは使わない人種だから、入っているポーションはおのずと回復ポーションのみだ。そして、ポーションの回復効果は一瞬で一定量回復するものではなく、一定時間をかけてじわじわと回復していくもの。
隣で制止する声などどこ吹く風、一気に蹴りだしつつ飛び出した。同時にクイックチェンジを使って本命の曲刀に切り替える。この世界に来てから習得した縮地を使用し、懐に潜り込んだところで、一気に斬り上げる。曲刀系ソードスキル“顎狩り”だ。縮地を使う必要はないのだが、使うのはただ単に俺の趣味だ。微かにボスの攻撃が入って左腕を深く斬られる。だが、構っている暇はない。
「だらっしゃあぁぁいぃ!」
訳の分からない掛け声を上げつつ、剣技連携で空中ソードスキル“飛燕連脚”を発動させる。この際、リスキーだからなんて言っていられない。剣が二本になったことによる手数の多さと片手剣のスピード、そして二本の槍だけでも十分に厄介なのに、これ以上ソードスキルを発動させられたら面倒などというレベルではない。
(まだだっ・・・!)
気概と共にさらに虎牙破斬を出そうとするが、流石にそうは問屋が卸さない。さすがに十分の一以下の確率を引くというのはかなり難しかったようだ。だが、時間稼ぎには十二分だった。
「やああぁぁっっ!!」
まずはアスナのパラレルスティングが突き刺さる。続く形で、
「いやあぁぁぁああっっ!」
レインがさらにソードスキルを繰り出す。五連続の突きから斬り降ろしと斬り上げ、最後に全力の上段という組み合わせは、現時点での片手剣の最大ともいえる大技、ハウリングオクターブ。ソードスキルのオンパレードにボスが長い硬直に入る。もう一発ソードスキルを発動させる寸前、ディアベルにアイコンタクトをとった。一瞬だが、その意味を正確に理解したディアベルはすぐに声をかけた。
「A隊、行けるかい!?」
「もう大丈夫や!あんさんに命預けたで!」
「ありがとう!A隊、スイッチ準備!」
「「「了解!」」」
瞬間に、俺は剛直拳からの爪竜連牙蹴でボスに長い行動遅延を与える。直後にタンク隊から息の合ったウェポンバッシュがかまされた。
「「スイッチ!」」
「了解!」
(あれだけ叩き込んで、それでもこれだけか・・・)
これは相当きつい。おそらく、最後のHPバーに入った時―――相手のHPバーが赤く染まった時に、もう一回パターンが切り替わる。その時、俺たちはどこまでやれるのか。それが肝だ。そして、その時まで最後のラッシュ分のスタミナを残しておく必要がある。落ち着いた頭で冷静に考えながら、俺はボスの一挙手一投足を見逃すまいと睨んでいた。
えー、皆さんどのような年の瀬をお過ごしでしょうか。主は去年とは打って変わって、例年通りに近い年の瀬になりそうです。去年の正月は死んでましたが。いくらなんでも社員二人とバイト二人で飲食店の営業を回すのは土台無理です。
タイトル変更記念ということで、一話投稿です。意味合いが少し変化したようにも思えますが・・・気にしない。
二刀流&二槍流という、なんじゃそりゃな展開。こういうことがしたいがためにボスの腕を二対にしていました。もっとも、双頭の巨人という時点で、なら腕も四本にしちゃえばいいじゃないかという発想に至ったのは事実ですが。
それではネタ解説を。
カブトワリ
オリジナルというか実在する(?)技。まっすぐ上からの振り下ろし。別に跳躍する必要はないのだが、今回は威力をブーストさせるために跳躍をした。
バックキック
敵を蹴飛ばしながら後ろに下がる技。そう言えばSAOのソードスキルで後退する系の技ってなかなかないよなー、という発想から生まれたオリジナル技。
飛燕瞬連斬
テイルズシリーズ、使用者:ルーク・フォン・ファブレ、アッシュ(TOA)、ガイアス(TOX、TOX2)、エミル・キャニスタエ(TOS-R)
通り抜けつつ横薙ぎ→反転しながら飛びあがりつつ斬り上げ→空中三連撃という大技。見た目がかっこいい。この時点では大技の一つであり、カウンターにも使えるロマン技。しかし最初の二つを外すと残りが発動せずに硬直というなかなか危険な技。
さすがに二刀流スキルや二槍流スキルは盛りすぎたかなぁと思ってはおります。後悔はしてない。
次の投稿は年明けになると思います。年内にボス戦終了まで一気に投稿するという手もありますが、望み薄です。せめてボス戦後に二話分書き溜めればあるいは、ですね。
それではみなさん、また次回。よいお年を。